第4話
第4話 従者
悪魔憑きの一件から、フィルの立場は王宮内で英雄として持ち上げられていた。
たかが下位の悪魔だったが、ヒューマンからしたら脅威でしかない。それを一人で討伐したのだから、皆の反応が変わってもおかしくない。
日頃から図書館に入り浸り、魔術の才があるというだけの王子だったが、学園の入学前に大きな実績を作った。
そんな中、フィルはアドレニス王に呼び出されていた。
「フィルよ。この度の悪魔憑きの件見事だった。フィルにはたぐいまれなる魔術の才があると噂になってはいたがこれほどとは驚いた。」
「滅相もありません。王宮を守ろうとしただけです。」
「そこでだ。学園入学を控えたお前に従者を付けたいと思っているのだが、誰か候補はいるか?」
「学園生活は一人でもこなせると思っていますが。」
「そうはいかん。一国の王子なのだから従者の一人や二人つけなければ面子というものがある。」
「そうですか。う~ん。」
「出来ればメイドや執事は必須。護衛も複数つけたい。最低でも10人程度か。」
「そんなにですか?」
フィルは驚愕した。
『そんなに人材を僕に投資してもしょうがないし、その人たちの生活はどうなるんだ』
「わかりました。従者については、僕が候補を選定して学園生活に支障のないようにいたします。」
「うむ。とくに身なりには気をつけよ。お前の年頃はもっと外で遊ぶものだ。汚れなど付けっぱなしでは品位に欠ける。」
「はい。承知いたしました。父上。」
アドレニス王から従者の選定を命令されたフィルは、考え込んでいた。
「従者か。王宮から選定すべきなんだろうけど、みんなほかの王子や王女で手一杯だもんな。ミレンに相談してみようかな。」
―――――
「従者ですか?」
小首をかしげたミレンが言った。
「学園生活の身の回りの世話と護衛だってさ。」
「それはアドレニス王の言う通りですね。フィル様もこの国の王子なのですから。」
「僕としては、王宮から人材を引っ張るのは、嫌なんだよね。」
「なぜです?」
「だってみんな忙しそうだし、なんか恥ずかしいんだよね。」
「お年頃ってことですね。」
「そうなの?なんか違うと思うけど。」
「そうしたら、使い魔と契約するのはどうでしょう。使い魔なら召喚士に服従していますし、戦闘力という部分では護衛にも申し分ないと思います。フィル様なら高位の種族も隷従させられるかと。」
「使い魔かぁ。召喚魔術って知識はあるけどやったことないんだよね。」
「それなら実践あるのみですね。でも図書館ではやらないでくださいね。ゲインさんの下で行ってください。悪魔憑きの一件、空に穴を開けたらしいじゃないですか。そんなことここでされたくありませんもの。」
「そうだよね・・・。けど、アドバイスありがとうね!使い魔召喚できたらミレンに紹介するよ!」
「可愛いもふもふなら大歓迎です!」
「学園的にと、身の回りの世話が目的だから魔物召喚しても大丈夫なのかな?」
「そうでした・・・学園的には魔物を使役している者もいますので大丈夫ですが、身の回りの世話という観点からでは、もふもふは向いてはいませんね。」
「ちょっとゲインのところへ行って早速実践してくるよ!」
「はい、お気をつけて。」
すたすたと小走りで図書館をあとにしたフィルは、ゲインの部屋を訪れた。
「コンコンコン」
フィルはドアをノックし、ゲインの部屋へ入った。
「これは、これは魔術の天才のフィル様ではありませんか。勉強の時間はまだですよ?」
「今日は召喚魔術の実践をゲインに見ててもらいたくてさ。」
「召喚魔術ですか?これは驚きましたね。悪魔憑きの一件のときに見たこともない魔法陣を使用したと聞き及んでいますが、そこまでのお力があれば容易いのでは?」
「正直、実践と経験が全くない頭でっかちだからゲインの助言がほしいんだよ。」
「そうでしたか、何事も挑戦ですからね。私でお役に立てるのであれば尽力させていただきます。とりあえず中庭に移動しましょう。」
―――――
「フィル様、魔法陣の基礎は理解しておりますよね。平面構造から立体構造までが現在確認されている魔法陣の全てです。しかし、その上を行使したフィル様にとっては容易いことだとは思いますが、あの出力で召喚魔術を行うにはどうしたらいいかわかりますか?」
「う~ん。召喚したいもののイメージと親和性かな?」
「まあ概ね当たっています。必要なのは召喚すべきもの属性との親和性が最も重要です。例えば、火属性でウンディーネを召喚することができないように、属性が違うものは召喚できません。」
「必要なのは学園生活の身の回りの世話や護衛をする従者なんだ。」
「なるほど、一つはメイド兼執事のような、頭脳明晰な人物、それと戦闘力のある護衛、それも複数いたほうが良いでしょうね。三次元魔法陣ですら相当の能力を持った者が召喚されると思います。」
「僕がやっている魔法陣は、三次元魔法陣に時間の概念を組み込んで、循環させる四次元魔法陣なんだけど・・・。」
「フィル様・・・何をおっしゃっているんですか?」
「あ、わかんないか、ごめん。」
「いや、理解を放棄したわけではありません。そのようなことが実現できるのか信じがたいだけです。さらには、通常魔法陣とは、紙などに書いて使用するものです。どのように空間に魔法陣を書いているのですか?そこが全く理解できません。」
「魔力の形質変化だよ?魔力を形質変化させて魔力で魔法陣を直接書いているんだ。」
「魔力の形質変化!?魔力を物質化させているんですか?」
「まあ、そんな感じかな。」
「はぁ。もう理解を放棄していいですかね。」
「形質変化ってそんなに難しいかな?」
「そりゃあそうですよ。魔力自体を物質化するなんて、何もないところからいきなり金塊を出現させるようなものですから!」
「まぁ、出来るものは利用していくスタイルで、形質変化させた魔力で魔法陣を書いてるってわけ。」
「フィル様には驚かされてばかりです。そのお年で魔術の才がそれほどとは、もはや賢者ですね。」
「そんなことないよ・・・。『天界の図書館の書物に書いてあったことやってるだけだなんて言えない』」
「では、実践といきますか。しかし、私は見守ることしかできませんが・・・。」
「属性の親和性だよね!まず最初は、メイド兼執事からかな?」
そういうと、フィルは形質変化させた魔力で魔法陣を書き始めた。
「親和性・・・。召喚するもののイメージ。光と闇、陽と陰の4つを練りこんで、具現化すると・・・。魔物はやめておこう、理性が効かないかもしれないから。種族はお任せかな。」
四次元の魔法陣は周りの空気を吸い込み砂埃を上げている。
ゲインは目を見開き驚愕しっぱなしだ。
「出来た!付き従え一人目の従者!」
地面には闇黒の渦が広がり、中心部から一筋の光が放たれた。その光は天を貫きどこまでも遠く伸びている。
「これは・・・。」
そこには、二つの角を生やした長髪で、起伏のとんだ体つきがより一層際立つピシッとしたスーツを着た女性が膝をつき頭を下げていた。
「我が主様、お呼びいただき光栄でございます。私、リンス・ガールデンと申します。リンとお呼びください。」
「魔人!?」
ゲインがさらに驚愕した。
「何だ貴様。下等なヒューマンごときが私に文句か?」
「ちょっとやめてよ。ゲインは僕の先生なんだから。」
「大変失礼をしました。主の教師とは知らずにとんだ無礼を。」
「魔人といえば、悪魔より上位・・・。そもそも使役できる使い魔ではありませんよ。」
「あの下等な悪魔と一緒にするな。私は、魔人のなかでもさらに上位の存在だ。」
「へ~すごいんだね。」
「いやいやいや、すごいレベルではありませんよ。魔人は1人で一国を滅ぼせる力があると言われています。」
「でも、リンはそんなことしないよね?」
「はい。私は主様の忠実な僕ですから。主様に有益になることしかいたしません。」
「だってさ。ゲイン。大丈夫みたいだよ。」
「召喚魔術で召喚された魔人など前例がないので、なんとも言えませんが、とりあえず召喚魔術で召喚されたものは、召喚士の命令に背けないという通説を信じるしかありませんね。」
「リンは僕の執事として働いてもらおう。見た目からして執事にぴったりだから。それより魔人って学園をうろちょろしてても大丈夫なのかな?」
「必要であれば、角や羽、尻尾も隠すことができます。」
「それはよかった。出来ればヒューマンに近い格好でお願い。」
「かしこまりました。」
「じゃあ、次は護衛だね。」
「同じような召喚であればとてつもない戦闘力を秘めたものが召喚されるでしょうね・・・。」
ゲインは嘆息して言った。
「戦闘力か・・・。属性は闇と陰だけにしておこう。冷酷さを持ち合わせた真なる強者。うーん。こんなものかな。」
四次元の魔法陣は、黒くただ黒く、渦を巻き漆黒の中からそれは現れた。
「ご機嫌ようですわ。マイマスター。」
「何とも可愛らしい子だ!」
そこには、日傘をさし、黒を基調にした豪奢なドレスを着た、金髪ツインの可愛らしい女の子がいた。
「お初にお目にかかりますわ。マイマスター。私、原初の吸血鬼リリィ・マスカレードと申しますわ。」
「はあ?原初の吸血鬼!?吸血鬼の始祖ではないですか!?」
「そこの小物、うるさいわ。今私はマイマスターと話しているの。邪魔しないでもらいたいわ。」
「リリィとやらこちらは我が主のご教師様だ。無礼を働くな。」
「ふん。魔人ごときに指図されたくないわ。マイマスターのお言葉だけが私を縛るものなのだから。」
「とりあえず、二人とも穏便にしてもらえるかな。あと二人召喚したら挨拶と召喚した目的を話すから。」
リンとリリィがバチバチを火花を散らしているのをたしなめたフィルは、次の魔法陣を展開した。
「次は、戦闘力ではなくてもっと穏やかな感じがいいなぁ・・・。うーん。今召喚した二人は性格に難がありそうだ。属性は風と水と陰でどうかな。」
四次元の魔法陣は、暖かい風を巻き込み膨れ上がり、巨大な水球の中から光が差し込み・・・。
光が解き放たれたその中には、二人の精霊がいた。
一人は、薄緑色を基調とした着物に白いファーを着けた、薄緑色の髪でポニーテールの女性で、もう一人は、水色を基調とした着物を着ており、髪型は着物と同じ水色のボブカットといったところだ。
「お呼びいただきありがとうございんす。わっち、翆と申す精霊でありんす。」
「わたし、藍。主。」
「妹の言葉使いに関して先に謝罪するでありんす。申し訳ありんせん。」
「主。ごめん。」
「いいよ。召喚士の命令には逆らえないみたいだし、堅苦しいのはすきじゃないから。」
「・・・精霊?」
ゲインがまたも驚愕している。
「こんなにも実体化した精霊が存在するのですか?」
「ゲイン。もう考えるのはやめようか。改めて自己紹介をしてもらって現実を受け止めよう。じゃあ、各々召喚された順に挨拶してくれる?そのあとに役割をお願いするから。」
「承知いたしました。まず、私から。魔人であるリンス・ガールデンと申します。以後お見知りおきを。主様より執事の命を承ったところでございます。この同僚となるものたちの統率も私の役目かと存じ上げますので、お前たちそのつもりで。」
「まあ、そうだね。よろしく頼むよ、リン。」
「次は私ですわね。原初の吸血鬼リリィ・マスカレードと申しますわ。ご用命はどんなものかは、まだ聞いておりませんので、マイマスターの御意向に沿えるように確実にこなして見せますわ。」
「リリィは、僕の護衛を主にお願いしたいね。よろしくね。」
「承りましたわ。この中では最高戦力だと思いますし、私が適任ですわね。」
「自惚れるのは、弱者のすることだと思いますが。」
ピリリとリンが言った。
「魔人ごときが、私に勝てると?」
「穏便にするでありんす。主の御前でありんしょう。」
「リン、リリィ、め!」
「横やりがありんしたが、わっち、四大精霊の一人、翆と申しんす。以後良しなにしておくれやす。」
「同じく四大精霊の藍。よろしく。」
「二人には、このメンバーの調整役と補佐をしてもらいたいね。特にリンとリリィは馬が合わないみたいだからさ。」
フィルは苦笑いをしながら言った。
「かしこまったでありんす。」
声を出さずに頷く藍を見て理解してくれたと思ったフィルは、自己紹介を始めた。
「では、僕の紹介だね。君たちを召喚したこの国の第四王子のフィル・バン・アドレニスだよ。呼び方は任せるよ。君たちを召喚した理由なんだけど、僕はこれから学園に行くことになるんだけど、その従者として君たちを召喚したんだ。各役割はさっき説明した通り。とりあえずは、学園に同行して僕の身の回りの世話をお願いしたいんだ。いいかな。」
「承知しました。」
「かしこまりましたわ。」
「かしこまったでありんす。」
「主、了解。」
「フィル様、一つお願いしていただきたいことが・・・。」
ゲインはフィルに言った。
「フィル様が召喚されたこの方たちは、皆伝説級と言っていいほどの存在です。学園いや、学園のみならず王国すら一ひねりに出来てしまうでしょう。なので、このことは、私は忘却魔法で忘れることとします。なので、誰にも気づかれないようお願い申し上げます。また、国益のためにその力を振るっていただくよう重ねてお願いします。」
「わざわざ忘却魔法まで使わなくても・・・。」
「いや、身近にこのような方々がいると考えると、私みたいな一教師では荷が重すぎます。」
「わかったよ。みんな自分の存在を明かさないように。」
そうして、元天使と魔人と吸血鬼、そして精霊2人の学園生活が始まった。