第323話 生胡椒
「おーい!」
キッチンで晩御飯の支度をしようと思ったら父さんが来た。
「いらっしゃい、どうしたの?」
「この間、持ち帰った胡椒の実を塩漬けするって言っただろ。お裾分けだ」
そういえば漬けるって言ってたな。小さなビンに入れてきてくれたので蓋を開けてみると黒い胡椒に塩の結晶がまとわりついていて結構しょっぱそうだ。
「1つ摘んでみろ」
父さんに勧められて1粒つまんでみた。乾燥させていないから噛むとプチって感じだ。食感はケイパーに近いかも。
「…胡椒の香りが結構するね、しょっぱい」
見た目通りの味だった。
「これが酒に合うんだ!」
「父さんとリザがこれをつまみながら強いお酒をぐいぐい飲んでる様子が目に浮かぶよ」
「そうなんだ、また取りに行くか栽培するか悩んでいる」
大酒飲みの似たもの夫婦だな!
「ただいまー!」
アルバロと一緒に出掛けていたハナが帰ってきた。ハナに会いたがる神様たちが多いので最近はアルバロが神様たちの集まりにハナを連れて行くようになった。
会議などはすぐに飽きてしまうハナを神様たちが交代でたくさん遊ばせてくれるので、その日は散歩要らずになるから助かっている。
「キッチンにいるよー」
声を張るとハナが飛び込んできた。
「カナちゃん!パパ!」
「おかえり」
ハナが父さんに撫で回されている間にアルバロもキッチンに入ってきた。
「アルバロもおかえり」
「ただいま、それは?」
「父さんが漬けた胡椒の塩漬けだって、味見する?」
「する」
アルバロが小さなスプーンに1粒乗せた。
ぐい。ぱくん。
父さんに抱かれたハナがアルバロの手を両手で掴んでスプーンを引き寄せ、食べてしまった。
「ちょ!」
「ハナ!」
「大丈夫!?」
これはハナには刺激が強すぎる!
「うぇぇぇ…」
ハナが涙目だ。
「ハナちゃん、ここにぺっぺしなさい!」
焦った父さんがハナを流しに連れて行って粒胡椒を出させた。
「ハナ、これ飲んで」
慌ててハナのグラスに牛乳を注いで渡すとごくごく飲んだ。
「ぷはー」
「どこか変なところはない?」
「もう平気」
「良かった…」
愛犬時代はあげるものに気をつけていたけどシロクマになって何でも食べられるし、骨付き肉でさえ手を使って上手に食べてくれるから油断していた。…誤飲誤食は保護者の責任だ。
「びっくりさせてごめんね」
ハナがしょんぼりだ。
「パパたちが油断してた、すまんな」
「ハナのご飯には粒ごと使わないようにしようね」
「そうしよう」
細かく刻めば大丈夫かもしれないけど、そういう時も量はちょっぴりにしておこう。
話しているうちに父さんの心配が落ち着いたようでリザが待つ家に帰っていった。
「さっそく今日の晩御飯に使ってみようか。ハナの味付けとは分けて作るからね」
「うん」
最初に生胡椒の塩漬けをかなり細かい微塵切りにした。これなら間違ってハナが食べてもダメージが少ないだろう。
1品目は生胡椒ドレッシングのサラダだ。ライムの搾り汁やオリーブオイル、微塵切りにした生胡椒を合わせて野菜とあえた。生胡椒の塩気で味付けは充分だ。もちろんドレッシングは途中からハナ用と私たち用と分けて作った。
2品目はクリームチーズにハーブやおろしニンニクと一緒に混ぜた。バゲットに乗せていただこう。これはハナは食べないかな。私たちはこれでワインも飲んじゃおう。
3品目は今日のメイン、カルボナーラだ。ブラックペッパーを胡椒の塩漬けに変えるだけでいつものレシピだ。胡椒は食べる直前にかける。
こたつに運んでお皿を並べていただきます。ハナにはいつも通り普通の胡椒をガリガリしてやった。
「アルバロは好きなだけかけて」
「オッケー」
私も自分のカルボナーラに生胡椒の微塵切りをかける。フォークで混ぜているとハナの視線を感じた。
「おいしーにおい…」
ハナが私のカルボナーラの方向を向いてフンフンしていた。
「少しだけ試してみる?」
「うん!」
ちょっぴりしかかかっていない部分を少しだけフォークに巻いてハナの口に運ぶ。
「おいしー」
「大丈夫だった?」
「ちょっとなら平気」
「いつものと、どっちが好き?」
「…うーん、いつもの?」
やっぱり生胡椒はハナには刺激が強かったようだ。これは大人だけで楽しむことにしよう。




