4.物語は往々にして物語を押し付けてくるもので……
「さあ! 着きましてよ!」
「……わ、わぁー」
馬車は王立学院の豪奢な正門前で止まった。
さすがは王族や高位貴族の子息令嬢が通う格式高い学院。
正門がもうなんかお城の門構えよ。
塀も高いし、門の両側には剣持った警備兵付きよ。
ブルジョワ感がむんむんやね。
「……」
うん。てかね、馬車の中ではなーんの話もなかったわ。
「あら、どうかなさいまして?」
「あ、いえ! な、なんでもありません!」
道中、ホントにたいした話はしなかった。
互いの領地の名産とか、好みの殿方のタイプとか、この王都で流行りのスイーツとか。マージでどうでもいいような普通の女の子のトークやったわ。
「ふふ。貴女といろいろお話できて楽しかったわ」
「……」
でもその笑顔は、ホントに楽しかったように見えた。
まあ、たしかに、久しぶりにJKみたいに女友達とバカみたいな話をした感覚だった。
そのどうでもいいような普通の話が楽しかったのを思い出した。
どうでもいいような日常が、私の人生にとって何より大事なものだったんよね。
「……わたくしね、侯爵令嬢なのよ」
「……はぁ」
存じておりますが。
「周りに寄ってくる令嬢たちはわたくしではなくてシュタルク侯爵家を見ているの。
だから話に出てくるのは家のことばかり。
わたくし、本当に退屈だったのよ。
みんな媚びてばかりだし」
「……」
なるほど。
高位な貴族というのは、それはそれで気苦労が多いのね。
この国で公爵家は王族しかいない。
つまり侯爵家というのは王族以外での実質貴族最高位。
そりゃ、娘を利用してゴマすってくる連中が群がるわけやね。
たしか、私が悪役令嬢に仕立て上げるルミナリアも侯爵家だったはず。というか、この物語では王子の婚約者になれるのは基本的に侯爵令嬢以上だったような。
男爵令嬢でありながらそんなルミナリアから第二王子を奪ったグレースは、たしかに革命児なのよね。
「ねえ、グレースさん」
「あ、はい! ルビー様!」
「……わたくしのことは、ルビーと呼んでくださらない?」
「そ、それはさすがに、畏れ多いです」
ご本人が良くても、男爵令嬢が侯爵令嬢を呼び捨てで呼んでいるのは周りから見ても宜しくないじゃろ。
「……そうよね。
なら、せめてまた私と、こうしてお話してくださらないかしら?
家柄とか関係なく、普通に、普通の話を」
「……はい。喜んで」
「やった!」
可愛いな、あんた。
ウェーブがかった金髪がぴょんぴょん跳ねる。はた目から見ると、グレースとルビーは姉妹のようにも見えるのではないだろうか。
まあ、お胸は私の方が立派だけどね! ドーン!!
結局、この人が何者なのか分からなかったけど、とりあえず可愛いからそれでいっか。
「……あのね、わたくしね」
「はい?」
「最初は貴女のことをからかおうとしていたの。その、いろいろなことでストレスが溜まってて」
「あ、はい。分かってます」
めっちゃ悪役令嬢やったで、ルビー様。
「うぐっ。ご、ごめんなさいね。
でも、わたくしのことを知らないって言われたのは初めてで。貴女なら、家柄とか関係なく普通にお話できるかもって思ったのよ……」
「……」
しおらしい所も可愛いぞ。
「ルビー様」
「な、なにかしら?」
「私も、ルビー様と普通のお話ができて楽しかったです。
きっと、男爵令嬢である私は他の方と普通のお話をするのも難しいでしょうから」
「……そう、ね」
きっと最初の貴女みたいな態度をずっと取ってくる輩が多いだろうしね。
「……私たち、ちょっと似てるのかしらね」
「畏れ多いですが、私も少しそう思いました」
「……ふふ」
「ふへへ」
あれ? 私の笑い方キモくね?
「貴女と話せて良かったわ。
わたくしは寄るところがあるから先に行くけど、同じクラスになれたらいいわね」
「はい。ご一緒できて光栄でした。
ルビー様とクラスを共にできることをお祈りしております」
「ふふ。じゃあね、グレースさん」
「はい。ルビー様」
ルビーは上品な笑みを見せながら学院に入っていった。
心なしか足取りも軽やかだ。
「……どう思う、ステラ?」
「……そうですね」
いつの間にか後ろに控えていたステラに声をかける。
ステラは馬車内での会話を聞いてないけど、今の雰囲気でだいたいのやり取りを認識したと思う。できるメイドだから、この美人さんは。
「あの方は問題ないかと」
「……根拠は?」
そういや、私のキャラちょいちょい変わってるのにステラは難なくついてくるな。
推理モードの私にも普通に対応するあたり、やっぱりステラはできるメイドさんやね。
「一番は私を見て何の感情も見せなかったことですね」
「……ああ、なるほど」
一人だけ帯同を許された使用人に帝国出身の証である銀髪を持つメイドを連れる令嬢。
帝国を支配下に置こうと目論む、選民思想の強い父親の一派の人間ならば、ステラを見て何かしらの感情を見せるはず。
人は、どれだけうまく隠しても嫌悪や侮蔑の感情ってのは伝わってしまうものだから。
そんな目を、私は前世でもたびたび味わったもの。
そう言われると、ルビーからはそういった感情がほとんどなかった。
最初でさえ、あれは私に対するイライラというよりは他に向けようもないものを無理やり私に向けようとしていたように感じたものね。
「まあ、本人に自覚がない可能性もあるので、引き続き警戒するに越したことはないかと」
「り」
まあそうね。
私がこれから足を踏み入れる王立学院はそういう所。
貴族たちの思惑渦巻く魔窟。
読み読まれ、探り探られ、少しでも自分が優位になるように動く。
氷上で笑い、水面下で戦争をする。そんな場所。
「……やってやんよ!」
そんな王立学院に、私は足を……
「ようこそ! 王立学院へ!
君たちは選ばれた存在だ!」
「選ばれた貴族たちよ!
今こそ羽ばたけ!」
「見てー! あの新入生カッコよくない!?」
「きゃー! 声かけよ!」
「我らが研究室では栄誉ある選ばれた君たちを待っている!!」
「筋肉こそ全て!筋肉は全てを解決する!」
「……うん、無理ぽ」
「お嬢様!?」
いや、無理無理。
あんな陽キャ空間に入れんて。
なんか推理モードとか言ってカッコつけてみたけど、こちとらメガネくそ陰キャJKだったのよ。
あんなキャッキャウフフなウェーイ空間に入っていける気がせぬ。
無理無理。我ら陰の者。裏門とかねえかな。
「……安心してください。お嬢様に不埒な真似をしようという輩は私が全て斬り捨てますので」
「それはやめて!!」
貴女のそれはガチの斬り捨てるやつやん!
腰に手を当てないで!
いつの間に帯剣してたの!?
そう。ステラさんは強い。
とんでもなく強い。
「……むう。では、お嬢様もあまり魔法でやりすぎないよう、お気をつけくださいね」
「……むう。かしこ」
むくれるステラさん、可愛い。
この物語の世界には魔法がある。
ただの異世界恋愛ってだけじゃない。
とはいえ魔法によるガチバトルとかの要素はほとんどない。基本的にはラブストーリーだから。
あくまで単調になりがちなストーリーに刺激を加えるアクセントとして存在してる程度。
で、ステラさんは魔法はあんまり得意じゃない代わりに、剣技が鬼。めっちゃ鬼。
一度、訓練で私の魔法を剣でぶった斬ったときは驚いて漏らしそうになった。普通、魔法は剣で斬れないのよ。
「お嬢様はただでさえ規格外なんですからね」
「……」
んで、ぶっちゃけ私も強い。
とんでもなく強い。
言っちゃえばチートだ。
というか、そのとんでもない魔法の才能があったから男爵令嬢であるグレースは高位貴族しか通えない王立学院に特例で入学できたのよね。
「……分かってるわよ。私だって目立ちたくないもの。なるべく実力は控えるわ」
「それが懸命かと」
そう。
それで授業で規格外の魔法を使ったことで、グレースは第二王子たちに興味を持たれるというシナリオ。
そもそもそんな力があるなら実力でクーデター起こして王族に取って替わればとも思うんだけど、どうやらそうもいかないらしい。
父親の一派の狙いは暗躍。
裏から王族を操る黒幕ポジションを狙ってる。
だから民に悪印象を与える実力行使は避けたいし、できれば表舞台には出過ぎないようにしたいらしい。
だから、グレースはいわゆる色仕掛けで第二王子を傀儡にして、おまけに私の強力な魔法の力をその子孫に引き継がせて、強力な魔法を持つ王を裏から自在に操れるようになるというのが最終的な目標なのだ。
まあ、それは途中で隣国の皇太子の力を借りたルミナリアに阻止されるんだけど。
てなわけで、私は自分の実力を隠しながらひっそりと暮らしていきたい今日この頃なんだけど……。
「そこをどけ!」
「うひゃっほい!!」
「邪魔だぞ、ちっこいの!」
「も、申し訳ありませんっ!」
チビで悪かったね! お胸は……いや、やめとこう。
「……ん? 貴様、噂の男爵令嬢だな」
「ち、違いまするぅー」
草葉の陰からひっそりと、陽キャたちによる学院の入り口の歓迎ムードを眺めていたら、なんだかゴッツイおっさんみたいのに絡まれた今日この頃なのでした。
「いいや。我輩は知っているぞ。
貴様はこの由緒正しい王立学院に男爵令嬢でありながら特例で入学を許されたグレース・アイオライトだ!」
「……声でけぇっす」
「グレース・アイオライト?」
「あれが?」
「学院創立以来の魔法の使い手だとか」
「あれが?」
「ちっちゃくね?」
「でも胸はでかいな」
「たしかに」
「でも男爵令嬢よ?」
「強いの?」
「あれが?」
「でも可愛くね?」
「たしかに」
オワタ。
陽キャどもが無遠慮な視線とヒソヒソ声を浴びせてくる。
なんでそのヒソヒソ声を私が聞こえるぐらいの声量にしちゃうかね。
陽キャは声量コントロールできんのかね。
てか、地味に「あれが?」が傷付くんだけど。
「構えろ!」
「……ホワット?」
おっさん、構えろって何を?
なんでファイティングポーズ?
「同じ新入生として、貴様の実力を確かめてやろう!」
「ええ!? 同い年!?
おっさんじゃなかったの!?」
「そこかい! 制服着てるだろ!」
あ、ホンマや。
ゴツくて分からんかった。
おっさんが私の同級生だった件。
「さあ! 構えろ!
特例の実力、見せてみよ!」
わー。なんか魔力が体を覆ってるー。
肉体強化の魔法だー。
え? そんなのでぶん殴ってくんの?
ひき肉にされんの?
てか、なんで陽キャってすぐこうなんの?
べつに順位とか実力とかどうでもよくね?
……ん?
「……ステラさん。ハウス」
「くぅーん」
私の後ろで鬼の殺気とともに抜刀しようとしてるステラを止める。
ワンコみたいにしおしおしてるステラをイメージして勝手に萌える。後ろを向けないのが悔しい。
「どうした? 恐怖で動けないか?」
「……」
どうしよう。
正直、この人を倒すのは簡単だ。
でも、それをしたら間違いなく目立つ。まあ、もう目立ってるんだけど。
でも実力を出して第二王子たちに興味を持たれるのは避けたい。
できれば、所詮は噂は噂。田舎ではスゴいのだろうが王都では……的なポジションに入りたい。
とはいえ、人の噂は瞬殺で流れる。
今ここに王子たちは見当たらないけど、下手なことをすれば必ず奴らはやってくる。
そんな気がする。
この物語がこの物語をしようとしてくるんだ。
「ならば、そのまま潰れろ!」
「っ!」
振り下ろされる両手を組んだトールハンマー。
どうする。ちょっとだけケガでもしてみるか。
無様に逃げて手傷でも負って、情けない奴だという烙印を押されれば絡まれなくなるかな。
「おやめなさいっ!!」
「!?」
私が良い避け具合を探っていると、ピタッと両手のトールハンマーが止まる。
ぶわっと風を感じて私の髪が舞う。
「あ、貴女様は……」
おっさんがビビってる?
私の後ろから、女の人の声。
「そんな小さな女の子に大の男が。恥を知りなさい!」
後ろを振り返る。
長くて綺麗な手がこちらに差し出されている。
「大丈夫?」
「ル、ルミナリア、様?」
それは、私が悪役令嬢としてこの国から追放することになるルミナリアその人だったのでしたとさ。
おーまいがっ。