第187話 巽と稲荷寿司
3人が王都に帰った後、狐太郎君の治療は私やアルバロが担当することが多くなった。
ハナも付き合ってふやけるまで温泉に浸かってくれた。うちのハナちゃんは天使じゃないかな。
その頃、巽は豆乳作り、お豆腐作り、お揚げ作りでへろへろになっていた。
「明日はいよいよ稲荷寿司を作るの?」
「うん」
「だいぶ疲れてるね」
「慣れないことの連続だから。作り慣れれば大丈夫だよ、王都に帰ったら長吉にレシピを伝えるのも僕の役目だし」
巽は疲れた身体を温泉で癒やした。
いよいよ今日は稲荷寿司を作る。
「油あげは茹でて油抜きをしたら水にとってから水気を絞る。水気を絞った油あげを鍋に並べたら、だし汁、砂糖、醤油で煮る」
煮て冷ます間にお米を炊いた。
「ご飯は半分だけ酢飯にして胡麻を混ぜておく。もう半分は具入りだ。五目飯でもいいし刻んだ漬物を混ぜてもいい。今日はハナちゃんの好きな鮭フレークをご飯に混ぜてみよう」
ほんのりピンク色のご飯が用意できた。
「酢飯と油揚げが揃ったら詰める。先に油揚げの数だけご飯を当分にしておくと量が偏らずに詰め終わるぞ。鮭ご飯は油揚げを裏返して詰める。…うん、巽君は上手だな」
油揚げにご飯を詰め終わった。
「今日は稲荷寿司で昼飯にしよう。そろそろハナちゃんと狐太郎君が温泉から出てくるぞ」
2人がお味噌汁や副菜を用意していたら家庭菜園の世話をしてくれていたリザとアルバロが戻り、温泉からあがったハナと狐太郎が厨房に飛び込んできた。
「おなか空いたー」
「おいしいにおい」
「今日は僕が稲荷寿司を作ったよ」
「にいちゃんが!?」
「そうだよ、これで王都に帰っても狐太郎に作ってあげられる」
「ありがとう」
狐太郎君のぶっとい尻尾が激しく揺れる。
「全員揃ったな。こたつで食うぞ」
父さんが巽と狐太郎君を急かした。
「いただきまーす」
「裏返しのは鮭ご飯だぞ」
「鮭!」
「おいしー」
「おいしー」
ハナと狐太郎君がハモった。
「すっごく、おいしいよ」
「狐太郎のために作ったんだよ」
── 分かる!
私もハナのためにお菓子を作っちゃうもん。分かるよ。
「稲荷寿司をお店で出すようになったら取り置きしていつでも食べられるようにしないとね」
── 巽もご両親に負けてないくらい狐太郎君に甘々だな。
「店に出す時は華やかな稲荷寿司にしよう。バリエーションを教えるから基本の稲荷寿司を作り慣れておいてくれ」
「助かります」
「独占契約だからお互いに利益のあることだ。対等にいこう」
「はい!」
翌日、巽はお豆腐と油揚げ、稲荷寿司を1人で作ってみせた。手順はしっかりメモしたのでもう1人で作れるという。
その翌日はオムライスを教えた。
箸を使い慣れているのでドレス・ド・オムライスも上手にひだを作れていた。基本のオムライスは失敗していたけれど調理師の長吉さんが作れればいいと割り切っていた。
「うちの店員は全員妖狐の血を引いてて箸を使えるからドレス・ド・オムライス作りも問題ないはずだよ」
巽のレシピ習得は順調だったが狐太郎君の治療は限界を迎えていた。
「1番酷かった背中と後ろ脚以外は治ったみたい。でも背中と後ろ脚が完全に治らないの」
「ここ2、3日はいくら治療しても全然変化がないんだ」
「鑑定すると背中と後ろ脚に薄い黄色が見えるな。ほんのりと薄い色だから本人も自覚がないくらいかもしれんが」
「もうじゅうぶんだよ。ありがとう」
「狐太郎君…」
「走れるようになったし痛くないよ」
そうは言っても無念だ。
「一晩中走ったりしたら痛くなるのかもしれないけど、おれはもう山に帰らないし。ずっとにいちゃんと一緒だから。もうじゅうぶんだよ。ありがとう」
「狐太郎…」
巽が狐太郎君をぎゅうぎゅう抱きしめた。以前は痛がるから強く抱きしめることも出来なかったのだ。
巽を差し置いて父さんとアルバロが号泣してしていた。2人とも泣きすぎ!




