7.トゥンク……なんて勘違いに決まっとろうが!!
『どーするー! どーするよー!』
『落ち着け! 落ち着け私!』
『いや、お前が落ち着け私!』
『まずは私が落ち着こう私!』
てなわけで、グランバートがびっくりしてる間に私の脳内ではどうやって切り抜けよう大会議が開催されているわけですが……。
『無理無理無理! 無理よ!
あんなん怖すぎやん!』
『いや、ホンマよ! このままやったら私は首フライアウェイまっしぐらよ!』
『それはイヤー!』
うん。結局全員私なわけで、私と私が脳内で会議したところでこうなるのは目に見えておりまして……。
『まあ、待ちたまえ』
『ユ、ユーはっ!?』
その時だったのよ。彼女が現れたのは……。
『ようは、グランバートに対してメリットを提示できればいいわけなのだよ』
『推理モードの私!!』
そう。私には彼女がいた。
冷静で俯瞰した目線で物事を見極める、オタ活してる私がふと我に返る時に活躍するお方。
ラストワン賞を意地になって狙ったり、推しが出るまでガチャを回そうとしたり、お昼休みにたまたま好きなアニソンが流れてきた時にテンションマックスになりそうになったりした時に、「ちょっと待て。まあ落ち着け」と声をかけてくれる偉大なる御方。
『メリットってなーに?』
お子ちゃまな私もかわええ。てか、脳内会議でも私はもうグレースなのね。
『つまり、グランバートにとって私を生かしておくことが良いことだと思わせるのだよ』
『なるほど。んで? 具体的にどないすんの?』
せっかちな私は相変わらずせっかちだねえ。
『グランバートと協定、いや、同盟を結ぶのだ!』
『ドウメイ? ナンデースカ、ソレー?』
……お前誰だよ。
『私は物語のメインキャラたちと関わらずに、自分の実力を隠してのんびり学生生活を送りたい。この際グランバートは仕方ないとしてね。
で、グランバートも多分自分の正体を隠したいはず』
『え? でもグランバートはそのままの姿よね? なぜか皆騒がないけど? きゅるるん』
きょとんな私。アザトカワイイ。
『ここからは推論だが、グランバートは自身の姿を偽る魔法を使っているのだよ。それならば周りが騒がない理由も分かる。
なぜか私には通用しないようだけれども』
『オデ、ムスガシイ、ワカラナイ』
……いや、お前も誰だよ。
『で、学院の授業には魔法の授業も当然のように存在している。むしろそれがメインといってもいいだろう。
グランバートは稀有な闇の属性。しかし彼はそれを露見させたくない。だが、この国で現在確認されている闇の属性の持ち主はルミナリアだけだ。
とはいえ、魔法の授業では自身の属性はもちろん判別されるし、習った魔法を使わなければならない。
本人がどうするつもりか分からないが、それに私が手を貸そうと提案するのさ』
なーる。闇以外の全属性魔法を使える私がグランバートが魔法を使う時にこっそり代わりにやってあげるってわけだ。
『うむ。その通りだよ主人格くん』
なーる。
『じゃあそれでいこう! すぐいこう!』
せっかちだのう。せっかちな私。
『いや、実際早い方がいい。
あまり待たせるといらぬ勘繰りをされかねない。ただでさえ私は警戒すべきアイオライト家の令嬢。
ここは正直に誠実に私の目的を話すべきだね』
おけ!
テンキュー推理モードな私!
んじゃらば、いってくるぜ!
『健闘を祈る』
……うん。なんだこの茶番!!
「おい。聞いているのか」
「はっ!」
てなわけで、現実に帰還して参りました!
相変わらず『氷の皇太子』はメチャクチャ怖い顔して剣を握りしめてる。
イケメンなのがより怖いよね……いや、イケメンじゃなくても怖いか。
「……なぜ、私の魔法を知っているのかと聞いている」
こえー!
マジ怖ぇーっす。グランバート様。
その氷のような冷たい瞳で射抜かれて、私の手汗はもう華厳の滝でござい。
いや、マジでチビるわ、これ。
「……それは」
でも、頑張らねば。
ここでこの人に斬り捨てられるわけにはいかない。
せっかく得た再びの人生。
生きてやらねば女が廃るってもんよ!
「……言えません」
「……ほう」
とはいえ、よ。
この世界を描いた物語を前世で読んでいたから知っていました、なんて言えるわけもなく。
言ったところで苦し紛れに適当なことを言ったと思われてズバァッ! なるわけで。
グランバートみたいに相手を解析鑑定するのは普通は難しく、闇以外の全属性魔法を使える私であってもいくつか手順を踏まないと相手の魔法を解析することは出来なくて、おまけにそれには相当数のレベル差が必要で。
当然のように今会ったばかりのグランバートに対してそんな手順を悠長に踏んでいる余裕などあるはずもなく。
「よほど死にたいよう……」
「グランバート殿下がご自身の魔法を隠しておられるように、私もまた、私の魔法についておいそれと話すわけにはいかないのです」
「!」
再び剣を動かそうとするグランバートに重ねるようにして言葉を紡ぐ。
話は全部聞こーぜー。
そうやってすぐぶった斬ろうとするの良くないぜー。すぐぶった斬るってなに?
「……そしてこれは、私の実家含め、私以外に知る者はおりません……いえ、グランバート殿下以外には、ということになりますね」
イミブカやでー。
エサふりふり。食いつけー。食いついてくれー。
「……これ、とはどれのことを言っている?
貴様の魔法か?
それとも私の魔法か?」
ええぞー。釣られておる。
剣を止めた時点で、お主はすでにワシの釣り針を飲み込む運命なのじゃー。
「……どちらも、にございます」
「……ふむ」
これは食ったな。
グランバートから殺気が消えた。
完全に私の話を聞くモードに突入。
確変突入よ! ま、確変とかよく分からんのだけどね。JKだったし、私。
「私の魔法は、殿下が仰る通り闇以外の全ての魔法が使用可能です。
そして殿下の魔法については、私がその中からいくつかを使用して把握しました。
このことは私の父親でありアイオライト家の当主でもあるサイラス・アイオライト男爵でさえ知りません。
というより、殿下の魔法について解析したのはつい先程のことですし」
本来は学院入学前にグレースが自身の秘めたる力を父親に披露することで、グレースとサイラスは派閥の中枢に一気に入り込んで実権を掌握するってストーリーなのよね。
グレースは下手なことをしたら父親に消されるって幼いながらに理解してたから、ずっとこっそり魔法の練習をしてて。父親から離れる、かつ何かあれば自分で自分の身を守れるレベルにまで到達した学院入学直前っていうタイミングで父親にカミングアウト。
父親は驚くけど、娘がその力を使って計画実行に尽力しようとしていると知って、それを利用してのしあがることに。
結果的に父親はグレースが第二王子の婚約者になった時点で派閥のトップに上り詰めるんよね。
てか、やっぱりそうやって聞くとグランバートとルミナリアに無慈悲にざまあされちゃったグレースって可哀想じゃね?
「……ふむ。
どのタイミングで私に解析魔法をかけられたのかは甚だ疑問だが、ひとまずそれはいいだろう」
あざーす!
「それよりも、なぜ父親にさえ自らの力を秘密にしている?
それだけの力があると分かれば、貴様はもっと身の振り方を選べるであろうに」
場合によっては、たとえば父親が多額の金額を受け取って私を侯爵家あたりに養女に出すとかって手もあっただろうね。そうなったら私はもう勝ち組同然だし、父親は一生遊び呆けても何とかなるだろうしね。
なんなら下手に第二王子の婚約者の座を奪わなくとも、それこそ第一王子の婚約者さえ狙えただろうね。
あとは男爵家のままでも高位貴族の婚約者の座を狙えただろう。
でもね……
「……父は、自分が一番でなければ気が済まない質にございます。
そして、自らの立場を脅かすのならば実の娘であろうと容赦はしない。そのような考え方の持ち主なのです」
『私はこのような所で終わる器ではない』
それが口癖の男よ?
そんな父親がこれだけの力を持った娘を手放すわけないのよ。
で、自分の思い通りにならないと少しでも思えば、きっとあいつは私を殺すのよ。
だから、私は本来父親に魔法についてカミングアウトするタイミングで何も言わなかった。
つまりあの父親からしたら、私は魔法が少しだけ得意な従順な駒の一つのままってわけ。
よって、父親も私も派閥内での地位はそんなに高くない。計画が成功すれば出世はするだろうけど、派閥の中枢たる高位貴族には食い込めない、あくまで駒の一つ。それが今の父親と私の派閥内での地位。
私がグレースになる前のグレースが父親にカミングアウトしなかったのは英断ね。ま、そういうシナリオなんだから当然なんだけど。
「……腐った貴族だな。だが、そういった輩がどの国にも一定数いるのもまた事実、か」
「仰る通りにございます」
グランバートはそういうクズが大嫌いで、帝国では残酷なまでにそんな奴らを粛清してた。だから周囲から恐れられ、『氷の皇太子』なんて異名をつけられてた。
でも心は傷付いてて、ルミナリアがそんなグランバートの心の傷を癒すんだ。
「……貴様の目的はなんだ?」
「!」
グランバートの目が少しだけ優しくなった。
私は知ってる。
グランバートが粛清した帝国の貴族の子供たちを引き取り、教育を施し、仕事を与えていることを。
『親とともに腐っていないのなら子は被害者。ならば帝国はそんな国民を保護する義務を負うだろう』
ルミナリアになぜそこまでするのかと尋ねられた時のグランバートのセリフだ。
グランバートは本当は優しい。
けれどもそれを悟られるとナメられる。つけ入る機会を狙われる。身近な者が危険な目に遭う。
だからこそ、グランバートは『氷の皇太子』の異名を甘んじて受け、怪しいことをすれば粛清されるという印象を周囲に与えることにしたのだ。
まあ、そりゃ心まで凍るよね。
物語ではルミナリアたんがその氷を溶かすんだけど、今ここにいるグランバートはまだガッチガチの絶対零度皇太子様なわけやね。
でも、やっぱり心根は優しいわけで。とはいえ皇太子として強かな所もあるわけで。
……ホント、不器用な男だよね。
物語ではルミナリアがそんな凍てついたグランバートの心を溶かしてくれるけど、追放されることのないルミナリアはグランバートと出会わない。そもそもルミナリアは婚約破棄されない。
私がライト第二王子を奪ったりなんてしないから。
……でも、そうなると誰がこの人の心を溶かすのか。あるいは、溶かしてくれる人のないまま、この人は孤高の皇帝となるのかな……。
……でも私は、それをまんまと利用しようとしてる。
グランバートの優しさを、凍った心を、皇太子としての強かさを。
私が、生きていくために。
「……父から与えられた名目上の私の目的は、『この国の第二王子の婚約者の座をルミナリア侯爵令嬢から奪い取り、第二王子を傀儡とした後、国王を騙してこちら側に引き込み、帝国との友好関係推進派の第一王子を排斥し、軍備を整え、帝国を支配下に置くこと』でございます」
「……愚かな」
ホントにね。
「ですが、私にそのようなつもりは皆目ございません。
私の真の目的は、父親には目的遂行のために動いているように見せて、実際は計画実行に必要な方々とはなるべく接触せずに、平和にこっそりのんびりと生きていくことにございます」
「……つまり、貴様も自身の能力を隠しておきたい、ということか」
「お察しの通りにございます」
やっぱりグランバートは頭がいい。
私の持っていきたい方向性を早くも察したようだ。
グランバートは『貴様も』と言った。
それはつまり自分もまたそうだと私に教えているようなものだ。
「……貴様のその目的と本来の強さを知っている者は本当に誰もいないのか?」
「……あ、いえ。一人だけ」
「……誰だ?」
やべ。警戒度が上がっちゃった。
「私の学院生活の世話を任せているメイドでございます」
「……そいつは信用できるのか?」
ん? てか、
「殿下はステラのことも見ておられたのでは?
ルミナリア様との一件の際にも近くにいたのですが」
なんならそのあとしばらく一緒に行動してたし。
「いや、そのあとはルミナリア嬢のあとを追っていたのでな。彼女の用件とやらも気になった。
貴様のことは私の魔法で行方の監視をしていたが、同行者までは判別できないからな。
貴様の元に戻った時には、貴様はすでに一人だった」
「左様でございますか」
ステラといる時にも強烈な視線を感じたような気がしたけど、それはグランバートの魔法だったのか。魔法が得意じゃないステラはその魔法による視線を感知できないけど、私は魔法的な感覚器官も強化してるから、グランバートの潜めた視線よりもその魔法の方が感知できた。辻褄は合うね。
「……それが何の関係がある」
あ、ステラを信用できるかどうかって話ね。
「……ステラは、銀髪にございます」
「……帝国の出か」
少しだけ悲しそうな顔。
他国に、しかもかつては仮想敵国でもあった王国に行かなければならない事情のあるメイド。
それだけで複雑な背景があるのはお察しだろう。私も詳しくは知らないけどね。
「父は帝国が嫌いです。
私が連れてこなければ、ステラは最悪すぐにでも消されたでしょう」
「……一人のみ許された同行者。よく父親がそれを許したな」
「帝国出身のメイドをそれに選ぶ。第二王子のみならず、第一王子の興味を引くには十分すぎる素材では? と提案したまでですわ」
「……怖いな、お前は。なかなかに」
「……殿下に言われたくはないですわ」
お互いに敵に回したくはないと思わせられたのなら上出来。
「……話を先に進めても構わないとは思うが、これまでの貴様の話が全て真実であるかどうかは分からない。
全ては私を騙してこの場を逃れるための嘘かもしれない」
うーむ。疑り深いねぇ。さすがは『氷の皇太子』。
「貴様の話が真実であると信じられる証拠は提示できるか?」
「……」
そんなの、出来るわけがない。
物的証拠なんてもちろんのこと。証言なんてのも得られるはずもなく、互いが用意する証人をそもそも信用できないし。
というか、その質問自体に意味がないのかも。
「……時間切れを狙っておられるのなら、それは互いにデメリットにしかならないのではないかと」
「……ふむ。始めはただの阿呆かと思うほどに不安だったが、なかなかどうして、こちらの意図を読むではないか」
ただの阿呆で悪うござんしたね、その通りではあるのよ。
「互いに信用できる証拠がないのは承知の上。それでも互いの目的のために互いを利用できるのなら利用してやろう。
私たちはそういった心づもりで手を組むのも悪くはないと思いますよ?」
下手に誤魔化して適当な証拠みたいなことを提示してみたり、信用してくれと懇願するようなら手を組む価値はない。
グランバートはきっとそう考えたんだ。
まもなく入学式が始まる。
話を進めないとと私は焦る。焦れば焦るほど人は本音が出る。
グランバートは私という人間を見極めようとしている。
けど、そんな手にはのってやらない。
こちとら陽キャどものノリを回避するプロなのよ。
ヘイトは向かないように、かつ変に意固地にもならず、適度な距離感でもってカーストの下位に収まる。
人間の見極めなら私だって負けてないのだよ、グランバートくん?
「……ふっ。駆け引きも通じるか。
なかなかに面白い女だ」
「ヴふぉっ!?」
「……なんだ?」
「あ、いえ、なんでも」
まさかの『オモシレー女』認定いただきましたけど!?
いや、もうね。グランバートと関わらないようにしようってムーブは無理だって分かったのよ。
ここまで見破られた以上、利害も一致してることだし一蓮托生になるしかない。
だから興味を持たせようとはしてたんだけど、まさか『私的異世界転生したら言ってみたい(言われてみたい)ランキング』第四位にランクインするセリフを言われるとは!
しかもこの物語での推しであるグランバートに。
そりゃ、思わずヨダレ吹き出しそうになるよ。
「いいだろう」
グランバートは軽く笑いながら剣を鞘に戻した。
そんなふうに笑うんすね。笑顔はわりと可愛ええやん。
「貴様の本来の実力に関しては口を閉ざそう。そしてそれが他の者に漏れないように協力もしよう」
「それは助かります」
いや、マージで助かるでよ。
「また、いざという時には私が貴様の後ろ楯になってもいい」
「……と、言いますと?」
いざっていつ?
「……貴様の父親に貴様の本心が知られて、その身が危うくなった時、だ」
「!」
それは私が目標のひとつに掲げていた、父親が私を消そうと動き出した時に私を保護してくれる高位貴族を探すというもの。それにグランバートがなるということ?
帝国の皇太子なんて、確かにそれはこれ以上ない高位貴族だけども。
「……有難い申し出ですが、貴方がそこまでするメリットがありません。いえ、そこまでのメリットを私側が提示できません。
これでは天秤が傾きすぎる。
アンバランスな協力関係は不和を生みます。
そして何より、私がそんな好条件を信用できません」
私はグランバートの素性を。グランバートは私の本当の実力を。互いに他の人間にそれを漏らさない。
そこから一歩踏み込んで、互いにそれが露見しないように協力する。
私が今回の話で落ち着けようとした着地点はそこだ。
それより先は互いに信用できていないから無理だと思ったからだ。
私だって、グランバートのことは物語上では知っていても、現実の人間として、グランバートの人となりや考え方をちゃんと理解しているわけではない。なんならこのグランバートは私が知っている以前のグランバートだ。
ここからいくらでもグランバートは変われる。人間の性根なんて外的要因で簡単に変わるものだから。
「……ふっ。メリットならあるさ」
「……なんでしょうか」
下手したら王国と事を構える事態になりかねないリスクを背負ってまで私を助けようとするメリットなんて。
「貴様は私しか倒すことができない。それほどに貴様は強い。
ならば、私の庇護という名の監視のもとに居てくれた方が対処がしやすいというものだ」
「……それほどの脅威ならば、捨て置けば勝手に身内で潰し合ってくれるのでは?」
わざわざ守らなくても、グランバートが保護しなければ私は父親に消される可能性が高い。
私が怖いなら、わざわざ囲う必要はないだろう。
「最悪の事態を想定してみた。
貴様の愚かな父親が貴様を殺そうとする。貴様はその全てを返り討ちにして逃亡。ついでに父親も殺す。王国から追われる身となった貴様だが、それは自由になったということでもある。
もはや貴様を縛る枷はない。
王国を滅ぼすも支配するも貴様の自由。
いや、貴様ならばまずは私を始末しようとする。世界で唯一、貴様を倒せる存在だから。
魔法の効かない私を、貴様は王国という物量で潰しに来る。私以外を貴様が殲滅してな」
「……それは、確かに最悪の事態でございますね」
私が魔王になるエンドってことね。
「貴様には枷が必要だ。
父親を殺してしまえば解決するというのに、貴様はそれをせずにこそこそ隠れることを選んだ」
「……」
いや、私は前世では平和で呑気な世界でアホみたいなメガネクソ陰キャJKやってたのよ。
人殺しなんてしたくないのよ。
それが許される上にそれが簡単に出来てしまう力を手に入れたとしても、やっぱりそれは悪いことだし、私自身がやりたくないのよ。
……たとえ、向こうが私のことを簡単に殺そうと思えるようなクズみたいな父親でも、ね。
「だが、人は開き直ると何をするか分からない。
たとえば、貴様が連れてきたメイドが貴様の目の前で父親に殺されたら、貴様はきっと父親を殺すだろう」
「……それは、そうでしょうね」
まあ、ステラはそんな簡単に殺されたりはしないだろうけど。
「貴様は人を殺してはいけない。
なぜかは分からないが、貴様はそのハードルが恐ろしく高い。ならば、それを越えてはならない」
そりゃ、そういう世界にいましたのでね。平々凡々なメガネクソ陰キャJKにはそんな勇気はないし、そんなことしたくもないからね。
ぶっ殺な気分になることはあっても、それは本気じゃないもん。あくまでネットとか、言葉としてそういうふうに使ってただけだから。
実際に、現実的に誰かの命を私が奪うなんて考えられない。
「だから、私が護ってやる」
「!」
「貴様が人を殺さないと言うならば、私が貴様にそんなことはさせない。
これは貴様のためでもあれば、世界のためでもあり、そして私のためでもあるのだ」
「……」
真っ直ぐで、誠実で、嘘がないのは分かる。
正直だもの。
私を魔王にさせないことがちゃんとグランバートのメリットでもある。
監視するから守ってやる。
私に、鳥籠に入れと言ってるんだ。
世界を焼き尽くさないならば鳥籠を誰にも傷付けさせないと。
「……分かりました。
魔王は鳥籠でおとなしくします」
「ふっ。なんだ、その例えは」
「!」
また笑った。
今度はさっきよりも自然でちゃんとした笑顔。
少しだけくしゃっとした目元。凍ってなんてない。カッコよくて、ちょっと可愛い笑顔。
「……ん? どうした?」
「なっ! なんでもなす!」
「ナス?」
わふっ。落ち着け私。
オタクを出すな。
トゥンク……したなんて思うな。
勘違いすんな。私はメガネクソ陰キャJKだ。
こんなイケメンに惚れても火傷するだけだぜ!
クラスのカースト上位のイケメンに気まぐれ優しさロマンティックされたからって勘違いする痛いオタク陰キャにはなるな。
グランバートは帝国の皇太子で『氷の皇太子』で、……いずれはルミナリアと結ばれる人、なんだ……。
ん? あ、でも私が第二王子を奪わなきゃそうならないんだっけ? ん? なんかよく分かんなくなってきたぞ?
「おい。大丈夫か?」
「ん?」
あれ? いつの間にグランバートの顔が目の前に……て!
「近いて!」
「あ、すまん」
すまんじゃないわ! そのどちゃくそイケメンなご尊顔が目の前に現れたら私の心の臓は十六ビート余裕で越えるんだから! 死ぬわ!
「……ふっ」
「ほえ?」
なにまた笑っとんねん。
「貴様は、それが素なのか。
なかなかに面白いではないか」
「……悪うござんしたね。
こちとらちゃんと貴族令嬢しないといけないから普段から大変なんよ」
うちの父親にはこんな言葉遣いできないからね。
あれ? てか私、グランバート相手に、帝国の皇太子様になんて口の聞き方を。
「はっはっはっはっ!」
「いや、爆笑すんなし」
そんなおかしいかね?
腹抱えて爆笑すんな、氷の皇太子。
「構わん。貴様は私の前ではそのままでいろ。
これは命令だ」
「命令て、何様やねん」
あ、皇太子様か。
「いや、そうだな。命令ではないな。
これは協定を結ぶ上での条件だ。
我々は対等でなければならない。
だから貴様だけ畏まるのはなしだ。
二人の時はそれでいろ」
「ぬう」
なんかずるいぞ。
すぐにそうやってちゃんとした理由つけてきやがって。これじゃ断れないやんけ。
くそう。歴戦の皇太子様には敵わぬか。
「……グレース」
「ん?」
「なら、二人の時は私のことをグレースって呼んでよ。
私も、貴方のことはグランバートって呼ぶから」
「いいだろう」
ん? なんか私さりげにすごいこと言ってないか?
男子相手に互いに呼び捨てにしよなんて提案、人生初なんだが?
「ああ、ちなみに学院での私はクロードだ。クロード・マルチネス。
姿も、茶色の髪に茶色の瞳というごくごく平凡な地方貴族の三男、という設定だ。
グレースにはなぜか私の変装魔法が効かないが、学院で他に私の魔法を看破できる者はいない。その類いの魔法を私は無効化するからな」
「クロード……」
やっぱりそういう魔法を使ってたのか。
私にはそれが効かないってのはなんでだろ。闇以外の全ての属性の魔法を使えることと関係あるのかな。
……グレースってさっそく呼ばれた時にドキッとしたのは内緒だ。
「……そろそろ時間だな。
細かいことはまた改めて話すとしよう」
クロードが入学式の会場の方に意識を向ける。
確かに生徒たちが集まりつつある。そろそろ式典が始まりそうだ。
「私はこちらから戻る。
グレースは別方向から他の生徒に紛れろ」
「おっけー」
当たり前のようにグレースって呼んでくる。
この世界では当たり前なんだろうけど、前世では男子から名前で呼ばれたことなんてなかったから、妙に来るものがある。
しかも推しと来たもんだ。目の前で推しに名前呼ばれるとか、神イベやろ。
「では、また」
「う、うん……」
また、だってよ。聞きました、奥さん?
なんだか爽やかな顔振り撒いてあっという間に森に消えていきましたよ。
「……いやー、波乱万丈な幕開けとなりましたよ」
当初の予定とだいぶ違いすぎるけど、展開としては悪くないかも。
協力者を得られたのは大きい。
このままグランバートと協力して、ひっそりこっそりのんびり平和な学院ライフを送りたいものです。
「……ま、嫌な予感はひしひしと感じてるんだけどねー」
そううまくはいかないだろうと感じながらも、そうはならないでほしいと祈りながら私は入学式の会場へとこっそり戻っていった。
「ようこそ諸君!
これから君たちと机を並べられることを嬉しく思うよ!
さあ! 俺に一人ずつ挨拶する栄誉を与えようではないか!!」
「……ですよねー」
そんな私の祈りを嘲笑うように、第二王子であるライトが入学式の会場の入口で偉そうに立ってるのでしたとさ、とほほ。