14.ロリババア先生との密談の始まり始まりー……いや、もう帰りたいんだけどー。
「……ひー、ひー……」
私、虫の息。
延々と続く階段をひたすらに上る私、既に虫の呼吸なり。
「……いや、なんで私は徒歩やねん」
なぜに私がこんな秋の虫の音を奏でることになったのかと言いますとね。
ほら。私、放課後の教室でロリババア先生ことエミーワイス先生の呼び出しを忘れて帰ろうとしてたじゃん?
で、そこに先生が「帰るな」つってツッコミしに転移魔法で現れたわけだけど、そのあとあの人、自分だけさっさと転移魔法で消えて、私には自分の足で研究室まで来いって行ってきたのよ。
いやね? 別に私も歩くのは嫌いじゃないからいいんよ? 常識的な距離なら。
でもさ、先生の研究室への道のりが果てしなく遠すぎるのよ!
まず私のいた教室は学院の二階なんだけどね。
そっから一回下に降りて外に出て、校舎の外周をぐるっと回るようにして別の棟に入って、そっから五階まで階段を上ったら渡り廊下を渡って、んで再び一階まで階段を降りて、そっから専用の通路を通ったら認証機能のある入口を抜けて高い尖塔みたいな所に入って、そんでそっから螺旋階段を延々と上がってかなきゃいけないのよ。
で、この螺旋階段が外からは五階ぐらいの高さにしか見えないはずなのに、いま私はもう既に三十階分ぐらいの距離を上り続けてるわけよ。
「はひー、はひー……なにこれ、ふざけんな。……幻惑魔法? 解析・看破の魔法で常時突破しながら進んでこれよ?
じゃなきゃ無限ループで永遠に出られなくなるタイプのやつやん」
先生の研究室への道のりが厳しすぎる件。
これ、他の生徒はおろか、先生たちでもたどり着けなくね?
あの人、自分でやっといて出入りがメンドくなって転移魔法開発したんじゃないの?
「……はーはー。や、やっと、つい、たぁー!」
そうして、ゆうに四十階分の螺旋階段を上りきって、ようやく私はおっきな扉の前に到着したのでしたとさ。
いや、ホントは肉体的にはそこまで疲れてないんよ。
基本的に常時肉体強化の基本魔法を使ってるからさ。私レベルならこれぐらいで疲れるなんてことないんだけどさ。
でもね、体は疲れなくても心が疲れるんよ!
肉体は精神の影響を受けるっていうけどさ。まさにそれよ!
役所でたらい回しにされた挙げ句、「あ、これは警察署ですねー」って言われたみたいなやつ!
「……んで、着いたはいいものの……」
いやいや、なにこの扉。
魔王やん。
完全に魔王がいる玉座の間への扉やん。
「……どんな趣味やねん」
ロリババア先生の研究室への扉はやたらとおっきくて、やたらと禍々しい装飾が満載の怖すぎる入口だった。
なんかてっぺんにガーゴイルみたいな石像いるし。扉から手とか目とか翼とか生えてるし。なにこれ、呪われてんの?
「……入るか」
ここで文句言っても仕方ない。
早く終わらせてステラのご飯食べてステラに癒されてステラの膝枕で寝たい。
いや、今日はもうホントに疲れた。
入学初日にいろんなことが起きすぎよ。
いくら私がメインキャラのポジションとはいえ、そんなことある? イベント詰め込みすぎじゃない?
……まあ、大半は自分のせいで発生している自覚はあるのですが……。
「……しかも、簡単には入れないし。もー」
さっさと先生の呼び出しに応じて帰ろうと思って魔王の扉に手をかざしたら、やっぱりただの扉じゃないことが分かった。
「えーと……麻痺に爆発、雷撃、落とし穴、幻惑、武器生成で槍と矢が雨みたいに飛んできて、てっぺんのガーゴイルが襲ってきて……最後のよく分かんないのは、強制転移かな」
うん。罠のオンパレード。
しかもどれも死んじゃうやつ。
やりすぎの極み乙女ですよ。ロリババア先生。
「えーい。解除がメンドい!」
一個一個丁寧に罠を解除していく。
扉に触れただけで発動しやがるぜ、こいつら。
「……んー……きえーーいっ!!」
順番に少しずつ罠を解除していって、最後の強制転移の魔法は術式が分からないから、もう魔力で力ずくで吹き飛ばしてやった。
「……開いたぁ」
そして、ようやく魔王の間への扉がご開帳。
うん、もう心も体も魔力もへとへとよ。実際は疲弊してるのは心だけだけど。
「せんせー! きたー!」
もう疲れたから作法なんて知らんわ。
茶菓子出せやおらー!
「やれやれ。力ずくで術式ごとぶっ壊してくるとはの」
「出たなっ!」
「人を魔王みたいに言うでない」
いや、あんたもう魔王よ。
私じゃなくてあんたが魔王よ。
「って、部屋広っ!?
いや、広いとか、そういうレベルじゃないっ!!」
扉の向こうには無限の凪の海が広がってた。
波ひとつ立たない、バカデカイ器に水を溜めたみたいな水面。それが地平線まで続いてる。
おまけに空があって、太陽みたいな光が輝いてる。
上も下も青。
そんな非現実的な光景が魔王の扉の向こうに広がってた。
「なかなかに気持ちが良いであろう?
ほれ。こっちに来い。
美味い茶菓子もあるぞ?」
「……やりすぎでしょ」
で、先生は水面の上に浮かべた白いテーブルセットのオシャレな白い椅子に腰をおろしてる。白いパラソルが唯一ともいえる影を水面に落とす。
「やっぱりとんでもないなー」
壮大な風景をキョロキョロしながら先生のもとへ。
これ、たぶん落ちたら本当に水に落ちるよね?
幻惑魔法? は、私には通用しないし。いや、空間拡張みたいな魔法かな? そんなん、当然のように物語に出てこなかったんだけどね。てか、既存の属性に当てはまらないんだけど。
なんか怖いから、一応浮遊魔法で椅子まで向かおう。
「やれやれ。浮遊魔法は風の属性であろうに。
自分で火の属性と言っておきながら普通に他の属性の魔法を使うでない。
今現在、生まれ持った自身の属性以外の魔法を使える存在は確認されていないのだぞ?」
「……あ」
しまった。
壮大すぎる魔法を前に自重するのを忘れてた。
「ま、何となくそんな気はしていたがな」
「へ?」
「とにかく座るがよい。
まずは茶でも飲みながら話でもしようかの」
「へ、へい」
ダメだ。完全に先生のペース。
雰囲気に飲まれるな。
何を話してて何を話してないかを常に気にかけないと。
「あ、いい香り」
椅子に座って先生が淹れてくれた紅茶のカップを手に持つと、何とも上品な香りが漂ってきた。
「そうであろう。学院のワシ専用の茶畑で育てた茶葉だからの。
高魔力を圧縮しておるから健康にも良いぞ」
「どれどれ……あ、美味しい!!」
「そうであろう。そうであろう」
ロリババア先生ご満悦。
でもホントに美味しい。ステラが淹れてくれる紅茶もいつも美味しいけど、こっちはやっぱり素材のレベルが違う。
でも、
「これって普通の人が飲んだら多分死ぬやつですよね?」
魔力が濃すぎて学院の生徒ですら多分耐えられない。
「まあの。だからワシ専用の茶畑なのじゃよ」
「いや、そんなん生徒に飲ますなよ」
「お主なら平気じゃろうからの。
たまにはワシの傑作を共有したかったのじゃよ」
「ま、まあ、そうですけど」
平気だけども、一般人には猛毒みたいな飲み物を生徒に出すかね、普通。
「……ところで」
紅茶を嗜みながら周りの風景に目を向ける。
真っ青な空と海。
雲ひとつ、波ひとつない、太陽だけが燦々と輝く静かで穏やかな空間。
現存するこの世界の、少なくともこの国の魔法技術では到底実現不可能な魔法。
物語には登場しない、私でさえ知らない魔法。
「この空間を作っている魔法はなんですか?
先生の思念伝達とか転移とかもそうですけど、こんな魔法、そもそも存在しませんよね?」
そもそもこの世界の魔法は全て属性に準拠する。
火、水、土、風、光、闇。
それらに属さない基本魔法もあるけど、それは魔力そのもので肉体を強化する魔法とかだから、こんなとんでもない代物とは異なる。
そして、属性によらない魔法はこの世界に存在しない。
「……」
答えない。
なら、もうちょいソフトな方向から。
「そういえば、転移の魔法に関しては先生や他の生徒にも見せていましたね。
あれは、先生たちにはどう説明しているのですか?
ともすれば戦争のあり方を変えかねない魔法だと思うのですが?」
先生レベルの魔術師が突然に敵地のど真ん中に現れて、強力な魔法を放って消えるっていうヒットアンドアウェイを繰り返すだけで敵は壊滅的なダメージを受ける。
そんな魔法を公然に使用しているのはなぜなのか。
「……ふむ」
ロリババア先生は紅茶を一口飲むと、カチャリとカップを置いた。
「雰囲気に飲まれまいと、自らが会話の主導権を握るために攻めに転じることにしたようだの。舌戦としては、まあ悪くないやり口だの」
「……」
バレてーら。
攻められてボロを出すよりはこちらから攻め立てる方が優位に立てると思ったけど、相手は樹齢レベルの長生きさんだからね。年の功には敵わないか。
「まあよいか。
ワシは光の属性だからの。転移に関しては光を研究し尽くした末の集大成だの。
だが、発動には大量の魔力を要する上に発動後に大魔法は使えぬ。さらに同行者は一名まで。しかもその場合はさらに魔力が要る。
それに、ワシを戦争で使うことは出来ぬしの」
「……と、いうことにしているワケですか」
「……ほう」
なるほど。
光の属性ならワンチャンあり得るのか。
自身の粒子分解、あるいは光子化による光速移動。もしくは屈折作用での空間ジャンプ?
たぶん誰も理論を理解できないから適当に説明をつけたんだろうね。
まあ、それでもやりようはあると思うけどね。爆薬とか毒ガスとか使えば。あ、この世界にそういうのってないのかな?
だとしたら余計なことは言わないでおこう。科学的な大量殺戮とか考えるだけでも反吐が出る。
「先生は私の前で今日だけで四回も転移魔法を使ってますもん。
それだけ大量の魔力を使うことが前提なら、そんなバカみたいに安易に使えないはずですからね」
「ふむふむ。
存外、愚かではあっても馬鹿ではないか。
ただの阿呆ということなのかの」
「……なんか、ものすごく悪口言われてません?」
「悪口は言っておるが褒めてもいる」
「複雑なる我が心境……」
「はっはっはっ。面白い奴じゃの」
「褒め言葉ってことで受け取っておくとするかの」
なんか先生の口調が移るってばよ。
「ならば、お主はこの空間や、思念伝達や転移といったワシの魔法について、どう思うのかの?」
「へ?」
先生の説明を否定するなら持論を示せってか?
っていっても、私もそこまでそういうのに詳しくはないかも?
「うーん。
とりあえずこの空間は光の属性の魔法である幻惑魔法とかではないかな。
そんな単純なものじゃない。そもそも幻惑は私には通用しないですし。
最初の思念伝達の方は、まあ光の魔法で説明できるのかな。自分の思考を電波信号として特定の人物に飛ばして理解させる。そしてその相手からの信号を同じルートを通して感受する、みたいな。まあ、そんなのは当然存在してないですが。光の属性を研究し尽くした先生なら不可能ではない、かな。
問題は転移魔法と、この空間を構成してる魔法。
転移は空間歪曲? 粒子分解? 転移とかって十三次元で計算されてるんだっけ? あんま分かんないな。
この空間は無限拡張? いや、この空間に関しては近付けば遠ざかる感じかな。視線を動かすとそれに伴って遠近感も動くみたいな。実際に私が動いても同じ原理で。
見えない定規みたいので私と景色の端っこが固定されてて、永遠にたどり着けないみたいな。空間情報だけじゃなくて視覚情報にもそれを適用させてる恐るべき術式、かな」
なんか、途中から自己分析の自己語りみたいになっちゃったな。
こういう考察ってわりと好きなのよね。
なんかちょっと厨二感あるやん?
「……お主は本当に阿呆だのう」
「恐るべき憐れみの目!」
なにその塩のサークルに囲まれてウロウロ同じ所を回るしなかいナメクジを見るような目は!
またナメクジか! どうせ私はナメクジ女ですよ! すでに手も脇も汗でびしょびしょですよ! 階段いっぱい上らされたからね!!
「よいか。
そういった考察はおいそれと披露するべきではない。
今お主が述べた言葉。
そのほとんどが一流の研究所で最難関の研究に使われるワードじゃ。
十三次元? などというワシでさえ知らぬ言葉まである。
とても一介の学院生が口にする言葉ではないのじゃよ」
「わふぉっふぅ!?」
「……なんて?」
マジか。
だって考えを述べよってゆーたやん。
あたしゃ言われた通りに述べたまでよ。
それがこれよ。
嵌めたな! さてはお主、ワシを嵌めおったな! おのれロリババア!!
「ワシはエルフ種にして王国における最高峰の魔術師。
それに対してお主は入学したばかりの一介の学院生。
売り言葉に買い言葉で説明したのだろうが、ワシと同じレベルで会話が出来る時点でおかしいのじゃよ」
「……ぐうの音も出ぬでござる」
優雅に紅茶をすするロリババア先生。
まさに仰る通りでござる。
ついつい、相手がそこまで披露してきたのなら私もそのぐらいまでなら知識を披露していいだろうって思ってしまった。
そうじゃないのよね。
私はただの男爵令嬢で、ただの入学したての学院生。
そのスタンスを忘れちゃダメ。
クラス内成績で中の下に位置する健気な美少女。
そうでなくちゃ。
エルフ先生の授業、ためになるっす。
「……そういや、先生ってエルフなんですよね?」
「だからそうだと言っておろうが」
「この国に人間以外の種族がいるのって珍しくないですか?
先生は王国ではどういう立ち位置なんですか?」
この世界には人間以外にも知的生命体が存在してるんだけど、グランティス王国は人間至上主義の思想が強いのよね。
エルフなんかは人間よりも長生きだし頭もいいし美しいから、王国においてもわりと敬われる存在ではあるんだけど。
いろんな種族がいるティダート帝国とは違って、この国には人間以外の種族がほとんどいないのよ。
別に見つかったら暴行を受けたりするわけじゃないけど、待遇が手厚くもない。何かあっても人間以外の種族は後回しにされる。
だから自然と他の国に流れて行っちゃうのよね。
「エルフは閉鎖的な生き物だからの。
ワシは魔法の研究を進めるためにこの地に住み着いたのじゃ。
エルフの国にいては最新の魔術書や素材を手に入れるのに時間がかかりすぎる。結界があるから転移も出来ぬしな」
あー、研究オタクなのか。
私も推しのグッズが売ってるショップの近くに住みたいと思ったことがあるから気持ちは分からんでもない。時間とお金があれば私でもそうしてたかも。
「でも、なぜこの国に?
たとえば、帝国の方が人間以外の種族でも待遇がいいのでは?」
帝国では人間も他の種族も皆同じ種族として扱われるからね。
帝国と王国はその思想の違いが対立の始まりだって言われてるのよね。
「帝国ではエルフ種だからと特別視されぬ。
そして、あの国では強い種に対して徴兵することが可能での。そういう法を制定してある。
逆らえば滞在許可が取り消されることもあるでの。
珍しがられても丁重に扱ってくれる王国の方がワシには都合が良かったのじゃよ」
「なるほど……」
国として強いからこそ出来る政策よね。
それでも帝国にいたいと思わせるだけの国力があるわけだし。
しかも現状、帝国はこの世界の頂点に君臨してる。
徴兵制度はあってもそれが使われることは滅多にない。小国との小競り合いなら正規兵で事足りるだろうし。
しかも、その制度があるから他国は正規兵の数で勝っていても戦を仕掛けられない。
とんでもなく強い種族が徴兵で参戦してきたら壊滅させられかねないから。
エルフ種もそうだけど、魔族とか竜族とか、この世界には人間なんか歯牙にもかけないとんでも種族がけっこういるからね。
まあでも、あの人たちは争うより食べて飲んで騒いでが好きな気のいい人たちだから、平和にしてる分には全然平気なんだけどね。
そう考えると、それらにケンカ売ろうとしてる私の父親たちの一派ってすごいバカよね。
そんなとんでも種族たちを治めてる帝国を支配下に置こうとしてるんだから。
「……」
まあ、それを可能にしてしまうのが私の存在なんだけどね。
人間が遠く及ばないはずのエルフや魔族や竜を圧倒する力を持つチート存在。
逆に言えば、私がそんなバカに手を貸さなければ王位簒奪に侵略戦争なんて起きないわけで。
やっぱり私はモブ街道を爆走せねばとこのでっかいお胸に誓ったのですよ。
「で、まあこの国でのワシの扱いは食客にはなるんじゃが、立場としては高位貴族と同等以上の扱いにはなるのかの」
「他国の貴族、あるいは王族みたいな扱いですかね?」
「ま、そんなとこかの。長期滞在の来賓みたいなものじゃ」
「なるほど。先生を戦争には使えないってのはそういうことなんですね」
「まあの。他国からの来賓を戦地に投入するわけにはいかぬじゃろ」
だから転移魔法が使えることを他の人が知ってても、それを戦争利用は出来ないと。先生ほどの強者を脅すことも出来ないだろうしね。
「で、ワシはこの地で魔法の研究を行うとともに王国からの厚待遇を得る代わりに、学院の守護と生徒への指導の任を負ったわけじゃ」
「互いに利害が一致したワケですね」
「うむ。生徒にモノを教えるのも存外、悪くないものじゃ」
かくして、王国は最強の一角を自国に置くことに成功したわけだ。
これほどの実力者。
戦争に参加しないことは分かっていても脅威と言わざるを得ない。
学院を守る責任を負っている以上、戦わせる方法がないわけでもないだろうし。
先生もそれは承知の上かな。
もしかしたら物語では、先生たちはこの学院をガチガチの結界で護って引きこもってたのかも。
王国の思惑としては学院を護らせるついでに周辺地域も護らせるつもりだったのかもしれないけど、先生は文字通り学院だけを護ることに徹した。
だから帝国からグランバートとルミナリアが乗り込んできた時に学院の先生たちは登場しなかったのかも。
ルビーたち、他の学院生が物語にほとんど出てこなかったのもそのためかね。
実際問題として先生たちが参戦してきてたら、いくら魔法を無効化するグランバートがいても苦戦してたかもだから、先生の行動はグッジョブだったわけだね。ま、未来の話だけど。
「さて、遅くなったが、ワシの魔法の答え合わせといこうかの」
「あ、そだった」
私の考察とか先生の立場とかの話してたら、そのことすっかり忘れてた。
そもそもこのとんでも魔法はなんなん? って質問から始まったんだった。
「結論から言うと、ワシは空間系の魔法を扱う闇の属性だ、ということじゃ」
「……あー」
「なんじゃ、反応薄いのう」
「あ、いや、まあ、だいたい予想はついてたので」
「なんじゃ、つまらんのう」
もっと大げさなリアクションを期待してたのかな。
だとしたらすんませんね。
いや、だって既存の属性に当てはまらない魔法なら、もうそれしかないですやん。
「お主も知っておるだろうが、闇の属性、などと言ってはおるが、要は他の属性にあたらないその者だけの特別な魔法を使う者を総じて闇の属性と呼んでおるのだ」
ルミナリアとかグランバートのね。
他の属性は【火球】とか【水弾】とか、あるいはもっと上位の【暴竜風】とか【裂ける大地】とか【清浄結界】とか、その属性の人がその魔法を覚えることで使えるようになる魔法ってのがあるけど、闇の属性の魔法は一人ひとりその人だけしか使えない特殊な魔法になってる。
要は、体系的に分類できないよく分からない魔法を全部闇の属性って呼ぶことにしたよって話よ。
形がないと不安だからカテゴリを与えて安心したかったんだろうね、お互い。
「闇の属性は研究対象になりかねぬ。
だからワシは自身の属性を光と偽っておるというわけじゃ。幸い、空間系の魔法は光の魔法の一部に存在するからの」
「……なるほど」
闇の属性は貴重だ。
どの国もまだ研究途中。国によっては闇の属性を持つ者はヒトとしてではなく研究材料としてしか扱われないこともあるみたい。
裏で高値で取引できるからって闇の属性持ちを狙っている組織はどこの国にもあるみたいだし。
で、この国ではルミナリアしか闇の属性は現存していない。
侯爵令嬢かつ第二王子の婚約者である彼女は大丈夫だろうけど、もし私みたいな下っぱ貴族が闇の属性を発現したら、たぶん速攻拐われて売られて、分解されて隅々まで調べ尽くされるんだと思う。
先生は自分のこの国での扱いがどう転がるか分からなかったから、自身の属性を偽ったんだろうね。
光の属性は教会では特に敬われるし。
「……にしても、それ専門とはいえこれだけの空間作用を及ぼす魔法を行使するなんて……」
もしこれを常時展開してるんだとしたら、やっぱりこの人の魔力量は尋常じゃない。
「そこはほれ。長年の研究の成果じゃよ」
どんだけの長年なんだか。
しかもこれを展開しながら、この部屋に来るまでのトラップとか、学院全体を包む結界とか、そんでその上で転移魔法とか使ってるんでしょ?
やっぱ半端ないな。
「……」
先生が纏う魔力は穏やかだ。
でも、深すぎて底が見えない。
やっぱり、今の私じゃこの人には勝てない。
「……やってみるかの?」
「!」
魔力の揺らぎを読まれた? 怖っ!
「いや、勝てないから、どうにかして争うようなことにならずに平和にのほほんと生きていけないものかなーと考えていたでございますです、はい」
「……じゃが、いずれお主はワシを超す。そうであろう?」
「!」
この人は、どこまで視えているのか。感覚的なものなんだろうけど。
私には覚醒イベントがある。
それを経て、私は名実ともに最強に至るのだ。
まあ、それでもグランバートに全部を無効化されて負けるんだけどね。
つまり、それが起こっていない今の私はこの学院の先生にも負ける可能性が大いにある。
ロリババア先生レベルなんかは間違いなく勝てない。
「……一つ、聞いていいですか?」
「なんじゃ?」
だから、その上で確認しておきたい。
この人の真意を。
「なぜ、私に自身の秘密ともいうべき魔法について教えてくださったのですか?
それを私に開示する意味は?」
「……」
「貴女の狙いは、なんなのです?」




