12.やっぱり皇子は変態だったみたいで、変態のせいで動揺した私は大事なことを忘れてたわけで……うん、オワタ!
「えーと、クロード? 様。
グレースさんとお知り合いでして?」
「ルビー様……」
クロードことグランバートが私とルビーの初めての連れションを遮って、私に話があると割り込んできた。
それを受けて、ルビーがちょっと不機嫌そうに私とクロードの間に入ってくれる。
ルビーとクロードは面識がないみたいね。
ルビーはきっと生徒会長キャラサイードみたいに、クロードが私に絡みに来たんじゃないかと心配してくれてるんだろうね。
「ええ。ルビー・シュタルク様。
少し大事なお話ですゆえ、我々の邪魔をせずにそこを退いてはいただけませんか?」
「な、なんですって!?」
おーう。
クロード。あんた自分より高位貴族のルビーになかなかすごい態度取るね。
え、てか、なんかやっぱ怒ってね?
グランバートの姿に見えてる私には、凍てつき殺すぞみたいな恐ろしく冷たい目で微笑んでるあんたがそこにいるんだけど。
クロードの姿ではそんな目でルビーのこと見てないよね?
隣の筋肉ダルマことガルダが憮然としてるぐらいで済んでるんだから大丈夫なんだろうけど。
「あーら。わたくしがいたら出来ないようなお話なのかしら?」
ルビーさんたら、すっかり悪役令嬢みたいなムーブですわよ、それ。
「……ルビー様。無粋すぎると友人に嫌われてしまいますよ」
「なっ! なんですって!?」
あ、ダメだこりゃ。
こいつら仲悪いわ。
「あー! はいはい! 分かりましたー!
ルビー様。申し訳ありません。
少しだけ行ってきますねー」
ここは私が止めに入って間を取り持たないとアカンやつや。
「……グ、グレースさんがそう仰るなら、仕方ありませんわね」
あら、ルビーったら素直。
さっきのクロードの言葉が地味に聞いてるのかしらね。
「ルビー様。私はこんなことで友人を嫌いになったりなんてしません。それに、ルビー様が私のことを思って彼との間に割って入ってくださっていることは理解しています。
お心遣い、痛み入ります」
「グレースさん……」
うんうん。フォローは大事。
友達より男を取る奴だと思われるのは嫌だしね。
「……では、グレースさん。
あちらへ」
「は、はひっ」
にっこり笑顔のグランバートさん。目がまったく笑ってないのよ。凍りついてるのよ。怖すぎるのよ。
え、やっぱり怒ってるよね? おこだよね? 『氷の皇太子』全開してるよね?
「……で?」
「わひっ!」
人目のない廊下の隅に連行された私はグランバートに壁ドンされて詰め寄られているのでした。
いや、こんな顔の整ったイケメンに壁ドンされたら、それはそれは胸キュンものなんだろうけど、顔がラブコメのそれじゃないのよ。これから仕留める相手を見るそれなのよ。
こえーっす。グランバート様怖すぎるっす。
「貴様は父親の計画実行に関わる人物とは関わらない方針なのではなかったか?
にも関わらず、あの体たらくはなんだ?
式典で大いに目立ち、ルミナリア・シュタルクの妹であるルビー・シュタルクに近付き、ライトの取り巻きであるガルダの隣に座る。これでは、必然的にライト・グランティスとルミナリア・シュタルクにも関わることになる。
おまけにエミーワイスにも目を付けられたな。奴は稀少なエルフ種な上にグランティス王国でも指折りの魔術師だぞ」
「……ぐうの音も出ぬ」
仰る通りすぎてなんも言えねえ。
てか、あのロリババア先生はやっぱりそんなスゴい人だったのね。
「はぁ……」
「いやー、まさかこうなるとは思ってなくてですねー」
もうね、冷や汗だらだら手汗だらだらよ。
せっかくステラが入学式だからってしてくれたお化粧が台無しよ。
お嬢様は素材がいいからシンプルに薄めに、って言って見事にやってくれたのに。
シンプルメイクが実はけっこう難しいって知っとんのか、あんた。
「……貴様。まさかルビー・シュタルクがルミナリア・シュタルクの妹だと知らずに近付いたのか?」
「……イエスアイドゥー」
「……はぁ」
そんなナメクジを見るような目をなさらなくても!
いや、確かに私は手汗冷や汗だらだらのぬるんとしたナメクジ女だけどさぁ!
てか、転生してもその体質は変わらないのね。物語ではグレースにそんな要素はないのに。てか、ナメクジな男爵令嬢なんて第二王子をオトせんわ!
「い、いやー、そもそもルビー様の方から私に絡んできたわけでー。その時は、てかさっきまでルビー様の名字がシュタルクだってことも知らなかったわけでー。
筋肉ダルマがルビーに首ったけで、その隣に陣取ってくるとは思わなかったわけでー。
ま、でもさ。ライト殿下たちが違う席なだけよくね?」
「!」
ダメ?
てか、なにその何かに気付いたみたいな顔。
「……あのライト王子の側近はルビー・シュタルクに想いを寄せているのか?」
「え、そこ?
筋肉ダルマのことよね? あ、うん。そーみたいよ。てか、見てたら丸分かりやん」
そこに食いつく?
なんか利用しようとしてるの?
「そうか…………良かった」
「へ? なんか言った?」
「……いや、なんでもない」
なんなん?
この距離で聞き取れないって、どんだけウィスパーなボイスやねん。
わざわざ【遠耳】の魔法を妨害してまで。
「……とにかく、関わりを持ってしまったのは仕方ない。意図的ではなかったようだしな。
疑って悪かったな。少しイラついていたようだ」
「あ、いや、べつに」
なぜにイラッてらっしゃる? てか、そんな素直に謝られると逆に申し訳な……。
「……こんなに汗かいて」
「え?」
なんか、グランバートの凛々しいお顔が急に近付いてきて……
ペロッ……
「ひやっ!?」
舐めた! 舐めたよー!
この人! 人のほっぺをペロッて舐めたよーーー!!!
「な、な、な、な、なにをっ! 貴様は何を致しておるか!!」
「……しょっぱい」
「そりゃそうでしょーねー!」
いや、もう鑑定必要ないじゃん!
趣味じゃん! もはや癖やん!
「……私のせいでせっかくの化粧が崩れてしまった。
せめてもの謝罪と思って、な」
「いや、どんな謝罪やねん!!」
なんなん!?
帝国では謝る時に相手のほっぺの汗を舐めとりなさいって教えてるんか! そんな国、滅んでしまえ! いや、私が滅ぼすわ、物理的にっ!!
「……そうだな。いや、自分でもなぜこんなことをしたのか……すまない……」
「無意識やったでこの人!」
なお怖いわ!
違う意味で怖いわ!
鳥肌ぞわぞわ系の怖さやわ!
謝ればいいと思っとるやろ!
「……ライト王子たちのことは私に手がある」
「いや、普通に話進めるんだね!?」
もうほっぺ汗を舐めた話終わってる!
まあいいけど!
「……私に任せてくれ。
君のことは私が必ず守る」
「……う、ううーん」
なんか、胸キュンセリフなはずなのにさっきの変態グランバートが残ってるせいでそれさえ怖く感じてきたわ。
「じゃ、じゃあ、私はもう行くからね。
クロードも、そろそろ再開するだろうから早く戻りなよ?」
「……ああ」
壁ドンの腕からするりと抜けて教室に戻ることにする。
チラリと振り返るとグランバートはまだ同じ体勢のまま。え、死んでないよね?
「……もう」
改めて思い返して、今さら胸がドキドキしてきた。
あんな超絶イケメンにほっぺペロッてされるなんて、前世のメガネクソ陰キャオタクJKの時には考えられなかったからね。そんなん妄想の中だけの産物よ。もしくは薄い本の……げふんげふん。
とにかく、教室に戻るまでにこの赤くなった顔を戻しとかないと。もう化粧はいいや。
「……俺の隣に、座ると思ってたんだがな……」
「おーし。再開すっぞー」
席に戻って少しすると、ソーヤ先生は時間ピッタリに起きてきた。
欠伸をしながら伸びをしてる。
グランバートも私のすぐあとに戻ってきた。
「……」
澄ました顔しやがって。この汗舐め変態皇子め。イケメンだなチクショウ。
「!」
あいつ。私に意味深な目線を送ってきおったで。
最初に教室に入った時は知らぬ存ぜぬを決め込んでたくせに。
「……今あの方、グレースさんに嫌な視線を送ってましたわね」
「ルビー様?」
いや、別に嫌な視線ではなかったかと。
どちらかというと、内緒の恋人にクラス内で秘密の視線ビームを送る陽キャのノリみたいな視線だったかと。
あれ、俯瞰で見てる陰キャにはバレバレなんよね。別に誰にも言わんけど。興味ないし。
「……始末しようかしら」
「ル、ルビー様っ!?」
ご乱心ですかっ!?
「ふふ。冗談ですわよ」
ブラックジョークすぎるぜ、ルビー嬢。
「でも、グレースさんを害そうとする輩にはわたくし、容赦するつもりありませんの」
「あら。それは私もですわ」
「ふふふ」
「どぅへへ」
うん。ルビーとは仲良くなれそうだわ。
「へいそこー。話聞けー」
やべ。
ソーヤ先生に注意されて二人して頭をすくめる。
「……」
「……」
そして目を合わせてエヘヘと笑い合う。
いい。
アオハルしてる。
ルビーたん好き。
「はい。注目ー」
ソーヤ先生は立ち上がると、教卓にバスケットボールぐらいの水晶を置いた。
どこに置いてあったん、それ?
「これでさっき言ってた魔力量と属性を測るからなー。
これに適当に魔力流せばなんかいい感じに分かるからー。あ、やりすぎると壊れるからな。ほどほどでいいぞー。
ま、これを壊せるほどの魔力量なんてエミーワイス先生ぐらいだけどなー」
「なんか、抽象的すぎませんこと?」
「ホントに」
ソーヤ先生の説明が曖昧すぎて理解が及ばぬ。
ま、とりあえずあの水晶に魔力を注げば勝手に魔力量と属性を判定してくれるっていうお決まりの便利装置ね。
「……」
うん。分かってる。予感はしてるよ。
エミーワイス先生ぐらいの魔力量がないと壊せない水晶でしょ?
このフラグ、私が全力で回収しに行く未来しか見えないのよ。
しかも確かね、実際にグレースはこの入学時のイベントでその潜在的な実力を露見させてライトに興味を持たせるのよね。
でもそれを自分ではうまくコントロール出来なくてー、みたいな流れでライトに取り入って。
まあまあ。落ち着け落ち着け。
私にはその流れを知ってるっていうアドバンテージがあるのよ。
ようはあの水晶に魔力を込めすぎて壊さなきゃいいのよ。
流す魔力が少なけりゃ水晶は壊れない。
しかも一つの属性に絞って魔力を注げば、潜在的な魔力量さえ誤魔化せるように事前に準備済み。
甘いね、物語の強制力さんよ。
お主に目にもの見せてやんよ。
「ま、百聞は一見に如かずだな。
おい、ライト。まずはお前がやってみせてやれ」
「はい! ソーヤ先生!!」
相変わらずライトはソーヤ先生に心酔してる様子。
まあでも実際に誰かがやってるトコを見れば、自分がやる時にどれぐらいの魔力を注げばいいのかがより分かるってものよね。
「頑張りますっ!」
「いや、ほどほどでいいからな」
「はいっ!」
教卓に立つライト。
メチャクチャ気合い入ってるけど、ライトがぶっ壊したりしないよね。あ、魔力量的に無理か。
「ぬんっ!」
そして、ライトは自らの魔力を水晶に注いだ。
気合いはすんごいけど、意外と注ぐ魔力は繊細で丁寧。やり慣れてるね。
「ふむ」
ソーヤ先生が光った水晶を覗き込む。
傍目からは全然分かんない。
プライバシーが守られてるのは助かるね。
「王立学院の一年としては驚異的な魔力量だな。申し分ない。
属性は光。まあ知ってたけどな。
よし。戻ってよし」
「はいっ! ありがとうございました!!」
おいおい。先生ってば結果発表堂々としちゃうのね。
テストの点数廊下に張り出す系の先生? プライバシーの欠片もないね。
こりゃ、ますます気を付けなきゃ。
「じゃあ次ー」
ソーヤ先生は次の生徒を呼んだ。
どうやらこうやって順番にやっていくみたい。
呼ばれた生徒たちは緊張した様子で水晶に魔力を流していく。
ちょうどいい。
ここで皆の実力を把握しとこう。
「はい次ー」
三分の二ぐらいの生徒が終了したけど、まあ学生の、しかも一年生ならそんなもんだよねってぐらいの生徒がほとんど。
属性の分布はだいたいこの国の国民の割合と同じぐらい。
水が一番多くて、次に火。その次が風で、次に土。光はライト以外には二人だけかな?
あ、このクラスの生徒数は四十人ぐらいね。
ちなみに私は火でいく予定。
「次。ルミナリアー」
「はい」
そしてお次は麗しのルミナリアたん。
引き続きお美しい。
「……」
無言で静かに魔力を水晶に流すルミナリア。
さらりと流れる黒髪が美しい。
「ふむ。さすがは主席だな。
魔力量はダントツだ。
で、属性はやはり闇、と」
「ありがとうございました」
周囲がざわつく。
さすがは主人公。特別感が半端ない。
私を除けば魔法の優秀さは学年トップ、いや、たぶん学院の生徒でトップと言ってもいいレベル。
そして、この国で闇の属性なのはルミナリアだけ。
その黒目黒髪に美しい容姿も相まって、神秘性さえ感じるルミナリアはもはや信仰レベルの支持を得ている。
ま、ルミナリアが支持されるのはその魔法の能力による所もあるんだけど。
ホント、よくこんな状況を覆してルミナリアを国外追放まで持っていったよね、私。
「次ー。クロードー」
「はい……」
おっと。ここでグランバートの出番だね。
「……」
チラリとこっちを見てる。
分かってんよ。ちゃんと手を貸すよ。
ここで弱小地方貴族のクロードが闇の属性だなんてことになったら面倒でしかないからね。
「……」
クロードが教卓に。
それに合わせて、私は机の下で両手を合わせる。
魔力を指定して変質。両手からこっそりと下に流す。
「……」
行け。
「ハァッ!」
クロードが水晶に魔力を流す振りをする。
そのタイミングで、床下を走らせた私の魔力が教卓の内側を通って水晶へ。
「ふむ。魔力はまあまあだな。
訓練次第で成長の余地あり。
属性は風だな」
「……ありがとうございます」
よし。うまくいった。
ソーヤ先生にもバレてない。
土の魔法の【潜航】で風の属性の魔力を隠したからね。床下と同化した土の属性の魔力はいくら先生でも気付けないよね。
クロードは風の属性でいきたいらしいから、これで満足やろ。
「……」
はいはい。よくやったって顔を向けないの。
「……奴め。またグレースさんに……」
ルビーさん? なんかキャラ忘れてない?
「はい最後ー。グレースー」
「あ、はいっ!」
そうそう。
お決まりの最後に呼ばれるやーつ。こういうのってだいたい最初か最後よね。
ま、とにかく、ここでやらかさないように無難に決めるよー。
「……」
「……ふん」
「どんなものかしらね」
「……けっ」
「……」
うん。分かってるよ。
皆のすんごいアウェーな視線ぐらい。
そういうの敏感だからね。陰キャは。
ルビーのライオンみたいなガルルルした表情も見えてるよー。守ってくれてありがとー。
なんかクロードもそんな顔してる気がするけど、怖いからそっちは見ないようにするよー。
「はい、やってー」
「……はい」
ソーヤ先生はその空気に気付いてないのかメンドいのか、気にせず進行してる。まあ、その方が助かるけど。
「……あ」
「どうしたー?」
「あ、いえ……」
やば。
おしっこしたい。
「おーい。グレースー?」
そだった。
変態クロードに連行されたからルビーと連れションしてないんだった。
もー。なんであとちょっとで終わるってタイミングで思い出すかね。
「おーい。聞いてるかー?」
ダメだ。これ、いま気合い入れたら漏れる。
こんなん、繊細な加減なんて出来ない。
「す、すいませーん。ちょっと、お花を摘みにー」
緊張しちゃってー。みたいな空気出しとこ。
「あーん? そんなん、これやったら行けばいーだろ。
すぐだから。ちょちょいってやれば終わるから。はいやってー」
「ぬぐぅ」
ダメだ、こいつ。
女子にそこんとこ気を使えないとモテないぞ、チクショウ。
「ちょ、ちょっと、限界が近付いておりましてー」
ムリ。マジムリ。
魔力コントロールなんて精密操作してらんない。
「はいはい。やれば終わるから。すぐだから」
「ぬぐぐぅっ!」
このクソ教師!
殺んぞオラァッ!
くそう。一応チャレンジしてみるか。
水晶に手をかざして集中してみる。
「……」
うん、ムリポ。
集中しようとすると終わる。いろんな意味で終わる。
「はい。頑張れー」
うっさい! この教師!
「だから! 漏れるって!!!」
我慢の限界が来て、私がそう怒鳴った瞬間……。
ピシリ、とヒビが入る音がした。
そして……
「うわっ!!」
「キャーーっ!!」
「危ないっ!」
ガシャーーーンッ!! ってな感じで、見事に水晶が粉々にぶっ壊れたのでしたとさ。
「……やってもた」
あ、もうトイレは引っ込んだよ、うん。
漏らしてないから安心して。
なんかもうどうでも良くなってきたけど、そこの尊厳は守ったよ。誰か私を褒めて。偉いぞ、私ー。
クロードさん。そのナメクジを見るような目やめて。ナメクジだって生きてるのよ。ちょっとクセになっちゃうかもしんないからやめて。私はノーマルなのよ。
「……グ、グレース・アイオライト。とりあえずトイレ、行ってこい」
「……イエッサー」
とっさに風の魔法で水晶の破片から皆を守ってくれてありがとうございます、ソーヤ先生。
お花を摘みに行って参ります。
うん、今度こそオワタ/(^o^)\




