9.王立学院の教師陣は個性的で、ルミナリアは美しくて、ルビーは可愛くて、でも衝撃の事実が判明してってなお話。
「今日という素晴らしき日を迎えられたこと、学院長として心より……」
「……」
「……で、あるからして、そもそもこの王立学院は……」
「……すぴー」
「……と、このように、伝統と権威ある我が王立学院の一員として……」
「ちょ、ちょっと、グレースさんっ」
「ふがっ!?」
女神の癒しヴォイスで目を覚ます。
肩をとんとんされましてよ、わたくし。
「あ、あまりこのような場で居眠りは、ちょっと……」
「ふえ? ……あ、申し訳ありません……」
「……つまり、この学院で学んでいくということは……」
あかん。
いつの間にか居眠りしてたみたいだ。
無事に式典会場の後ろの方の席に座れて、隣にルビーを携えて式典が始まったんだけど。
「……え、さらにここで当院の変遷を……」
「……すぴー」
「グ、グレースさんっ」
「ふごっ!?」
いや、無理ポ。
なんで校長的ポジションの人の挨拶は全員漏れなくあんな長いの? アナコンダなの? 名物穴子テンプラなの? 恋愛アニメの最後のキスシーンまでの間なの? ロボットアニメの必殺技の名前なの?
「き、気を付けてくださいませっ」
「ど、努力いたしますわ」
恥ずかしそうに小声で注意してくるルビーたんが愛おし……じゃなくて! 気を付けないとやね。
入学式で居眠りしてた奴ポジションはあまりよろしくない。
そこまで世俗離れしたキャラでいくつもりはないのよ。逆に目立つからね。
くそー。前の体ならなー。まばたきぐらいの速度で一瞬だけ寝てを繰り返して、居眠りしてることを悟らせないという高度なテクニックが可能だったのに。
さすがにまだこのグレースの肉体では、前世のメガネくそ陰キャオタクJKだった頃の絶技は再現できぬか。
「……さて、ではここで、当学院の教師の面々を紹介しましょう!」
「!」
会場がわあっとざわめく。
前方左側。椅子に座っていた教職員が一斉に立ち上がる。
「……こちら側から……」
学院長が順番に先生たちを紹介していく。
イケメンやら、どちゃくそエロ美人やら、ガリメガネやら、ロリエルフやら、ムキムキやら、おじいちゃんやら、ワンコやら。
個性豊かな先生たち。そりゃ生徒たちも色めき立ちますよ。てか、あのもふもふデカ白ワンコも先生なん?
そういや、物語ではいきなり婚約破棄の場面からスタートして、ルミナリアがそのまま追放されて帝国に行っちゃうから、あんまり王国のことってよく知らんのよね。
学院のことなんてホント概略ぐらいしか書かれてないから、こんな個性的な教師陣がいるなんて初耳なんよ。
スピンオフとか書いとけよ、ホンマに。
「……」
個性豊かな教師陣。
あの中で要注意なのは三人、かな。
一人目は最初に紹介されてた軽鎧を身につけたイケメン。そこそこマッチョ。でも顔はスマートイケメンというギャップ。けっこう若い。二十代後半かな?
カイゼル先生っていうらしい。
緑髪の短髪。自信に溢れた佇まい。
三年の学年主任にして剣技と魔法両方の講師を勤めるらしい。で、王国騎士団との兼務なんだって。出向みたいな?
見た感じ魔法剣士って感じ。剣技メインだけど普通に魔法も使えそう。
二人目はロリエルフ。
金髪ツインテ耳長ゴスロリという、要素モリモリの幼女。
名前は長過ぎて覚えられんかった。とりあえずエミーワイス先生でいいらしい。
当然のようにジジイ喋りだったよね。「ワシは……」とか、「……じゃな?」とか言っちゃうやつよ。俗にいうロリババアのジャンル。
あれはもうね、化け物よ。
私が言うなって話だけど、抑えてても魔力の圧がすんごい。学生たちには分からないようにしてるけど、私にはその溢れんばかりの魔力の波動がびんびんなのよ。それに反応しないようにするのが大変よ。
きっと、わざと分かる人には分かるようにしてるんだろうね。新入生の選定なのか、潜入者がいないかどうか探ってるのか。
ま、私もグランバートもそんなヘマはしないけど。
たぶん、年齢的にはもう樹木の域ね、あれ。
で、三人目はやっぱり学院長やね。
あんな個性的すぎる教師陣をまとめてるだけある。
見た目は若め。たぶん三十代前半。実年齢不明。青髪ロング。白い法衣みたいな格好。常に微笑んでる感じ。
この人はなんていうか、身に纏うオーラが神々しい。バックに太陽でも背負ってんのかってぐらいに輝いて見える。
でも、もしかしたら他の生徒はそれが認識できてないかもしれないから眩しがったりはしない。
十中八九、光の属性。教会の高位なポジションらしいしね。
「……」
とりあえずなんかあった時に危険なのはこの三人かな。『なんか』ってのは私がこの国の敵になっちゃった時よね。
てか、物語でグレースが第二王子をオトして国の実権を握った時、この人たちは何してたんだろ。
モブだから、とかメタいこと言ったら終わりだけど、これだけ実力がある人たちがいるのにグレースとライトの蛮行を、引いては私の父親の一派の台頭を許してるのが不思議でならない。
たしか、教会は王家とけっこうズブズブらしいから、もしかして学院はグレース側についたのかな。思うところはあるけど、ライトが新たな王となったなら……みたいな?
「……」
てかあれか。この学院の教師陣が完全に善人でって考えること自体が早計なのか。
そもそもグレースたちが簒奪する前の王家が本当に正しいのかどうかさえ分からないんだ。私は一方からの目線でしかこの物語を知らないんだから。
こちら側から見たら聖戦でも、あちら側から見たらただの侵略戦争でしたなんてのはよくある話。
学院が味方かどうかも分からない。
まずは、生徒や先生たちの人となりをよく知らないとってとこやね。
まあ、味方なら頼もしすぎるけど。
たぶん、一対一で戦って今の私が勝てなそうなのはこの三人だから。属性の相性とか関係なく、たぶんゴリ押しで殺される。
敵に回さなくて済むならそれに越したことはない。
「す、す、すいませ~ん! 遅くなりました~!!」
「!」
その時、教師陣の後ろにある扉から一人の男が慌てた様子で飛び込んできた。
「……はぁ。グレイビル先生。またですか」
「いや~、面目ない。花たちが僕を離してくれなくて~」
どうやら飛び込んできたのも先生らしい。
金髪のボサボサ頭。薄汚れた白衣。細めの丸メガネ。だらしない雰囲気満載の、いかにもな化学教師って感じ。年齢は、四十代ぐらいかな? 意外とガタイはいい。
「やれやれ。気をつけてくださいよ。
皆さん、彼はグレイビル先生。魔法植物学の担当になります」
「ははは。よろしく~」
呆れる学院長に、後頭部に右手を当ててへらへらと笑うグレイビル先生。
どうやら常習犯みたい。
「……」
注意しないといけないのが一人増えたよね。
グレイビル先生……なんだろ。強いってよりは、なんか油断したらいけない気がする。
「あ、あの方は……」
「ん? ルビー様、お知り合いですか?」
何やらルビーがグレイビル先生を見て驚いてるご様子。
「……あ、いえ……」
「……」
「……」
いや、言ってくれないんかい!
めちゃくちゃ気になるやーつ!
でも絶対もう言ってくれないやーつ!!
でも、やっぱりあの先生には何かあるみたいだね。
「では、私からはこれぐらいで」
あ、学院長の話はようやく終わりみたいだ。
学院長が壇上から去ると、ステージ端にいる司会役の先生が式を進める。
「では次は、新入生からの挨拶となります。
新入生代表、ルミナリア・シュタルク!」
ルミナリアたん来たーっ!!
「はい」
うんうん。颯爽と壇上に上がっていくお姿も美しい……。返事のお声は鈴のように凛としながらも、そこはかとなく甘い……。
相変わらず艶やかな流れるような黒髪。なんでそんなボディラインをなぞるように流れるん? ちょっとエロすぎん?
ルミナリアは新入生代表。つまり首席。つまり新入生の中で入試トップ。
早く行かないといけない用事ってのは、新入生代表の挨拶があるから、学院長とそれの打ち合わせをすることだったのよね。
たしか物語ではグレースが本性を現した時に、入学式で代表として挨拶していた時からルミナリアが気にくわなかった、とか言ってたのよ。
まあ、グレースは自分の本当の実力を隠して入学してたから思うところはあったのかもね。
「……」
微笑みをたたえたルミナリアは静かにゆっくりと壇上に立つと、マイク(魔法具だからホントの名前は違うけど、どう見てもマイクだからマイクって呼んでる)に艶やかな唇を近付けた。
「……ご紹介に与りました、ルミナリア・シュタルクと申します」
うんうん。第一声も美しい。
私はね、この作品の推しはルミナリアとグランバートだったのよ。
王道すぎるって? それの何が悪いのよ。
やっぱり主人公には幸せになってもらいたいじゃない?
「このような晴れの場で、このような名誉な立場をいただけたこと、心より感謝致します」
うんうん。眉目秀麗。文武両道。品行方正。
まさに物語の通りのルミナリアやで。
こんな素敵なご令嬢を騙して貶めて婚約破棄させて国外追放するなんて、私ってばホント酷い女よ!
「歴史と権威ある偉大な王立学院の一員として……」
でも大丈夫よ。
ここでは私がグレースになってるから。ルミナリアにそんな嫌な思いなんてさせやしないから。
ホントはどちゃくそにダル絡みして嫌な顔されるぐらいに近付きたいけど、下手なことすると物語の強制力さんとか、ウザ父親とかに本来の物語に近付けさせられかねないからね。
私はね、ホントはグランバートにもそうしたいのよ。でもね、メガネくそ陰キャオタクJKだった身の上としてはそんな陽キャなノリで絡みに行けないのよ。推しに迷惑かけちゃダメ精神わかる?
私は草葉の陰からルミナリアたんの勇姿を応援してるからね。
あのおバカなライトと本当に結ばれるのかは甚だ疑問だけれどね。
「……え様」
「んあ?」
ルミナリアたんに見惚れてると、隣から戸惑うような、何やら複雑そうなウィスパーボイスが……。
どうしたんだい? ルビーたん?
「……やっぱり、お姉様は優秀で素晴らしい、ですわね……」
「……なんて?」
「え? あ、ごめんなさい。声に出ていたのね。
何でもないですわ。どうかお忘れになって」
困ったような、焦ったようなお顔。
いや、ちゃう。問題はそこやない。
おねえ、さま?
今あーた、おねえたまって言いはった?
おねえたんって、あのおねえちゃま? シスター? 教会のじゃなくて、ファミリーのシスター?
「……あ、シュタルク……」
そうだ。
ルミナリアもシュタルク。で、ルビーもシュタルク。
つまり、シュタルク侯爵家の姉と妹……。
え? 嘘でしょ?
そんなことある?
ルビーは物語で出てこないからメインキャラじゃないと思って安心しきってたんだけど。
てか、物語で出てきてなくない?
ふざけんなよ作者!
ん? 待てよ。
そういや、ライトがルミナリアを追放する時に、「お前の妹も喜んでいることだろう」的な嫌味を言ってたような……。
でもそのあと妹なんて一切出てこなかったから全然気にしてなかったけど……。
「……もしかして貴女、わたくしとルミナリアお姉様が姉妹であることさえ存じてなかったのかしら?」
「……イエス。存じておりませんでしたです、はい」
オーマイガッ。んなことある?
マジで勘弁しとくれよ作者さんよ~。
こんな重要ポジションなキャラを名前さえ出さずに生殺しとか、あんたどんな脳みそしとんねーん。
「……あれ?
でも、姉妹で同じ学年ってことは双子とかでしょうか?」
ぜんぜん似てなくね?
「……」
あ、やべ。地雷踏んだ?
困ったような、申し訳ないような。そんな顔させるつまりじゃなかったんだけど。
こういう時にたまに空気読めないことしちゃうの、前世のメガネくそ陰キャオタクJK引きずってんな~って思うよね。
「……わたくしとお姉様は母が違うんですの。
ルミナリアお姉様は正室の子で、わたくしは側室の子なんです」
「あ、なるほど、ですわ」
そうだ。
正室とか側室とかあるんだった。
むしろこういう世界では常識やん。
向こうの常識にいつまでも引っ張られるのは良くないよねー。
てか、向こうでもこういう作品の世界では常識だったやん。そっちの常識と照らし合わせるんよ、私。
「……ふふ」
「え?」
ルビーたん笑った?
え? 怖いんだけど。
禁句言ったからってことで私のこと殺りに来ないよね?
この世界にそんな常識ないよね? 不敬罪とか言わないよね?
あ、でも笑ってるルビー可愛いな。笑った時の目元はちょっとルミナリアに似てるかも?
「あ、ごめんなさいね。
わたくしがシュタルク侯爵家だとも、ルミナリアお姉様の妹だとも知らずに近付いてきたのは貴女が初めてだったもので」
「……常識知らずで面目次第もございません」
どうやら周知の事実だったみたいね。
私になる前のグレースの記憶にもその事実はなかったけど、王立学院に通うような高位貴族内での常識みたいな感じかな。
「……いいえ。
わたくしは嬉しいんですの」
「へ?」
どゆことですの?
「……わたくしに近付いてくる者はだいたい二種類の人間だけでしたの。
わたくしを通じてお姉様に取り入りたい者か、わたくしを利用してお姉様を蹴落としたい者か……」
「あー……」
理解理解。
貴族社会ってそういうもんだって言うもんねー。
面子とか矜持とか派閥とか、前世ではわりとぼっち気味だった私からしたらくだらんとしか思えないけど、貴族にとっては何より優先されるんよね。
うちの父親の一派だって、もとを辿れば帝国に恭順などあり得ん! みたいなのから生まれたらしいしね。
「……やれやれ。平和にやれないもんかねー」
「……ホントに」
「!」
「ふふ」
「うへへ」
私の呟きにルビーが同意する。顔を見合わせて笑い合う。
え、私の笑い方キモくね?
「……」
そう笑うルビーはきっと貴族社会では異端なのだろう。
騙し騙され、蹴落とし蹴落とされ、顔で笑って心で相手を殺す。
貴族の世界はそんな世界。
優しさなんてのは打算あってのもの。
本当に優しい人間からしたら、じつに生きにくい世界なんだろうな。
「……グレースさん。やっぱりわたくしと仲良くなったことを、後悔してますの?」
「!」
不安でいっぱいな顔。だけど、分かってはいるけど、それでもほんのわずかに期待もしてる顔。
「……」
本音を言えば、ルビーと仲良くするのは危うい。
物語のメインキャラ、というか主人公であるルミナリアの実の妹。
それに関わるということは必然的に姉であるルミナリアとの繋がりを持つということ。
それは、私の破滅ルートであるざまあエンドへと繋がっているような気がしてならない。
というか、これさえ物語の強制力とやらの働きかけに思えてしまう。
「……正直、どうしようという気持ちがないわけではありません」
「……です、わよね……」
……そんな泣きそうな顔しなさんな。
「……でも、ルビー様と知り合うことができて、仲良くしてくださって、嬉しい、という気持ちがあるのも正直なところです」
「グレースさんっ」
ちょっと笑顔になったね。
やっぱり笑ってる方が可愛いよね。
「ご存知のように、私は男爵家の人間です。
本来であればシュタルク侯爵家の方となど関わるべくもありません。
ですが、それは逆に言えば因果もないとも言えると思うのです」
「……」
男爵家からしたら雲の上の存在だからね。
「それに私自身、立身出世にあまり興味がありません。家の後継でもないですしね。
家としては上位貴族の家に嫁に行けと思っているのでしょうが、正直どちらでもいいのです。
ここで力と知恵を身につけて、国のために仕事に邁進するのもいいかなと」
と、答えておくのが無難でしょうね。
「なので、誰とどう関わろうが問題ないのかなと。私は私が関わりたいと思った方とともに、この学院での学生生活を過ごせればいいかなと考えています」
「……」
「そして、可能ならば今後もルビー様と関わらせていただければ嬉しいな、とも考えているのです」
「グレースさんっ!」
「わっ、と」
ルビーが両手で私の両手を包み込むように掴む。
「わたくしも! わたくしもですわっ!」
嬉しそうなお顔。
ルビーたん可愛いっすね。
推しになりそうよ。
「では、これからもよろしくお願い致します、ルビー様」
「こちらこそですわ、グレースさん」
これでいい。
これでいいのよ。
破滅ルートを全力回避するのは当然だし必要だけど、それで自分の考えと違う行動をしてたんじゃ私が私である意味が、私がグレースになった意味がないもの。
我思う故に我あり、よ。
私の感情さえも物語の強制力とやらに操作されてるのだとしても、私は私がやりたいと思ったことをやる。
そして、首ちょんぱルートも全力回避する。
二兎を追って二兎とも得てやんよ。
「うふふ」
「どぅへへ」
え、笑い方キモくね?
「コレっ」
「いてっ」
「きゃっ」
なんだか平和な感じで終われそうだと思った矢先、私とルビーは何者かに頭をはたかれた。
「仲が良いのは良いことじゃが、時と場所を考えんか」
「げっ」
出たなっ。ロリババア!




