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その14 不在着信

 放課後、帰り際に羽島さんに引き止められた。

 昨日の件があったせいだろう。俺に絡んで来るのに物怖じしなくなっている。


「ねえ、一緒に帰ろう」


 予想していた。お昼の彼女の反応から、そう言い出すだろうと思っていた。

 思っていたけど、どう対処したらいいかは、結局考えつかなかった。


 なんだろう。この子には、断れない何かがある。押しが強いわけじゃないのに、断ったら悪い気がしてしまうのだ。

 特に最初の一回目。何度か一緒に帰っていたなら、今日はちょっとって言って断れる気はする。

 しかし、初めての場合。彼女が勇気を出して「一緒に帰ろう」と言って来たのだ。無碍に断るのはどうしても気が引けるのだ。

 一方で、あまり仲良くすると彼女が危険な目に遭うと解っていながら、遠ざける事が出来ない自分に自己嫌悪する。


「どうかしたの?」


 心配そうに、下から顔を覗かれる。


「う、いや、なんでもない」


 顔の近さに少しドギマギした。

 顔を逸らして、「さあ、行こう」と言って誤魔化す。


 駅に着くまでの間、羽島さんはずっと喋り続けている。よくそんなに話せるものだと感心する。女の子はよく喋るものだとは思うが、羽島さんはそういうレベルではなく、放っておいたら眠るまで喋っているのではないかと思われた。

 話す内容は、他愛のないものばかりだ。この前、近所でこんな事があっただの、テレビでこんな番組があっただの、そんなものだった。俺は話には興味が持てず、適当に相槌を打っていただけだが、彼女は満足そうだった。


 駅に着き、電車を待っていたとき、彼女は話すのを突然止めた。

 不審に思って、羽島さんを見ると、彼女と眼が合った。


「あのね、隼人くん」


 なにやら思い詰めた表情で見上げてくる。

 嫌な予感を感じながら、彼女の次の言葉を待つ。


「明日、家に来ない?」


 想像外の言葉に、一瞬、何を言われたのか判断が出来なかった。

 当惑する俺に、彼女は続けた。


「隼人くんに見せたいものがあるの。明日お休みでしょ。お昼、家で食べる感じで、どう?」


 特に、明日用事はないし、行きたくない訳では無い。呪いの事が無ければ躊躇うことなく、行くと返事をしていただろう。だが、流石に、これは危険なのではないだろうか?


「だめ? かな?」


 羽島さんの泣きそうな顔を見ると断れなかった。


「ああ、いいよ」


 彼女は、ぱあっと明るい顔になって、スマホを取り出してぶんぶんと振った。


「連絡先、教えて。細かい話はメッセージでやりとりしよう」


 彼女に言われるがままに、連絡先を交換する。

 

 その後の事はぼんやりとして覚えていない。

 気がつくと家に帰っていた。


◇ ◇ ◇


 土曜日の朝。

 ぼんやりとしている。

 何か、変な夢を見ていた様な気がするが、何も思い出せない。

 母親に急かされて、いつもの朝食を取り、自室に戻る。

 しばらく何をするでもなくベッドに座ってぼぉっとしていたら、スマホが机の上でブルブルと震えだした。手に取って画面を見ると、羽島さんからの着信だった。


「はい。早月です。羽島さん? なに?」

「なにって、今日の予定。家に来るって話したじゃん。もうっ。まだ寝てるの隼人くん」


 ああ、そうだった。そんな約束をした気がする。


「新場駅に十一時ぐらいでどう? 改札出たところで待ってるから」


「ああ、わかった」と返事をして電話を切る。


 スマホの画面に、着信履歴があった。表示されている名前を見ると、由美だった。

 着信時間を見ると、昨日の夜遅い時間だった。

 慌てて由美に電話を掛ける。

 何かあったのだろうか?

 由美とは今までメッセージでのやり取りは何度もしていたが、直接電話する事はほとんど無かった。

 十回コールするまで待ったが、由美は出なかった。

 ダメ元で、姫にも電話するが、以前と同じく着信拒否のままである。


 由美の家に直接行くか?

 羽島さんとの約束の時間が迫っているし、由美もスマホの側にいなかったか、着信に気づかなかっただけかもしれない。

 ここは一旦、羽島さんとの約束を果たして、合間に由美に電話を入れよう。そして、連絡が着かなかったら、直接、由美の家に行けばいい。うん。そうしよう。


 方針が決まると、俺はすぐに外出用の服に着替えて家を出る。

 着信に気づいた由美からの返信があるかもしれないので、スマホのバイブに気がつくように手に持ちながら駅へ急いだ。


 羽島さんとの待ち合わせの新場駅に着いても、由美からの返信は無かった。

 時間は十時半。まだ三十分余裕がある。この隙に、由美に電話を掛けるが、やはり応答がない。

 彼女の身に何かあったのだろうか? 不安に押し潰されそうになる。

 羽島さんとの約束をキャンセルして、由美の家に駆けつけるべきだろうか?


「おはよう! 隼人くん。あ、いや、こんにちわかな?」


 いつの間にか、羽島さんが隣に来ていた。


「ずっと声掛けていたのに気づかないんだもの。恥ずかしい思いしちゃったじゃない」


 あざとく拗ねる羽島さんに対して、平静を保ちつつ謝罪する。


「あ、うん。すまん。じゃあ、行こうか」


 そんな楽しそうな顔見たら、キャンセル出来なかった。

 ならば、早く済まして由美の家に向かうしかない。


 駅からさらにバスに乗って羽島さんの家に向かう。

 バスにはそれなりにお客が乗っていたが、無事に座れた。

 バスは小高い丘を越えて進む。およそ十分程乗っていただろうか。


「次で降りるから」


 隣に座っていた羽島さんが降車ボタンを押して告げる。

 

 停車したバスから降りるのは俺達以外にも数名いた。

 割とここから乗り降りするようだ。

 バスを降りて辺りを見回す。

 いくつか田んぼが辺りにある田舎っぽい場所だった。

 お店とかも特にない。住宅があるだけの場所だった。

 

 羽島さんに案内されて、彼女の家へ急ぐ。


「ちょっとだけ歩くよ。五分ほど」


 バスを降りた場所から更に坂を登って行き、山の方へ向かう。

 この辺りは、山を切り開いて住宅街にしたようだ。山の斜面に家が所狭しと建っている。


 その山を登る道の果て。それ以上先に行く道が無くなった所に、羽島さんの家があった。

 それなりに大きい家だった。広さはそれほどないが、その分、三階建てになっている。

 

「おじゃましまーす」


 羽島さんと一緒に家に入り、玄関で声を掛ける。家族が在宅しているかどうか、そう言えば訊くのを忘れていた。だが、特に返事が無いところを見ると誰も居ないのかもしれない。


 羽島さんが、とととと急ぎ足で歩いて、奥の部屋を覗いた後、振り返った。


「お母さんまで買い物から帰って無いみたい。もうすぐ帰ってくると思うから、先にわたしの部屋行こ」


 彼女は、俺の袖を摘んで階段を登っていく。俺は引っ張られる様に彼女の部屋に入った。

 なんだろう。最近、女の子の部屋に入るイベントが多いな。まあ、前回のは想定外ではあったが。


「座ってて、なんか飲み物持ってくる」


 そう言って、床の座布団を指さした後、部屋を出ていった。

 独り残されたので、せっかくだから部屋を見回す。やましい気持ちはない。ほんとだよ。単なる好奇心っていうやつだ。

 普段からきっちりしているのか、それとも今日俺が来るから綺麗にしたのかは判別できないが、すっきりとまとまった部屋だった。ベッドが置かれており、その横にピンクの学習机。白とピンクを基調としたお姫様っぽいやつだ。よく小学生から使っているのだろう。ところどころに風化した跡や、傷が付いている。ぶつけたり擦れたりしたのだろう。

 本棚は白いレースのカーテンが掛けられていて、ここからではどんな本が置かれているのか見えない。

 近寄ってカーテンを開けようとしたところで、階段を上がってくる足音が聞こえたので、断念して大人しく座布団に座って待つ。あたかもずっと座布団に座っていましたよって体で。


「あ、ごめん。隼人くん。ドア開けて。今ちょっと手が塞がってて」


 ドアの向こう側から、羽島さんの切羽詰まったような声が聞こえる。

 ドアを開けると、大きなお盆に、コップ二つとでっかい瓶が乗っていた。


「ありがとう。片手で持てるかと思ったら、無理だったの」


 済まなそうに言って、お盆をローテーブルに慎重に置いていた。


「座って、座って」


 楽しそうに笑いながら、でっかい瓶から波々とコップにオレンジ色の液体を注ぐ。


「オレンジジュースしかなかったけど、よかった?」

「ああ、いいよ」


 既にコップに並々と注がれてから言われても断れないだろうと思った。まあ、オレンジジュースは別に嫌いじゃないからいいんだけど。


「そういえば、見せたいものがあるって言ってたね。見せたいものってなに?」

「それはねえ―――」


 羽島さんは、膝立ちのまま本棚の方に向かっていき、中をごそごそと漁っていた。


 本棚に掛けられていた白いレースが開かれ、中の本が見えた。

 文庫サイズの小説がたくさんと、ハードカバーの小説もたくさんあった。彼女は文学少女なんだろう。イメージどおりと言えばイメージどおりだ。ずっと独りで静かに本を読んでいる姿が簡単に想像できる。


 その立ち並ぶ本の中に一冊だけ他と異なるものがあった。他の本は大事に使っているようで綺麗なのだが、その一冊だけは妙に古ぼけていた。取り出せばボロボロに崩れるのではないかと思えるほどだった。どうしてか、その本が気になった。手に取りたい。そう思わせてくる。


 気になったので羽島さんに聞いてみようとしたところで、俺のスマホが震えた。


 スマホを手に取って画面を見る。

 それは、由美からの着信だった。

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