第169話
第169話 桃屋敷
ガブリエルにより一匹の『魂の蛾』が解き放たれ、桃屋敷に憑依した。
とてつもない魔力を得た桃屋敷の背中からは、天使の羽根ではなく、昆虫の翅が生えていた。
天使の成り損ないと呼ばれる蛾の翅が美しく開いている。
膨大な魔力は、『鎧武者ゾンビ』を鼓舞し、進軍させる。
量産型エヴァの機体数も稼働時間も限界になっている時に、覚醒した桃屋敷のアンデッドの大群は、戦場の中心部を飲み込もうとしていた。
そこに現れたのは、左側を陣取っていた『不死王リッチー』を倒したフィルたちと、右側を陣取っていた『黒狼フェンリル』を倒したリンたちだった。
ほぼ同時に集結したフィルたちの前には、巨大な魔力の塊と化した桃屋敷がいた。
理性を失い、自分の膨大な魔力と『魂の蛾』から得た魔力が暴走していた。
「とんでもない魔力だ!」
「嵐のようでありんす!」
「フィル様!そちらの戦力は?」
「僕は大丈夫だけど、リリィが動けない。魔力切れで気を失っている。」
「リリィが・・・。こちらは茶々丸が・・・。そして、エヴァも無理をしている状態です。」
「エネルギー残量は問題ないですが、機体を酷使しすぎました。」
「うちは万端だぞ!」
「僕と翠と藍、リンと紅の5人があいつと戦うことになるね!」
「翠と藍は、リリィと茶々丸たちの護衛にした方がいいかと思います。」
「確かに、エヴァ一人では守り切れないでありんす。」
「ほかの敵がくるかも。」
「確かにそうだね。じゃあ、あいつは、僕と紅とリンで倒そう。」
「かしこまりました。」
「わかった!」
―――――
暴風のような魔力の嵐の中心にいた桃屋敷のまわりに、巨大な魔法陣が展開していた。
黒炎竜よりもさらに巨大な魔法陣であり、何かを召喚するつもりであった。
「させるかー!『太陽の陽炎』」
小さい褐色の身体には羽衣を羽織り、ヘリオスでの戦闘で見せた憤怒の状態を使いこなしている紅が大量の火球を放った。
高熱の火球は着弾しても爆発しない。あらゆるものを蒸発させ溶かしていく。
大量の火球が桃屋敷を襲う。大量の蒸気を上げて、姿が見えなくなってしまう。
魔法陣を展開していた桃屋敷を守っていたのは、魔法陣と同じ大きさの腕だった。
「はぁ?」
その腕は、骨の集合体であり、紅の高温の攻撃にも耐えていた。
展開していた魔法陣がさらに、巨大化した。黒炎竜と同じ大きさの腕が、地面につき、魔法陣の中から這い出ようとしている。
「で、でかすぎるだろぉ!?」
「これは・・・。」
「さすがにでかすぎる・・・。」
固唾を飲んで見守るしかできないフィルたち。
巨大な骨の魔人は、雲を突き抜けその巨体を現した。
桃屋敷が召喚したのは、『ダイダラボッチ』の骸骨を魔力でアンデッド化したものだった。
山よりも巨大な骨格をした、ダイダラボッチの骸骨は、紅の火にも耐性を持っていた。
巨体は、塔のように聳え、下からでは全体を把握することができない。
ダイダラボッチからしたらフィルたちなど蟻のようであり、いともたやすく踏みつぶせてしまう。
そんななか、風がゴオーっと唸るような音が聞こえた。
そして、足元が暗くなった。
フィルは、慌てて『簡易図書館』を取り出し、叫んだ。
「『セクメトの聖盾』」
戦闘の女神であるセクメトの聖盾が、フィルたちの頭上に展開された。
その暗さの理由は、ダイダラボッチの骸骨の拳だった。
上空から振り下ろされた拳は、蟻たちを容易に押しつぶした。
地面は砕け、クレーターが出来るほどの威力で、めくれ上がった土砂が、戦場の中央まで流れ出るほどだった。
クレーターの爆心地には、聖盾で守られた紅とリン、フィル。そして、他の仲間たちしか存在していない。
桃屋敷は、ダイダラボッチの骸骨の胸部に取り込まれていた。
そして、骸骨の姿だったダイダラボッチが、少しずつ受肉し始め、肉体を取り戻そうとしてた。
「やばい。あいつ、ダイダラボッチを復活させる気だ!」
「フィル!どうすれば良い!?」
「あの大きさでは生半可な攻撃は通用しません。」
「紅のフルパワーを僕が制御するしかない!」
「そんなことしたらこの世界がぶっ壊れちゃうぞ!」
「ダイダラボッチが復活したら、どちらにせよ、この世の生物はお終いだよ。」
「勝算があるのですね?」
「紅のエネルギーが陽なら陰しか方法はない。理論は大丈夫だと思うけど、ぶっつけ本番だ!あとは時間との勝負だ。」
ダイダラボッチの拳が再度上空へ引き上げられていく。
巨大な拳には巨大な土の塊がついており、それが上空から落っこちてくる。
音を立て、割れる土の塊が、ダイダラボッチの巨大さを物語っていた。




