第319話
第319話 平和のカウントダウン1
『なあ、ガルフ。』
「なんでしょうか?」
『前から思ってたんやけど、なんでそんなに仰々しいんや?』
「この口調の話ですか?」
『そうや。うちらは種族は違えど夫婦なんやぞ?』
「そのとおりですが、敬意というのが言葉に出てしまうんです。申し訳ない。」
『距離を感じるからどないかならんの?』
「・・・。」
『んじゃあ、イグニコルアスじゃなくて、今度からイグニスって呼ぶところやな。』
「イグニス・・・。」
『なんやねん。恥ずかしがることないやろ。うちまでなんか恥ずかしくなってきたやないか。』
「恥ずかしいのではなく!呼びなれていないからなのです!」
『その敬語もなしや!王族だからそういう口調が染みついているのかもしれけど、うちの前ではそういう話し方はやめるんや!』
「わかった。イグニス。善処する。」
「いい心構えやな!」
ガルフが完全に尻に敷かれている状態で、夫婦漫才風のいちゃつきを見せるガルフとイグニコルアス。竜谷は、今、至って平和だ。
―――――
『マルス!踏み込みが甘いぞ!』
「分かりました!」
ドンと足を踏み込んだマルスの足元が爆ぜた。
『馬鹿め!それは踏み込み過ぎだ!』
「分かりました!」
アクアリウムゼムとマルスが剣の訓練をしている。
空気を切り裂く音が聞こえ、万物を切るというものが体現されているようだった。
未だにマルスの成長は無限大であった。打てば響くような順応性で、何もかもを吸収して、自分の糧にしている。
「もっと力を抜け!それでは、相手に押し負けるぞ!」
「分かりました!」
「そうだ!目に見えるものだけではなく、感じとって切り裂け!」
「分かりました!」
矛盾ともいえるアクアリウムゼムの指示のもと、マルスの剣は空を切る。そして、ビシッっと剣先が止まった瞬間、空間に亀裂が入っていた。
この世界の次元を切り裂いたのだ。しかし、それは極々小さな裂傷だった。その次元の裂け目という不調和はすぐに元に強制され、消えた。その瞬間、物凄い衝撃と裂傷が辺りに迸った。
「まだまだ甘いが、次元斬の完成だ。」
「ありがとうございます!」
「なに。我が言ったことを素直にそして確実にこなしてしまうマルスが素晴らしいのだ。」
「更なる高みを目指して精進していきます。」
「だが肉体は老いるもの。しかし、その極めた心技は老いない。強さというのは、一時的なものではない。たとえ老いたとしてもその蓄積、そして、その時の最大の強さ。剛速柔のバランスが変わるだけだ。理解できるか?」
「今ならわかる気がします。」
「今は、とにかく肉体の最盛期だ。とことん追い込ませてもらうぞ!」
「分かりました!」
―――――
ユーアは、竜谷を歩いている。
空には飛竜が飛び交い、高層ビル群が立ち並び、近代都市とドラゴンという不思議な世界を見渡している。
竜人たちの活気のいい声が響いている。商店などは賑わい、発展した竜谷が輝かしく見える。
「本当にいいのか?」
「・・・。我が決めたこと。問題はない。」
「神龍ではなく魔剣エクスカリオンとして、私の剣となることに未練はないのか?」
ユーアが携える魔剣エクスカリオンの柄の部分にピタリと収まった聖機龍エクスカリオンの小さい身体が話している。
「・・・。ユーアは、聖機龍を操縦するヒューマンだ。我が、魔剣エクスカリオンの核となり、ユーアの傍にいるというのは、至極当然なこと。」
「とは言え、竜谷を纏めるものとして、エクスカリオンは長ではないか。」
「・・・。ユーアの魔剣のコアとしていてもそれはできる事だ。ともに生きると決めた以上、ユーアの言葉を無くして、私の判断はできない。」
「それでは、エクスカリオンが私の一部であるようではないか。」
「・・・。まさにその通り。我々は、魔力や闘気で深く結びついている。種族を超越したものとして君臨すべきだ。ゆえに、ユーアが考えることは、我も考えているし、我が考えていることは、ユーアも考えている。」
「まぁいい。そういうことにしておこう。」
「・・・。どういうことだ?」
「エクスカリオンも私の闘気に宛てられてしまったのではないか?」
「・・・・・・。それは・・・。無いとも言い切れない。」
「ははは。そうだろう!」
「・・・。しかし、それだけではないのだぞ!力とはあるべきものに宿る。ユーアの力は我を揺るがし、操縦するほどの力。それが、我がユーアの魔剣のコアとなった理由だ。」
「やっぱりそうではないか。エクスカリオンも私の力に震え、ともにいたいと思ったのであろう?今までもそうだったが、これからもよろしく頼む。」
「・・・。うむ。わかった。」
竜谷の未来は明るい。力を持つ者が元々騎士団長ということもあり、国民の士気を高めることに関しては、お手の物であった。神龍の力も借り受け、竜人たちの信頼も厚い。
竜谷の中枢部を担うところにヒューマンが配属されるということに、不満を漏らす者もいるが、それよりもユーア達の激闘を見た竜人たちのうわさが、その不満をかき消すかのように上回っていた。
さらに、四六時中、神龍と共にいるヒューマンを一目置くのは当然であり、マルスに至っては、日々のイグニコルアスとの訓練にしごかれているところを見られているので、竜人たちも圧倒されていた。
お互いを尊重し合う、竜谷が少しずつ軌道に乗ってきているとき、他の場所でも平和の芽が生え始めていた。




