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1.計画始動、親切な悪夢

「もしもし、元気?」

 ……。

「ふふ、私は神出鬼没だから」

 ……。

「えっとね、この間話した計画のこと覚えてる?」

 ……。

「もう少しで一つの取り組みとして完成しそうなの」

 ……。

「ありがとう、頑張った甲斐があったわ!」

 ……。

「まあねぇ、私がわざわざ通信してるんだから、頼みが当然あるのよ」

 ……。

「え、すご!なんでわかるの?」

 ……。

「ふふ、幼なじみって、うける」

 ……。

「でもそういうことよ。試験導入に協力してほしいの」

 ……。

「大丈夫。私の計画に狂いはないわ」

 ……。

「じゃあ了承してくれるってこと?」

 ……。

「やった!ありがとう!」

 ……。

「前向きにいきましょうや」

 ……。

「ちゃんとした計画書とかは後で送るから確認して。承認もよろしくね」

 ……。

「ありがとう、じゃあまたね!」


 >>>


「魂〇〇一、肉体から離脱」

「魂〇〇一の来世移行プログラムを全て停止」

「現世への固定開始。……固定率上昇。……70、……80、95……、固定完了しました」

「魂〇〇一の形状を生前の肉体情報をもとに再構築」

「魂〇〇一の意識を覚醒させます」


 >>>


 気が付くと、白くて温かい綿毛に包まれているような感覚が全身に広がっていた。

 上下左右の感覚はない。重力を感じない。ただ、包まれているということだけがわかった。


 何故、ここにいるのだろう。

 何故、感覚があるのだろう。

 何故、僕は消えていないのだろう……。

 そうだ、僕は死んだはずなんだ。学校の屋上から、飛び降りたんだ。

 まだ生きている……?それとも、死後の世界……?

 僕は、ちゃんと死ねた……?


 はっと目を開けると、そこはクリーム色の雲に覆われた世界だった。どこを見渡しても雲が先を覆っている。そこで僕は体を丸くしていた。横たわっているのか、体育座りをしているのかは自分でもわからなかった。でも、確かに身体は柔らかく包まれていた。僕は身体を立ち上がらせ、自分が消えていないことを再確認した。

 手を伸ばせば雲に手が届きそうに思えたが、どんなに近づこうとしても雲の見え方は変わらない。逆に離れようと思っても、雲が遠ざかる気配もなかった。まるで距離という概念が世界からなくなってしまったような、そんな感じだった。


 ここは……。

「ここはね、天界の待合室みたいなところよ」

 え……。

「こんにちは、だっけ?鹿山かやまかおるくん」

 ……こんにちは、え、なんで。

「あっ、あんまり固くならないでいいのよ。別に私はそこまで上下関係を気にしたりはしないから」

 ……え?

「神とお話することが初めてで緊張してるんでしょ?」

 それは……、え……。え……?どういう……ことですか……?

「え?あ、もしかして理解してないの?」

 ……。

「あ、そうなのね。私は女神なのよ。女神ケイ。」

 ……。

「ふふふ、状況に付いてこれてないみたいね」

 ……はい。

「でも大丈夫よ、直に理解できるから」

 ……。


 自らを「女神ケイ」と名乗るその何者かは、とても大きかった。見えているのは上半身だけだったが、それだけでも腹から頭の先までの高さは僕の背丈の四倍ほどだった。

 また、その女神はとても美しかった。

 絹のような光沢を纏う艶のある長い髪。

 微笑みを浮かべる優しさと幸せを(たた)えた顔。

 首筋から肩を通った腕までの、つい目で追ってしまうような整ったライン。

 細くとも確かな強さを秘めた柔らかな指先。

 滑らかな曲線を孕んだ上品な半身。

 その全てが美しかった。太陽の光を織って作ったような温かさを持つ羽衣は、その美しさを丁寧に引き立てていた。

 ただ、女神ケイという名前には聞き覚えがなかった。ギリシア神話か何かに出てくる神なのだろうか。小説では見かけたことがなかったが、やはり実際の神様の名前を人間は知らなかったのかもしれない。


「さて、本当はたっぷり時間をとりたいけど、そういうわけにもいかないのよね。本題に移らせてもらうわね。訊かれたことに率直に答えてちょうだい」

 ……。

「なんで死んだの?」

 それは……。なんでなんだろ……。

「理由があるんでしょ?」

 そりゃ、そうなんだけど……。

「……ふむ」

 ……。

「私は神だから、天上からあなたのこれまでを見ることが出来た」

 ……。

「いじめ、失恋、誤解。色々あったみたいね」

 ……っ。

「どれが、自殺の原因になったのかしら」

 ……うるさい、僕はどうしたらいいかわからなかった。

「どうしたらいいかわからなかった?」

 なんで……、僕まだ喋って……え?

「あぁ、ごめんなさい。今のあなたは魂だけの存在だから、考えていることは私に筒抜けなの」

 え……、嘘でしょ……。

「残念だけど、嘘じゃないわ」

 え……、じゃあさっきの……。

「私の見た目に対する褒め言葉もしっかり聞き届けたわ!」

 ……うわぁ。嫌だ、え、嫌だ。

「それより、いじめの話を教えて?」

 いじめ……、松田まつだ竹山たけやまが僕を嗤って……って止めて!

「松田と竹山?」

 あいつら、僕が何をやってもからかってきて……ああ、嫌だ!

「どんな風にからかったの?」

 くすくす笑って、小馬鹿にするようにして、止めるように言っても無視して取り合わないで……ねえ、止めてってば!

「今度は失恋の話」

 河合かわいさん、隣のクラスの……嫌だ……。

「告白したんだっけ?」

 出来なかった……ああ、止めて……。

「一緒にいたんだよね?」

 一緒にいた、個人的にはデートだと思った、カフェで話していたら……お願い、止めて……!

「カフェで話していたら?」

 河合さんが、本庄ほんじょうくんのことが好きだって言って相談してきて……うっ、嫌だ嫌だ……。

「クラスからの誤解ってなんのことだっけ?」

 誤解……、僕はただ皆と一緒に行事を楽しみたかった……くっ……。

「行事?」

 体育祭の準備、部活と勉強もしたかったから、自分なりの折り合いをつけて……止め……。

「折り合い?」

 僕のやり方は、皆の常識と違って、だから見放されて……あぁ……。

「それで、自殺?」

 自殺……、どうでもよくなって、死んでもいいかもと思って……。

「死んでもいい?」

 学校しんどいし、親には勉強しろって言われるし、誰も見てくれないし、あてにならないし、なんかもう、なんか……、辛いから、うざくて、生きているのが面倒になって……それで……。

「それで?」

 飛び降りた……。

「その直前には何をしたの?」

 遺書を書いた。封筒に入れて、机の引き出しの中にしまった……。

「それは何故?」

 何故……、それは気付いてほしくて……止めてよぉ……。

「気付いてほしい?」

 苦しかったことに気付いてほしかったんだ……!うゎああ!

「そっか」

 ……これは、一体なんなんですか。

「これは問診。あなたが何を考えて、感じていたのかを直接確かめているの」

 問診……。

「人間の魂って、生きている間は身体に守られているから、心の声を聞くことって神でも出来ないんだよね。だから死んだ今だから問診しているの」

 ……なんだよ、それ。

「ごめんね、辛い思いさせて」

 ごめんね……?

「でも大丈夫、すぐに忘れてなかったことになるから」

 え……?

「重要なデータ、ありがとね」

 どういう——。

 パチン、という指を鳴らす音と共に、僕の意識は奈落に落ちていくように一瞬でなくなった。


 >>>


「精神状態は?」

 ケイが尋ねると、装置に向かい合っていた女神が顔をあげた。

「安定しています。問診前と同じ状態です」

「よし」

 ケイは少し大袈裟にガッツポーズをした。

「流石です、ケイ様。複雑な記憶操作をこんな一瞬で……」

「そりゃ人間のためですもの」

 ケイは得意気な顔をした。

「ケイ様は、なぜそこまで人間に入れ込んで……、あ、申し訳ありません。失言をおゆる――」

「いいのよいいのよ。そんなの皆から言われるし」

「ケイ様……」

「私はね、人間が大好きなの。私達とは違う考え方をする人間に魅力を感じずにはいられないのよ」

 ケイは澄んだ瞳で言った。

「だからね、私は全ての人間が幸せになれるように全力を尽くすの!」

 ケイは心からの言葉を、優しさを湛えた顔で、元気一杯に述べた。


 >>>


 目が覚めると、僕は高校の校舎の屋上にある柵の外側、僕が飛び降りたその場所に佇んでいた。

 遠い地面には僕の血塗ちまみれの身体があらぬ方向に四肢の先を向けて倒れていて、その周りから生徒の叫び声や教師の慌てた声が聞こえてくる。

 緊迫した空気感の中、僕の心は不思議と軽く透明だった。まるで恐ろしい記憶が一瞬で消え去ってしまったみたいだった。

 静かな夕焼けが遠くの建物の隙間から覗く海の中に沈んでいく。

 飛び降りる前にも見たその景色を、再び僕は綺麗だと思った。

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