黄玉の姫第二話ややこしい家系図
手を振って駿狼を見送った第四皇女の笑顔がすっと引いた。
「ばれていないわね」
(は?)
何が?
まさか翠蘭が...。
後宮の暗殺事案でよく噂に上るのは、同母の兄弟を玉座につけるためがんばる。
もうひとつは派閥に貢献する。
母親も同母の兄弟もいない第六皇女となるとそういった陰謀とは関わりないと思っていたが...
あの日の茶会の主催者は第二皇子の柳玄だった。呼ばれたのは第三皇子黎明とその護衛の狼希駿と雷燐だ。主旨は結婚間近の雷燐と希駿を兄弟二人で大いにからかい祝おうと言うものだった。
ただ急な仕事が入ったらしく、第三皇子と駿狼の到着は遅れた。
翠蘭の母、第四妃は皇子を産んではいないが、第二妃の侍女だったから派閥は第二妃涼貴妃の派閥。
第二妃は皇女を早い時期に産んだが、男子は第四皇子だ。
第二、第三皇子どちらか、もしくは両方に消えて欲しかったということだったのだろうか。
(頭がこんがらがってきた)
それもこれも家系図が大変ややこしいのが悪いのだ。
「一応、事件記録を調べているようですが...」
「うわべだけでしょう」
「でも、おなごが苦手と公言していた男が、急に公主様の好意に答えるなんて、よっぽど黄玉公主様を嫌っていたのか、怖かったのか」
「そんなことはどうでもいいわ。さあ、婚礼衣装の準備をしましょう」
文月公主は雷燐には真似できそうにない艶やかな笑みを浮かべた。侍女たちも追従して袖で口許を隠しながらくすくす笑う。
「まあ、気のお早いこと。いくら結婚していなかったとはいえ、形の上では黄玉公主の喪に服しているのですよ」
そこに花瓶を盗んだ女官夏葉が現れた。次の配属先が文月公主のもとだったようだ。
「モノは?結局見つからなかったの?」
「いえ、先程回収できました」
文月公主は侍女の袂からちらりと覗いた花瓶を見るや、侍女をきっと睨み付けた。
「馬鹿。こんなところで見せるんじゃないわよ。すぐ処分してしまいなさい」
「は、はい」
白い蓮華が描かれた赤い花器だ。
よくわからないけれど...
「すごく怪しい」
言葉がこぼれてしまって、自分が幽鬼であることも忘れて、思わず自分の口を手で覆った。
当然誰も雷燐の呟きに気づかなかった。
黄玉公主が気に入っていた色は黄色。と言うことになっている。
別に自身はさほど黄色にこだわりがあった訳ではない。が、部屋に飾られるのは黄玉公主の『黄』色ばかり。
同母の兄弟はいない。頼れるものは一人。
「駿狼様に知らせないと...」
婚約者の後を追う。
ーでも、どうやって?
◆
四十九日ということで、後宮の端々で、黄玉公主暗殺のことが人の話題に上がっている。
皆、雷燐の死を悼むふりをして、「駿狼様と文月公主様はいつ結婚するのか」「黄玉公主様が生きていたころからの仲」「年回りもちょうど良い」と、口許に笑いをのせ、こそそそとうわさ話に興じるのだ。
ー私だってそうしていた。
おかげで自分の死後のことを少し知ることが出来た。
茶会の出席予定者は4人。雨駿狼、柳玄皇子、黎明皇子いずれも、雷燐暗殺の疑いが向けられた。
第二皇子の柳玄皇子が捕まったが、形ばかりの取り調べで、どうやら無事釈放されたようだ。
毒は第二皇子の菓子にも混ぜられていたからだが、疑いが晴れていないので玉座からは一歩遠退いた。
仕事の急な呼び出しのため、会を遅刻した第三皇子と護衛の駿狼にも当然疑いの目を向けられた。
一応縛からは解放されたが、こちらも完全に疑いが晴れたわけではない。
第三皇子は、一応仲人ということになるが、黄玉公主との接点は薄い。
駿狼は皇女を娶る栄誉に預かっておいて、婚儀の直前で毒殺する理由が見当たらない。
それも主である黎明皇子を巻き込んでまで、殺す必要性はない。
近頃の行動で、周囲の疑いの目は強くなっているが、結局は「終わったこと」である。
二人の皇子が消えて得をする第四皇子には疑いの目はほとんど向けられなかったようだ。
文月公主に至っては容疑者候補にも上がっていない。
「途端、あれだもんなぁ」
「次を賜れるか、必死なんだろう」
宦官の声が耳に障る。
喪が明けると駿狼と文月公主は早々に結婚という流れになるようだ。
縁談が進められているあの女が犯人なのに。
追いかけても意味はない。どうやって知らせるというのだ。
駿狼が他にも粉をかけていると言う声が嫌でも耳に入る。
ああ、そりゃ政略結婚だとはわかっていたけれど、あんまりだ。
「死にたい」
死んでいるけれど。
座り込んで『の』の字を書こうとしたが、地面に文字を書くこともできない。
それでも婚約者の元を離れがたく思うのはなぜだろう。
翠蘭...文月公主。雷燐の異母姉。
柳玄...第二皇子。雷燐の異母兄。柳玄の母が雷燐の後見人。