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19.メガネがギラリと何故と問う。そして我らはこっそり密談やで。

「……グレースに関して、ですか」


 グランバートはサイードの真意を測れずにいた。

 サイードが下位貴族であるグレースを良く思っていないことは分かっている。

 だが、サイードはそれが王国の今の在り方に反することも理解している。

 だから嫌悪感はあれど、ライトに言われてからは特に、本人的にはそれを表には出さないようにしているようにグランバートは感じていた。


「ええ、そうです」


「……」


 癖なのだろうか。

 サイードはメガネをくいと上げて、じろりとグランバートを見つめた。

 それはもはや睨んでいるようにも思えた。


「……貴方は、本当にあのグレース嬢と婚約をしているのですか?」


「!」


 グランバートよりも身長の低いサイードはメガネを押さえながら、グランバートを睨み付けるように見上げている。


「どうなのです?」


「……」


 グランバートは何と答えるべきか考えていた。

 サイードの意図が読めないからだ。

 あのメガネに表情を読ませないようにする軽い認識阻害の魔法がかかっていることをグランバートは見抜いていた。

 だが、それをグランバートが無効化すると、それがサイードにバレてしまう。

 だからグランバートはサイードの狙いが見極められずにいた。


「……答えられないのですか?」


 サイードのメガネの奥の瞳がギラリと光るのをグランバートは感じた。

 読めずとも分かるほどに鋭く。


「……」


 グランバートは素早く考える。


 サイードの背景は大きく分けて二つ。

 単純に下位貴族との交際などやめろという忠告か。

 あるいは、サイードがグレースの父親の手先で、探りをいれてきているか。


 後者だった場合、素直に認めるのは得策ではない。

 それはグレースにとって不利益でしかないから。

 望むべくは前者。

 その場合は認めてしまえば、グランバートもまたサイードに敵対視されるだろうが関わってくることも減る。

 それに自分がグレースへの防波堤になれる。

 とはいえ、後者であっても身の振りようはある。


「……」


 サイードはどちらか。

 サイードの立場は……。


「……なぜ、そのようなことを?」


 グランバートは結果的に、安易に認めないことにした。

 もう少し問答を繰り返し、やり取りの中でサイードの真意を探ろうと。


「……なるほど」

 

「!」


 しかし、サイードは再びメガネをくいと上げると、ただこくりと頷いただけだった。

 何かに納得したかのように。


「安易にそうだとは認められない、というのが貴方の答えですか」


「……」


「まあ、あちら側の両親が快く思っていないという前提があればおかしくはない対応ではありますが、それはこちらの求める答えではありませんね。そもそも私はそれを知っているわけですし。

 それ以外に何もないのなら、そうだと答えてしまえばいいはず。

 なのに貴方は答えを濁した。

 まあ、私の意図を探るために問答を続けたかったのかもしれませんね。

 ですが、そちらがそう来るならば、こちらとしても不用意に情報は渡せませんね。

 私としては、貴方がそれほど警戒心が高いということが分かっただけで十分とも言えるので」


「……っ」


 グランバートは選択を過ったかと反省する。

 サイードはグランバートの想定以上に頭が切れて鋭かった。

 グランバートはもうサイードからは情報を取れないだろうと判断した。

 自分がサイードを警戒していることに気付かれたから。


「……」


「……」


 そしてサイードの立ち位置からも分かることがあった。

 サイードは常にグランバートの剣の間合いの二歩外に位置取っていた。

 サイードは先ほどの授業でグランバート扮するクロードの魔法を見ている。

 剣撃にのせて、剣先から風の刃を飛ばす魔法。

 万が一、グランバートに切りつけられても風の刃に対処できる間合い。

 サイードにとって、この間合いがそうなのだろう。


「……」


 サイードは戦い慣れている。

 いくら王子の側近とはいえ、学生に過ぎないサイードがここまで場数を踏んでいるのは普通ではない。

 グランバートのサイードに対する警戒度合いは相当高い位置にあった。


「……ふむ。お互い、これ以上は踏み込まない方が良さそうですね」


「……それが賢明でしょうね」


 グランバートにはグレースの両親に反対されているから、という言い訳があるし、サイードには下位貴族が嫌いだから、という言い訳がある。

 あるいはそれが本音かもしれない。

 お互いにお互いの真意は分からない。

 だが、これ以上の踏み込みは互いの領分を侵しすぎる。手の内を見せないわけにはいかなくなる。

 グランバートとサイードにとって、それはお互いに都合が悪い。


 結局はお互いに何かを抱えていることが分かったというだけで、今回は互いに手打ちにすることにしたようだ。


「……」


 戦闘になれば、グランバートにとってサイードは相手にすらならない。

 だが、そうなるとエミーワイスが出てくる。

 その前にサイードを殺すことは可能だが、学院を退学になる可能性が高い上に王国の法で裁かれることになる。

 それは潜入している身としてはあってはならないこと。

 グランバートはサイードを捕らえて尋問することも諦め、大人しく引くことにした。


「……では、私はこれで」


「ええ」


 サイードはあっさりと踵を返すと、グランバートに背を向けて静かに去っていった。

 グランバートはその背中を静かに見送る。

 

「……」


 警戒対象が増えた。

 グランバートは心の中で舌打ちをしたのだった。
















「へいっ。グレースさんは今日もお疲れだぜー。

 ルールルーヒューヒュー。へい!」


 ソーヤ先生のお手伝いを終えて寮に帰宅ナウな私。

 疲れた帰り道に一人だと逆にテンション上がることない? 私だけ?


 いやー、バレたわ。

 先生にあっさりバレた。

 まー、あくまで魔力量が人より多いってだけに留められたから良しとしよう。うん、そうしよう。

 なんか順調にバレていってる気もするけど、悪くないバレ方してるんだから大丈夫。

 うん。ポジティブにいこーよ。

 前世ではネガティブ根暗な高湿度ガールだったんだから、今世では明るくポジティブに生きてみよう!

 ……うん、そう思わないとやってらんないってばよ。


「そう!

 私はノリノリ陽キャガール!

 帰り道に鼻歌歌っちゃう系のヒロイン!

 自作のポエム刻んじゃう系の可憐ガール!

 ふっ。夕日が目に染みるぜ!

 誰もいないから叫んじゃうぜ!

 夕日のバカヤロー! ってな!!」


「……ごほん。あー、機会を改めようか?」


「ぬべのらほちょべぎょっ!?」


「……なんて?」


 な、ななななななっ!!


「なんであーたがこんなトコさおるとですかでっ!」


「……どこの出身だお前」


 うん、いいツッコミありがとー。

 じゃなくて!


「……聞いてた?」


 大事なのはそこよ。

 一人だと思って帰りに熱唱してたらわき道から人が出てきたような状況。

 あーたは私の醜態をお聞きでしたかね?

 もし聞いてたら、私はあんたを生かしちゃおけねーぜ。


「……聞いてなかった、ということにしておこうか、お互いに」


「はい。それでお願いします。是非とも」


 お心遣い痛み入ります。

 

「んで?

 乙女の帰り道で待ち伏せして、いったい何の用かしら?」


 話題を変えちゃおう。

 それがいい。


「む? 婚約者が帰りを待っているのは自然なことだろ?」


「……はいはい。んで、なんの要件?」


 あなたはそういうキャラじゃないでしょ。


「……まあ、そうだな。

 ふざけている場合ではないな」


 やっぱりふざけたのね。

 てか、


「どったの?

 なんか深刻な問題?」


「……ああ。お前には早めに話しておこうと思ってな」


 あら、真剣な顔。









「……と、いうわけだ」


「……そっかー。あのサイードがあなたに」


 サイードって、あの嫌味メガネ生徒会長だよね?


「……サイードって、私の父親の手先なのかしら」


「……やはりお前もそう思うか」


「そりゃねー。いくら私みたいな下級貴族が嫌いっつっても、わざわざグランバートに婚約やめろなんて言いに来ないでしょ」


 あ、やめろとは言われてないのか。


 ちなみに、今は盗聴防止用の結界を展開中。

 だから呼び方もグランバート呼びにしてオッケーなのよ。

 てか、さっきのグランバートの婚約云々の冗談は誰かに聞かれてても言い訳できるようにだったのね。


「ま、そうだな。

 それに、俺もサイードからしたら嫌悪の対象のはずだ。

 にもかかわらず、奴は俺に対しては最低限の敬意を払っているように感じた」


 そか。

 グランバートことクロードは伯爵家の三男(っていう設定)。

 跡継ぎでもなくて、いずれは家を出るなりなんなりしないといけない立場だから、それこそ私と同じような扱いになるはずなのか。


「つまり、サイードが私だけを特に嫌う、ってか遠ざけるには理由があるってことね」


「そうなるな」


 うーむ。

 理由。理由ねえ。

 まあ、決まってるわよね。


「疑われないため、ってとこかしら」


「……そうなるな」


「あくまで私には正体を隠したい。

 だから私には近付かないようにしたい。んで、周囲には私の父親と繋がっているとは微塵も疑われたくない。

 ならば私のことがめっちゃ嫌いだから距離を取ってるってことにすれば、どちらの大義名分も成り立つ、ってとこかしらね」


 ま、下位貴族が嫌いってのは個人的な問題として根本(こんぽん)にありはしそうだけど。


「……」


「ん? どったの?」


 そんな驚いたような顔して。

 顔面イケメン国宝だからそんなんでもカッチョいいぞ?

 今日も流れるような銀髪が美しいですね。今はその姿で見えてるのは私だけだけど。


「……いや、お前は案外鋭い所もあるのだな、と。

 もう少し馬鹿な奴なのかと思っていた」


「……いや、そんなストレートに馬鹿ゆうなや」


 グレースちゃん傷付いちゃうぞ。

 私のメンタルはガラスで出来たコンニャクだぞ……なんだそれ。


「いや、そうだな。

 早いうちから父親の本性を見抜き、その牙を隠し続けてきたのだ。

 ただのマヌケな阿呆なわけがない、か」


「……なんか、フォローしてるようで傷口抉ってないかい?」


 私のこと、ただのアホだと思ってるん?

 まあ正解ですよ?


「そんなことはない。

 これなら皇帝の妃だろうと務められそうだと褒めているのだ」


「……」


 ……えーと?


「……いや、何かリアクションしてくれ。

 ……渾身の冗談だ」


「で、ですよねー!

 いや、あーたも冗談とか言うんやね!

 こちとら、びっくらこいて鳩豆顔してしもーたわい!」


「……お前は動揺すると何を言っているのか分からなくなるな」


 うん。正解ですよ?


 いや、ビビった。

 なんか暗にプロポーズでもしてきたのかと思ったわ。

 本好きメガネくそ陰キャオタクJKをナメんなよ。

 匂わせを嗅ぎ分けるのは得意中の得意なんよ!


 冗談よねー。うん、そうだよねー……そうだよね?


「さて、俺へのアプローチが失敗したサイードだが……」


 あ、はい。

 切り替え鬼速兄さんですね。


「奴はこのあとどう動くと思う?」


「んーとね。あー……」


 それは分かるよ。


「「グレースに(私に)接触してくる」」


 あ、揃った。


「ま、そうなるな」


「場合によっては自分の正体をバラしてくるかもね」


 第二王子の婚約者になれって命令してるのに他の男の婚約者になってるだなんて、父親の手先なら調べないわけにはいかないものね。

 私を問いただし、その真意を明らかにしないと。


 本当は私に、自分が私の父親の手先だってことはバレたくないんだろうけど、そうも言ってられない事態だってことね。


「そして場合によっては、グレースのことを始末するよう動いてくるかもな」


「ま、そうでしょうねー」


 あの父親ならそう命じるわよね。

 まあ、サイードぐらいならどれだけ不意打ちされても問題ないけど。


「そこでだ。

 もしもサイードが接触してきたとき、お前が取るべき行動として二つほど案がある」


「おお。なになに?」


 教えてー。

 私が考えるとたぶん脳筋にしかならないからね。


「一つは、俺の存在は、すでに婚約者がいるのだと油断させて、グレースがライトに近付きやすくなるための協力者なのだと説明する」


「なるほどー。そりゃいい誤魔化しになりそうね!」


 んで、もう一個は?


「もう一つは……サイードもお前の父親も、その奥にいる組織も、全部まとめて殲滅する」


「脳筋や!」


 結局あーたもそれかい!

 そんなん実質一択やん!


「だが、いずれはそうするのだろう?」


「うっ……まあ、そりゃそうだけどさー」


 とはいえ、ちぃと早すぎるってもんではないかね、グランバート殿。

 そういうのは物語のクライマックスに取っておこうぜ。


「……言っておくが、それをクライマックスにするつもりはないからな」


「うえっ!?」


 心読まれた!?

 なんで分かった! さては貴様エスパーだな!


「……お前は表情に出すぎる」


「おう、マジかー」


「そこに関してはサイードを見習うんだな」


「いやいや、あの人は魔道具のおかげやん」


「……気付いていたのか」


「え、メガネやろ?

 そんなん無意識に発動してる【看破】の魔法で一発よ」


「……普通は無意識にそんな高等魔法を発動できないからな」


「……オーマイガッ」


「……はぁ」


 うん、溜め息も納得ですね。

 いまいちその辺の線引きが曖昧なのが危ないとこよね。


「とにかく、そんなのは些事に過ぎない」


「そう言ってのけるグランバートさんもスゴいけどねー」


「……(お前を俺のモノにして帝国に連れていってからが本番なんだからな)」


「ん? なんか言ったかね?」


「いや、何も……」


 あかん。なんか主人公特有の耳遠すぎるやーつをやった気がする。

 いや、でもマジで聞こえないぐらいの小声だったからしゃーなしやで。


「まあでも、たしかに時期尚早と言えるだろう。

 敵方の規模や戦力も把握できていないのだからな」


「そーねー。

 やるなら全部やらないと面倒だし、滅ぼしたつもりが生き残りがいてーとかだったらやってられんし」


「そういうことだな」


「んじゃまー、一つ目のグランバートさん利用されてるだけ戦法でいきますかー」


「……些か不本意だが、それがいいだろう」


 いや、あんたが提案したんやろ。


「ま、サイードが私に接触してくれば、の話だけどね」


「……してくるだろうな。そう遠くない時期に」


「そーねー……」


「……」


「……」


 あ、グランバートも気付いてるのね。


「認識もそこそこ弱くなるはずの結界の向こうで、さっきから頑張って私たちの話を聞こうとしてるもんねー」


「本人は隠れているつもりなんだろ。

 あれだけ懸命に聞き耳立てていたら誰だって気付きそうだがな」


「きっと必死なのよ。

 ウチの父親は厳しいから」


「……失敗すれば首が飛ぶぐらいにか?」


「物理的にね。しかも本人だけで済むとは限らぬ故」


「……なるほど」


 ま、とはいえ同情なんてしないけどね。

 敵になるなら容赦はせぬよ、私は。


「まあ、今日はないだろう。

 あのタイプは俺との話を一旦持ち帰って、一晩吟味したいタイプだろうからな」


「じゃー、とりあえず今日はゆっくりグースカピーで、明日以降は私への接触に注意していく感じやねー。

 あんまり来なければこっちから誘ってみよかな」


「それもありだな。

 だがまあ、なるべく俺の目がある時が理想だけどな」


「んー? べつに平気よ?」


 サイードに遅れを取ったりせんから。


「心配ぐらいさせてくれ。

 仮にも婚約者なんだからな」


「そっかー。

 男の人ってなんか心配したがる生き物だってメイドが言ってたっす」


 ホントは前世の母親が、だけど。

 てか、なんか、むにゃむにゃ……。


「そういうことだ。

 いろんな意味でな」


「んー?」


 なにー?


「いや。

 お前、もう眠いんだろ」


「あ、バレたー?」


 じつはちょっと前からグレースさんおねむです。

 最後の方、あんまり頭に話入ってません。


「帰れるか? 送るか?」


「んにゃ。だいじょびー。寝てる時に襲われても返り討ちにできるからー」


 手加減はしかねるが。


「いや、途中で寝るつもりで言うな。ちゃんと帰ってから寝ろ。

 やはり寮まで送ろう」


「へーきよー。メイドのステラが察してそろそろお迎え来てくれるでー」


 そうして私を魅惑の膝枕へー……むにゃ。


「……そうか。……(残念だ)」


「んにゃー?」


「いや、気を付けて帰れ」


「ほあーい」


 結界解除、と。


「じゃ、また明日ねー。おやすみー」


 グレースさん、スリープモードで歩くでよー。


「……ああ。おやすみ」


 ふふふー。おやすみ言われるの、なんか嬉しー……ぐー。




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