第107話
第107話 氷上の戦い2
風を操る翆にとって、風の攻撃を無力化する嵐龍の相性は最悪だった。
しかも、嵐龍は翆の攻撃を捌いているだけで攻撃に転じてはいない。
翆の猛攻は風の刃という無形で質量のない刃が、無数に嵐龍を襲っている。しかし、嵐龍はそのすべてを切り伏せ、無効化していく。
時折、翆が強烈な一撃を挟んでいくが、ことごとく見切られてしまう。
すると、翆が妙な感覚に陥った。
操っているはずの風の勢いが弱まっている感覚がしたのだ。
「そろそろ、私にも風が吹いてきた。ゆくぞ!『追風』」
嵐龍の後方からものすごい強風が吹き始めた。
刀身を鞘に納め、左足を後ろに下げ、構えを取った嵐龍が強風を利用して瞬足の一撃を翆に放った。
「『神速:風見切り』」
後ろから吹き荒れる追風を追い越し、更に速度が上がる目にも止まらない速さの一刀両断は、翆を襲った。
翆は避けるの諦め、大鉄扇を目の前に広げ、防御した。
超硬質の大鉄扇はフィル特注であるため生半可な攻撃では傷をつけることは出来ない。
しかし、その衝撃を殺すことは出来ずに翠は、吹き飛ばされた。
氷の大地に叩きつけられながら吹き飛ばされる翆。
大気のクッションを作り、勢いを無理やり殺す。
「かなり痛いでありんす・・・。」
「ほう。受けきるか。しかし、風は何度でも吹くものだ。」
嵐龍はそういうと、またも同じ体勢を取った。
翆はすかさず、大鉄扇を広げその上に乗り上空へ舞い上がった。
「空中に逃げても同じこと。風は吹く場所を選ばない。」
嵐龍は上空に舞い上がった翆目掛けて一直線に飛んできた。
「『神速:風見切り』」
勢いが落ちることなく飛んできた嵐龍の攻撃は、大鉄扇に命中し、翆を跳ね上げた。
翆は吹き飛ばされながらも、この機を逃さなかった。
「空中なら動けないでありんしょう。『大鉄扇奥義:桐壺』」
円錐状の竜巻が、嵐龍目掛けて振り下ろされた。
先端が嵐龍の刀身とぶつかりギャリギャリと音を立ている。
『桐壺』の効果は、風の摩擦による削り取る力ではなく、下方向への急速な下降気流であった。
触れた嵐龍は、風切り音を出しながら、真下の凍り付いた海上に叩きつけられた。
ガラガラと氷の塊をどけながら、立ち上がる嵐龍。
「なぜ、私の味方をしない。」
「わっちこそが風自身でありんす。」
―――――
船の周りで大技がぶつかり合い、互いに一進一退している時、船上の藍は、背後から迫る『鎧武者ゾンビ』の大群と対峙していた。
初撃の『海氷星』により、大勢が氷塊に押しつぶされたが、『鎧武者ゾンビ』は頭部が完全に破壊されないと死なない。
ばらばらになった四肢の状態でも這いずり、徐々に船へと近づいてくる。
総数にして約1万の『鎧武者ゾンビ』は、片手にむき出しの刀を携え、氷漬けになった船から降り、ゆらゆらと歩いて向かってくる。
藍は広範囲の攻撃で、『鎧武者ゾンビ』を氷漬けにして無力化していく。
「・・・キリがない。」
船に近づけさせないようにしていたが、徐々に数に圧され『鎧武者ゾンビ』が甲板に登ろうとしてくる。
氷で船に返しを即席で作り上げ、船に乗り込めないようにする藍。
数が多いため、中途半端な魔法の連発では意味がないと判断した藍は、魔力を溜め始めた。
早く翆やリリィの加勢に向かいたいが、大量の『鎧武者ゾンビ』を一撃で葬るには、巨大な魔力が必要であった。
氷を割って、船体を傷つけられても困るので、早急に対処する必要があるが、1人で相手をしている藍には余裕が無かった。
海上であるため、魔力で操作できる資源は豊富にある。
時間をかけて魔力を溜める必要があるのは、生半可な範囲攻撃では全員を止めることが出来ないと判断したからであった。
見渡す限りにいる『鎧武者ゾンビ』たちが、波のように押し寄せてくる。
藍を取り巻く魔法陣が徐々に数を増やしていき、巨大化し、これ以上膨れ上げることが出来なくなったその時、地の利を生かした藍の最大魔法が解き放たれた。
「『大氷界時代』」
既に海上は凍り付いている。そのさらに上を行く超低温が辺りを包み込み、『鎧武者ゾンビ』たちを飲み込んでいく。
芯まで凍り付いた『鎧武者ゾンビ』たちは、互いに氷塊となり結びついて、巨大な塊になった。
それは、海上を真横に分断する超巨大な山脈のようだった。
辺りは凍える風が吹き、氷が解ける気配はない。
魔法の発動を終えた藍の口からは白い息が漏れ、その場に手をついた。
操る資源が豊富であったとしても、超広範囲を一瞬で氷漬けにしたのだ。魔力がごっそりと持っていかれた。
約1万体の『鎧武者ゾンビ』は氷の山脈に完全に閉じ込められ、動くことが出来なくなった。




