第202話
第202話 水と藍
アルムストラ近郊にある湖に一人で藍はいた。
天魔神が攻めてくるまでの一カ月でどこまで成長できるかを考えていた。
フィルが言っていた種族としての進化を成し遂げるためにはどうしたらいいのかを一人で悩んでいた。
水面に自分の魔力で生み出した水球を放り込んでは、その波紋を眺めている藍。
「種族としての進化かぁ。」
フィルのいう種族としての進化というのが、今までの戦闘で大した結果を残せていない藍にとってはどうしても想像することが出来なかった。
魔力を扱うことはできる。しかもかなり膨大な魔力を内包している。しかし、それだけでは進化は出来ないと言われた。
技を磨くということも十分に戦闘の準備としては、有意義であるはずだが、藍はただただ水球を水面に放り込むだけ。
「結局、うちはどうしたいんだろう。」
思い返せば、フィルの従者として召喚されたということで、みなと行動を共にしているが、以前までは翠とずっと一緒にいた。
土地神として崇められていたことを思い出した。環の国の土地神として生きていたが、何をするわけでもなく自由に生きていた。それをフィルによって召喚され、悪魔や魂の集合体などと戦ってきた。
どれも一筋縄ではいかない敵だったし、足を引っ張ることが多かった。
最強と自負しているリリィが羨ましくもあった。しかし、できることは限られている。
「お姉ちゃんはどうするのかな。」
いつもなら翠と一緒に考えるところだったが、今回ばかりは、姉の力を借りずに答えを出すべきだと自分で判断した藍は、波紋を眺めている。
同じ四大精霊の紅が圧倒的な力を有している状況で、自分と違うところを考えていた。
天使爛漫な性格、周りを温かくする力、急に的を射たことを言うところ、上げていけばきりがない。
それが紅の力の根源なのか、何なのか。
「うーん。もうわかんないよ。」
波紋が広がる水面が一瞬で凍り付いた。
混乱する頭で、魔力の制御が出来なくなった藍の周りは一瞬で凍り付いてしまった。
「あ。・・・なにしてんだ・・・。はあ。」
深くため息をつく藍。自分が凍らせてしまった湖を元に戻した。
だんだんと考えているのが馬鹿らしく思えてきた。
水とは流動するもの。そして、周りの温度で姿を変えるもの。自分は紅のような恒星ではなく、身を任せて流れるだけの水なのだから、深いことを考えても答えが出ないんじゃないか。
「あほらしくなってきた。」
考えるのは性に合わない。正直、フィルに仕えることと翠と一緒にいること。ただそれだけが藍の願いである。
その願いを守るためには、仲間と力を合わせて敵と立ち向かわなければならない。
だが、自分一人で戦っているわけではない。もし、フィルのいう進化が出来なかったとしても、藍の役割は絶対に与えられる。なかったとしても、見つけるまで。
「器かぁ。」
自分の限界を超えることが、種族としての進化だと思っていたが、違う気がする。
藍は、ゆっくりと湖のなかに入っていく。
湖は、見た目とは裏腹に、そこが深い。落ちていくように沈む藍は、だんだんと冷たくなっていく水を感じていた。
光がだんだんと届かなくなっていき、薄暗い湖の底についた。
上を見上げると、わずかに光が差し込んできており、恒星がそこにあるとわかる。
「あれが紅かぁ。」
そして、理解した。
恒星から届く光が、深くなればなるほど届かなくなる。
これもまた、水による可変的なものだと。
水が持ち合わせる性質は、流動性、状態変化、そして、相手の状態をも変える力。
それがどう力に直結するのかは、具体的にはなっていない。しかし、分からなかったことが分かった気がした。
自分が知らないことがあるということを理解した気がした。
「うちは、自分のこと全然わかってなかったんだなぁ。」
仰向けでゆっくりと浮上していく藍。
ぼや~っと浮かび上がる身体には、魔力が帯びていた。
意識しているわけではなく、水と一体化した。
水を操るではなく、水そのものになりかけていた。体には羽衣のようなものが羽織られていた。
藍は、自己認識をすることで一段階上に登る準備が出来た。
「不知の自覚」という困難を乗り越えた。
「分からないことが分かった。これだけでも十分だ。うちも、難しい話は嫌い。やるだけやってみよう。」
進化というのは、自覚から始まる。
その第一歩は、藍に四大精霊の力以上のものを宿すことになった。




