3.意気揚々と出ていって速攻絡まれるのは主人公の宿命
「お嬢様。お嬢様、起きてください。
もう朝ですよ」
「んにゃ?」
学院の寮に来て数日。
ステラに起こしてもらうのは屋敷にいる頃からのことなので安心感がある。
寮の部屋はわりと小さな一部屋を与えられた。
ステラは『お嬢様をこんな物置のような部屋に住まわせるなんて!』って怒ってたけど、前世での私の部屋もおんなじようなものだったから、むしろこの狭さが落ち着くのよね。
てか、私がこれから通う王立学院は王族も通うような最高レベルの学院なわけで、高位貴族ばかりの所に私みたいな男爵令嬢が飛び込んでいくわけだから、これぐらいの扱いは当然なのよ。
物語では、そんな不遇の環境にもめげずに勉学に励むグレースの健気な姿に第二王子であるライトが惹かれていくことになるんだけど、結局はそれも全てがグレースと父親によるお芝居なのよね。
「ふっ、んにゃーー。……おはよー、ステラ」
「はい、おはようございます。グレースお嬢様」
伸びをしながら、むにゃむにゃと目を擦りながら起き上がると、ステラは朝から爽やかな笑顔でカーテンを開けてくれる。
この笑顔、人類救えるわマジで。
でも、そういや本来ならウチの家は計画実行の要としてそこそこの資金提供を受けてるから、男爵令嬢とはいえ他の高位貴族と変わらない扱いを受けさせることは訳ないはず。
さらには、この物置(ステラ談)みたいな狭さの部屋に住むのはもともとグレースの提案だったはず。その方がライト第二王子の庇護欲を煽れるからって。
でも私は今回そんな提案をしていない。
にもかかわらず私に用意された部屋はここだった。
これは父親が思い付いて勝手に手配されたのか、あるいは歴史の強制力みたいなものがこうしたのか、あるいは……。
うーん。いま考えても分かんないな。
ただひとつ言えることは、私のパピィは学院に対してもある程度の影響を与えることができるということ。
それはつまり、学院にも父親の一派の人間が存在しているということ。
どこで誰に視られているか分からない。
これは学院でも気を抜くわけにはいかないかもしれないわね。
「ん? なんだこれ?」
ふと、眼下に何かが溢れてることに気がつく。
あ、こりゃ、私の胸だ。
寝ている間に、いつの間にかはだけてたのか。
まだこのボリュームに慣れない自分がそこはかとなく悲しい。
「そか。今日は入学式だった」
「そうですよ、グレース様」
胸元を閉め、起きてきた頭を巡らせる。
ステラを連れていくことを、父親は酷く渋った。
私の監視のために、自分の息のかかったメイドを帯同させるつもりだったから。
けれど、結局は私の説得で折れてくれた。
私の説得はこうだ。
ルミナリアは帝国との友好を進めようとする一派の令嬢。その婚約者の第二王子。
その王子にこれからアプローチしていこうと言うのなら、一人だけ連れていけるメイドに帝国出身のステラを選ぶのも手段の一つではないか。
私のこの言葉に父親も賛同せざるを得なかったのだ。
そして、それに賛同したということは父親は私をまだ計画遂行の賛同者として信用しているということ。
まあ、監視も兼ねたメイドを派遣させようとしている時点で完全には信用されてないんだけど、そこはまあ、クズな父親だから。
私の方針としてはそんなクズな父親の狙いなんてフルシカトして、物語のいわゆるメインキャラたちとは関わらず、ひっそりと日々を過ごしながらそんなクズから私を護ってくれそうな、素敵な(できればイケメンの)高位貴族を見つける感じ。
ま、男爵令嬢である私なんかを庇護下に置いてくれる奇特な貴族様がいるかは分からないけど、ほら、私、顔だけはいいから(笑)
本来であれば第二王子に使うはずだった誘惑テクを使えば、どんなイケメン貴族様だろうとイチコロよ!
「さ。制服に着替えましょう」
「あ、ほーい」
……ひとつだけ、大きな問題があるのよ。
私は可愛い。
自分で言うのもなんだけど、物語で婚約者を捨てて第二王子が首ったけになるぐらいには可愛くてスタイルがいい。
でも、肝心の中身である私に男の人を誘惑するなんていう暴挙をするだけの勇気もスペックもないってのが問題なのよ。
なに? 誘惑て。美味しいの?
タイトスカートで足を組んでカモーンヌとか言ってる図ぐらいしか思い付かないぐらいに、そんなのとは無縁の人生を歩んできた前世の私よ。
しかもホレたハレたのアオハルを一ミクロンも体験したことのないメガネくそ陰キャJKだった私よ?
そんな私が「助けて貴族様~」て。無理やろ。棒読みにすらならんわ。
「あのー、お嬢様?」
「……ほへ?」
「とっくにお召し替えもお髪も整え終えたのですが、そろそろ出発致しませんか?」
「おやまあ、いつの間に」
私の独り言(考え事)が長すぎて、ボーッとしてる間にできるメイドのステラさんが着替えからヘアセットまで終わらせてくれたみたい。
「……いや、可愛いな、お前」
鏡に映る自分に思わず声を漏らす。
白を基調としたブレザータイプの制服。所々に金の装飾なんかも施された豪奢な仕様。上着の左の胸ポケットに小さな星がひとつあしらわれている。これは学年を表しているらしい。学年がひとつ上がるごとに星がひとつずつ増える感じ。
ブレザーの下のワイシャツももちろん白。赤いリボンがアクセントになってる。
スカートは白のロングスカート。昔のスケバンみたいなのじゃなくて、膝らへんでちょっとウェーブみたいにくびれてるの、こういうのなんて言うの? とりあえず動きにくくてお上品な感じよ。スカートの裾にはぐるりと青のラインが装飾されてる。
「はい。大変素敵です。
お嬢様は素材がいいので髪型はあえてシンプルに。さらさらの流れるようなお髪をアピールするような髪型にしてみました」
髪型は左耳の上辺りを小さい束で結わえた片方だけのサイドテール。もう片方の耳は髪で隠れてるから、こっち側の耳だけが見えてなんだかセクシーに感じる。
学院はアクセサリーオッケーだから耳元には小さなブルーパールのイヤリングが控えめに揺れてる。それ以外のアクセサリーはなし。指輪もネックレスもつけない。
男爵令嬢という分をわきまえつつ、控えめで淑やかな印象を与えるのだ。
「ステラさん!」
「お、お嬢様!?」
私はステラと硬い握手を交わした。
「解釈の一致ほど嬉しいものはないですな」
「よ、よく分からないですが、気に入っていただけたなら何よりでございます」
うむ。小生はたいそう気に入ったでござる。
キュルッキュルよ、私。
私が男だったら、こんなん秒でホレるわ。
「では、参りましょう。
馬車の手配が済んでおります」
「うん。ありがとう」
鏡の前で一度くるりと回ってから部屋のドアに向かう。
いや、ホント可愛いぞ、お前。
ご機嫌で部屋を出て寮の入り口に待たせてある馬車に向かおうとした私なんだけど……
「あーら。物置部屋から人が出てきましたわ!」
「……誰やねん」
いかにもな悪役令嬢にさっそく絡まれましたとさ。
「わ、わたくしを知らないんですの!?」
「……いや、知らんわ。誰やねん」
「むきー!」
「お嬢様。言葉遣い……」
あ、しもうた!
喧嘩腰でこられたから、つい乱暴な言い方ををををををっ!!
「ご、ごほん。
も、申し訳ありません。私、田舎から出てきたばかりの無知で幼稚な馬鹿で卑屈でクズで不細工で気弱で下品なくそ女でございまして。このような高貴な方々がいらっしゃる世界のことをあまり存じ上げないものですから」
「べ、べつにそこまでご自分を卑下なさらなくても……」
どうや。自分をべらぼうに卑下して相手に逆に気を使わせる陰キャのトラブル回避テクやで!
こういうのはねえ、相手になんか可哀想だなって思わせたら勝ちなんよ!
「いえ。この度は貴女様にご不快な思いをさせてしまい、まことに申し訳ありません。
私、グレース・アイオライトと申します。
もし叶うのでしたら、貴女様のお名前をこの下品でクズな私めに教えていただけませんでしょうか?」
「も、もういいわよ!」
タジタジ令嬢現る。
「わ、わたくしはルビー・シュタルク。シュタルク侯爵家の次女よ!」
金髪ウェーブ。派手派手ごてごてないかにもな悪役令嬢なルックス。少しつり目なのも拍車をかけてるわね。
背は私より高くてステラよりは低め。すらりとしたスレンダータイプ。
偉そうだけど、実際偉いんだろう。
姿勢や動きが高貴な人のそれだ。
「ルビー・シュタルク様でございますね。魂の芯に刻み付けました。
今後一生涯、ルビー様のお名前を忘れることはありません」
「……貴女、なんか怖いわね」
「勿体なきお言葉」
「いや、褒めてないわよ」
……知らない。
こんなキャラクター、物語には出てこない。
侯爵家ならば相当高位の貴族。
このタイミングでグレースに絡んでくるということはそれなりのポジションのはず。
でも、第二王子を奪ってからできた取り巻きにもこんな令嬢はいない。
どういうことなんだろう。
絡みはここだけのちょいキャラなのか。
「……貴女、なんだか面白いわね。
よかったら学院までご一緒しませんこと?」
「!」
一緒の登校を誘われた?
ちょいキャラじゃない?
いや、あるいは導入部分の説明キャラの可能性も。
まあ、なんにせよ、高位貴族からの誘いを男爵令嬢である私が断れるはずもなく。
「ありがとうございます。喜んでご一緒させていただきます」
あくまで低姿勢で、上品に。
最初の印象はうやむやにしてしまえ。
「宜しくてよ。ならば、私の馬車で行きますわよ」
「承知しました。ステラ、私たちの馬車は貴女が使いなさい」
「……かしこまりました」
ステラは何やら思うところがあるみたいだけど、侯爵家の言うことを断ることはできないってのも理解してるから、素直にお辞儀をしてその場をあとにした。
あとでステラの意見も聞かないと。
「では、行きましょう」
「はい。ルビー様」
髪飾りやネックレス。指輪にイヤリング。どれも一級品。相当に高貴かつ金を持っている貴族。
優雅な立ち居振舞いからも常に他人から視られる世界で生きてきたことが分かる。
ルビー・シュタルク。
何者なんだろう。
もしかして父親の一派の人間?
私の監視?
その可能性は高い。
でなければ今のやり取りで、私に興味を持って一緒に登校しようとまで至らないはず。
だとしたら、馬車の中で何らかのアクションがあるはず。
「こっちでしてよ」
「はい!」
いいだろう。
探ってやんよ。
数々の異世界恋愛小説を読破してきたメガネくそ陰キャJKの推理力をとくとご覧あれだぜ!!