5.麗しき主人公は筋肉ダルマさえ魅了するもので。
「ル、ルミナリア、様……?」
いたいけな私に手を差しのべてくれたのは押しも押されもせぬ主人公。
『婚約破棄された悪役令嬢は隣国の皇太子とともにざまあします』の、悪役令嬢その人。
ルミナリア侯爵令嬢だったのでしたとさ! わーい……ぐすん。
「あら。私のことをご存知で?」
そりゃあもう嫌というほどにですね。
なんせ、私はこのままだと貴女様と帝国の皇太子様の手でこの首を物理的にフライアウェイされちゃうんだからね!
「……」
膝の裏まで伸びた真っ直ぐでサラサラな黒い髪。ツヤッツヤでボディラインに沿って滑らかに流れるから、うん、なんかエロい。
スレンダーだけどお胸もそこそこある。まあ私の方があるけど。
背は高め。百六十センチ後半ぐらいかな。
この世界では非常に珍しい黒目黒髪の持ち主。
私からしたら親近感しかないけど、この世界では滅多に見かけることのないその黒目黒髪は他の人からは神秘性さえ感じるらしい。
「見て。ルミナリア様よ」
「今日もなんて麗しい」
「麗しい、とはまさにあの御方のためにあるような言葉だ」
「激しく同意」
「お、お、おでの、ルミナリア、たん……」
「ああ……踏まれたい……」
こんな感じ。
ご覧の通り、一部熱狂的なガチオタがいるけど、わきまえてる系のガチオタだから咎められたりはしないみたい。良かったな、同志よ。たぶんこの世界のお咎めは物理的なヤツだからな。気を付けような。
「え、と、大丈夫、かしら?」
「わほへっ!?」
「わほへ?」
あ、しもた。
つい思考の海を揺蕩ってたら本性が顔出した。
てか、どうしよ。
どうやって対応しようかしら。
無惨にざまあなんてされたくないから、この物語の世界のメインキャラたちとは極力関わらないようにしようと思ってたのに、まさか学院の門をくぐる前に速攻で関わってくるなんて。
恐るべし、物語の強制力。
「おーい?」
ううーむ。しかし、ルミナリアたんマージで綺麗だな。
黒目黒髪だからこそ、より分かる美し度。
他の貴族たちも美男美女が多いけど、髪とか瞳の色がいろいろだから、なんかコスプレとか二次元感があってあんま実感沸かんのよね。
それに対してルミナリアたんはツヤツヤの髪に、猫みたいに少し切れ長なアーモンド型の瞳。高い鼻に艶やかな唇と、強さと可憐さを兼ね備えたまさに麗しき雰囲気がばりとんでもないとよ。
てか、あかん。
いつの間にかルミナリアたん呼びになっとる。
完全に推しになっとる。
私はわりとノーマルなのに。腐ってないのに。BのLとか、百合的な方面にはあんま造詣が深いわけではないのに。
いや、これはあれか。推しのアイドルに見惚れる方の、比較的ノーマルな方のあれか。いや、ノーマルてなんやねん。本人からしたら全部ノーマルなんじゃボケぇ……おっと、つい陰キャオタクの本音が……。
「ちょっと。ホントに大丈夫?
医務室に連れていった方がいいかしら」
「!」
あ、ヤバ。
見惚れすぎて、アホみたいな顔してご尊顔を眺めすぎた。ヨダレ出とらんかったかな。
心神喪失かと思われたかしら。
えと、なんて答えよう。
なんて言ったらあんまり印象を与えずにこの場を去れるかな。
あーもう、こうやって考えてる時間がダメか。変な子だと思われることさえ避けなきゃ。印象ゼロを目指せ。
私はモブ。我はモブ。一般ピーポー。かろうじて名前があるだけの、背景では顔のパーツさえ描かれない平面存在。
「あ、申し訳ありません。
少々、驚いてしまいまして」
少し怯えた表情で。でも心配されすぎないように。
「そうよね。登校初日にあんな筋肉ダルマに絡まれたらビックリしてしまいますわよね」
筋肉ダルマて。あーたもなかなか言いますね。
「うほ。筋肉ダルマ……」
おい、筋肉ダルマ。なんでちょっと嬉しそうなんだよ。気持ちは分かるぞ。
「ごめんなさいね。
どうにも皆、貴女のことが気になるみたいで」
あーですよねー。やっぱり貴女様も私のことをご存知ですよねー。光栄の至りにござりますー。皆バッチリ見てくるしねー。
だが、これはチャンスかもしれぬ。
ここで私が特例であることが買い被りであると示せれば、あるいは……。
「……そのようですね」
「ん?」
首をこてんてするのやめい。可愛いかよ。惚れるわ。
間近で見られた筋肉ダルマが喜びにうち震えておるわ。
「……じつは、私に突出した魔法の才能があると言われているようですが、それは所詮片田舎の辺境貴族の令嬢にしては、といった程度なのでふ」
うん、噛んだ。
「それを、私はたまたま視察に来られていた中央貴族の方に見いだしていただいて、便宜を図っていただいたに過ぎません。
ですので、皆様が噂されているような実力があるわけではなく、おそらく魔法の実力では皆様の足元にも及ぶわけもなく、これから一所懸命に努力して学び、少しでも皆様の、この国のお役に立てればと考えております」
うん、今度は噛まずに言えた。
どーよ。カンペーキやろ。
実際、授業では落第にならない程度のレベルでやっていくつもりなのよ。
頑張ってついていってる、ぐらいの認識でいてもらう。
とはいえ、あんまり落ちこぼれだと特別に目をかけられる可能性もあるから、そこそこの成績を保つ。
目指せ下の上!
「……そう。なるほどね。
噂というものは尾ひれがついてくるものだもの。仕方ないわ。
大変だったわね」
ホンマよ。
「お心遣い、痛み入ります」
胸元で両手の指を組んでぺこりと頭を下げる。
労ってもらえて嬉しいって感じを出しとこ。
「……ほら、聞いたでしょう?」
「ほへ?」
ルミナリアたん? なんで急に私じゃないトコ向いたの? なんで? ねえなんで? 貴女は私だけのものなのよ? なのに。ねえ……。
て、いかんいかん。ルミナリアたんの美貌に危うく意識を持ってかれる所だった。ヘラっちゃうトコだった。
恐るべし主人公ヒロイン。
「この子は貴方が思っているような強さを持ち合わせていないわ。
あのままだったら、貴方はこの子を叩き潰していたのよ」
あ、筋肉ダルマに言ってたのね。
「ぬぐ……も、申し訳なかった」
「!」
ルミナリアにじろりと睨まれた筋肉ダルマはしおしおして深く頭を下げてきた。
いくらルミナリアに言われたからって、自分よりも下位の貴族に自分が間違っていたと素直に頭を下げるなんて、この筋肉ダルマは意外といいヤツなのかもしれないわね。
「い、いえいえ。ルミナリア様が止めてくださいましたし。何もなかったわけですから」
慌てて両手をパタパタさせながら恐縮してみせる。
「お詫びに、お前に何かあった時は某が力になろう!」
結構でーす!!
「お、恐れ入ります~」
顔が引きつらんようにせねば。
余計な関わりは持ちたくないのよね。
てか、あんた一人称それがしなん? それがしってなにがし?
「……」
さて、それよりも、そろそろルミナリアたんにはご退場願いたい。
あんまり長引くとさらなるメインキャラを呼び寄せかねぬ。
かといって下級貴族の私が先に風とともに去るわけにもいかず……あ、そうだ。
「ルミナリア様。
そろそろ会場に向かわれた方が宜しいのではないでしょうか?」
「え? あ、そうだったわ!」
きょとん顔からの目と口をパッと開いてハッとした顔。
その美しさからのその自然体な表情のギャップは人殺せるで。
「学院長から早めに来るよう言われてたんですわ。
ありがとう。私は先に行くわね。
これから宜しく。グレースさん」
「はい。ルミナリア様」
否。これから貴女と宜しくする機会は少ないでしょう。私が逃げるから。
ルミナリアたんはフリフリと手を振ると、颯爽とその場を去っていった。ルミナリアたんにはこのあと大事なお役目があるから、申し訳ないけどそれを利用させてもらった。
その後ろ姿を皆がうっとりと眺めている。
私はというと、こっそり残り香を嗜んでいるのだが、誰にもバレていないようだ。よし。
「では、我が輩も行くとしよう」
「あ、はい」
筋肉ダルマ。次に会うことがあるなら、その時までに一人称を決めておけ。
「結局あいつはたいしたことないわけか」
「まあ、そうでしょうね。所詮は男爵令嬢ですもの」
「そうだよな。高貴な血ほど強い力を持つのだから、あんなのが強かったら世も末だぜ」
「でも可愛いよな」
「あと胸もデカいよな」
「激しく同意」
なんか外野がうるさいけど、もう放っておこう。
「……ステラ。行きましょ」
「はい。お嬢様」
そうして、私はようやく王立学院に入ることができた。
研究所だか謎のサークルだかへの勧誘なんかをしてる陽キャな先輩たちも、私がたいしたことないと分かったら声をかけることなく素通りさせてくれた。
よしよし。この調子で平凡ライフを過ごして、首ちょんぱざまあエンドを回避するぞ!
「……!」
と、思っていたら、どこからか強烈な視線を感じた気がした……。
強くて怖い、私を意識した視線……。
「お嬢様、いかがなさいました?」
「……いえ」
剣技の達人であるステラが気付いてない?
そんなことある?
気のせいだったのかな。
「……なんでもないわ。行きましょう」
「はい」
気のせいならいいのだけど、そうでないとしたら視線の主はステラ以上の手練れだということになる。
そして私でさえそれを正確に把握できないということ……。
まあ、なんにせよ引き続き警戒するに越したことはないわね。
てな感じで、私はようやく学院に足を踏み入れたのでしたとさ。
「……あれが、グレース嬢か」
そんな謎の人物の呟きなんて知る由もなく、ね。
「え!? ステラたんは一緒に入学式の会場に行かへんの!?
ワイとともに行かん!」
「お嬢様。またどこぞの国の物語の言葉遣いですか?」
あ、そだった。
ステラには、私がたまに妙な言葉遣いになるのはどこぞの国の本を読んで影響されたからってことにしてるんだった。
ま、あながち間違ってないしね。
前の世界の、ネットっていう国の言葉だからね。老若男女が仮面舞踏会で意見交換会してる国だからね。ちなみに推奨一人称は「ワイ」ね。あ、私は「タソ」は使わない派だったのよ。だからステラたん。あ、んなこた聞いてないって?
「一緒いこーよー! ねーねー! やだよー! ステラたんおらんと寂しくて泣いちゃうー! ウサギさんは寂しいとデッドなんやよー!」
「……お嬢様。少々ウザいですよ?」
「……ステラたん辛辣。でもそれが助かるー」
「……お嬢様。そろそろ普通に戻りましょう」
「あ、はい。すみません」
ステラさんにガチめにたしなめられる今日この頃。腰の剣に手を当てるのはやめて。
「式典は基本的に教師と学院生のみの参加となります。お付きの者は別室で待機ですね。
今後も基本的に私たちは寮で待機になります。お帰りの際にはお迎えに上がりますのでご心配なく」
「ちぇー」
私の唯一の心の拠り所であるステラがいないのはかなり心許ない。
ステラというメイドは私が読んでいた物語には登場していない。
つまりこの世界においても直接的に影響を与えないモブだということ。
それは私に対して重大な裏切りなどの、物語に影響を与えてしまうような行動をしないということでもある。
だから、ステラは信用できるのだ。
「まったく。お嬢様の好きなアップルパイを焼いてあげますから、さっさと行ってきてください」
「マジか! じゃあ行く! すぐ行く! ノーモアクライ!」
まあ、ステラはそんな打算なんかなくても信頼してるんだけどね。
私がグレースになる前から、あの意地悪でクズだったグレースにも変わらず献身的にお世話をしてくれてたわけだしね。
あと、ステラのアップルパイはマージで美味い。ステラおばさんならぬ、ステラお姉さんのアップルパイは最強なのよ。
「いってらっしゃいませ。お嬢様」
「ばいちゃ!」
かくして、ステラに見送られて私は入学式の会場へ。あ、こっそりとね。
「おー! さすが王立学院。入学式の会場も豪華で広い!」
入学式っていうから体育館的なのを想像してたんだけど、こりゃもう大聖堂レベルだね。
なんかキラキラしてるし。某ドーム並みにデカいんやない?
てか、こんなデカいのと同規模かそれ以上の施設がいくつもあるこの王立学院って、敷地面積なんぼなん? 学院の面積だけで前の私の出身県ぐらいあんじゃないの?
「ま、とりあえず入ろか」
そんな豪華でデッカい会場の開かれた扉に向かって歩いていると、
「……」
再び強烈な視線を感じて足を止める。
やっぱり勘違いなんかじゃなかった。
間違いなく私を視てる。
例の特例男爵令嬢を視る好奇の目じゃない。
明らかに私を狙って注視してる。
「……」
視線の向けられている先に目線を送る。
今度は視ていることを隠していない。
私に気付かれようとしてる。
「……ほう。やはり気付くのか」
「……あ、そう来ましたか」
視線が交差する。
そこにいたのは銀髪の長身の男。
氷のように冷たい蒼の瞳。
「……なぜ、貴方のようなお方がここに?」
本来ならば、こんな所にはいるはずがない存在。いてはならない存在。
それは、このグランティス王国の隣国にあたる、ティダート帝国の第一皇子にして皇太子であるグランバートその人だったとさ。
次から次へと。キャラ紹介いらんのよ。ぴえん。