8.クソバカ王子は存外悪い人ではなさそうで。何とかモブ回避で面接を回避したい今日この頃なのよ。
「ようこそ諸君!
これから君たちと机を並べられることを嬉しく思うよ!
さあ! 俺に一人ずつ挨拶する栄誉を与えようではないか!!」
「うーわ。そう来たか」
グランティス王国第二王子、ライト・グランティス。
物語上では私に誘惑されて、まんまとそのかわゆさにやられて骨抜きにされるクソダメ王子。主人公であるルミナリアの婚約者。
「ほう! 君はハーバート伯爵の長男か!
君の剣の腕には期待しているよ! 俺には敵わないだろうがな!」
「え、だるー」
皆がライト第二王子に順番に挨拶していく。
ツンツンした頭の金髪赤目。
背は私よりは高いけどルミナリアと比べると微妙な所。長身イケメンなグランバートと比べちゃうと物足りなさがなーって感じ。ま、イケメンはイケメンなんだけどね。
「ふはははっ!
ミシア侯爵家の次女か!
たしか水の魔法が得意だったな! 遠征には必須の属性だ! せいぜい頑張れ! 俺は喉がカラカラだ!」
「……なんか、すんごいバカっぽいな」
王子の言うことには逆らえないから、皆は一人ずつ順番に並んでライトに挨拶していってる。おかげで会場の入口は長蛇の列よ。
たぶんルミナリアはもう会場に入ってて、今はお偉いさんと話してるだろうからライトの愚行を止める人がいないんだ。
横にいる取り巻きっぽい生徒は顔がひきつってるから、バカがバカしてるってことは理解してるみたい。入場の邪魔だからやめてほしいけど言えないんだろうね。
「……ライトって、あんなんだったかなー」
なーんか違和感。
第二王子のライトってば、確かにグレースにすぐにメロメロになって操り人形になっちゃうけど、なんていうか、もっと嫌味で意地が悪くて愚かで、単純に嫌な奴だったと思うんだよね。
でもあれだと……。
「おお! グルート伯爵家の三男か!
君はたしか風の魔法の適性が高かったな! その素早さを活かした剣技には期待しているぞ!
当然、俺の方が強いが、王国のために研鑽したまえ!」
「……うーむ」
たしかにちょい嫌味なとこもある、ってか自信過剰な感じだけど、そこまで嫌な奴って感じがしないのよね。
なんつーか、単純におバカな奴? って感じ。
そもそも、皆が自己紹介とかする前に相手のお家とか属性のことまで覚えてるし。
普通、王族だからってそこまでしなくない?
高位貴族の嫡男とかならまだしも、伯爵家の三男とかいう魔法の才能があってようやく王立学院に通えるレベルの生徒のことまで把握してるとか。
「うむうむ! 皆、魔法と剣の才を学院で精一杯伸ばすといい!
そうして身につけた力で王国の繁栄に是非とも貢献するのだ! はっはっはっはっ!!」
「……」
それに、このライトはこの国のことを大事に思ってるように見える。
確かに武力を育てて国を強くしようとはしてるみたいだけど、軍事力として帝国に対抗するための兵力を育てようって感じじゃない。
あくまで臣下たる学院生たちの成長を見守るかのような……。
それが、グレースに誘導されたとはいえ国を破滅に導くような思想を持つまでに変わるものだろうか。兵を、民を帝国を打ち倒すための捨て駒にするような……。
あるいは、もしかしたらライト本人は本当に王国にためだと思って帝国に攻め入ろうとしてたとか? 国を強く育てるっていう思想の方向性をグレースに誘導されて? え、私、スゴすぎない?
物語だから、と言われればそれまでだけど、なんか、それだけじゃないような気がするんよね。
「む?」
「あ……」
あれこれ考えてるうちにグランバート、えっと、今はクロードか。
そのクロードくんがライトの前に。
「殿下。お初にお目にかかります。
クロード・マルチネスと申します」
跪いて丁寧なご挨拶。
私にはグランバートの見た目のままだから、すんごい違和感。あれって、他の人にはクロードくんに見えてるんよね? 茶髪短髪(だっけ?)のモブ系地味男くんに。
私からしたら、未来で首をぶった斬る人がそのターゲットに頭を垂れてるっていう異様な光景にしか見えないのだがね。
「……マルチネス……おお! 西の国境沿いの領地を治めているマルチネス家か!」
「はい。私はそこの三男にあたります。ライト第二王子殿下にお目通り叶い、恐悦至極にございます」
うーむ。グランバートの見事な営業スマイル。本来のグランバートの姿であの笑顔が見られるとか、私だけの特典やね。あの姿のままだと、そこはかとなく怖いけど。
てか、ライトが思い出すのに時間かかるぐらいにマイナーな地方貴族なんだね、マルチネス家って。そりゃ確かに姿や身分を偽るのに適してるわ。
まあ、きっとマルチネス家には手を回してて、問い合わせられても大丈夫なようにはしてあるんだろうけど。
てか、西の国境って帝国との国境だしね。なんならお家ごと帝国の息がかかってる可能性がなくはない。あそこは昔はよく帝国と王国で領土の取り合いをしてたみたいだし。
一応は王国の領土ってことで落ち着いたけど、武力で勝る帝国がそれを許したのはこういう時の隠れ蓑として使う策略があったのかも。
「すまんな。君のことに関しては私の勉強不足だ。
得意があれば教えてはくれないかな?」
「もちろんでございます」
……いや、ライトいい奴じゃね?
王子が地方貴族の三男坊にそんな態度取る?
教えろ! とか言ってもいいぐらいなのに、なんでこんな殊勝なの? え、グレースってマジでどうやってライトをオトしたの? 物語では初っぱなからグレースにやられてて、ルミナリアを婚約破棄するとこから始まるから分かんねーんすけど……。
まあ、バカないい奴ってのは簡単に騙されるだろうから、グレースにいいように言いくるめられたのかね。
「私は風の属性を持っておりますが、どちらかと言うと魔法よりも剣の方が得意の部類に入るかと。魔法はあくまで剣の補助として扱うレベルにございます」
「なるほどなるほど。風は剣と相性がいいからな。いつか手合わせ願いたいものだ」
「……いえ。私などが殿下と剣を合わせるなど。ご期待に添えられるとは思えませんので」
いやー、あんた本気出したらライトの首なんて一瞬でゴーイングヘルロードやろ。
グランバート……クロードは、どうやら風の属性ってことでいくことにしたみたいだね。
グランバートは本来闇の属性。けれども、この国で現在確認されている闇の属性の持ち主はルミナリアのみ。
だから、クロードとしてこの学院で過ごすために自らの属性を偽らなければならないんだけど、私以外の人は自分が持つ属性の魔法以外は使えない。しかも一つの属性だけ。
そこを私がフォローしていくっていう契約になったわけだけど、いつでもどこでも私とグランバートが一緒とは限らない。当然、グランバートが一人で魔法を使わなければならない時が訪れる。
そこをどう乗り切るのかと思ったけど、なるほど、風の属性なら剣技で何とかなるかもしれない。
剣に魔力を纏わせて斬撃を放つ剣技は、見せようによっては風の魔法にも見える。
きっとグランバートは、クロードの時はそんな感じで属性によらない基本魔法とか闇の魔法とかを駆使して、自分を風の属性だって思わせるつもりみたい。
この王立学院は魔法か剣技かお勉強のどれかで優秀なら、貴族なら誰でも入れる。まあ建前は、だけど。
実際は伯爵家の嫡男以上がほとんど。それ以下は本当にマジで実力のある人しか入れない。
私は魔法の分野で突破したわけだけど、クロードくんは剣技の方で入学したみたいだね。
でもまあ、そうなると私のフォローも最低限で良さそうだね。
下手に手を出して、あの時は出来た風の魔法が私がいない時には出来ない、なんて事態に陥ったら元も子もないしね。
「ふっ。謙遜をするな。
隠していても、目を見ればそれなりに実力は分かる。
それに魔法が得意でないにも関わらず君の身分で王立学院に入学出来たのなら、剣の実力は相当なもののはずだ」
「……ご慧眼。お見それしました」
「ふっ。まあいい。
楽しみは授業でその機会が来るまで取っておくとしよう。
ともに研鑽に励もうではないか。期待しているぞ!」
「勿体ないお言葉」
クロードは深く頭を下げると、すっと立ち上がって会場へと入っていった。
「……」
うーむ。
やっぱりライトが私のイメージしていた人物像と違いすぎる。
ぜんぜんクソクズ野郎に見えない。
しかも思ったよりバカじゃないし。
クロードも認識を改めてるみたい。
帝国としては敵に回すと面倒な相手、ぐらいに格上げされたのかね。統率力もありそうだし。
まあとはいえ、クロードはクロードとして無難にライト面接を乗り越えたね。
さーて、私はどうしよっかねー。
どうやってライトの印象に残らずにこの場を切り抜けられるか。
一応、属性は火の属性でいこうと思ってる。
この国の属性分布としては水の次に人数が多いし、私のクズな父親も火の属性だからだ。
魔法の属性は必ずしも遺伝するわけじゃないけど、親と同じ属性になるパターンはけっこう多いからね。資質とか環境とかと関係あるみたいだから。
「……いっそ消えるか」
光の魔法で偏光迷彩して姿を消してすり抜けるって手がないわけじゃない……いや、ダメか。入学式の会場はかなり厳重に結界が張られてるみたいだから、たぶんライトの横をすり抜けて入口に入った瞬間に魔法は解けちゃう。
透明化なんて学生がおいそれと使える魔法じゃないから、そんなのが発覚したらライトどころか学院に強制連行されて拷問まがいの尋問が待っている可能性がなくもない。
そんなことになったら速攻トンズラこくけど、私はとりあえずはこの学院でのんびりまったり平和に暮らしていきたいと思ってる。
だから、やっぱりここはクロードくんに倣って無難にやり過ごすしかない!
「む? おい! そこの君!」
「わひゃほぉい!?」
「……なんて?」
びっくらこいた~。
あれこれ考えてたら件のライトに声をかけられた。
まあ確かに、ぼけ~っと野次馬しまくってる可憐なかわゆい女の子がいたら声かけるわな。
「あとは君だけだぞ?
早く来たまえ」
「え? ……あ、いつの間に……」
いつの間にやら野次馬軍団もご挨拶を終えてて、私だけがポツンとぼけ~っとしていた今日この頃いかがお過ごし?
「あ、と……」
と、とにかく早く行かなきゃ。
このままじゃ悪目立ちする。
それは宜しくない。
私はモブに徹するんだ。
ルミナリアたんにはおそらく覚えられてしまった。グランバートとは盟約関係になった。
だからライトとは、せめて顔見知りぐらいの関係性でいたいのよ!
「い、いま行きま……ひゃっ!?」
と思って、慌てて駆け出した瞬間に何にもない地面に躓いて転びそうになる。
やば。完全に油断してた。これ顔面ダイブするやつ。地味に痛いやつ!
「あぶないっ!」
「きゃっ!!」
……え?
何が起きた?
何かに優しく受け止められ……
「大丈夫か? 気を付けたまえ」
「……あ」
思わずつぶった目を開ければそこには、キラキラ輝く王子様の素敵なご尊顔ががががが……じゃないっ!
「どうぇーーいっ!!」
「うおっ!」
慌ててライトの腕の中から緊急脱出。
やべーやべー。やってもた。
王子様に抱き止められるとか、どんなヒロインムーブよ。
「し、失礼いたしました!
あの、えと、わ、私、緊張してしまって……えと、あの……し、失礼しますっ!!」
「あ、おいっ!」
こうなりゃ逃げるのみ!
ライトってば、近くで見るとやっぱりイケメン王子様なのよ。
グランバートが魔王系イケメンなら、ライトは王子様系イケメンなの。分かる?
んで、私ってば前世ではイケメン耐性皆無で人生生きてきたの。おまけに二次元イケメンにはヨダレ垂らすぐらい沼ってたの。
そんな奴が二次元イケメンの現実化みたいな王子様の腕に抱き止められるとか、無理なのよ。
完全に顔真っ赤なのよ。
「……はー、はー」
何とか無事に会場の中へ。
ライトは追ってきてはいないね。ご挨拶まだの人もいたもんね。
「ちょ、ちょい休憩……」
式典が行われるメインホールの手前にある廊下に設置されたベンチでひと休み。
あれはヤバかった。
完全にヒロインムーブだった。
どうしよ。
ライトの印象に私が残ってしまったら。
「……あ、てか、自己紹介とかしてないやん」
いや、むしろしないでおいて個人を特定されない方が良かったか?
……いや、んなこたーない。他の人に前習えした方が絶対に良かった。
地味メガネ陰キャオタクJKのすり抜け人生経験をナメんな。
こういう時は無難に他の人と同じように、印象に残らない自己紹介をして通り抜けるのが一番なんよ。クロードくんみたいにね。
これは悪い方の覚えられ方されるやつなのよ。
こうなると陽キャは私をもっと知ろうとするか、イジってくるかの二択。
極力、関わりたくない私としてはどちらも望まない立ち位置。
「……これはやられましたでござるな」
そもそも魔法で五感を含めた身体強化をしてる私が何もない地面で躓くなんておかしいのよね。
しかもライトの腕に包まれるまで接近に気付かないとか、あり得んぬ。
これはあれよ。
物語の強制力とやらの出番なやーつよ。
本来の物語の本筋通りに進もうとするこの世界が、何とかして私とライトに関わりを持たせようとしてる。
結果として、ルミナリアは私に興味を持ち、グランバートとはガッツリ絡み、ライトとは直接触れ合ってしまった。
「あかん。これはだいぶあかんよ」
グレースさん、かなりの劣勢を強いられております。
まあでも、グランバートっていう強力な後ろ楯を得られたことは大きいか。
今のところフィフティフィフティの痛み分けって感じかな。
とはいえ油断大敵。
物語さんはすぐに私に物語させようとしてくる。
常に気を張っておかないと。
特に物語の主要キャラと絡む時は細心の注意を払わねば。
「グレースさん?」
「……あ、ルビー様」
ベンチで座って休んでる私のもとにルビー侯爵令嬢が登場。
相変わらずキラキラしてて美しい。
「大丈夫ですの? 顔が赤いですわよ?」
え、まだ赤いの?
どんだけ耐性ないのよ、私。
相手はライトよ。
物語ではグレースにすぐオトされて操り人形になっちゃう、愚かでしかも酷い奴。
今はおバカでいい奴みたいだけど、それでもグランバートみたいな闇を抱えた超絶イケメンに比べたら私の好みじゃないはず。
いくらイケメン王子様でも、私はそんな節操ない女じゃない。
もしかしたら、これさえ物語の強制力さんの影響なのかしら。だとしたら怖すぎる。人の感情さえどうにかしようとしてくるのなら、私は私の感情を信じられなくなってきちゃう。
どうにかして対抗する術を見つけないと。
「だ、大丈夫ですわ。
少し人に当てられてしまって」
「そう。確かに式典は人の多さに圧倒されてしまうものね。
落ち着いたら一緒に行きましょう。もう少ししたら式が始まりますわ」
「……申し訳ありません」
一緒にいてくれるってか。
ルビーしゃんええお人やの。
ルビーのことは知らないけど、物語の主要キャラじゃないから絡んでも平気なはず。
ぜひとも仲良くしていただきたい。美人だし。
「……違いますわ」
「……へ?」
彫刻みたいに美しい天使なルビーの顔をぼーっと眺めてたら、そんな天使が私の鼻に人差し指をちょんってしてきた。
「こういう時は、『ありがとう』って言うものですわよ」
「あ、ありがとう、ございま、す……」
「うん。よく出来ました」
「っ!!」
ちゃう! 天使やない! 女神や!
女神の微笑み、ここにあり!!
「……ルビー様。一生……いえ、死してなお、貴女様の魂に絡み付いてでも、私は貴女様についていきますわ」
「……そ、それはちょっと気持ち悪いですわね」
うん、ごもっとも!
「そろそろ大丈夫かしら?」
「はい。ご心配おかけしました」
少し落ち着いた頃に、ルビーが立ち上がって手を差し伸べてくれた。
それに甘えて、手を掴んで体を起こす。
ルビーの手は日だまりみたいに温かかった。
癒しや。
この人は私のオアシスや。
「じゃあ行きましょ。
もう前の方は席が埋まってるでしょうけど、奥なら人も少ないしちょうどいいでしょうね」
「……申し訳……あ、と、ありがとう、ございます……」
「ふふ。どういたしまして」
女神の微笑みに癒され、私は式典が行われるメインホールへと入っていったのでしたとさ。




