第9話
第9話 課題の提出
フィルは、課題提出をしに、付与魔術教師のピピンのところへリリィと一緒に向かっていた。
「今日は、中等科の課題提出の日だから、遅くまで工房を使っている生徒たちでいっぱいだったみたいだね。」
「成果が出た学生もいたようですが、ほとんどが失敗しているようですわ。」
「成功した中等科の学生は相当すごいんだね。どんな子なんだろう。」
「そうですわね。大体がドワーフの学生だったようですわ。」
「さすが、ドワーフ!鍛冶だけじゃなくて、付与魔術も得意ってすごいよ。」
「私からしたら大酒飲みの卑小な種族に変わりありませんわ。」
「卑小って・・・。」
―――――
そうこうしているうちに、付与魔術教師ピピンの部屋まで来た二人だった。
コンコンとノックをすると、ドアの奥から「どうぞ~」と声が聞こえた。
「失礼します。課題の提出に来ました。」
「おや、これはフィル王子、よくぞ来られた。」
小さい体に髭を蓄えたドワーフのピピンが言った。
「これで、課題の提出に来たのは、全部で6人と・・・。少ないですなぁ。」
「あはは・・・。正直、彫刻刀でルーン文字を1つ刻むだけでも相当厳しい課題ですよね。」
「その通りですな。しかしながら、手先の器用さと魔力コントロールさえあれば、出来なくない物ですな。三か月もあれば一文字くらい書けなければ、付与魔術士にはなれませんぞ。」
「必ずしも付与魔術士になる人だけではないのでは?」
「そうですな。しかし、ここには多くのドワーフが生徒としております。もともと種族としてアドバンテージを持っているのにもかかわらず、それができないようであれば、他の魔術も上手く成り得ませんな。」
「厳しいですね。」
「中等科は、魔術の適性を篩にかける段階でもあるのです。詠唱、魔法陣、形質変化、付与そのどれかに適性がなければ、今後の高等科では能力を伸ばすことができませんからな。しかしながら、付与魔術はあまりにも人気がないですな。困った困った。」
「では、僕の課題の評価をお願いします。こちらです。」
差し出されたトンボ玉の付いた巾着袋を虫眼鏡で注意深く確認するピピン。
「ほ~。素晴らしい!これは、範囲拡大のルーンですな。綺麗に書かれておる。そして、巾着袋に装着することで、収納範囲を拡大していると・・・。まさにマジックボックス!この一つのトンボ玉で白金貨5枚はくだらない代物ですな。文句なしのS評価ですな。」
「ありがとうございます!」
「当たり前ですわね。フィル様のお創りになるものすべてこの世の最高峰と言える代物ですわ。逆にほかの生徒の作ったものがきになりますわね。」
「そうだね。ピピン先生。ほかの生徒が作ったものを見せてもらえますか?」
「かまわないですが、フィル様のような高品質なものではないですぞ?」
「勉強の一環です。何かひらめきがあるかもしれないと思って。」
「では、これなどどうですかね。短剣ですな。ルーンは頑張って2つといったところ。しかし、魔力の練りこみが甘く堀も浅い。その作りこみの甘さで鋼の刃がぎりぎり耐えた感じですな。」
「へ~。3か月で2文字か。才能があるんじゃないかな?あんまりわかんないけど・・・。効果は、鋭利強化と硬度強化」
「この程度では、2、3回ルーンの効果を使ったらただの短剣になってしまうのですな。効果の選択はなかなかではありますが、持続力に難がありすぎますな。」
「一流の付与魔術士ならどの程度、彫刻刀で掘るのが普通なんですか?」
「鉱石の種類にもよりますが、最大で10文字を10年かけて作りますな。特に持続力を持たせるために、魔力を相当量練りこみながら少しずつ彫っていくので、それだけ時間がかかりますな。」
「そう考えると、この生徒はすごいんじゃないですか?」
「ルーン文字はあくまでも文字であるので、誰でも練習すれば書けますな。しかしながら、その美しさと精密さ、そして魔力を込めるということが全て完璧に出来て真価を発揮するのですな。」
「そうなんだ。あんまり考えないで作ってた。」
「フィル様のこのトンボ玉は、能力だけではありません。ルーン文字を刻んでいる媒体がガラスというところも驚きです。普通では割れてしまいます。しかし、割れない限界の深度で彫り、そこに最大限の魔力を練りこんでいますな。もはや、一流と言わざるを得ませんな。」
「先生にそんな評価がもらえるなんて嬉しいです!ありがとうございます!」
「いやいや、こちらこそ素晴らしいものを提出していただきありがとうですな。」
「そこで、先生に一つ伺いたいことが・・・。」
「なんですかな?」
「ルーン文字を彫ったものを何かで埋めてしまった場合どうなるんでしょうか?」
「それは、効果が消えるんでしょうな。さらに言えば、そのものの同じ場所に再びルーン文字を刻むことは出来ないでしょうな。」
「それはどういうことですか?」
「ルーン文字に余計なものが入っては、効果を発揮できないのは、お分かりですな?」
「はい、正しく彫らないと効果を発揮できませんよね。」
「それと同様。ルーン文字は一度書いたら消して書き直すことは出来ませんな。」
「なるほど、ということは、まったく同じものを同じ場所に重ねて書くことは出来ますか?」
「それは、彫る深度が変わるだけで二重に効果を発揮したりはしないですな。」
「では、最後に彫った後のルーン文字にまったく同じルーン文字を完璧に埋めた場合どうなりますか?」
「フィル様は同じ場所へ二重にルーン文字を刻もうとしておられるのですかな?残念ながら、それは不可能でしょうな。まぁ、正直、わからないというのが答えですが。なぜなら、彫刻刀で削った形とまったく同じ形をした凹と凸を繋ぎ合わせるなんてことやったものもいませんし、出来るものもいませんので。」
「やったことがないか・・・。」
「フィル様、何か良からぬことを企んでいらっしゃるのでは?」
「リリィ、僕は何事も挑戦してみたいんだよ。特にこうやって教えてもらった知識はアウトプットしないと意味がないからね。」
「もし、ルーン文字の重ね掛けが出来たらとんでもない大発見ですな。でも、理論的には出来そうな感じもしますな。ルーン文字の彫刻という凹とそれを埋める100%の凸が合わさればの話ですがな。あとは凸となるものにどれだけの魔力を注げるかが重要な気もしますな。」
「確かに!単純に2倍にはならないってことか?興味深い!」
フィルとピピンの話が途切れない様子を呆れながら見ているリリィであった。