32.魔王とは誰にとっての魔王か。なんかよく分かんないからとりあえずウッフンってする。
「待たせたの。こっちじゃ」
「……うん」
サイードとマイアちゃんの再会の件が一段落して、次の日の早朝。
皆から生温かい目で見守られたあのあと、サイードの普段の私への接し方とか、エミーワイス先生から騎士団団長であるカイゼル先生への問答想定とか、いろいろ細かいことを決めてから解散になって、ぐったりした姿で帰った私をステラは甲斐甲斐しくお世話してくれた。
おかげで早朝に突然部屋に転移してきた先生に叩き起こされるまで、私はぐっすりだったんだけど、
「ある程度情報は絞り取れた。
洗脳してカイゼル先生に引き渡すから手を貸してくれるかの」
「……うん」
エミーワイス先生のその言葉に一気に目が覚めた。
「……」
で、今は先生が作った空間世界に連れてこられて、サイードを襲った三人と再会するところ。
ステラは突然部屋に現れた先生を警戒してたけど、それがエミーワイス先生だと分かると警戒を解いた。ステラにはいろいろ話をしておいたからね。
それに、どうやっても敵わない相手だってことは理解してたみたい。
「ほれ。あれじゃ」
先生が指を指した方に目をやる。
「……」
真っ白な空間世界。不自然なほどに何もない、整然とした世界。
そこに異物が二つ。
やたらと綺麗な椅子に縛り付けられた男が二人。
痛め付けられたような痕跡はない……けど、
「……どうなってんの、あれ」
男たちは、それぞれ体の一部がなくなっていた。
なくなっている、というのは文字通りで、例えば魔法使いの方の男は右肘の部分が丸く切り取られたようになくなってる。
あと左足の足首から下と、左脇腹辺りも、同じように切り抜かれたように丸く、その部分がなくなってた。切断面? からは血が一切流れてない。ていうか断面図が分からないように魔力でボカされてる。私への配慮かな。
さらには、その切り取られた部分の先。つまりは肘から先の腕が、宙に浮いてる。
体の前で縛られた腕。開いた足の間にだらりとぶら下がる腕。両手の手首同士で縛られた腕の、右腕が不自然に浮いていた。肘がないのに。
左腕はそのままだから、縛られてて左腕と一緒に繋がってるだけかと思ったけど、そうじゃない。
右手の指が動いてる。肩の動きと連動して右の前腕部も動いてる。ないはずの肘の、その先が。
アレは、まだ繋がってるんだ。
そしてそれは多分、左の足先と脇腹も。
「ワシがあの空白部分だけ別空間に飛ばしておるのじゃよ。
だが、空間同士の接続は保ったままだから神経系も繋がったまま。
だから動かせば途中の部位がなくても動くんじゃよ」
「……」
それはつまり、向こうの空間で飛ばした部位に起こった影響はこっちの肉体でも受けてるってこと。
「……向こうの空間で、何をしてるんですか?」
よく見ると、魔法使いの方の男は呼吸が荒い。
それで二人とも脂汗をかいてる。
時々、ない部位の周辺がビクリと動く。
もう一人の呼吸は分からない。口の部分がないから。
「それは飛ばした部位によって異なるの。
火口近くであったり、氷点下であったり、軽微な毒ガスが充満していたり、虫が蠢いていたり、あるいは針山の上であったり、な」
「……なーる」
いろんな種類の拷問を一度に行ってるわけね。なかなかエグいことしますね。
「ま、やはりというべきか、たいした情報は持ってなかったがの」
「……洗脳してからでも情報は取れたのに……」
むしろそっちの方が相手の意思に関係なく喋らせることが出来るんだけどな。
こんな、拷問とかしなくても。
「人形にしてしまうと一問一答になってしまうのでの。いちいち面倒なんじゃよ。
一を尋ねて十を答えてもらった方が楽での」
「……」
そんな理由で簡単に人を痛め付ける。
敵の命に人権はない。
これがこの世界。
「……不服かの?」
「……ううん」
分かってる。そういうもんだって。
たぶん私がいた世界でもそういうことはあったんだと思う。
たまたま私が恵まれてただけで。
「……クロードが気にかけるわけじゃの」
「え?」
「お主は綺麗すぎる。
だが、それでいい。
可能な限り、そのままでいると良いじゃろうな。
世界最強がピュアというのも、なかなかにロマンチックだからの」
「……それ、厄介なやーつ」
グランバートと同じことを。
「ワシも長く生きとる。
敵に捕まったことも、逆に捕まえたこともある。その結果どうなるかは、よく知っておるよ。
戦いに身を置くと命が軽くなるものでな。
ワシらは当たり前のように手間と命を天秤にかける。で、手間の方を取るのじゃ」
より効率的に。より安全に。より確実に。
今回も効率を優先したってことね。
「敵は殺す。その命に、利用以外に価値はない。それが戦いに身を置く者の共通認識じゃ。
だが、お主のような者が世界最強であるのもまた一興じゃろう」
「……先生には勝てませんよ」
「まだ、じゃろ?」
「……」
先生は片方の眉をつり上げて笑ってみせた。
いずれ先生をも凌駕するほどに私が強くなることを予期してるんだ。私にそんなつもりはなくても。
「……じゃがの。純粋というのはそれだけ危険を伴うものでの。
ようは、いかようにも染まることができるのじゃ」
「……純粋悪にも、ってことですよね」
「ま、そうじゃの」
先生とグランバートはそれを危惧してるわけよね。
私が真の意味での魔王になるかもって。
だから私はそうなるための、いわゆる覚醒イベントってやつをやらないようにしようと思ってた。
……けど、
「……場合によっては、魔王になることもあるのかも」
今の私じゃ敵わないかもしれない敵が現れた。
マイアちゃんを、サイードを、皆を……グランバートを、守れないかもしれない。
そう思ったら、私は世界最強になるべきなのかもしれない、なんて思ったのよ。
「ま、誰にとっての魔王か、だの」
「……え?」
「お話でよく聞く魔王とはなんじゃ?
あれはの、主人公にとっての魔の者の味方、つまりは敵の統率者のことなんじゃよ」
「……」
「そしてそれはお話のいわゆる主人公側。語り部視点から見た魔王なのじゃ。
魔王側からしたらの、物語の勇者こそが彼らにとっての魔王になる。
自分たちを滅ぼしに来るのじゃ。当然であろう?
互いに互いを滅ぼそうとする。それは神なる視点からすればどちらも悪。どちらも魔王なんじゃよ」
「……それは、そうかも」
あんまりそんなこと考えたことなかった。
「たとえば、お主が世界最強の力を手に入れてこの国に巣食う組織を壊滅させる。
お主は救国の英雄と言われるだろうの。
だが、組織からしたらお主は自分たちを滅ぼす魔王じゃ」
「……うん」
「さらに飛躍した話をしようか。
たとえば、王国と帝国が敵対して戦争を始めたとする」
「!」
「お主が王国の味方をした場合、お主はその世界最強の力でもって帝国を滅ぼすことになる。逆の場合もまた然り、でな。
その時、お主は救国の英雄であると同時に最悪の魔王にもなる。
力を持つとはそういうことじゃ。
誰にとっての魔王になるか。それだけの話じゃ」
「結局魔王なんじゃん」
思わず苦笑する。
「その通りじゃ。
誰かを守るのに誰かを倒さねばならぬのなら、それは誰かにとっての悪なのじゃ。
そんなもんじゃよ」
「……」
そんなもん、と言われて、なんだか少しだけ心が軽くなった気がする。
「ま、悩め悩め。
若いうちは悩むことが仕事みたいなもんじゃ。
悩んでもがいて自分なりの答えを出す。
若者と特権ともいえよう。年寄りになると頑固だからの。信念などという都合の良い言葉でスタンスを変えようとしなくなる。
今のうちにのたうち回るほどに悩めばいい。
程度の差はあれど、皆そんな悩みを抱えて生きておる。
お主だけではない。
皆悩んどる。
だから安心して悩め」
「……そっか」
なんだろ。自分だけじゃないって言われただけで安心する。
分からないのも、悩むのも、それでいいんだって言われて、なんだか少し迷いが晴れた気がする。答えは出てないけどふっ切れたような?
「……ありがとうございます」
「うむ。エミーワイス先生の、ためになるお話じゃ」
ホントにためになったよ。さすがは年の功。
「んーんー!」
「あ、忘れてたの」
「そだった」
魔法使いじゃない方の男が何やら喚いてる。でも口がないから何言ってんのか分かんない。てか、そのうめき声はどっから出てんの?
ごめん、てか普通に忘れてたわ。
「ん? そういや、捕らえたのって三人じゃなかったでしたっけ?
もう一人はどったの?」
「……あー、ちぃとやりすぎての。殺してしまったのじゃ。はははー」
「……魔王はあんただろ」
なんか感心して損したわ、もう。
「まー、もういいや。
とりあえずこの人たちを洗脳すればいいんですね。あと記憶の改竄もか。
術式組んで魔法を成立させるから、細かい設定は先生がやってくれますか?
私がやったら論理的に破綻して人格が崩壊しちゃいそうなんで」
人間の脳みそってだいぶ繊細みたいで、ちょっとでも記憶の整合性が取れないとすぐぶっ壊れちゃうのよね。ある程度人格を残して洗脳するから、その辺は綿密にやらなきゃなのよ。
んで、この魔法はかけたあと、洗脳する権利を人に委譲させることが出来る。
催眠術の指示者を途中で別の人にバトンタッチする感じ?
「もちろんじゃ。事前に『お話』は出来ておる。
人への完全催眠など、バレたら極刑どころではないからの。
まあ、普通は出来る者などそういないが、看破出来る者ならそれなりにいるでな。
そもそも疑われないようにしなければならん」
「一応、看破防止のプロテクトもかけますけど。もちろんそれ自体も隠すし」
私のプロテクトを突破できる人はグランバート以外はそうそういないと思うよ?
それに隠匿魔法は組織のあの謎強魔族っ子にも気付かれなかったし。
「それでもじゃ。
騎士団だけならまだしも、教会の連中がしゃしゃり出てきたら面倒なのでな。
奴らの上位者は神の奇跡の魔法を使う。一応は光の属性の魔法だが、その実態は秘匿されとる。
つまり、どんな効果を及ぼす魔法を使うか分からんということじゃ。万が一も考えねばならん」
「騎士団で捕らえてるのに教会の人が取り調べに参加してくるんですか?」
教会って、この国の最大宗派ってだけでしょ?
「教会と王国は蜜月関係じゃからの。
そもそも王国の人間至上主義は教会の教え。教会は王国に深く根付いとる。
それに、きな臭い噂もあるしの」
「……もしかして教会って組織と繋がってる?」
「全部ではないが可能性は高い。
だから、騎士団で捕らえたこやつらを消しに来るか、あるいは書き換える可能性がある」
先生が捕らえた二人に目をやる。
拷問は停止してるのか、二人とも疲れた様子で息を整えてるみたい。
「洗脳の上書きってことですか?」
でも多分私の魔法は負けないよ?
……あ、違うか。
「あー、その時に洗脳できないとバレるのか」
洗脳を上書きできない。それはつまりその人に強力な洗脳魔法が先にかけられてるってことになる。
「そういうことだの。
組織も一枚岩ではない。サイードの親の刺客ということは伝わっているかもしれぬが、そやつらに洗脳がかかっていることは教会には伝わっておらぬだろう。
サイードの親からしたら恥だからの。
つまりサイードの親はこやつらが騎士団に捕まり、自分たちが誘拐犯の一味であると自白した時点で洗脳されていることに気付く。
だが、面子に拘る奴らは教会にはそのことを報告しない。
つまり教会の連中はこやつらが洗脳されていることを知らない」
「えーと。つまり教会の人たちにこの人たちが洗脳されないようにする。そもそも取り調べに参加してこないようにする。興味を持たれないようにする。
そんな感じ?」
ちょっと話が難しくなってきてグレースちゃんの脳みそがメイズランナーなんだけど。
「ま、概ねそんな感じじゃな」
合ってた。
「それは具体的にどうするんですか?」
「一ミリも疑う余地なく誘拐犯に仕立て上げるのじゃよ。背景から何から全てをな。サイードの家を裏切り、誘拐犯の一味として動かざるを得なかった理由なんかを。
あとは万が一に備えて洗脳の余地を残しておいたりの。
洗脳されて口を割らせられた時に正体不明の何者か、まあワシらじゃが、その者に脅されてやったのだと、強制されたのだと証言するように、わざとお主の洗脳魔法に穴を作ったりの」
「……えー、お任せで」
なんかいろいろ大変そうでもう理解することをやめたグレースちゃんでしたとさ。
「ま、お主は洗脳の魔法をかけてさえくれればよい。あとはワシに任せよ」
「かしこー」
ま、人の記憶を改竄してる実感をしなくていいのはせめてもの救いだね……逃げとも言うけどね。
「んじゃ、やりますか」
「ああ、頼む」
改めて椅子に縛り付けられてる二人の前に。
「せ、洗脳、だと……」
「ん?」
「そ、そんなことが許されるかっ!」
「……」
魔法使いの方の男が声高に叫ぶ。
どうやら我にかえって私たちの話を聞いてたみたい。
「せ、洗脳って、なんだよ?」
もう一人の男が不安そうに隣に尋ねる。
いつの間にか体がもとに戻ってる。それぞれ、転送されてた部位は痛ましい感じになってるけど……。
「俺たちは記憶も自我も奪われて、こいつらに都合のいいことを言うだけの人形にされるんだよ!
俺たちの意識は死んだも同然ってことだ!」
「……は?」
ようやく理解した男が愕然とした表情を見せる。
たぶん金で雇われただけのゴロツキ。
「う、嘘だろ。俺んとこ、ガキがようやく歩き出したんだ……」
……。
「もう会えねえよ。残念だな」
「……そ、そんな」
「それどころか、妻や子のことも忘れるんだ。
こいつらの望む形の犯罪者として裁かれて終わりだ」
魔法使いの男は絶望の表情を見せて天を仰ぐ。
「い、イヤだ……」
青白い、必死な顔。
「勘弁してくれ。
これで金をもらったら、やっとあいつらに楽させてやれるんだ」
「無理だな。失敗した奴に組織は金を払わない。そもそもその手続きをするのは俺だったからな」
「い、イヤだ! おい! やめてくれよ!
妻を、ガキを忘れるなんて、そんなのイヤだ!!」
「……」
こっちを見ないでよ。
「やれやれ。
グレースよ。こんなことで揺らいでなどおるまいな?」
先生の呆れたような声。
「家族を思うならそもそも悪事になど手を染めなければよいのじゃ。
自業自得じゃよ」
「……そ、そんな」
ゴロツキの男も絶望の顔をする。
「別に難しく考えなくてよい。
お主は魔法を発動させるだけでよいのだ。
あとはワシがやる。
言ったであろう?
誰かを守るために誰にとっての魔王になるか。
マイアとサイードを守りたいのだろう?
そのためには必要なことじゃ」
「……うん」
分かってる。
これは私が選んだことだ。
敵のパーソナルを気にしてたらキリがない。
私は、私の守りたいものを守る。
「……」
右手をかざす。
頭の中で魔法の構成を構築。
洗脳は光の属性の魔法。かなり特殊な術式だけど。
準備完了。
かざした右手が光る。
「……イヤだ。イヤだ……」
「……堕ちろ、悪魔め」
「……ごめんなさい」
二人の顔から思わず目を背けて、私は洗脳の魔法を発動させた。
「ふむ。これでよい」
その後、書き換えの主導権を先生に委譲。
私の仕事は終わりだ。
「書き換えには少し時間がかかる。
お主は戻っておれ。
まもなく登校の時間だからの」
先生が扉を出現させる。
そっか。これから学校行って授業受けなきゃだ。
「……ツラっ」
思わず本音が出る。
こんな心情で楽しく授業なんて受けられるはずがない。
「ま、これも経験じゃの。
ワシはとっくに感覚が壊れとるから相談にはのりづらい。
誰かに吐露することで軽くなるのなら理解してくれる者に話すとよいぞ」
「……はい」
なんだろう。そう言われると無性にグランバートに会いたくなった。
グランバートなら、共感はされなくても理解はしてくれそうだし。
でもなんか、そういうんじゃなくて。ただ会って、こんなことじゃなくてバカみたいな話がしたい。
バカみたいなこと言って、バカな奴だって笑ってほしい。
なんてことを思ったりしたグレースちゃんでした。
「グレース」
「?」
「よくやった。
マイアたちはこれで守られるぞ」
「……はい。いってきます」
先生のそんな励ましを受けて、私は現実世界へと戻っていった。
「……ふう」
先生は学院の門の前に転移させてくれた。門の前って言っても、他の人には見つからないように死角の隅っこの所だけど。
ステラにはそのまま学院に登校するかもしれないって言ってあるから問題ない。
てか、正直ステラに会ったらそのまま抱きついて泣き喚いて学院に行きたくなくなるかもしれなかったからちょうどよかった。
「……」
人の人生を台無しにした。
命を奪ったようなものだ。
先生はどうせ死罪だと言ってたけど、だからといって人格を、尊厳を奪っていい理由にはならない。
たぶん他の人に言ったら、「自分を殺しに来た人間に対して甘い考えだ」って言われるんだろうな。
守るために、生きるために他者を犠牲にしないといけないっていう考えは分かる。
この世界は前世の世界よりもずっとシビアだ。
ただ呑気に学校行ってスマホいじってればいい世界とはワケが違う。少なくとも私のいた空間では、そんな平和ボケな考えで世界が成立してた。
「……家族が、子供がいたんだねー」
ようやく歩き始めたんだって。
ならなんでこんなことを。でもやらないといけないぐらい切羽詰まってたのかも。あるいは脅されてたのかも。
……でも、あの人たちはサイードを捕まえようとしてて、私たちを殺そうとした。
……だから、洗脳して意思を奪って、自分たちに都合のいい言動をする人形にした?
「……私、なんかもう既にすごい魔王じゃね?」
やってること下衆すぎんか?
「……あーーーー……」
天を仰ぐ。
空は今日も大げさなぐらいに快晴だ。
気持ちのいい青空。
でも今はお天道様に日差しで責められてる気分だ。
「……はぁ」
あかん。鬱る。
世界ってこんな暗かったかな。いや、朝だし晴れてるんだけど、私の気分が私の世界を暗くする。
「こんな所で何をしてるんだ?」
「……あ」
陰鬱真っ盛りな私のもとに、いま一番会いたくて会いたくない人が現れた。
「……グランバート」
「クロードな」
「あ、ごめん」
周りに誰もいなくて良かった。
「……何かあったか?」
「……」
あったよー。私、人の人生奪ったよー。尊厳を踏みにじって、子供の父親を再起不能の人形にしたよー。それで自分はいつも通り平和な日常を送ろうとしてるよー。
「……そうか。今朝、やってきたのか」
「!」
あー、表情で分かっちゃうか。
そうだよー。魔王もびっくりな非人道的な魔法を使ってきたよ。
守るためだって言い訳して、先生に大半をぶん投げて、のこのこ登校してきたよー。
「頑張ったな」
「!」
頭ポンはやめてよ。
ナデナデせんでよ。
泣いちゃうじゃん。
「相手が人族ならば、それが完全なる悪であることなど稀だ。
敵対する彼らは今日もその辺を普通に歩く人々の中の一人だ。
俺たちが戦おうとしているのは思想の違う隣人だ」
「……」
見てたかのように言うじゃん。
私が何に落ち込んでるか。悩んでるか。へこんでるか。
グランバートには分かってるのね。
「それでも俺は戦う。
俺は俺の大事なものを守るために戦う。
失いたくはないから。
それで敵の大事なものを奪うことになっても、殺すことになっても、俺は俺の剣でもって戦う。
……それが、俺が初めて人を殺したあとに出した結論だ」
「……」
グランバートも通ってきたんだ。この道を。この苦悩を。
だから私の表情を見てすぐに状況を察した。
それで、真正面からそれに応えてくれたんだね。
「……そっか。ありがと」
ホント、いい男だよね。
少しだけ胸が軽くなった気分だよ。
って、伝えないとよね。
「……この重たいお胸がちょっと軽くなった気分よ」
……なんか違うな。
「……ふっ。バカを言うぐらいにはなったか」
「バカってゆーなし」
ま、笑ってくれたからいっか。
正直、昨日の今日でグランバートとどんな顔して会えばいいか分かんなかったけど、なんていうか、普通に話せて良かった。
なんか自分の非道を怪我の功名みたいに扱ってるのマジ魔王だけど、それはそれこれはこれってことにしよう。
「今すぐ結論を出す必要はない。
途中で変わってもいい。
だが、考えることはやめるな。
それに苦悩できることは人として必要なことだ、と、俺は思う」
「……うん。分かった」
先生もそういうことを伝えたかったわけよね。
悩んで考えること自体が大事だと。
思考停止で敵だからと乱雑に切り捨てることが本当に魔王なんだよってことよね。
「……でも、今回のことで私なりに一つの結論は出したよ」
「……なんだ?」
そんな優しい瞳で見んなし。
どんな答えでもお前の答えなら存分に聞くぞ、みたいな。ズルいよ、あんたはもう。
「強くないと守れない。
敵が世界最強クラスに強いなら、私はそれよりも強くならないといけない。
守りたいなら、強くならないといけない。
この世界で本当に大切なものを守りたいのなら、この世界で誰よりも強くならないといけない。
私に、それだけのことが出来る力があるのなら」
「……」
「私は、世界最強になる」
「……何か、手があるのか?」
否定はしない。
思うところはあるだろうに、まずは話を聞いてくれる。
そういうとこだぞ。
「ある。
でも、そのためにはやらなきゃいけないことがあるの」
「……なんだ?」
これは必ず越えなければならない壁だ。
コミュ障陰キャだった私には到底無理ポだと思ってたこと。
でも、私はそれをやる。
世界最強になるために、頑張る。
「それはね……」
「ライト殿下ー。今日もまた一段とカッコいいですねー。ウッフン」
くねくねプルプル。
「ど、どうしたグレース。頭でも打ったか?」
「うっふん」
ウインクくらえー。
「……なぜそうなる」
グランバート殿の呆れたような軽蔑の視線を一身に受けながら、私はライトへの色仕掛けを開始したのでしたとさ。ウッフン。




