第190話 タタンカさんと遠野とエステル
遠野とエステルが王都の家に来た。
「いらっしゃい、遠野、エステル」
「お邪魔します」
「王都でもお世話になって悪いね」
「そんなこと気にしないで」
今日は遠野とエステルを隣人のタタンカさんに紹介するのだ。
「カナちゃん、タタおじさんきたよー」
ハナがタタンカさんに抱かれてやってきた。
「タタンカさん、わざわざありがとうございます」
「ご招待ありがとう」
「今日は、はちみつレモンのパウンドケーキを焼いたんですよ」
紅茶とパウンドケーキを配るとタタンカさんがニコニコだ。タタンカさんの分は大きくカットした。
お隣の熊獣人で栗と蜂蜜が好物のタタンカさんはネイティブ・アメリカンぽいハンドメイド・ジュエリーのデザイナーで宝石商で付与師だ。
「ああ、美味しいねえ」
「気に入っていただけて良かったです」
「それでカナさんのお友達の相談というのは?」
「僕です。僕は美容室を経営しているんですがシャンプーのお湯やパーマの薬剤、カラーの薬剤で一年中手荒れが酷くて」
「タタンカさんは男性でも普段使いできるジュエリーをデザインして付与を付けて販売しているでしょう?手荒れに効果のある付与って出来るのかお伺いしてみたくて」
「手を見せてもらっても?」
「はい」
温泉ですべすべになった遠野の手は早くも荒れていた。
「カナさんのピアスは火傷防止の付与をしたんだよね。あれはもともと火の攻撃から守る冒険者向けの付与なんだ。薬剤の攻撃から皮膚を守る付与なら出来るよ」
「本当ですか?」
「付与に掛かる費用は5万シル。アクセサリーはこの中から選んでもらえるかい?」
タタンカさんが持参したケースにはピアスや指輪、ブレスレット、ネックレスなどのシルバーアクセサリーが入っていた。
「手の周りには何も付けたくないからピアスかな」
「ピアスはこのあたり」
タタンカさんのアクセサリーには値札が付いていた。とても親切だと思う。
「これいいな。僕の好み、というかドンピシャ、最高」
遠野はシルバーの土台に大きめのターコイズとラピスラズリのピアスを選んだ。
「付与しやすいものを選んでくれて嬉しいよ」
「どれもシルバーとターコイズのデザインですが意味があるんですね?」
「シルバーとターコイズは付与を乗せやすくて定着しやすい素材なんだ。ラピスラズリは効果の増幅。だからアクセサリーの持ち込みは基本的にお断りしているんだよ。付与が長持ちしなきゃ意味が無いからね」
5分ほどタタンカさんが付与に集中した。顔に汗を滲ませて、かなり消耗する作業のようだ。
「さあどうぞ。あいにく薬剤の攻撃から守る付与というのは初めてなんだ。だから今日はアクセサリーの分だけ請求するよ。2週間ほど使って効果を確認させてくれないか?いまいちだったら付与を追加するけど追加の請求は無し。付与の精算はその時にしようよ。付与に問題ないと思うけど、一応ね」
「分かりました、ではこれで」
取引完了だ。
「次は私がお話しても?」
「なんでしょう?」
「私は王都の男性向けセレクトショップに勤務していて、今度アクセサリー部門を任されることになったんです」
「すごいじゃない!」
「昇進おめでとう」
「ありがとう。それで遠野がカナからタタンカさんのアクセサリーの話を聞いている時、私も一緒にいて興味を持ったんです。冒険者向けの付与付きアクセサリーってファッション業界では初耳でした」
「冒険者はおしゃれと無縁だもんねえ」
「遠野のような悩みを抱えている人は多いんです。料理人ならカナのように火傷が日常だし包丁で怪我をすることもあります。警備員なら冬は寒さ、夏は暑さを防ぎたいし、ダンサーなら足の怪我を予防したい。歌い手なら喉を守りたい。その人ごとに合わせた付与を付けて販売出来たら喜ばれるんじゃないかと思って」
「そういう需要があるんだねえ。どの付与も条件付きで出来るよ。…僕は冒険者ギルドを旅して回って商売してきたんだけど歳をとって旅がきつくなってね、最近は廃業するか需要が多い街に移住するか悩んでいたんだ。でも住み慣れた王都を離れ難くて……王都で仕事を続けられるなら嬉しいよ」
エステルとタタンカさんの商談は後日、エステルが勤務するセレクトショップで行うことになった。
「今日もハナがへそ天で寝ちゃった」
「可愛いねえ」
「タタンカさんの撫で撫ではハナには麻薬みたいですね」
「カナさんは大袈裟だねえ」
はちみつレモンのパウンドケーキとマロングラッセをお土産に渡すとタタンカさんに喜ばれた。
タタンカさんを見送った私たちは巽のテリヤキのお店に集合した。
お店に着くと狐太郎君の回復を桃吉さんと長吉さんからめちゃくちゃ感謝された。狐太郎君はここでも家族だった。
「お待たせ!」
遅れてクラリッサがやってきたので遠野とエステルの話をした。
「エステルったら凄いじゃない!昇進おめでとう」
「ありがとう」
「…みんな凄いわね」
「クラリッサ?」
「遠野は前から自分のお店を持って、巽はテリヤキの共同経営、エステルは昇進。変化がないのは私だけだわ」
「クラリッサったらどうしちゃったの?」
いつもパワフルなクラリッサらしくない落ち込みようにエステルが動揺する。
「私はクラリッサが商業ギルドに居てくれてよかったよ」
「……そうね!私にはカナがいたわね!カナのレシピで昇進するわよ!カナ、次はいちごバターよ!もうすぐ春だし春といえばいちごだから!明日は商業ギルドに来てね!」
元気になったクラリッサにガッチリ腕を掴まれた。クラリッサにはお金に貪欲でギラギラしてて欲しいと思った。




