第218話
第218話 天魔神チラスVS翠
大陸の五分の一は氷の大地と氷山になってしまった。
冷え切った空気が上空にいる天魔神チラスの状態を変化させた。
今までのように供給される蒸気がなくなり、温度が急激下がったことで、雨ではなく雪を降らせることになった。
翠がいる都アドレニスには、下は大洪水。そして、空からは雪。そして、雷鳴が鳴り響いていた。
翠の『誘凪』の力で辺りの風は翠に従っていた。
無風状態からしんしんと雪が降ってくる。
「藍がやったでありんすね・・・。」
気温が変化したことにより、藍がいる氷上から猛烈な突風が吹き荒れてくる。
その突風は、翠の周りを囲うように旋回する。
「この風がわっちに力をくれるでありんす。」
天魔神チラスは、辺り構わずといった攻撃をしている。
触手のように伸びた黒雲の腕が、地上へと振り下ろされている。
さきほどまでの暴風を伴った拳ではなく、雹が巻き上がる竜巻のような拳が、地表を蹂躙し、洪水の濁流を凍結させていく。
天魔神ライズよりも巨大になった天魔神チラスは、局地的かつ集中的にその天候を変えていた。
巨大な氷の塊が、隕石のように降り注いだと思えば、目の前が見えなくなるほどの大量の雪を降らせた。
このままでは、地表が氷河期に入り、生物が生きていくにはとても厳しい状態になってしまう。
さらに懸念されていたのは、この世界に循環する水分量が爆発的に増えたことだった。
通常であれば、形を変えても水の量は一定である。しかし、藍と天魔神ライズの戦いで、藍は大量の水を生み出した。
それによって、この世界にある水の量が爆発的に増えてしまった。天候に左右する水の量が多ければ、大量の雲が発生する。
供給された水の量は停止したが、すでにこの大陸を埋め尽くすほどの水が上空に天魔神チラスとして存在している。
天魔神チラスを倒すには、物理的に空に存在する雲全体を消し去るしかなかった。
翠は、そこまで理解していた。
天魔神チラスが巨大化して、水の塊となればこの世界は海に沈む。
すでに形を変えて、地上に降り注いでいる。
「これ以上地上に降らせるわけにはいかないでありんす。『上昇する暴風雪』」
藍が作り出した氷上から発生される猛烈な風が、翠を後押しした。
天魔神チラスの三分の一程度の超巨大な猛吹雪の竜巻が出現した。
下から上に昇るように吹き上がる風は、空から降ってくる雪や雹を天魔神チラスに跳ね返す。
雲のなかに戻った雪や雹は、少しずつ大きくなり、再び落ちてくる。
それでも、巨大化した氷の塊たちを翠は押し上げ続ける。
すると、徐々に天魔神チラス自体が微かに小さくなってきた。
天魔神チラスの雲の体が、氷の塊となり、徐々に黒雲が晴れてきた。
だが、この複数ある巨大な氷の塊を地上に落とせば、クレーターができるほどの衝撃を放つことになり、翠は『上昇する暴風雪』を止めることはできない。
「出力を上げるでありんす。」
魔力を込めなおした翆は、巨大な氷の塊を遥か上空まで押し上げた。
天魔神チラスに大きな穴が開き、光が差し込んできた。押し上げられた氷塊は加速しながら上昇していく。
すると、良からぬことが起きた。それは、宇宙空間である外気圏の手前にある熱圏層で巨大な氷塊が蒸発し始めたことだった。
天魔神チラスがいるのは、地表から10kmほどの上空であるが、そのさらに上100kmほどのところで大量の蒸発した水分が生まれた。
その水分は、再度天魔神チラスにゆっくりだが、引き寄せられていく。
翆からは遥か彼方上空での出来事なので肉眼で見ることができない。
手ごたえがないことに翆は舌打ちをする。
とにかく、巨大な氷塊が地上に落下することは免れたが、依然として大量の水分が上空の天魔神チラスとして存在している。
このとてつもない質量の水分が全て落ちてくれば、大陸は海に飲み込まれるようなもの。
翆は、天魔神チラスもろとも消し去る極大魔法を放つことにした。
翆は天魔神チラスの遥か上空、大気圏内に超巨大の魔法陣を展開した。
「天変地異にはそれを超える破壊しかありんせん。地上もただでは済まないでありんすがしょうがありんせん。『虚風の渦』」
翆は大気圏内での一部に穴を開けて真空状態にした。
その真空状態になった部分へあらゆるものが吸引されていく。
徐々に天魔神チラスの本体である黒雲も吸い寄せられていく。
天魔神チラスだけではなく、地上の都アドレニスの瓦礫たちも徐々に上昇して吸引されていく。
巨大な風の渦を伴った魔法陣は、ありとあらゆるものを吸い込み上空へと舞い上げていく。
そして、大気の穴はさらに拡大していく。
強烈な上昇気流を生んだ翆の魔法は、地表をうねる濁流さえも持ち上げ吸い込んでいく。
ありとあらゆるものが吸い込まれていくのを見計らった時、翆は次の工程に進んだ。
巨大な魔法陣の上空にさらにいくつもの魔法陣が展開された。
それは、吸い込んだものをこの星の重力圏外へと引きずり出すための通り道だった。
天魔神チラスを含んだ瓦礫の山たちは、宇宙空間まで吹き飛ばされた。
宇宙空間では、猛烈な高温状態もしくは極低温の状態を繰り返しているため、本体が水である天魔神チラスは、状態を維持することができない。
そして、摩擦のない世界では、吹き飛ばされた影響で永遠と遥か彼方まで飛んで行ってしまう。
瓦礫同士がぶつかり合い、粉々になり、どんどんと塵に変わっていく。微小の塵と化したもの同士がさらに高速でぶつかることで、さらに細かく粉砕されていく。
地上では、曇天の空模様が晴れ渡り、辺りに光が降り注ぐ。
そして、都アルムストラから吹き付ける風が運ぶ雪が光に照らされてキラキラと輝いていた。
天魔神チラスは、宇宙空間へ放り出されて、完全に塵と化した。
繊細な魔力操作と極大魔法を放った翆は、へたり込んでしまった。
「わっちのせいでアドレニスは完全になくなってしまったでありんす・・・。」




