第215話
第215話 天魔神フィアの誕生
その姿は小さな繭だった。落ちてきたことも誰もわからないほどの小さな繭。
魔国のなかにコロンと落ちた繭は、最初は何もしなかった。
魔国内の船が各地での戦況と状況を伝達しているうちに徐々にその繭は大きくなっていった。
何かを吸収し膨らむように大きくなっていく。
「翠と藍は強敵と戦っているみたいね。」
「そうですね。すでに都は壊滅だとか。」
「船は何とか耐えているようです。自然災害であれば、乗り越えられるほどの強度ということが実証されました。」
「まだ、安心するのは早いわ。翠と藍が食い止めているから船に損害がでていないんでしょう。」
「私は守り切れると信じています。」
「あちらは翆様と藍様に任せましょう。」
「しかし、私たちのところには何も来ないわね。情報が乏しいけど攻撃されている様子はないわ。」
「確かに。天変地異ほどの力であれば、すぐに発見できそうですが・・・。」
「魔国内には異常は未だ見当たりません。」
天魔神フィアは、その繭を徐々に大きくしていく。
バスケットボールほどの大きさになったとき、エヴァが異常を察知した。
「魔国内に何やら繭のようなものがあるそうです。」
「繭?」
「最初からなかったとしたら、それが天魔神の元なのでは?」
「そうかもしれません。量産型エヴァがこちらに運んでくれています。徐々に大きくなっているそうです。」
「爆弾とか言わないわよね・・・。」
「そんなもので世界を破壊できますか?」
バスケットボールほどだった繭は、大玉転がしの大玉ほどの大きさになっており、二体の量産型エヴァが転がしながら運んできた。
「これが・・・。」
「なぜ膨らんでいるのか探るのが一番ですね。」
「・・・因果関係のあるものがありません。強いて言えば、移動させたことにより巨大化した可能性もあります。」
「そんなこと言ったらキリがないわ。とにかく破壊しましょう!」
リリィは、大鎌を取り出し、繭を切り裂いた。
纏っていた糸は細切れになり、中から黒い球体が現れた。
「これが本体のようね。」
「徐々に大きくなっています。」
「フィル様の情報では、ページが真っ黒になっていたと。この黒い球体が関係するのは間違いありませんね。」
徐々に大きくなる黒い球体は、地上の者たちの恐怖を吸い込み大きくなっていた。
各地で絶望的な状況が広がるなかで、船に乗っていた者たちは、恐怖に駆られていた。
その負のエネルギーを吸収し、大きく育っているのがこの黒い球体だった。
「リンとエヴァと私で一斉に攻撃しましょう。」
「わかりました。最初から全力で行きます!『武御雷』」
「かしこまりました。」
リンは、青い稲妻の羽衣を羽織、電撃がほとばしっていた。
すると、三人での攻撃をする前に大玉の黒い球体が臨界点に達し、それは起きた。
黒い球体がパチンとはじけた。
大陸に設置された船内にいた国民たちすべての行動が停止した。
量産型エヴァも停止し、もちろんマザーブレインがある魔王城の機能も停止した。
魔国の船の中にいた魔王エヴァも機能を停止し、動かなくなってしまった。
―――――
「さて、やるわよ。・・・ん?リン?エヴァ?どこに行ったの!?」
リリィは、つい数秒前に黒い球体へ攻撃しようとしていたところから、なぜか、自分が昔いた城の中の玉座に座っていた。
「ど、どういうことかしら?」
状況を理解できないリリィは、念波を使い通信を試みるが返事はない。
そもそもここは、大陸の都アドレニスに近い、吸血鬼リリィの住処だった。
「ここは、翠が戦闘中じゃなかったかしら?」
窓の外を見ても、天変地異が起きている様子はなく、昔のままであった。
リリィは状況把握のため、自分の昔の住処から外へ出て、街を目指した。
「何も気配がしないわね・・・。」
森の中を進んでいくリリィは、魔物の気配も昆虫すらいないことを不思議に思った。
一番近くの街についたリリィは、呆然とした。
街がないのだ。建物が何一つないのだ。そこにはヒューマンがいる形跡がなかった。
「道を間違えたかしら?眷属よ!」
自分の能力で眷属を召喚しようとしたリリィは、驚愕した。
「眷属が召喚できない!?」
―――――
リリィだけでなく、リンとエヴァも同じような状況になっていた。
それは、自分だけしかいない世界に閉じ込められてしまっていた。『孤独の恐怖』による幻惑が天魔神フィアの能力。
それは魔国を中心に大陸すべての生物に影響を与えていた。
効力の薄い遠く離れた場所の翠や藍、そして紅や茶々丸は、難を逃れたが、天魔神フィアの近くにいたリリィとリン、エヴァはもろにその幻惑を受けてしまった。
幻惑の中の1年は、現実世界では数分である。ゆえに、孤独と理解するまで彷徨い続け、恐怖に駆られ廃人となるまでそれほど時間はかからない。
リリィやリン、そして機械のエヴァたちは、強い精神を持っているが国民たちは違う。脆弱な精神ではこの『孤独の恐怖』には耐えられない。
天魔神の能力が発揮されたころ、ガブリエルとフィルの攻防は、激化していた。




