第256話 子狸
父さんたちが買い取り金額が確定した冒険者ギルドに行っている間に商業ギルドでフィナンシェの講習をしたりしてドス・グラントの滞在は楽しかった。
その後、王都に戻ってクラリッサとのお米の商談もいい雰囲気で終わり、次に王都で集まる約束もした。
これからも定期的に王都に遊びに来て、季節の変わり目はドス・グラントに滞在しようと楽しくお喋りしながら数日ぶりにアルバロの拠点に戻った。
「ただいmッ…!」
扉をくぐったアルバロの鳩尾に何かが直撃し、アルバロが崩れ落ちた。
「アルバロッ!」
「どうした!?」
何が激突したか分からないので用心しながら動けないアルバロの前に回ってみた。
── アルバロに激突したのは子狸なクズさんだった。
「クズさん!?」
クズさんがアルバロの腹にしがみついて泣いている。
ムキムキな父さんがクズさんごとアルバロを運んでくれたのでお茶を淹れた。
「クズさんたら、どうしたの?」
「っく…アルが…アルが帰って来なっ…」
「みんなでアルバロの世界に行っていたんだよ」
「…っく。もう帰って…来なっ…っ」
「いやいやいや!いつかは絶対に帰ってくるでしょ。それに以前はアルバロと会うのって数十年に一度くらいの頻度だったんでしょう?」
「………ぐすっ」
うちの優しいハナちゃんが子狸のクズさんを慰めるようにぺろっとした。シロクマのハナと子狸のクズさんの組み合わせが実に可愛い。
「うう……」
蒼白だったアルバロの顔色が戻ってきた。
「アルバロに治癒魔法って効くのかな」
ぽわっと治癒魔法をかけてみたけど空振りだった。自然治癒で頑張ってくれ。
「…ちょっと落ち着いてきたよ」
アルバロがお腹をさすりながら子狸なクズさんを抱き直す。
「九頭龍はずっと僕たちを待っていたの?」
「俺の世界の仕事もあるから…」
「仕事の合間に会いに来ていたの?」
「うん」
子狸が肯いた。あどけなくて可愛い。
「アルバロに会いたかったんだねえ」
「これからは前もって予定を伝えるようにしないとな」
「…カナもリオも九頭龍に甘いよ」
アルバロは不満そうだけど『相手は子供じゃないの』という雰囲気を察知して仕方ないなと受け入れている。
── ぐう。
クズさんのお腹が鳴った。
「クズさん、今日はご飯を食べたの?」
子狸が首を振った。
「ご飯も食べずに仕事をして手が空いたらアルバロを探しに来てずっと待っていたの?」
子狸が肯いた。育ち盛りなのになんてことだ。
「何か用意してくるから待ってて」
キッチンに向かうと父さんとリザがついてきた。ハナはアルバロに抱かれたクズさんに寄り添っている。
「俺たちも手伝おう」
「ありがとう、ご飯は炊き立てをアイテムボックスに入れてあるんだ」
「俺のアイテムボックスに豚汁があるな」
「じゃあ豚汁を温めてもらっていい?ご飯は揚げ玉で狸むすびにしよう」
ご飯に麺つゆで和えた揚げ玉、青海苔、白ごまを混ぜて麺つゆで味付け。ふわっと握って海苔を巻いたら出来上がり。ハナとアルバロも食べたがると思うのでリザに手伝ってもらってたくさん握った。ハナには小さく握った。
「お待たせ」
豚汁と狸むすびを並べるとクズさんが子狸から子供になった。泣いてしまって気まずい時は子供の姿になるクズさんがあざとくて可愛い。
「…いただきます」
「ます!」
もちろんハナにも用意した。
「おいしー」
「後でお散歩に行くから控えめにね」
「うん」
うちのハナちゃんは自分の適量を分かっていて今日もとってもいい子だ。
「美味いな!」
クズさんが元気になった。
「おかわりしてね」
「うん!」
クズさんが可愛い。
クズさんは狸むすびを5個食べて豚汁もおかわりした。豚汁が根菜たっぷりの具沢山なので栄養バランスもバッチリだ。
「美味かったぞ」
いつものちょっと偉そうなクズさんが戻ってきた。
「これはお土産のフィナンシェ。1個ずつ小分けにしてあるから」
「すまんな!」
もう完全にいつものクズさんだった。
「いやあ、直撃したのが鳩尾でよかったな!もう少し下だったらと思うと俺までヒュンヒュンするぞ!」
「…そのちょっとハレンチな発想、間違いなくカナの父親だな」
クズさんの発言が失礼だった。




