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その6 左目の秘密

 竹藪の中を黒髪ツインテールを乱暴に揺らしながらズンズン進む姫の後を、ゆっくりと付いて行く。

 彼女は身体が小さい為か、歩く速度が遅い。

 こちらが普通に歩いているのに、直ぐに追い付いてしまう。そして、そうなれば、「付いて来るな」と拒絶されるのが解っていた。だから、こうして一定の距離を保ち、かつ、見失わない様に後ろから注意して進んだ。


 程なくして、姫は立ち止まって動かなくなった。


「どうした? 疲れたのか? 大丈夫か? 何だったらおぶってやるぞ?」


「なんで、あんたなんかにおぶわれなきゃならないのさ。付いて来ないでって言ったよね? なんで付いて来るのよ」


 姫の声音は低く、小さく、そして強かった。

 その語気の強さに、ひるみながらも、言葉を返した。


「何でってそりゃあー、お前、突然飛び出して行ったからさ。何かあったのかと心配になるじゃないか」


「ああそう。大丈夫よ。ほら、もう行って。心配ないから」


 更に語気を荒げて、後ろを向いたまま片手を振って、去れと示した。

 まったく取り付く島もない。


「お前さあ、もしかして道に迷ったのか?」


 その言葉に、黒髪ツインテールがビクンッと跳ねる。


「はぁ? そんなわけないじゃない! 道ぐらい分かってるわよ。こっちが出口でしょ」


 吐き捨てる様にそう言って、またズンズンと奥へ進んで行く。


「そっちは山の上だが? 山に登りたいのか?」


 俺の嫌味に、ピタリと歩を止めた。

 勢いよく振り向いて、こっちを指差す。


「あのさぁ、知ってるんなら教えてくれたっていいでしょ! 出口どこよ。わたしは、道路に出たいの!」


 珍しく感情的に怒られた。彼女のこういった姿は初めて見た。


「どっか行けと言ったのは、お前の方だろうが。まったく」


 ほら、こっちだよっと言いながら先導して、竹藪を進む。

 姫は、ぶつぶつ言いながら付いて来た。いろいろと文句を言いたそうな顔をしている。



 竹藪を抜けるには、後五分は掛かるだろうか。それまで二人で黙ったまま歩き続けるのは居心地が悪いので、少し会話してみようと試みた。


「お前、方向オンチだったのな」


「ちっ、ちがうし! ほら、ここ来たの、3日前だし! よく知らない場所だから! 普段居る場所とかなら迷わないし!」


 よほど方向オンチと言われるのが嫌だったのか、顔を真赤にして必死に言い訳している。

 話題の選択を誤ったようだ。


「わかったわかった。いいからちゃんと付いて来いよ」


 姫は、文句を言いながら、ちゃんと離れないように後ろから付いてきた。

 突然、制服の袖をぐっと掴まれる。

 どうしたのかと問えば、「わたしを置き去りにして逃げないように」って言いやがった。人の親切をなんだと思っていやがるんだこいつは。置き去りにするぐらいなら追いかけて来たりしねえよってんだ。


「ちょっとー、早いよ。もっとゆっくり歩いて」

 

 進み始めてからすぐに文句を言ってきた。確かに、百七十五センチの俺と、推定百四十ニセンチぐらいの姫ではその差三十三センチもある。だとすれば歩幅も随分と違うのだろう。それに女の子は歩くのが遅いと聞くしな。

 俺の袖を掴んでいた姫は、転びそうになりながら必死について来ていた。

 これは確かに、こっちが悪いな。


「すまねえ。お前ってさ、ガンガン進むイメージが強くてな。ついつい急いだ方がいいかと思って、早足になっていた」


 素直に謝罪すると、姫は不思議そうな瞳で俺の顔を見ている。


「なんだよ? なんか言いたい事があるなら言えよ」


「あ、いや、その……素直に謝るとは思ってなかったから。なんていうか、今までわたしに対して普通に謝る人ってあんまりいなかったからさ」


「そりゃー、お前の態度が、いつも悪いからだろう? 刺々しいっていうか、馬鹿にしてるっていうか、なんか知らんけど、周りに対して攻撃的じゃん? 何があったか知らないけどさ。そのせいじゃないか?」


 こいつが転校して来てからの日々を思い出す。って言ってもここ三日の事だが。俺以外の奴には本当に噛みつく様に敵意を向けている印象しかない。


「あは、そうなんだ。うーん。まあ、わたしの態度が悪いのは自覚あるんだけどね」


 そう言って、頭を掻いて、自虐的に笑った。


「ほら、わたしって可愛いじゃない?」


 堂々と言ってのけやがった。まあ、可愛いとは思うけども、自分から言う奴がいるとは驚きだった。


「う、まあ、そうだな。とりあえず、見た目は可愛いよな」


 姫は、俺の嫌味にチラッとこちらを睨んでから、話を続けた。


「わたし、小さい頃から可愛かったので、そりゃーモテたわよ」

「自慢話か?」

「違うわよ。事実よ! じ・じ・つ!」


 怒り出した。

 なんだろうこいつ。自分が可愛いって事にプライドでも持っているのだろうか?


「それでね、モテる代わりに恨みや妬みも買うわけよ」


「ああ、女の恨みは怖いって言うからなあ」


「まあ、女からだけじゃないけどね。男からも恨みは買うのよ。まあ、それはいいわ。わたしが可愛いって話じゃなくって、態度の話よ。昔はね、もっと普通だったのよ。それでね、みんなから可愛がられてたって事よ」


「でも恨まれてたんだろ?」


「まあね。でもわたし、それに気付いてなかったのよ。わたしは悪気がないわけじゃん? だからそんな恨まれるとか考えてなかったのよ。まあ、妬まれるのはわかるけど」


「自分が妬まれるほど、可愛いって自覚はあったんだな」

「悪い?」

「嫌、別に悪くないけど」


 また姫にじろりと睨まれた。


「妬んでる人にも優しくしてあげてたんだよ? わたし基本的には優しいし」


 過去形ではなかった。じゃあ、今も優しいつもりなのだろうか?

 そう考えていたら、姫からまた睨まれた。たぶん気持ちが、俺の顔に出ていたんだろう。


「なんだよ?」

「あんた、わたしが優しくないとか思ってんじゃないでしょうね?」



「いいから話を続けろよ」


 これ以上噛みつかれないように、先を話す様に即す。どうにもこいつは自分が思っている自己像と、他人から見える自己像の違いに気づいていないようだった。それを改めさせたかったが、骨が折れそうだったので止めておいた。それはまた何れかの機会にすることとしよう。今やっていたら日が暮れそうだからだ。


「ん、まあいいわ。それでね、わたしは中学時代までは上手くやれていたと思ってたんだよね。でも、高一のときにね……左目を失ったの」


 さらりと言われた言葉に、しばらく理解が付いて行かなかった。

 姫の左目は光に弱いからモノクルで遮っているみたいな事を、担任が言っていたはずだ。

 でも今の言い方だと、まるで失明したみたいじゃないか?


 あらためて、彼女の左目、正確には、左目に嵌めているモノクルを覗き込んだ。

 しかし、レンズが真っ黒で、その奥に瞳があるかどうか解らなかった。


「見たい?」


 姫は上目遣いで妖しく誘う様に笑った。


「まだ誰にも見せたことないんだよ。わたしとあなただけの秘密」


 何か言おうと思ったが、喉がカラカラに乾いて声が出ない。

 まるで姫の顔に吸い込まれていくような錯覚を覚える。

 心のどこか深いところで警告が鳴る。「ダメダ イクナ」と。

 自分の存在そのものが消されていく様な、恐怖を覚えて後退る。


「な~んて、冗談よ。冗談。真に受けちゃって、かーわいい」

「てっ、てめえええ! 馬鹿にしやがって」


 頭に血が登った。こいつに気持ちを奪われそうになった自分が腹立たしい。そして恐怖を感じたことも悔しかった。やっぱりこいつは、たちの悪い女だ。少しでも気を許した俺が馬鹿だった。


「ごめんね。ちょっと意地悪しすぎたね。でもなんて言うか、その、話し辛くてね。ついついふざけちゃった。ごめんね。でも、ちゃんと話しておきたくてさ。あのー、いいかな。まだ聞いてくれるかな? これさ、外したら駄目なんだよ」


 そう言って、左目に嵌めているモノクルを指でコツコツと叩く。


「今これ外しちゃうと、あなたを巻き込んじゃうから」

「巻き込むってどういう事?」

「んっとそうねえ、じゃあ、それについて話すね」



 姫は少し間を取って、気持ちを整理しているのだろう。

 何度か呼吸を整えた後に口を開いた。

 それから、左目のこと、そしてモノクルに関することを話はじめた。


「朝起きたら、左目が無くなっていたのよ」

「え? 朝起きたらって、どういう状況で?」

「どうもこうも、そのままの意味よ。朝起きたら、左目が丸々、始めから無かったかのように無くなっていたのよ。今の私の左目は完全に空洞なのよ」

「まじか? なんだよそれ。何かの病気か?」

「最初はそう思ったよ。両親にすぐに病院に連れて行かれてね。あ、そうそう、そのときはまだ両親生きてたんだよね」


 まだ両親は生きていた。そう言えば、この前、親が居ないとか言ってたな。中学生の時には、まだ両親は存命だったのだ。なら、亡くなったのはここニ、三年って事か。

 姫は、俺が理解した事を目で確認してから、続きを話した。


「結局、病院でも原因不明。左目が無くなっている事を除けば、身体に異常なし。そのまま帰されたわ。正直、自分でも何がなんだかわからなくて、パニックになったわよ。両親に当たり散らしたり、友だちに当たり散らしたりして。その時の事は思い出したくもないわ」


 ふと想像してみた。子供頃から可愛いと言われて、本人もそれに自信を持っていた事だろう。それが突然、片目が無くなるという事態になったのだ。そのショックは図り知れない。まあ、可愛く無くても片目が無くなるのは相当なショックなはずだ。


「それでそんな性格になったのか」


 なるほど。それは仕方のない事なのかもしれない。

 ならば、姫は、これでもまだまともな方なのかもしれない。


「違うわよ。そうじゃない。まだ続きがあるのよ。ちゃんと聞いて」


 怒られてしまった。ここは大人しく最後まで聞く方が良さそうだ。


「どうぞ」


 そう言って、先を促す。


「最終的に、その原因が後で解ったのよ。これはわたしに対する恨みの呪いのせいだって」


「恨みの呪い? なんだそれは?」


「なんかマスター曰く、わたしは誰かから恨みを買って、そいつに呪いを掛けられたみたい。そしてそれが左目を喰って住んでるんだって。だからね、このモノクルでそいつが暴れないように抑えているの」


「ごめん。何を言っているのか解らない。解るように話してくれ」


「うーん。そうねえ。簡単に言えば、呪いのエネルギーがわたしの左目を喰って、そこに住んでしまったの。それで、この呪いのエネルギーはわたしの左目を起点として、周囲に災いを振り撒いたの。だから、その影響を抑えるために、マスターがこのモノクルを作ってわたしにくれたのよ。いや、くれたんじゃないわ。ローンで払わされてるんだった。まだローン終わってないし」


「えーっとよくわからないが、その左目に住んでる呪いって奴を取り出せないのか? そのマスターって人に頼んでさ」


「わたしも聞いてみたのよ。でもね、出来ないって言われた。この呪いは左目だけじゃなくて、もうわたしの全身の侵食してるみたいで、無理に取り除くと命は保証しないって」


「全身に侵食って、おまえ大丈夫なのか? その苦しかったり、痛かったりはしないのか?」


「それがねえ、不思議と痛みはまったくないんだ。これ」


 姫はそう言って、儚げに笑った。


「でも、これ、剥がすと死ぬほど痛いんだって。そんな死にそうな痛みを我慢した結果、死ぬならやらない方がいいかなって思ってさ。そのままにしてるのよ」


「なんか、よくわからんけど、おまえ大変なんだ」

「そうよ。わたしは大変なのよ。だからね。優しくしてよね」

「なんだよ、それ。どういう理屈だよ」

「だって、儚げな、か弱い、美少女は、守ってあげたくなるでしょ?」


 は? なんだって? こいつが儚げ? とてもそうは思えない。今の話が全部本当だとしても、こいつの今の態度からは、儚げなど微塵もない。か弱くもない。確かに美少女ではあるが。


「何か、ご不満でも?」

「いえ、別にないです」


「そう。よかった。まあ、だから、このモノクルを外しちゃうとね、周囲に災いが振り撒かれちゃうのよ。だから外せないのよ。わかった?」


「だいたい、モノクルの事情はわかった。ちなみに、災いってどんな事が起きるんだ?」

「そうね。家が燃えたりするわ。うちの両親はそれで死んだの」


 そうだったんだ。こいつの両親は、自分に掛けられた呪いで殺されたのか。


「なんか、悪い。聞かなかった方が良かったな」

「別に気にしてないわ」


 それはなんて言っていいかわからない。自分のせいでって思い詰めたりはしてないだろうか。

 こいつの態度に惑わされているが、本当はもっと深刻に受け止めていて、内心苦しんでいるのではないか。日々自己嫌悪や慚愧に苛まれて眠れぬ夜を過ごしていたりしないだろうか。

 姫の本心を知りたくて、顔を盗み視るが、その表情は影に隠れて見えなかった。


 そしてこいつを呪った奴はどうなったのだろうか?



「その犯人は誰だかわかっているのか?」


 姫は、ふるふると首を振る。


「誰だかわからない。それにマスターからは犯人探しを禁じられてるの」


「なんで禁じられてるんだ?」


「例えばさ、犯人が解ったら、あなたならどうするの?」


「そりゃー、訴えたり?」


「誰に? 何を訴えるの? 呪いで両親殺されましたって訴えるの? それただの頭のおかしい人で終わりよ。実際、火事は不審火で終わってるわ。原因不明でね。じゃあ、どうする?」


「じゃあ、同じ様に呪いを掛けるとかは?」


「そうよね。そう思うよね。でも、そんな事がまかり通ったらどうなると思う? 呪いを使える人がたくさん居るとしたら? わたしだってその気になれば出来ない事はないと思う。もちろんやった事ないけど。そんな人たちが呪いを掛け合ったらどうなると思う。もう世の中ぐちゃぐちゃになるでしょ」


 呪いでの殺人なんて、犯罪として認められない。だから裁かれる事なんてない。それが許されているならば、殺したい相手を普通に呪う。そんな奴らがいっぱい居たら。たしかにそこら中に、毎日のように、人が呪い殺されてしまうのだろう。


「じゃあ、そうなっていないのはなんでだ? おまえに呪いを掛けた奴は、のうのうと普通に生活してるっていうのかよ? そんな事が許されるのか?」


「許されるわけないでしょ。許しちゃいけない。だからね、そういう奴らを判定して、裁く組織があるのよ。魔術界の警察みたいなものがね。だからマスター曰く、そいつらに任せなさいって。下手に自分で犯人探して見つけてしまったら、きっとわたしは、魔術を使ってそいつを殺しちゃうからって」


 法的に魔術による犯罪は、罰せられない。だから、魔術による犯罪は、魔術の組織が魔術で裁く。そういう事なのか。


「わたしがもし魔術でそいつ殺しちゃったら、今度はわたしがその組織に殺されちゃうってさ」


「なるほど。だいたい事情は解ったが、それとお前の態度が悪いのとどういう関係があるんだ」


「あ? そりゃ態度だって悪くなるってもんでしょー。わたしの事を恨む奴がどこ居るかもわからないんだから。わたしにとっては、全員わたしを恨んでいる容疑者よ。そりゃ攻撃的にもなるわ」


「あのさあ、それって返って敵や恨みを増やしているような気がするけど?」


「別に増えたって構わないわ。今は無力なガキじゃないし。今度こそ返り討ちにしてくれるわ」


 その言葉を聞いてやっとわかった。こいつは自分に呪いを掛けたやつに対する仕返しを諦めたわけじゃない。犯人を探せないから、直接殺せないから、それならこれから自分を恨んで来るやつを片っ端から倒すつもりなのだ。


「でも、そんな事をしたらお前が始末されるんじゃないのか?」


「呪いを掛けれる奴なんて、そんなに居ないわよ。それに仕返しは、殺す気はないし、あからさまにひどい事をしなければ、組織も見逃すわよ。あいつらそんなに暇じゃないし」


 なるほど。つまりはこいつの態度の悪さは、ただ単に、憂さ晴らしがしたいだけだったのだ。

 でもそんなの、辛すぎないか――


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