第214話
第214話 天魔神ラストの誕生
フィニアの遥か上空、巨大な繭は、大気を吸い上げ、白い球体へと形を変えた。
半透明で、光を浴びキラキラと光るその物体は、空中に浮くガラス玉のようだった。
フィニアは、都アルムストラから転移しなければいけないほどの距離にあるため、未だに天魔神ライズの溶岩は到達していなかった。
翠たちが天魔神と衝突したことは、量産型エヴァから共有されており、戦いが始まったことはすでに広まっている。
しかし、ここフィニアには、未だなにも起きていない。
船の外にいたのは、紅と茶々丸の二人。
「風がない・・・。植物がこすれる音もしない・・・。」
「ワン!」
静まり返り、無風の状態が続くフィニアは、風を操るとされる天魔神ラストがいるはず。
しかし、無風の状態で竜巻など起こる気配もない。
巨大な木々たちの枝が、なびくこともなく。ただ直立し、動かない。
フィニアは、巨大な樹海のなかにある街であり、都ほどの大きさはない。
しかし、巨大な樹海の中の拠点として、重宝され、人口も増えていた。
近年では、エルフにより、巨木を使った居住区の拡張もあり、フィニアに住み着く者も多かった。
多くの魔物も生息しているが、巨大な木々と冒険者のおかげで、生活するために不自由はなかった。
そんなフィニアの巨木たちが天魔神ラストの姿を隠してしまっていた。
地上からでは、見上げても巨木の葉や枝により、空を一望することはできない。
ゆえに、天魔神ラストの攻撃に気付くのが遅れた。
天魔神ラストの能力。それは、風化であった。『サンドブラスト』という圧縮した強烈な空気で砂を吹き付けることにより、すべての物を塵と化す力だった。
その効果は徐々に、上空から地上に降ろされていく。
フィニア上空にあった雲も消え去った。進行速度は遅いが、他の天魔神とは違い確実にその広大な攻撃範囲を砂漠に変えてしまう能力だった。
たとえ、それが強力な鉱石で作った船だとしても、『サンドブラスト』を浴び続ければ、穴が開き浸食され最終的には塵になってしまう。
天魔神ラストは、かなりの上空にいる。
巨大であるため、地上からでも肉眼でとらえることはできるが、『サンドブラスト』の壁を突破しなければ攻撃が当たらない。
紅と茶々丸は、まだ見ぬ敵に先手を打たれていることに気づかない。
「何にも起きないぞぉ?」
「ワン!」
「フィルが転移先間違えたんじゃないか?ここには天魔神来ないのかもね。茶々丸。」
「クゥーン。」
「茶々丸も戦いたかったもんねぇ。」
「ワン!」
「うちらならお茶の子さいさいだよ!」
「・・・ワン?」
人差し指を突き出して、意気込みをいう紅に対して、茶々丸がようやく異変に気が付いた。
頭上から葉が大量に落ちてきたのだ。
「なんだぁ?」
「ワン!」
茶々丸が上を向き吠える。
そのほうを向く紅が見たのは、巨木の先が徐々に塵へと変化し消失していく姿だった。
「木が塵になってるぞ!」
「ワン!」
「とうとうお出ましかぁ!天魔神・・・。って、これうちらのところだけじゃない・・・。」
頭上から降ってきた葉っぱはごく一部に過ぎない。
天魔神ラストの攻撃範囲は、樹海全体を飲み込んでいたのだった。
水分の抜けた枯れた葉が、大量に降ってくる。
「ここでうちの力使ったら、この森が全部燃えちゃうよぉ!」
「ワン!」
「敵がまだ見えないって?そうだ!どこにいる!?」
天魔神ラストの姿をとらえるには、巨木の半分程度が塵にならなければならなかった。
そうしなければ、巨木の枝が邪魔をして捉えることができない。さらには、頭上から降ってくる葉っぱのせいで視界が悪くなってくる。
「邪魔だなぁ!でも、木の上のほうで何かが起きてるのは確かだぁ!それもこの樹海全部に。」
「ワン!」
紅の読みは当たる。
上空から吹き降ろされた『サンドブラスト』は、ゆっくりと時間をかけすべてを塵にしていく。
新緑の葉は、色を変え、茶色くなり触ればボロボロと崩れてしまう。
そのうち、上のほうにある枝も、水分を失い折れて落ちてきた。
「だんだん下に降りてきてないかぁ?」
「ワン!」
「この枯らす力みたいなのが、地上まで来たらやばいぞぉ!」
「ワン!」
「早く敵を見つけなきゃって?でも、上に登ったら危ない気がする。」
「ワン!」
「え?気にせず燃やせって!?」
「ワン!」
「うちの頭上だけ燃やせばいいのか!ナイス!茶々丸!行くよ!『天照』!」
枯れ葉に引火する恐れがあるがそうも言っていられない。
紅は、羽衣を纏い、手を掲げ唱えた。
「『大炎塊』」
紅を中心とした、巨大な火柱が天高く伸びる。頭上にあった木々は一瞬にして円状に燃え消えた。
円状に木々が燃え、紅たちが敵の姿をとらえた瞬間、フィニアの船に乗っていたものすべてが行動を停止し甲板の上から量産型エヴァが落っこち、ガシャンと音を立てた。
「な、なんだ!?」




