第289話 迦具土《かぐつち》さんの床暖房
「ハナちゃんはどうしてる?」
火の神、迦具土さんが訪ねてきてアルバロが出迎えた。ハナはこたつでゴロゴロしている。私はアルバロが迦具土さんを客間にお通ししたらお茶の準備を始めようかな。
アルバロが迦具土さんをこたつの部屋に通した。お客様をお通しする客間じゃないけどハナに用があるらしい。
「ハナちゃんが寒がっていると聞いてな」
「…うん」
こたつにもぐっていたハナが顔を出した。ものすごく可愛い。
「わざわざ来てくれたってことは迦具土はなにかアイデアがあるの?」
「もし良ければ俺の火魔法で床暖房をアレンジしよう。セントラルヒーティングのような設備も追加できるぞ」
「ダンボ?セン…ヒーティン?……カナはどう思う?」
アルバロはピンとこなかったようだ。
「床暖房は憧れだよ〜!導入出来たらありがたいなあ、冬はすっごく助かると思う。特に廊下とかキッチンの床が暖かいと嬉しいな、トイレとお風呂も!」
「そっか。カナが喜ぶなら導入しよう」
「ありがとう!」
「じゃあ、あとは僕らに任せてよ〜」
アルバロが迦具土さんと真剣に相談を始めたので私とハナは邪魔をしないようにしよう。
「暖かくなるの楽しみだね。ハナはこたつで待っててくれる?」
「うん」
ハナをたくさん撫でてからお茶の準備を始めた。
──今日のおやつは作り置きのファーブルトンにしよう。
ファーブルトンはブルターニュ風のフランだ。小麦粉と砂糖と卵と牛乳の生地に紅茶で戻したプルーンを入れて焼くだけの簡単レシピだけどハナとアルバロが好きなのでよく作る。
この生地には少しの塩とラム酒も入れた。焼いている間にアルコールが飛ぶのでハナも嫌がらない。飲み物はコーヒーと紅茶を両方準備して好きな方を選んでもらおう。
すべてをアイテムボックスに入れてこたつに戻りハナを撫でていると迦具土さんとアルバロが戻ってきた。
「出来たよー!」
「もう?早いね〜!」
「家中一緒にまわろうよ」
「ありがとう。ハナも行く?抱っこ?」
「抱っこ」
こたつから出るのは寒いけど自分も一緒がいいみたいだ。両手を伸ばしてくるので抱き上げるとギュッとつかまってきて可愛い。すりすりしてから2人に着いてゆく。
「あれ…?ほんのり暖かいね」
この時期になると廊下は冷えるのに寒さを一切感じない。
「でしょう?家全体が床暖房になってるよ。トイレもお風呂も快適だよ。次はキッチンね」
「…すごいね!」
うきうきで着いて行くとキッチンが寒くない。
「温度が丁度よくない?こっちのキッチンは広いから寒いと思っていたんだよね〜」
だから冬になったら作り置きしてアイテムボックスに入れておいたものや取り寄せ中心で済ませようと思っていたから助かるわ!
「これなら冬もスイーツ作ってくれる?」
アルバロが期待している…というか冬は諦めていたのか、怠け者でごめんね。
「こっちのキッチンが辛い時は秘境の家で作ろうと思ってたんだ、すっごく助かるよ。ありがとう」
「気に入ってくれて嬉しいよ!」
後ろめたさを感じつつ言い訳のような返事をした。ピュアなアルバロの言葉が胸に刺さる。
「ねえ、父さんたちの家も同じように出来る?ハナのお部屋は畳だけど床暖房みたいになってるのかな?」
「じゃあまずはハナの部屋に行ってみようか」
ハナの部屋は他の部屋よりも温度設定が高かった。
「ハナ、どう?」
抱っこしていたハナを降ろしてやるとちょこちょこ歩き回って笑顔になった。
「日向ぼっこしてるみたい、ありがとー!」
ハナがアルバロと迦具土さんに抱きついてお礼を伝えた。
「温度は僕が調整できるから暑すぎるようなら調節するよ。リオたちの家も同じように出来るから」
「ありがとう」
リフォームは大成功だった。迦具土さんはファーブルトンをたくさん食べて帰っていった。
「いらっしゃい」
── 翌日、アルティオさんが大人の姿でやってきた。
「ハナちゃん」
アルティオさんがハナを抱き上げた。
「迦具土からハナちゃんが冬眠ぽい状態になっていると聞いたのよ」
「寒いのよ」
ハナがアルティオさんに甘える。
「迦具土が私の加護の影響が強いんじゃないかって言うの」
「そういうことか。ハナが動かなくなるとカナが心配するんだ」
冷え込みが強くなってからハナに寄り添って撫でてばかりの私とハナを、アルバロが心配するという状況が続いていた。
「ハナちゃんは冬眠しないのよ」
── アルティオさんに抱かれたハナがビクッとした。
「ハナちゃんは冬眠しないの。私の加護が増えても冬眠せずに普通に過ごせるのよ」
ハナがアルティオさんに顔を押し付けながらギュッとしがみついた。黙秘権のポーズだ。冬はこたつで丸くなっていたいだけだったらしい。…たぶんハナは目を合わせなければセーフだと思っている。
「そういえばハナは愛犬時代から、たまに仮病を…」
「ハナちゃんは名女優ね」
アルティオさんとアルバロと私の間になんとも言えない空気が広がった。アルティオさんにしがみついたハナから焦った雰囲気が漏れてくる。
「ちゃんとお散歩に行くから!おこたをしまわないで!!」
ハナの必死の訴えにより春までこたつは残されることになった。




