第197話 ククサ
巽たちの新店舗も順調に始動したのでしばらく我が家に帰ることにした。今日はヘンリクさんのお店に集まって合コンメンバーで飲んでいる。
「クラリッサったら『従魔に必要な知識を与えないのはローザへの虐待』だってカミロさんたちに訴えたって本当?」
「そうなの。髪を毟られた時は子供だったけど大人になってローザも被害者だって分かったわ。ずっと一方的に怒っていて私の方こそローザを傷つけてきたと自覚したの。ローザに謝罪したら許してくれたわ」
オスカル様はカミロさんたち年長の親戚たちから厳しく指導されているらしい。
「それよりカナったらローザにプレゼントしたんですって?」
「シロクマのぬいぐるみと狐のぬいぐるみ。私たちが近くにいればポーションで治療できるけど、ローザったら知らないところで添い寝して潰されそうなんだもん」
「無防備よね。無邪気で可愛いけど自分を危険から守れないのは大問題だわ」
それもこれも必要な知識を与えられていないからなのだろう。
「ローザちゃん、またあえる?」
「親戚の監視付きで王都に呼ぶわね」
「おれ、たくさん尻尾で叩いちゃって悪かったなって」
「ハナも何度もつぶしちゃった」
狐太郎君とハナはローザをボロボロにしたことを気にしていた。
「次に会う時は距離感を保って遊べるといいね」
「…うん」
うなだれていたハナと狐太郎君に好物のサーモンやお肉を食べさせたら少し元気になった。
「遠野」
「ありがとう」
オーナーシェフのヘンリクさんが遠野に何か渡していた。
「追加注文したの?」
「お酒はまだ大丈夫そうよ」
「これは僕から」
全員に箱が渡された。
「これは木製のククサというマグカップなんだ」
箱を開けてみると木製の素朴なマグカップが見えた。素朴な風合いだけど、めっちゃお洒落なやつだ。
「ククサを贈られた人は幸せになるといわれている幸運のアイテムなのですよ」
初老のヘンリクさんがカップについて教えてくれた。
「ククサの材料となる白樺のコブは育つまで30年近くかかる大変貴重なものなのです。それを使う人の幸せを願いながら職人が削り出すんですよ」
「僕らは長命だから良いことも悪いことも人の何倍もあるだろう?少しでも良いことに巡り合えたら良いなってヘンリクに相談したら手に入れてくれたんだ」
「ありがとう…」
「…遠野ったら」
「大切にするよ。何百年経ってもこのカップを使うたびに今夜のことを思い出すな」
「遠野もヘンリクさんもありがとう!」
「いえいえ!カナさんご一家には贔屓にしていただいておりますし。ご予約の段階であらかじめ『肉を5kgくらい食べる』とか具体的に予告してくださるので助かります」
「うちのリザがすみません…大食いだけど、ちゃんと味わっているんです」
「もちろん承知しておりますよ。珍しい肉の種類や部位を正確に言い当てられておみそれしました」
リザはあらゆるお肉を狩って焼いて食べてきたので肉に詳しいのだ。
その後はヘンリクさんと遠野の若い頃のエピソードを聞いて盛り上がった。
初老のヘンリクさんと20歳ほどに見える遠野を見て胸がつんとした。
私たちは同じ時を過ごした友人を見送らなければならないのだ。先に老いてゆく方も置いていかれる方も切ない。
私は長命種族について全然分かっていなかった。




