第315話 シナモンロール
「カナちゃん、なに作るの?」
キッチンで粉を計っていたらハナが現れて丸い尻尾をぴこぴこさせていた。
「シナモンロールを食べたくなったの。有名店のを取り寄せようかと思ったんだけど、勤務してたパン屋で作ってたレシピを覚えているから自分で焼こうと思うんだ」
「いいね!僕とハナは見てるよ」
いつの間にか現れたアルバロがハナを抱き上げた。
アメリカのシナモンロール専門店と同じ味を出せるよう当時勤務していたパン屋の同僚たちで研究したのだ。その後、自宅でさらにリッチな生地にアレンジした。カロリー増し増しで罪深いけど美味しいのだ。
卵とバターたっぷりの甘くてリッチな生地をイーストで発酵させている間に生地に織り込むシナモンパウダーミックスを作る。
ブラウンシュガー、シナモンパウダー、バターを混ぜる。ここに少しだけナツメグを混ぜるのはパン屋のみんなで研究して決めた。味覚に敏感な同僚が主張したので従っているが私の平凡な味覚では、なんとなく美味しい気がする?くらいの感覚だ。
発酵の終わった生地を綿棒で伸ばして表面にシナモンパウダーミックスをたっぷり塗る。
くるくる巻いたら糸で思い切りよくカット。糸で切断すると切り口が美しい。
「きれいねー」
美しい渦巻模様の切り口にハナが喜んでいる。
「焼き上がりも綺麗だよ」
切り口を上に並べて発酵、約2倍に膨らんだら予熱しておいたオーブンで焼く。
焼いている間にクリームチーズ、バター、粉糖、バニラオイル、塩、牛乳を混ぜてフロスティングを準備した。
使った器具やボウルを洗っていたら魔道具と化したオーブンがピーピー鳴ったので取り出してフロスティングをかけた。
「カナちゃん、できた?」
「まだだよ」
「えー」
「これをまだ暖かいオーブンに戻すの。残った熱でフロスティングが溶けるからね」
「まだ食べられないの…」
アルバロに抱かれたハナがしょんぼりする。
「あと30分くらいかなー」
「ハナ、リオとリザを呼んできてよ」
「分かった!」
アルバロがハナを降ろすと機嫌良く走って行った。
「お茶の準備をしようか、すっごく甘くて超高カロリーだから私はビターなブラックコーヒーを合わせたいな」
「濃いめのコーヒーね、任せて」
「ありがとう」
なんとなく我が家ではアルバロがドリンク担当になっており、アルバロが淹れる紅茶やコーヒーは私の好みでとても美味しい。
お湯が沸く頃、オーブンからシナモンロールを出す。シナモンロールの甘い匂いとコーヒーの香ばしい匂いがたまらない。
「カナちゃーん」
しばらくするとハナが騒がしく戻ってきた。父さんとリザも一緒のようだ。
「いらっしゃい」
「カナのシナモンロールだって?久しぶりだな」
「寒いと食べたくなるんだよね」
「シナモンロールはもともとスウェーデンやフィンランドとか北欧のおやつだもんな」
そう、私はアメリカの有名店のシナモンロールを先に知ったけど、もともとは北欧のものだと後から知った。
「早く食べようよ!」
「はいはい、ハナは牛乳?」
「うん!」
「いただきまーす!」
飲み物を用意してやると勢いよくかぶりついた。
「おいしー」
「うん、美味しいね!」
ハナにもアルバロにも父さんにもリザにも好評だった。
「シナボンのシナモンロールって美味しいよね。『500ページの夢の束』って映画で主人公がシナボンでアルバイトしていて制服のキャップやエプロンも可愛かったんだ」
「あの店のも美味いけどカナの焼き立てが世界一だ!」
父さんが今日も親バカだった。嬉しいけど恥ずかしいな。
「それより父さん、来週には3月じゃん?」
「そうだな」
「田植えとか忙しくなるよね」
「去年よりも要領よく出来ると思うぞ、手分けして回ろう」
「王都にも行くよね」
「レーションのことでクラリッサちゃんを訪ねないとな!」
田植えやコットン畑や葡萄畑、茶畑の作業より養殖している魚たちを優先することや、ひと段落したら王都に行くと相談がまとまった。
「そうだ、ハナちゃんに言っておくことがある」
「なあに?」
大きなシナモンロールを食べ終わって満足顔のハナが父さんの方を向く。
「最低気温が10℃になったら、こたつを片付けるから心の準備をしておきなさい」
ハナだけでなくアルバロとリザも固まってしまった。でも最低気温なら充分だと思う。
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