第174話 治癒魔法
「いらっしゃい」
「こんにちは、こたくん」
約束の時間に巽と狐太郎が訪ねてきた。
「やあ、いらっしゃい」
「うちの父さん、隣がリザ。冬の間に2人は結婚したんだ。入って入って」
2人を通すと父さんがキッチンに向かった。お茶を淹れてくれているようだ。
「家の中では自由にしてもらって大丈夫だけど足の裏を浄化させてもらうね」
狐太郎君を浄化すると巽が狐太郎君を床に降ろす。
「こたくん、こっちのクッションふかふかだよ。一緒に日向ぼっこしようよ」
「うん」
ハナが狐太郎君を誘うと狐太郎君がクッションに向かって歩き出すが後ろ脚が痛むのかよろよろしていた。
「ここ、どうぞ」
ハナがクッションを前足でポンポンする。
「ふかふかだね!」
ハナと狐太郎君が寄り添って横になった。鼻血が出そうなくらい可愛い。
「すっごく可愛い…」
横を見ると巽が『尊い…』と言いながら心臓を抑えていた。気持ちは分かる。
「鑑定してみてもいい?」
「うん」
狐太郎君が了承してくれたので全身を鑑定する。
「背中にも傷を負ったんだね。痛むのは足だけじゃないでしょう?」
「うん」
「狐太郎を見つけた時、狐太郎の上に覆いかぶさって庇っていた母狐は手遅れだったんだ。狐太郎たちを襲っていた大鷲に似た魔物の鉤爪が狐太郎にも食い込んでて…」
「ハナと同じだな」
「ハナちゃんと?」
「ハナも母親を亡くした赤ちゃんだったんだ。俺が(保護犬のシェルターから)連れ帰ってカナと姉妹のように育てたんだ」
「パパに見つけてもらって嬉しかったよ」
「パパもハナちゃんが大好きだぞ」
父さんがハナを撫でまくる。
「狐太郎君、治癒魔法をかけてもいい?」
「うん」
狐太郎君の全身に治癒魔法を掛ける。後遺症が見える部分は念入りに掛けた。
「あったかい…」
目を細めて治癒魔法を受けていた狐太郎君が何かに気づいてピンと耳を立てた。
「痛くないよ」
「時間が経ったら痛みはぶり返すと思う。めいっぱい治癒魔法を掛けたんだけど鑑定すると後遺症が残ってるから」
「そうなの…」
狐太郎君の耳が倒れる。
「おじさんも治癒魔法を使えるんだ。治癒魔法を掛けてもいいか?」
「うん」
「だめだな…」
鑑定してみたが後遺症は消えていない。巽も父さんも私もがっくりだ。
「ねえ、提案なんだけど」
「アルバロ?」
「裏山温泉で治療したら?」
── その手があったか!
「リザも治療してたよね?」
「ニュウトウオンセンキョウで成人病はほぼ完治しました!」
父さんの料理で塩分も控えめになったし良かった。ほぼ完治の『ほぼ』が気になるけど、ちゃんと治して2人で長生きしてくれ。
「裏山温泉のお湯はどのお湯も魔力を含んでいて治癒効果があります。特にクサツのお湯は強力な殺菌力で傷の治療に効果があるので、ちょっとした傷ならすぐに治ります。大きな怪我も繰り返し浸かれば効果があるかもしれません」
「その裏山温泉について教えてください!」
「うちの裏山に温泉を引いているんだ。東の秘境に何箇所か源泉が沸いているから、それを引いているんだが宿泊施設みたいになっているからちょうどいい。カナのお友達の皆さんをご招待しよう、父さん張り切っておもてなししちゃうぞ!」
「私がドラゴン化して乗せていけば3時間くらいで着きますね。私はカナさんの義理のお母さんですから!移動はお母さんに任せてください!」
父さんとリザがやる気だ。
「ちょ、ちょっとカナ!」
巽に引っ張られて部屋の隅に連れていかれた。
「東の秘境って?」
「我が家の領地?先祖代々住んできたんだよ」
「住めるの!?」
「私たちハイヒューマンだから。ご先祖にハイエルフや竜人族とか強い種族が何種類か混じってるし」
「リザさんがドラゴン化ってのは?」
「リザは竜人族だから」
巽が『ほおー』って顔になった。
「カナは竜人族の血を引いているって言うけどカナもドラゴン化できるの?」
「無理。出来ない。竜人族並みの火魔法が使えるとか特技?は遺伝してるけど。ほら、見た目もハイエルフの血を引いてるとは思えないでしょう?けっこう強力な治癒魔法を使えるけど種族はただのハイヒューマンだよ」
「そうなんだ」
「アルバロは私たちの遠縁で種族はハイヒューマンなんだけど、どんな種族が混ざっているのか私は知らないの。興味あったら聞いてみて。ノリノリで教えてくれると思うよ」
「そうなんだ」
「カナ、巽君、お茶が入ったぞ」
「はーい。ほら、お茶飲もう」
巽を連れてテーブルに着く。ハナと狐太郎君も椅子に座っていた。
「これはうちの茶畑で採れたお茶なんだ。うちの一族以外には馴染みが無いかもしれないが試してみてくれ」
「薄い緑色のお茶なんですね、いただきます」
ずずー。
「爽やかな後味で飲みやすいです」
頑張って採取して加工した新茶は結構美味しく出来た。
「これは稲荷寿司。お茶請けというより食事なんだが、うちの一族には狐の好物だって伝承があってな、ただのおとぎ話かもしれないが是非試してくれ」
「パパの稲荷寿司おいしいよ」
「いただきます」
ハナに勧められて稲荷寿司を食べた狐太郎君の背景に稲妻が見えた。
「これ好き!」
「おいしーよね」
狐太郎君とハナがもりもり食べた。
「気に入ってもらえて嬉しいな、たくさん食えよ」
「うん!」
「美味しいです。これはお米ですよね?」
「俺たちの主食だから栽培しているんだ。王都の飼料扱いの米より美味いと思うぞ」
「妖狐もお米を食べるんです。でも近年は妖狐の中でもお年寄りが好んで食べるものってイメージなんです」
「そうなの?私は毎日お米でもいいくらい好き。パン職人だけど」
妖狐にとってお米は日本の“すいとん”のような位置付けなのかな?と想像した。
「こんなにお世話になって、さらなるお願いで恐縮ですが稲荷寿司の作り方を教えてもらえないでしょうか?もちろん対価はお支払いします。狐太郎がこんなに気にいる食べ物は初めてで家でも作ってやりたいんです!」
「喜んで教えるぞ!料理に興味を持ってもらえて嬉しいな」
父さんが生き生きしてる。
「ん?でも…ちょっと待て。お米は知っているようだが油揚げは知ってるか?」
「アブラアゲって何ですか?」
「…ちょっと待て」
父さんが冷蔵庫風の魔道具から油揚げを持ってきた。
「これだ」
「見たことないです」
「ちょっと待て」
父さんが冷蔵庫風魔道具から豆腐を持ってきた。
「これは豆腐だ。知っているか?」
「いいえ」
「ちょっと待て」
父さんが大豆と豆乳を持ってきた。
「これは大豆ですね」
「大豆は知っていたか!大豆から作った豆乳は?」
「初めて見ます」
「そうか、初めてか…」
稲荷寿司のレシピを伝えるのは難易度が高そうだった。




