第196話 巽たちの新店舗
追加の田植えを終えて再び王都にきた。
魔物やドロップ品の見積もりを頼んだままだったので、まずは冒険者ギルドに引き取りにきた。
「こんにちはー」
「いらっしゃいませ、カルピオパーティの皆さま」
今日もゼカさんが迎えてくれた。
「先日の見積もった分は終わっていますよ、明細はこちらになります」
── 税引き後で300万シルちょっとだった。
「いいよな」
「うん」
見積もり通りに取引を完了してテリヤキに行ってみた。ランチタイムが終わった頃なので迷惑にならないだろう。
「こんにちはー」
「いらっしゃいませ!」
裏口から声をかけると桃吉さんが迎えてくれた。
「ちょうど賄いを兼ねてオムライスの練習をしているところなんです、見ていってください」
厨房にたくさんのオムライスが並んでいた。新店舗の開店を2日後に控えて準備万端のようだ。
「上手に出来ているじゃないか!」
「おかげさまで失敗しなくなりました」
「…もう賄いのオムライスは食べたくないですよ」
「召し上がっていっていただけませんか?」
「私ももう食べたくない…」
スタッフ全員がうんざり顔で勧めてくる。
「じゃあ遠慮なく…」
「おいしー」
「美味しく出来てるじゃないか!」
「本当!もう練習は充分じゃない?」
スタッフ全員が救われたような顔になった。本当に美味しく出来ている。
多いなと思ったけどオムライスはリザが残らず美味しくいただきました。
「美味しかった!ご馳走様でした」
「お米の納品見込みの話だけするつもりだったのに厚かましく頂いちゃって悪かったな」
「いえいえいえ!」
「救いの神ですよ!」
「それでな、追加で苗を植えたから納品を増やす事も可能だ」
「順調に育てば、それぞれの品種がこのくらい納品出来る見込みなの。天候不順とかで増減はあると思う」
「ありがとうございます。苗を譲っていただいて巽が栽培の手配をしているので予想以上に繁盛したとしても充分だと思います」
「そうか!」
「巽は今日は魔道具のお店ですか?」
「最近は食品部門にいることが多いと言っていました。いちごバターとパン・ド・ミーのお客さまの反応をみたいとかで」
「そうなんですか」
「いちごバターはいちごの生産状況で作れる量が決まってしまいますがパン・ド・ミーは調整可能なので巽さんの指示で作る量を調整してるんですよ」
「クラリッサさんのアドバイスで巽一家の食料品店でカナさんがルースラゴスで登録したコンフィチュールも扱っていて、パン・ド・ミーと一緒に売れているそうです」
大量に納品しておいて良かった。
「それは嬉しいな!でも皆さんなら美味しいジャムを作れるでしょう?」
「今の季節は材料のフルーツが無いんですよ」
「私がルースラゴスで納品したジャムの材料は全部ルースラゴスのダンジョンで出たドロップ品だけど…そういえば王都の近くってダンジョンが無かったような」
「無いんですよー」
「王都は危険が少ない代わりに恩恵も無いんですよ」
確かに私が王都を作る立場でも危険が少ない場所を選ぶわ。災害時に行政機能が滞ったら国が滅ぶもんね。
「オムライス専門店の店舗の内装も完成したんですよ。ここよりも王城に近い場所で高級路線です」
「店舗自体は小さいんですがいちごバターやパン・ド・ミーのイートインと持ち帰りをやるのでオムライスに興味が無い人も集まる仕組みです」
「近くでオムライスを見たら、そそられるでしょうねー」
「それが狙いなんですよ」
いちごの季節が終わったらいちごバターを扱うのはオムライスのお店に絞って計画的にオムライスの店に集客する予定らしい。そのためにいちごバターを時間停止のアイテムバッグで保存してるとのことだ。
「オムライスの常連になってくれた鳥獣人のお客さまが、お米好きな小鳥愛好家のネットワークで話してくれたそうなんです」
「冬が終わって旅行にいい季節になったから新しいお米料理を食べに王都に来ることになったとかで開店を楽しみにしてくださってて」
「幸先いいですね!」
まずはオムライスの新店に注力して、新店が落ち着いたらテリヤキで稲荷寿司を限定メニューとして出す予定とのことだ。
開店日はテリヤキの定休日で全スタッフが新店舗に詰めるらしい。私たちは裏庭で狐太郎君のお相手という名目でお邪魔することにした。
◇◇◇
「こたくん!」
「ハナちゃん」
お鼻とお鼻をくっつけてご挨拶。
今日は巽たちが共同経営するオムライス専門店の開店日。スタッフ全員が仕事なので私たちは店舗の裏庭で狐太郎君と遊ぶ。何かあったら父さんはヘルプに入る気満々のようだ。
「カナ!」
忙しそうな巽たちと対照的にゆるゆる遊んでいたらクラリッサが来た。
「私が契約をまとめたお店の開店だから様子を見に来たの」
「すでにオムライス目当ての常連さんが出来てたから順調みたいだよ」
「そのようね」
ランチタイムも順調に回っているようだ。
「俺たちもメシにしよう。たくさん作ってきたからクラリッサちゃんも食べていってくれ。クラリッサちゃんに契約をまとめてもらった稲荷寿司だ」
「まだクラリッサが見たことない種類もあるよ」
「ええ…いいんですか?美味しそう!」
「ほらほら座って」
ピクニックシートの上にオープン稲荷が詰まった重箱を広げて、父さんがハナと狐太郎君に取り分けている。
「おいしー」
「おいしー」
ハナと狐太郎君がハモる。
「すっごくきれいですね」
「ほら、クラリッサも好きなの取って」
「いただきます…美味しい!」
「お味噌汁もどうぞ」
「ありがとう」
今日もリザとアルバロがたくさん食べた。
「お腹いっぱい…」
「おれも」
たくさん遊んでたくさん食べたハナと狐太郎君が寄り添って昼寝を始めた。へそ天で眠る2人が可愛い。
「すっごく美味しかったです!」
「そうか!嬉しいな」
「稲荷寿司はオムライスの店舗が落ち着いたらって話だから、ずいぶん先よね。専門店化したら通っちゃうわ。絶対に自分で作れないし見た目も豪華ですっごく美味し…」
「うわぁん!」
バシッ!
眠っていたハナの悲鳴で一斉に振り返った。
「ハナ!」
ハナの真っ白いお腹に血が溢れ出したので最高級ポーションで治療した。原因となった鳥はハナに力一杯振り払われてぐったりしていたので父さんが慌ててポーションをぶっかけた。あの鳥がハナのお腹にとまって鋭い脚先(鉤爪)がお腹に食い込んで穴が空いたのだろう。
「ハナ!」
「うえぇぇぇん…」
ハナを抱き寄せると泣きながらしがみついてきたので浄化で血を綺麗にした。ハナが自分の血を見てショックを受ける前に対処できて良かった。狐太郎君も心配そうに寄り添ってくれる。
「ローザ!」
現れたのはオスカル様だった。ハナのお腹にとまった小鳥はオスカル様のパートナーのローザだった。
「オスカルおじちゃんのクソ鳥じゃない!」
「クラリッサ!?」
◇◇◇
父さんがお茶を淹れてくれた。
「小鳥愛好家でオフ会することになって王都に来たんです。美味しいお米料理をいただきながら楽しくおしゃべりしていたらローザがいないことに気づいて探しにきたらローザが治療されててハナちゃんが号泣してて…」
「そのクソ鳥がハナちゃんのお腹に穴を空けたのよ!」
「どうしてそんなに仲が悪いの?」
「私の髪を毟ったのよ!」
「…まだクラリッサが子供の頃の話なんですが従魔の躾がなっていないと親戚一同に怒られました」
「あれ以来きれいなものを勝手に毟っていないわ。今日だってふわふわしてて気持ち良さそうだったから。とまっただけなのよ」
ローザがしょんぼりと答えた。クラリッサもクソ鳥は言い過ぎたと気まずそうだ。
「手羽先や手羽元で触るのは大丈夫だけどモミジで触るのはやめてね」
「うん」
── 素直じゃん。
「ちょっとカナさん!ローザの部位を食材っぽく表現するのはやめて!」
「おじちゃんは黙って」
クラリッサに締め上げられたオスカル様が苦しそうだ。オスカル様のことはクラリッサに任せよう。
「ローザの怪我はどう?まだ痛いところある?」
「私は平気。あの…ごめんなさ…ぶべっ」
ハナに寄り添おうとしたローザが狐太郎君の尻尾で吹っ飛んだので慌ててポーションで治療をした。
「ごめんね。狐太郎の尻尾が届く範囲は危険だから…」
「ごめんね。うしろは見えないんだ」
「いいのよ…黙って近づいてごめんなさい…」
まだふらふらしているローザに残っていたポーションをぶっかけた。
◇◇◇
「あのね、ハナはそんなに寝相が良くないから…」
「ローザちゃん、つぶれちゃうよ」
「大丈夫よ!ふわふわね」
仲直りのお昼寝をすることになり、ハナに寄り添って手羽先をお布団のようにハナに掛けてくれたけどローザが潰される未来しか見えない。
念のためポーションを用意しておいたら予想通り寝返りを打ったハナにローザが潰された。ハナを引きはがして圧死寸前のローザにポーションをぶっかけたら復活して『ふわふわ…』と言いながらハナに近づいていった。
予想通りまた潰されて、その次は狐太郎君の尻尾に吸い寄せられて吹っ飛ばされていた。
狐太郎君の尻尾に引き寄せられたりハナに潰されにいったりローザは不憫属性で不器用で、ちょっとアホな美少女だった。でもそこが可愛い。




