15.ロリババア先生の狙いはちょっとウザかった……
「……ふむ。ワシの狙いか」
「……」
なぜ、私にこんなにも自身の属性やら魔法やらの秘密を話すのか。
それが漏れれば、ロリババア先生ほどの実力があってもいろいろと面倒なはず。王家にも嘘をついていたってことだからね。
それなのに実際にここまでのとんでも魔法を見せて、ご丁寧に解説までしてくれて、そうすることで先生になんのメリットがあるっていうのか。
え、まさか能力の開示が発動条件とか言わないよね?
「……それはの」
「ゴクリ……」
あ、声に出しちまった。
「お主とクロードのラブラブエピソードをたんまりと聞くためじゃ!」
「……はい?」
え、このババア今なんつった?
「あ。あとはついでに自分のことを先に話して、お主の能力の秘密を話させようって魂胆もあるがの」
「……そっちがついでなんかい」
え、この人なに言ってんの?
長く生きすぎてボケてない?
「いやいや、ラブコメじゃろ?
そっちに話を持っていきたいのじゃよ」
「メタ発言はやめい」
ただでさえ転生モノなんだから、あんたも転生者なの!? みたいなメンドい話になっちゃうからやめて。
ただのボケだろうから今のは気にしないでね。
「いや、実際のう。ここまで長く生きておると生き甲斐を探すのも大変での。
魔法の研究もわりと行き着く所まで行き着いてしまったもんだから、今は専ら人間というものを研究しておるのじゃよ」
「……なんか狂科学者みたいなこと言ってる」
デスゲームとか主催するやつやん。
「エルフはの。ちょっと長生きすぎての。
あまり生存本能が強くないのじゃよ。
子供が百年に一人生まれても増えすぎてしまうぐらいには長命種だから仕方ないんだがの」
ちょっと困ったような、苦笑するような表情。
「あー、生きるのに飽いた感じになっちゃうのね」
「おっ。理解があるんじゃの」
まー、エルフとかってけっこうそういうイメージだからね。
魔族とか龍族とかも長命みたいだけど、あっちは戦闘種族でバンバン死んでくから人間みたいに子供作っても問題ないみたいなのを、前世のまとめサイトとかで観た記憶があるわ。
「そうじゃ。まさに死んだように生きている輩が多くての。
ワシはせっかく得た生ならば充実させたいと思う質での。エルフでは珍しいが。
で、魔法の研究に千年以上のめり込んできたが、今は生徒たちの恋愛模様を密かにウォッチングするのにハマっておっての」
「……正直、気持ちは分からんでもない」
「ふっふっふっ。お主とは気が合いそうだの」
恋愛観察バラエティとか、恋愛ゲーとか、マンガや小説でも恋愛モノとか、どれもそこそこ、いや、だいぶ、いや、とっても大好きだったからね。
お母さんも他の国のそういうドラマとか大好きだったから、たぶん女は皆そういうの興味津々なんよ。男はどうか知らんけど。
「でだ。
初めはお主が規格外の魔力の持ち主で、何やら他にも秘密をいろいろと抱えていそうで、これは要注意人物だなと思っておったのだがの」
「……」
うん。なんか全部バレてね?
私が隠そうとしてること、この人に全部バレてる気がする。ま、分かってたけど。まあまあ自分で話したし。
さすがに前世の記憶でこの世界の未来の出来事を知ってる、なんてことはまったく匂わせてないから分からないだろうけど。なんなら、私がこの学院に入った瞬間から隠してた魔力を感じ取って視られてた気さえしてきた。
「ところがどっこい、お主は既に婚約者がいるという。ま、貴族ならば珍しくもないが。
だが、お主はアイオライト家じゃ。おまけに家の狙いは第二王子との婚約だという。にもかかわらず、家的にもまったく関わりのないクロードと婚約しているとは、いったい全体どういうことか!
私、気になります!」
……あんた、一人称ワシだったやろ。
「秘密の恋?
親には内緒の自分たちだけの婚約?
ライトに連れていかれそうになって慌ててそう名乗り出ちゃった?
それで教室から連れ出してあれやこれやでぐふふふふふっ!」
なんか楽しそーだね、せんせー。
でも私、人の恋愛模様を見るのは大好きだけど自分のを見られるのは好きくないのよ。ま、皆そうだろうけど。
「とにかく、ワシはお主らのラブラブ恋愛模様がどうなっていくかが楽しみで仕方ないのじゃ」
楽しみ言われてものう。
「私、気になります!」
もうそれ言いたいだけやろ。
「……はぁ」
なんか、拍子抜けした気分。
ようはただのコイバナ大好き婆さんなだけだったってこと?
「……が、その前にハッキリさせておかねばならぬがの」
「!」
と、思ってたら、突然に先生が纏う空気が一変する。
「っ!」
そして瞬間、世界が暗転……いや、真っ赤に染まる。
太陽は黒く燃え、空も海も真っ赤。
海の底で巨大な何かが蠢いているようにも見える。
そして、先生の魔力が明らかに殺意に溢れてるのが分かる。
常人なら魔力にあてられただけで気が狂いそうなほどに。
「……お主に問う。
正直に答えよ」
「……」
これ、正直に答えなきゃ殺されるやつだ。
「お主の真の属性は?」
「……闇、以外の全ての属性」
ここは偽ったらダメだ。
嘘をつけば、この人はたぶん容赦なく私を殺しに来る。
それが、この人の仕事だから。
てか、急にシリアスモードにならないでほしいんすけど。
状況の転換についていけずに風邪引きそうですぜ、私。
「お主が父親から命じられた任務は?」
「……ライト第二王子の婚約者になること。
ルミナリアを父親の派閥に差し出すこと。
ライトを王とし、国を乗っ取ること」
ま、今は最初の一つ目しか命じられてないけど。それに結局、ルミナリアはいろいろな人の尽力で国外追放になるしね。
この辺は前に話した内容との齟齬の確認かね。
「……お主はどれぐらい強い?」
「……エミーワイス先生、学院長、カイゼル学年主任には勝てません。それ以外の先生には負けないかと」
覚醒イベントを終えれば、グランバート以外の誰にも負けないんだけどね。
「お主とクロードとの関係は?」
「この学院に来てから知り合いました。向こうは私のことを知ってたようです。
クロードは独自にアイオライト家について調べてて、私に探りを入れに来て。
そこで私が家の命には従わないと相談し、学院では婚約者という体にしてライトには近付かないように協力をしてもらうことに」
てことにしよ。
嘘じゃない。これからそういうことにしてもらうから。
先生は私自身が嘘をついてるって思う負い目を見抜いてくるんだと思う。だから、私自身がこれをそういう設定だとして、クロードとこれから決め合うんだと思い込めば、これはもう本当になる……と、思いたい。
「ふむ。ワシの結界の監視の目を遮るほどの結界の中で、そんな話をしておったか」
「……そうですね」
やっぱり結界を張ったのはバレてたか。
でもおかげで中でのやり取りは聞かれてない。
真実を語らなくても嘘をつかなければバレない。
聞かれたことにだけ答えればいい。その答えも、必ずしも向こうが求める答えじゃなくてもいい。
嘘さえつかなければ何とかなる。
「……改めて確認じゃが、お主はアイオライト家の、父親からの指令に従う気はないのじゃな?」
「ありません」
「なぜじゃ?」
「権力にはあまり興味がありません。
そのために人の婚約者を奪うつもりもありません。
この国の在り方にも不満はありません。
それに何より、あの父親は私が邪魔になればすぐに殺すでしょう。
そんな人間の言うことなど、聞くはずがない」
これは本音だ。
革命だのクーデターだの、人の命を奪うことに理由付けしてくる奴を私は信用しない。
平和にのんびりのほほんと、老後は縁側で猫と一緒に微睡むのが私の理想よ。ま、転生してるけど。てか、この世界ににゃんこっているのかな。
「……ふむ。
どうやら本音だの」
無事に伝わったのなら何よりです。
「ならば、お主が望む平和でのんびりとした世界。それを脅かす者が現れたら、お主はどうする?」
「!」
この人は、私が力を振るう理由を知りたいのかな。
私が望む平和もまた誰かの血と屍の上にあるってか?
「……究極的には、話の通じない輩には力で分からせることになると思います」
「……ふむ。ベターな回答だの」
「……ただ」
「ん?」
「私の仲間、友人、もしくは知り合いを害そうとする者がいれば、容赦するつもりはありません」
「……それも、本音だの」
もちろん。
泣き寝入りはしない主義なので。
「……では、質問を変えよう」
「?」
「なぜ、父親を殺さない?」
「!」
そう来たか。
「お主ほどの実力ならば、何なら一派を丸ごとぶっ潰すことも可能であろう?
それこそ英雄にでもなれるぞ?
それにお主の父親は、お主とその周りの者どもを害する輩であろう?」
「言ったはずです。
地位や名誉にあまり興味がないと。
それにそんな目立つことをすれば、のんびりのほほんと生きられないじゃないですか。
私は平和に学院生活を楽しみたいだけなので」
「ふむ。エルフみたいな奴じゃの」
うん。正直、そういうスローライフ憧れるよ。
「……だが、それだけではないのじゃろ?」
「?」
「お主、人を殺したことはあるか?」
「……ないです」
「やはりの」
この人も、グランバートと同じでそういうのが分かるんだね。
「殺したくないのか?」
「それが普通では?」
「ははっ! 普通か。それだけの力を持っていながら」
「……倫理観は普通なつもりです」
「そうかの?」
「へ?」
ちゃうの?
「どうやらお主は、普通よりも人を殺すためのハードルが著しく高いようだの」
あ、この世界での普通ってことね。
「……クロードにも、同じことを言われました」
「お主はそれを越えるべきではない、とも言われたか?」
「……はい」
「ふむ。そのクロードとやらとも、一度話をしてみたくなってきたの」
あ、それはちょっと見てみたいかもです。
「正解じゃよ。
お主は魔王になってはならない。
クロードの言うことを、これからもよく聞くと良いじゃろ」
「……御意」
なるつもりはないけどね。
「……では、最後の質問じゃ」
「ゴクリ」
あ、これはホントに生唾飲んだ音ね。
「お主は、他に何を隠しておる?」
「っ!」
あー、どうしよ。
前世のこととか、転生とか、この世界は物語の世界のお話なんだよとか、未来の出来事を知ってるんだよとか、クロードは実はグランバートっていって帝国の皇太子なんだよとか、いろいろ隠してることが多すぎる。
でも、嘘をつけば百パーバレる。
で、バレたら多分、この人は躊躇いなく私を殺す。
それぐらい、私は脅威だから。
なんて答えるのが正解?
なんとなくだけどこの世界の人に、この世界は私がいた世界の物語の中のお話なんだよって言っちゃいけない気がするのよね。
なんか、この世界そのものがダメになっちゃう気がして。
「……答えられぬか?」
「っ」
魔力が冷たい。
真下に広がる、広大な海の底で蠢く巨大なナニカが少しずつ上がってきてる気がする。
「……言えません」
「……ほう」
言えない。
今の私にはそれしか言えない。
言ったらどうなるか分からないから。
嘘ではない。
これが私の本音だ。
「……自分が死ぬかもしれないとしても、か?」
「……そうですね。
もしこの答えで満足してもらえないのなら」
「ないのなら?」
魔力を漲らせる。
「殺されないように抵抗を試みるしかないですね」
「……ほう」
二人の魔力が立ち昇る。
それ自体は互角。
でも……
「……っ」
この人の魔力はこれだけじゃない。
頭上で真っ黒に燃える太陽。海の底で蠢く巨大なナニカ。
これら全部がこの人の魔力。
やっぱり勝てないか。
「……ふむ。まあよいか」
「……へ?」
途端、世界が明るくなる。
太陽は燦々と輝き、空も海も青く澄み渡る。水底のナニカは再び海底で眠りについた。
「……いいんですか?」
バッチリ隠し事してますよって白状したのに。
「まあの。これまでのやり取りで、お主はワシを謀ってまで何かを企むほど愚かではないことは分かった。
つまり、その言えないこととは言わないことが重要な事項であるということだ。
それが誰のためかは分からぬがな」
「……ありがとう、ございます」
「うむ」
どうやら信用してもらえたってことらしい。
ちょっと難しくて後半はなに言ってんのか分かんなかったけど、前世云々の話は言わなくてもオッケーになったみたいね。
いやー助かったー。マジで死ぬかと思た。
「それに、ワシも忙しい身でな。
お主とガチでやりあって無傷とはいかぬだろうからの。
仕事に支障をきたすことはなるべく避けたいのじゃよ。学院長がうるさいのでな」
「あー、それはお疲れ様です」
どこの世界も中間管理職は世知辛いですな。
「ここに閉じ込めるという手もあるが、お主ならそのうちここから勝手に出てきそうだしの」
「んー、まあ、時間はかかるでしょうけど」
術式を展開しっぱなしで、その中に私を置いてくれるのなら、時間さえかければ解析は可能だ。
闇の属性の魔法だけど、他の全部の属性を総動員してやりくりすれば再現は不可能じゃない、かな。
「やれやれ。ワシの研究の集大成をその程度で破ろうとするでない」
「さーせん」
下手したら自分の魔法を真似される。
それは私をより脅威にする。
だから手の内は見せすぎないってことね。きっとまだ切り札を持ってるんだろうな。
信用したとはいっても予防線は忘れない。さすがの長生きロリババアですな。
「ま、何かあれば相談するがいい。
ワシはだいたいお主のラブラブ大作戦を観戦するつもりだから事情は分かると思うぞ?」
「……相談はありがたいですが、ラブラブ大作戦てなんやねん」
しかも覗き見する気満々だし。
「ん? お主的にはこのままクロードの本当の婚約者になりたいのであろう?」
「はっ!?」
「え?」
「んなわけあるかい!
クロードとは協力関係なだけです!!」
クロードもそう言ってたもん!
「……あ、まさかお主、そういう子かの?」
「どういう子!?」
なんかバカにしてない!?
「……あー、そうか。
なるほどの。
それはそれで……うん」
なんなん?
なんかヨダレ拭いてない?
「……そうか! ワシの勘違いじゃったか!
これは失敬!」
「なんか無駄に爽やかな笑顔っ!」
なんそれ! なんかムカつく!
なにその「そういうことにしとこ」みたいなやつ!
「さ、話はこんなところかの」
「なんかまとめに入ってる!」
もう今の話題は終わりって言ってる! そういう空気にしようとしてる!
「帰りは送ってやろう。ワシのテリトリーでチョロチョロされても邪魔だからの」
「本音すぎる! でもありがとう!!」
私の足元に魔方陣が浮かび上がる。
あの道のりを再び歩くのはしんどかったからマジで助かるっす。
「ではの。くれぐれもボロを出すでないぞ」
それな。
「はい。頑張って頑張ります」
やらかし体質の私ですが末永く頑張らせていただきます。あ、フラグじゃないよ、きっと。いや、絶対。と、願いたい。
「あ、そうじゃ。気が向いたらまたここに来るがいい。
授業だけでは知り得ぬ魔法をいろいろ教えてやるでの」
「……それは助かります」
たぶん授業で教わる魔法は全部使えるからね。
「では、ワシのことは師匠と呼ぶがいい。
もちろん、ここでのみ、だがの」
「へい。師匠」
「軽いのう、お主」
こういうのはノリじゃろ?
「では、またの。
クロードとくれぐれもラブラブにな」
「……せんせーさよーならー」
「くっくっくっ」
おのれ。覚えておれ。
「……はー! 疲れたー!!」
「わっ! お嬢様っ!?」
かくして、私はロリババア先生の転移魔法でステラが待つ自分の部屋に瞬間移動したわけですよ。
「い、今のは?」
「あ、なんかロリババア先生の転移魔法らしいよ」
「い、言っている意味がよく分からないのですが?」
驚いてるステラたんも可愛い。
やっぱり銀髪美人メイドって属性は強いな。
てか、帝国にも転移魔法ってのはなかったのかしらね。
だとしたら、やっぱりエミーワイス先生はとんでもない人よね。
「ステラー。私もう疲れたでよー」
「お、お嬢様。床に寝転がらないでくださいっ」
いーじゃーん。もう歩けないー。足が棒なんよー。
「ステラ。今日の私はいろんなことがあって大変お疲れのご様子です」
キリッ。
「は、はあ」
「なので、いろいろと報告する前にまずはステラに膝枕してもらって頭をナデナデしてもらって癒されたいと思っている所なのです」
上目遣いキュルン。
「は、はあ」
「……ダメ?」
お目目うるうる。
「……仕方ないですね。はい、どうぞ」
「わーい! シュタッ!」
「……動けるじゃないですか」
ソレハソレ、コレハコレよ。
「それで?
何があったのですか?」
「えー。このまま話すのー?」
今は全てを忘れてステラに癒されたいんだけど。
「お嬢様はだいたいこのまま寝ちゃうじゃないですか」
「ぐぬう。よくお分かりで」
「おかげさまで」
だってステラの太もも枕が心地よすぎてーっていうのはさすがにキモいから言うのやめとこ。
「えっとね、えっとねー」
「はいはい」
そうして私はステラに怒涛の初日の報告をして、何とか学院生活一日目を終えたのでした。
え、これで初日ってマジ?
ツラたん……。




