第272話 神竜
アルバロにしがみついて泣く応竜を連れて帰った。
「それで?また九頭龍と喧嘩したの?」
小さな応竜の目にじゅわ〜と涙があふれる。
「九頭龍がひどいのだ」
「何があったの?」
「九頭龍が噛んだ」
「応竜は九頭龍を噛まなかった?」
「…先に九頭龍が尻尾で叩いた」
「それで仕返しに応竜も九頭龍を噛んだの?」
「そうだ」
アルバロがため息をついた。
「いつも手を出したり噛みついたりする前に話し合うように大黒様や梵天様からも言われているよね」
「………」
ただの子供の喧嘩だった。
アルバロが私たちに向き直って説明してくれた。
「応竜は雨を降らせたり嵐を起こす能力があってね、感情が揺れると自分の周囲に雨を降らせるんだ」
「それで雨が降っていたの」
「そう。応竜と九頭龍(子狸)の取っ組み合いの喧嘩はいつものことなんだけど、以前度を超えた喧嘩に発展して応竜と九頭龍の世界で自然災害を起こしたことがあるんだ」
「大規模だったの?」
「うん。応竜も九頭龍も水を司る神だから大雨が起こって小さな山が海に流されるくらいの被害だったって」
「うわあ…」
「幸い人が住まない僻地だったみたい。でも被害は大きかったらしいよ。2人とも子供だったから力も大きくなかったし大事にならなかったんだって。その時から応竜も九頭龍も精神が成熟するまで成長できないように封じられているんだ」
「クズさんが子供な理由って甘いもの好きを秘密にしていて相応しいお供えを捧げてもらえないことだけじゃなかったんだ」
「そうなんだよね」
「いいにおい、ハナお腹すいちゃった」
空気を読まないハナがキッチンに向かってフンフンする。
「父さんとリザがご飯の支度をしてくれたみたいだね」
ぐう。
アルバロが抱いている小さな竜のお腹が鳴った。
「そっちの小さな子も食べていくだろう?」
「ありがとうリオ。ほら応竜も」
「…ありがとう」
小さくて丸っこい竜が人化してみたら女の子だった。
「女の子だったの」
「そうなんだ。応竜は大黒様に育てられたんだけど大黒様の話し方をそのまま身につけちゃって」
応竜ちゃんの話し方が男の子っぽい理由を説明しながらアルバロが手早く応竜の席を整えて座らせた。
「さっき釣った鮭で鮭チャーハンだ」
「パパの鮭チャーハンすきー!」
「ハナちゃん、これはパパのレシピじゃないんだ。パパの愛読書『美味しんぼ』42巻の鮭チャーハンの再現レシピだ」
『美味しんぼ』はリオの愛読書でたまに再現レシピが食卓にあがることがあり、鮭チャーハンはハナのお気に入りで我が家のレギュラーメニューに昇格した一品だ。
「おいしー」
リオの愛読書に興味のないハナは鮭チャーハンに夢中だ。
「これ美味しいね!」
応竜ちゃんにも気に入ってもらえたようだ。
「卵とトマトの炒め物と煮豚もあるぞ。ピリ辛が大丈夫ならチキンとカシューナッツの四川風炒めもどうだ」
リオが応竜に勧めまくり応竜は腹パンになるまで食べた。
「美味しくて食べすぎた」
「ハナもー」
たくさん食べた応竜ちゃんとハナが寝転んだ。ハナといい応竜ちゃんといいお腹いっぱいな子供というのは、どうしてこんなに可愛いのか。
「迎えにきたぞ」
ほのぼのと応竜ちゃんとハナを眺めていたらアルバロがワイルドなイケおじを連れてきた。応竜ちゃんの保護者の大黒様に違いない。
「げ!」
「げ!とはなんだ。懲りずに喧嘩を繰り返した上、そこらじゅうに雨を降らせ、アルバロ一家に迷惑をかけて…仕方のない子供だ」
「…子供のままなのは大黒様に封じられているからだ」
応竜ちゃんが反抗的な目で大黒様を睨む。
「封じている理由はお前が未熟だからだ」
「ぐぬぬぬぬ」
やんちゃで聞き分けのない子供と正論で武装した保護者だった。ギリシャ神話など今まで読んだことのある神話は身勝手な神々のエピソードが多いので神々って自由でわがままだと思っていたから意外だった。きちんと躾ける大黒様に好印象だ。
「アルバロと眷属の皆さんにお礼を言ったか?」
応竜ちゃんがはっとして父さんに向き直った。
「美味しいご飯をありがとう。全部美味かった」
「気持ちの良い食べっぷりだったぞ」
父さんがご機嫌だ。
「迷惑をかけてすまなかったな」
大黒様と応竜ちゃんが手を繋いで帰っていった。
「クズさんと応竜ちゃんて仲が悪いの?」
「あの2人は喧嘩友達だよ」
「ただの喧嘩というにはスケールのでかい被害があるようだな」
「うん…喧嘩ばっかりしているんだけど、よく一緒にいるんだ。今日も一緒に昼寝しててお互いの尻尾が当たったとかなんとか言って喧嘩になったらしくて」
リオとカナが首を傾げる。
「仲が悪かったら一緒にいないだろ」
「一緒に昼寝して寝返りで尻尾が当たる距離って仲良しじゃん」
「そうなんだよね」
アルバロがため息をついた。
ちびっ子のクズさんと応竜ちゃんが甘酸っぱかった。




