第255話 街のお菓子屋さん
「今日は錬金ギルドに行くぞ!」
錬金と聞いて真っ先に連勤を思い浮かべてしまいパン屋勤務時代の13連勤を思い出した。残念だけどやっぱり自分にニートは無理かもしれない。
元気な父さんに先導されてドス・グラントの錬金ギルドに来た。
「おお!久しぶりだな」
受付で職員と雑談していたギルドマスターで熊獣人のマルコスさんが私たちに気づいて椅子を勧めてくれた。
「お前ら一家のおかげで安定して高品質のポーションを用意できているんだ、今じゃ国中で同じレシピでポーションが作られているんだぞ」
「役に立っているならよかった。今日も少しだけどポーションがあるんだ」
裏山や移動中に薬草を見つけるとついつい採取してしまうので半年くらいで200本くらいできた。もちろんすべて最高級ポーションに加工している。
「最高級ポーションが207本か!大量じゃないか、喜んで買い取りさせてもらうぞ」
全部買い取ってもらって冬のお仕立てでかかった費用が補填された。錬金した物はもうないので挨拶して宿に帰ることにした。
「またなハナちゃん」
マルコスさんが優しくハナに手を振ってくれてペットスリングの中からハナも手を振り返した。
「父さんたちは真っ直ぐ宿に帰る?」
「ああ、養殖しているウニや車海老たちにエサをやらないと」
父さんとリザは宿経由で我が家に戻って家の仕事をするという。
「私は街のお菓子屋さんをみて回りたいんだけど」
「お菓子屋さん!?」
「ハナも行く!」
しがみつくハナが可愛いけど爪を立てられてちょっと痛い。
「いいんじゃないか。フィナンシェのレシピも買ってもらえることになったし研究してくるといい。こっちは俺とリザに任せろ」
「ありがとう」
養殖や畑の世話を任せてごめんと謝ったら気にすんなと返ってきたので街をぶらぶらしながらお菓子屋さんやカフェを見つけたら入ることにした。
「ハナとアルバロが行ってみたいお店があったら教えてね」
「うん!」
お菓子を売っているお店を探してぶらぶら歩いていたらハナが反応した。
「甘いにおいするよ!」
ペットスリングの中でハナがフンフンする。
「どっち?」
「あっち!」
ハナがフンフンする方向へ進むと食堂と呼ぶのが躊躇われる可愛らしいカフェのようなお店を見つけたので中に入る。
「いらっしゃいませ!空いているお席にどうぞ」
奥の席を選んで座る。アイテムボックスから厚みのあるクッションを出して敷いてやるとハナも1人で座れた。
「メニューは壁の黒板にあるね。食事が中心でスイーツは少しだけ。パンにフルーツの砂糖漬けを刻んで混ぜた伝統菓子があるね」
「あ!バウムクーヘンがあるよ」
「本当だ」
「ハナ、迷っちゃう…」
あれもこれも食べたいハナの困り顔が可愛い。アルバロが残ったら底なしの胃袋で引き受けると言うので気になるものを全部頼んだ。
「お茶をどうぞ」
おすすめのハーブティーを3人分頼んだら大きなポットで提供された。
「とってもいい香り!」
「当店のオリジナルブレンドなんですよ」
「へえ〜」
「美味しいお茶ですね」
お茶を味わっていたらバウムクーヘンとクッキーと砂糖漬けフルーツ入りのパンが運ばれてきた。
「ハナ、ナッツのクッキー食べる!」
「はいはい」
ハナが欲しがるクッキーを取ってやる。
「おいしー」
味見してみると美味しいクッキーだった。
「カナちゃんのクッキーみたい」
「うん、同じレシピだと思う」
講習に来てくれた職人さんが焼いているようでクッキーもバームクーヘンも綺麗な焼き色で同じ味だった。
「バームクーヘンも美味しいよ」
「ハナもたべる!」
小さくカットしてハナのお皿に乗せてやる。
「おいしー」
「私は砂糖漬けフルーツ入りのパンをいただこうかな」
パンを一切れ取って火魔法を弱火にして炙ってから食べてみると美味しいパンだった。
「ハナもたべたい」
ハナがフンフンして可愛いので一切れ取ってやる。
「カナちゃんのパンみたいにして!」
「はいはい」
ハナのお皿に乗せたパンを炙ってやった。
「熱いから気をつけて」
「ありがと!」
「おいしー!」
「シュトレンっぽい美味しさだよね」
「本当だ!これ美味しいね、僕も温めた方が好きだな」
「気に入った?」
「うん!」
「追加注文する?」
「どうしようかな〜、持ち帰りもあるみたいだし迷うな」
「焼き菓子の先生!」
呼ばれた気がして振り返ると講習に来てくれた職人のベントさんだった。3人で“美味しい美味しい”騒いでいたので目立ってしまったようだ。
「講習に来てくださったベントさん!」
「お久しぶりです、うちの焼き菓子はどうですか?」
「とっても美味しいですね!焼き色も綺麗で見た目も素晴らしいです。伝統菓子の砂糖漬けフルーツ入りのパンも甘すぎないから重たくなくて美味しいです。柑橘の香りが爽やかで食べ過ぎちゃう」
「フルーツの砂糖漬けパンは家庭や店ごとに秘伝のレシピがあるんです。元々フルーツを保存食にする目的で砂糖漬けにしていたから一般家庭のレシピは甘いですよ」
「へえ〜、フルーツを漬けるレシピが違ったら全然違うものになりますね、いろんなお店で試してみたくなるなあ」
「あー…食べ歩きは無理かも。この街で甘いものに力を入れている店はうちだけなんですよ」
「講習に来てくれた皆さんは?」
「ほとんどが富裕層や高級メゾンのお抱えなんです。1人だけ個人でレシピを買ったアレクシアって覚えてます?」
「もちろん覚えていますよ!飛び抜けて若かった女性ですよね」
「そう!その彼女です。うちの店と競合したくないからって違う街で独立したんです」
「ええっ、思い切りましたね!」
「若いとか年配とか関係なく女性の方が男よりも思い切り良いし行動力ありますよね。うちは僕が親から受け継いだ店なんですよ。自分が彼女くらいの年齢の頃に独立して挑戦しようって考えられなかったなあ」
「伝統を受け継ぐ方が苦労が多そうって思います。うちの父は料理人なんです。子供の頃から憧れはあったけど比べられるのは嫌だから同じジャンルに進むのは考えられなかったなあ。口出しされたくないし。そんな理由で私はスイーツとかパンを専門にしたんですよ」
ベントさんが目を見開いた。
「そういう見方もあるんですね」
思いがけない言葉だったようだが絶対に後を継ぐ方が大変だと思う。
「…そうそう明日の講習、行きますからね」
「もしかしてフィナンシェのレシピも買ってくださったんですか!?」
「はい。クッキーとバームクーヘンとマカロンもレシピ購入代金は2か月で元を取れましたよ」
レシピを買ってくださった皆さんのその後を聞けてよかった。この権利で得たお金も世界に還元していこう。




