幽霊皇女は婚約者の浮気現場を目撃する
黄玉宮の主は第六皇女、黄玉公主 雷燐。享年十七歳。
金の髪に、黄玉の瞳を持つ姫だった。
胡族の血を引いている少女には婚約者がいた。
宮廷武官の雨 駿狼という。
◆
たしか茶と菓子を食べて...
雷燐が目覚めた時、黄玉宮はお通夜のような雰囲気だった。
侍女や下女たちがむせび泣いている。その光景を雷燐は後ろからぼんやり眺めていた。
「嘆いても仕方ないわ。それぞれ形見分けは持ちましたか。公主様にご挨拶を済ませたら、次の職場に向かってください。いいですか。主が変わっても公主様のご恩は忘れてはなりませんよ」
侍女頭が嘆いている侍女下女に言い聞かせる。
皆白い羽根を胸元や腰につけている。白い羽根は死者への弔意皇を表している。皇子公主の誰かにご不幸があったのだろうか。急いで私も参列の支度をせねばならない。
「誰か支度を手伝いなさい」
雷燐が声を張り上げるも誰も雷燐を見なかった。まるで声が聞こえないようだ。誰も雷燐に気づかない。
なぜと思いながら、最後列の下女の肩に触れてみるが、すり抜けてしまい、思わず飛び退いた。そこで鏡を目の端に捉えてしまった。ゆっくり顔を鏡に向ける。
(え? 私映ってない?)
目立つ金髪や金の瞳、身に付けている衣装、宝飾品の一切が映っていない。
自分の両手の平を見る。確かにそこにある。次はその手で頬をぺたぺた触ってみた。感触はちゃんとあった。
なのになぜ下女に触れなかったのか。
色々理解が追い付かぬまま、移動し始めた侍女たちの列の後を付いて歩く。
目の前には小さな塚があった。
抹香の匂い。木の実や酒、水、菓子などが並んでいる。
卒塔婆にかかれている日ー亡くなった日は、雷燐が茶菓子を食べた日と同じ。
同じ菓子を食べたはずの第三皇子は大丈夫だろうか。
雷燐の陵墓の前で、侍女下女がむせびなき侍女がしらがもう一度、同じことを熱弁し、侍女下女一同深々礼をして解散となった。
暇をだされる者、次の職場に向かう者、もう一度琥珀宮に立ち寄り、さめざめ泣きながら花瓶から花を引き抜き花瓶を懐にー
「ちょい待ち」
公主にあるまじき声で制止するが、侍女はさめざめと泣きながら、花瓶を懐に入れた。確かあの女官の名はー
飾られていた花は一応雷燐お気に入りの円卓に置かれているが、そういう問題ではない。
「祟られても知らないわよ」
雷燐の呟きに侍女は気づかず行ってしまった。
侍女頭がさっと室内を確認し、放置されている花に気づいて他の器に生け、深く一礼したあと黄玉宮の施錠を終えた。
宮は本当に主を失ってしまったのだ。
もう高価な品は宝物庫にしまわれている。
がらんどうの黄玉宮。わずかに残された品々に触れようとするが、やはり幽鬼の類いの自分ではすり抜けてしまう。雷燐の目は暦で止まった。
「四十九日も経っているのね」
涙が溢れてくる。こんなところに一人残されて。
母は雷燐が幼少の頃に亡くなっている。
皇帝である父は行事ごとの宴での挨拶、他の異母兄弟、異母姉妹には時おり開かれる茶会にきまぐれに呼ばれる程度。
婚約者を探そう。今はこの世にいるが、いつ彼岸に渡るか知れない。
一目顔を見てお礼を言いたかった。例え聞こえないとしても。
「触れなかったということは、当然通り抜けられるはずよ、ね?」
怪談話のなかには壁をすり抜けられない幽鬼も少なからずいた。
息を詰めて(息をしていないはずだが)、そっと扉に触れる...と指先がなんの抵抗もなく扉にめり込んだ。
「駿狼様は陽春宮の警護についていたはず」
婚約者の会話からいくつかのあたりをつけ、人や壁をするする抜けて、やっと見つけた彼はー
「ご機嫌はいかがかな?」
「お仕事を抜け出して悪い人。まだ喪は明けていないのでしょう?」
「婚姻直前に公主様に死なれて泣きたいのはこちらですよ。よい条件の人はなかなか見つかりませんから。ねえ?」
二月も経っていないのに恋人がいた。
それも異母姉である第五皇女、文月公主翠蘭だ。
ー私は難しい顔をしている所しか知らない。
駿狼は翠蘭にはとても甘ったるい流し目を送り、取り次ぎの侍女とも朗らかな笑顔で話している。
衝撃だ。
「そりゃ、いくら公主だからって、年の離れた小娘と話したって面白くないわよね」
皇女がたくさんいるのに小娘を割り当てられたのだから。
確かに年も離れていたし、雷燐の片恋という名のわがままを皇帝が叶えてくれたに過ぎない。でも、それでも。
雨駿狼が雷燐の前で、生き生きと妙齢の女性たちに話かけている。
「ぼくねんじんだと思っていたのに」
ぽろぽろとこぼれた涙は地面にたどり着く前に消えた。
雷燐...第六皇女。幽霊。黄玉公主。
雨駿狼...雷燐の婚約者。武官。常は第三皇子の宮付近を警護している。