第265話 アロマキャンドルとブルーベリーパイ
今日こそアロマキャンドルを作る。
「ハナちゃん、今日は儂といっしょだぞ」
ノボさんがハナを高い高いしながら、くるくる回る。クールな美貌の死神が子煩悩なおじいちゃんみたいだ。
「いってきまーす!」
ハナの希望通りオムライスのお弁当と鮭とばを渡してあるのでご機嫌で出かけていった。
「さっそく始めようか」
ありがたいことにアルバロが作業用の部屋を用意してくれたのでテーブルに素材を広げた。
「蜜蝋を溶かしてオリーブオイルとエッセンシャルオイルを加えて固めるんだっけ?」
「そう。先にエッセンシャルオイルを作ろうか」
「すぐに使える効果のある香りってないかな」
「冬の鬱とかに効果あったらいいね!」
「香りで予防かー、そんなに都合の良いことあるかな〜!」
きゃっきゃしながら冬の鬱を予防する方法について調べてみた…調べ方が悪いのかインターネットで調べると怪しいマルチ商法のエッセンシャルオイルに行きついてしまった。
「………こういう分野は医療の専門家に任せようか」
「それがいいね」
アロマキャンドルを製品化して商業ギルドに売り込むのはやめて自分たちの好みの香りで自分たちが使う分だけ作って雰囲気を楽しむことにした。
「私の好きなラベンダー、ベルガモット、サンダルウッド、イランイランで作るよ」
自分たちが使う分だけ作るのでエッセンシャルオイルはインターネット通販で召喚した。
蜜蝋を溶かしてオリーブオイルとエッセンシャルオイルを加えて混ぜる。真ん中に蝋燭の芯を置いて紙コップで固める。
冷めて固まったら紙コップを外して完成!
「簡単に出来たね!」
「どれも優しい香りだね、僕も好き」
「ハナには刺激が強いと思うから、これは私たちの部屋だけで使うようにしようよ」
「そうだね」
続けてほんのりした自然の香りのアロマキャンドルを作った。
「フローラル系のカモミール、柑橘系のグレープフルーツ、レモン、オレンジ、ウッディなひのき、ユーカリ。もしハナが大丈夫そうなら居間で楽しんでもいいよね」
「エッセンシャルオイルを控えめにしたから気に入ってもらえるといいね」
自分たちで使う分だけ作ることになったので思ったよりも早く終わってしまった。
「時間が余っちゃったね」
「今日は2人でゆっくりしようよ」
久しぶりに何もしない時間を楽しむことにしたがハナがいないと物足りない。
「映画でも観ようか」
ハナが一緒だと観れない大人の映画でも観ようということになった。
「何がいいかなー」
「私は今観たいのは無いかな、アルバロに任せるよ」
「僕が決めていいの?うーーーーん、じゃあこれ」
アルバロが選んだ映画は『マイ・ブルーベリー・ナイツ』だった。
「このヒロイン、ちょっとカナに似てるよね!」
「ノラ・ジョーンズに似ているとは畏れ多いよ…めっちゃ美人で有名じゃん!」
事前知識無しで見始めたけど失恋の映画だった。恋人の心変わりが原因でふられたノラ演じるエリザベスとカフェでいつも売れ残るブルーベリー・パイが自分に重なった。
アルバロの世界に召喚される少し前に別れた元カレは女子大生と浮気しており、元カレは妊娠した女子大生と結婚することになった。
地元のホテル勤務の元カレがお客様だった女子大生と勤務中にそういうことになり、数ヶ月後に女子大生がホテルのフロントで妊娠したと大騒ぎした結果、元カレは仕事を失い友人も無くすことになった。
その後が酷かった。女子大生とは雰囲気に流されただけで本命じゃなかったとか、つまみ食いだったとか酷い言い訳を聞かされた。あれじゃ女子大生が可哀想だと思った…あの子の顔も名前も思い出せないけど。…まあ、おかげで一片の未練も残らなくてすっきりだよ。
── こっちにきてから毎日ハナが可愛くて思い出す暇も無かったけどやっぱり私全然悪くないじゃん!うっかり結婚しないで本当に良かったよ。
序盤で少し怒って興奮したけど、その後は落ち着いて映画を楽しめた。予想を裏切らない結末で満足だ。
「ハッピーエンドでよかったね」
「…」
「アルバロ?」
面白くなかったのかな?と思って振り返るとアルバロがキラキラしてた。
「温室でブルーベリーを採ってくるね、ボウルいっぱいあれば足りる?」
ブルーベリーパイを作るのは確定のようだ。
「足りると思うよ、ハナとノボさんの分もだよね」
「じゃあ、行ってくるよ!」
パイ生地を作って休ませている間にアルバロが帰ってきたので半分だけグラニュー糖とレモン汁で煮た。甘さは控えめにした。
「型にパイ生地を敷いて煮たブルーベリーを流し込んで焼くよ」
上にフレッシュなブルーベリーを乗せるつもりなので生地をかぶせずに焼いた。
「焼き上がったらすぐに食べる?」
「ハナとチョルノボーグが戻るのを待とうよ」
待ちきれないとばかりにオーブンの前で待っているのにハナを待つという。アルバロのこういうところがいいと思う。
「そろそろいいかな」
パイ生地に美味しそうな焼き色がついているしフィリングがぐつぐつしているので、そっと取り出してケーキクーラーに乗せた。
洗濯物を取り込んでいたら騒がしい。
「ただいまー!」
ハナが元気よく駆けてきたので抱きとめてぎゅーっとした。
「ノボさんの世界はどうだった?」
「楽しかったよ!」
「皆、ハナを見て喜んでいた。いつもは迷う者も出るんだがハナが先導すると素直に進んでくれるのだ」
「安らかな最後を迎えられたんだね」
「ああ」
「ハナちゃん、お手柄だったねえ」
「えへへー」
両手で撫で回すとハナが溶けて甘えてくるから可愛い。
「ねえ甘いにおいがする」
ハナがフンフンする。
「ブルーベリーパイを焼いたんだよ」
「たべる!」
「僕がお茶を淹れるよ」
切り分けたブルーベリーパイの上にフレッシュなブルーベリーを山ほど乗せて、映画と同じようにバニラアイスを添えた。余ったパイはクズさんにとっておいてあげよう。
「さあどうぞ」
まだ少し暖かいブルーベリーパイの熱でアイスが溶ける。
「おいしー」
「溶けたアイスとブルーベリーの組み合わせがいいな」
「映画と同じだね!すっごく美味しいよ」
ハナもノボさんもアルバロもブルーベリーパイを気に入ってくれたようだ。
今日も良い日だった。




