第134話 アルバロの温泉計画
「相談なんだけど」
コタツでダラダラしているとアルバロがやってきた。数日前から日本の温泉旅館について調べていたので考えがまとまったのかもしれない。
「これを見て」
アルバロもコタツに入ってきて東の秘境全体の地図を広げる。
「ここが家でこの辺りが家庭菜園、ここが散歩や釣りにいく海でこれが裏山。裏山のコテージはこの辺りに作ろうって言ってたけど温泉を作るならって調べてみたら、この赤く印を付けた場所に質の良い源泉があるんだ」
我が家は東の秘境の中心から南の海岸線にかけて、かなり広い範囲を贅沢に利用している。
アルバロが赤く印を付けたのは1箇所ではなかった。東の秘境の北部から東部にかけての広い範囲に何箇所もあった。
「ここはクサツと命名したよ。クサツの源泉掛け流しの天然温泉は強力な殺菌力でここのお湯は傷の治療に効果があるんだ」
── まんま草津だな。
「ここはゲロ。泉質はアルカリ性で無色透明、まろやかなお湯がお肌を絹のようにスベスベにしてくれるんだ」
── 下呂温泉か。
「ここはニュウトウオンセンキョウ。高血圧症、動脈硬化症、皮膚病、糖尿病なんかに効果がある」
── 乳頭温泉郷か。
「ここはタマツクリ。お肌に潤いを補給して肌理を整えて美しい肌色になる美肌の湯。化粧水みたいなお湯が沸いてる」
── そのまんま玉造温泉だな。
「ここはスカユ。強い酸性のお湯が特徴で神経痛、リューマチ、皮膚病、婦人病などに効果がある」
── 酸ヶ湯温泉か。
「東の秘境の北部と東部全体に広がってるんだね」
「そうなんだ、せっかくだから整備しちゃおうかなって」
「元から住んでいる野生動物たちの迷惑にならなければ良いんじゃない?」
「それは大丈夫。温泉の硫黄の匂いや熱を嫌うのか生息している動物はいないんだよね」
「それなら良いんじゃない?」
「リオはどう思う?」
「温泉は俺も良いと思う。…地図があるんでついでに質問するが、来年は米を作りたいと思っているんだ。どこか良い場所はないか?」
「田んぼ作りに適しているのはどういう土地?」
「水が豊かで広くて平らで水はけが良くて昼夜の温度差が大きい土地だな」
「それなら秘境の北西部かな。北部の山から流れてくる川が豊かな水を運んでくるし、平らで水はけも良いよ。昼夜の温度差もばっちり」
「その辺りに田んぼを作っても良いか?」
「作るのは大丈夫だけど小動物が暮らしているから移住してもらう必要があるねえ」
「どのくらい生息しているんだ?」
「うさぎが3家族、鳥の群れが1つ」
「それなら田んぼは銘柄ごとにいくつか作るつもりだからうさぎと鳥用の田んぼも作るか。うさぎには米より小松菜とか菜っぱの方がいいか」
「そうしてあげてくれる?きっと喜ぶよ」
「うさぎと鳥に荒らされたくない田んぼは虫と動物と魔物避けの魔法陣を仕込めば大丈夫かな」
「それで大丈夫だよ!美味しいお米、楽しみだね」
お米の美味しさに目覚めたアルバロがご機嫌だ。何も言っていないのにお米のメニューを広めてという圧がすごい。
「米作りは春までに準備を進めようよ。温泉は冬に入りたいからすぐにも作りたいな」
「それなんだけど裏山にコテージを作るのは確定でしょう?温泉旅館はどこに作ろう?」
コテージと別に温泉旅館を作るのも確定だった。決まっていないのは作る場所だけだった。
「現地を見て決めないか?」
「温泉旅館は現地の雰囲気と建物とセットで雰囲気も楽しみたいよねえ。お湯はどんな感じなのかな」
「とりあえず源泉を見に行く?」
全員が同意して強い気持ちでコタツから出た。コートを着て庭に集まったところでアルバロが転移の魔法陣を展開する。
「まずはクサツね!」
転移した場所は暖かい湯気に包まれていた。
「グアアアアア!」
魔物たちに威嚇された。
「一応、魔物避けの魔法陣を地面に描いてあるけどたまに崩れて破られるから気をつけてね」
── 破られるのかい…
一定の距離以上近寄れないらしく、ぎりぎりの場所から精いっぱい怖い顔で威嚇してくる。
「動物はいないって言ってたけど…」
「魔物がいないとは言っていなかったな…」
「温泉は結構広い範囲に湧いているから魔物と棲み分け出来ると思うんだ!」
ウキウキと設計図を取り出したアルバロが『源泉を汲み上げる建物はこんな感じ』と殺意剥き出しの魔物の前で説明してくれたけど、すぐそばで魔物が唸っていて全然頭に入って来なかった…。
「そういえば東の秘境って広いけど、庭にあるお散歩ダンジョン以外のダンジョンってないの?」
源泉から戻ってコタツで地図を見ながら以前からぼんやりと疑問に思っていたことを口にしてみた。
「こんなに広いんだから、あと何ヵ所かあっても不思議じゃないよな」
父さんも同じように思っていたらしい。
「お散歩ダンジョンが大きいからだよ。それにほぼ毎日アタックしてるから魔物が枯渇までいかないけど新しいダンジョンが生まれる余裕がないんだ」
反対にダンジョンを放置すると魔物の氾濫が起きて人の住む街に魔物が押し寄せたり、新しいダンジョンが生まれたりするらしい。
「東の秘境はお散歩ダンジョンでハナが狩り過ぎているから安全なんだ」
「…安全?」
「さっき源泉で討伐レベル特級の魔物たちに威嚇されたけど?」
「それはこの地域の生態系!秘境の魔物は強いんだよ。地上の生態系とダンジョンは別物なんだ。みんながダンジョンで倒しまくってくれてるおかげでダンジョン側の余力が無いから予想外のダンジョンが新たに生まれたり魔物の氾濫が起きないんだ」
ハナのお散歩のおかげでダンジョン側がカッスカスで安定してるってことらしい。
「本当に源泉に作るのはお湯を汲み上げる小屋だけでいいの?あそこにも温泉を作れるよ」
「うん」
「魔物に脅かされながら温泉は楽しめないだろ」
「ハハッ、みんな強いくせにー」
アルバロは笑うけど落ち着かないってば。
汲み上げた源泉は裏山に作る旅館風の建物に引いて楽しむことにした。源泉と湯舟が離れているけど魔法の力で源泉掛け流しだ。
秘境にある源泉から汲み上げた温泉水を裏山の浴槽に供給し、浴槽からあふれ出たお湯を排出する仕組みも魔法陣で設定できるらしい。異世界って最高だ。
「じゃあ裏山に温泉旅館を作ろうか、けっこう広くなるから少し地形も変えるね」
アルバロの設計は見事だった。一度は泊まってみたい憧れの高級旅館の写真みたいな完成予想図に父さんも私も顔がにやけてしまう。しかし、ここは異世界なので作るのは自分だ。
── 明日から土木作業を頑張ろう。




