第125話 味噌だれ焼きうどん
クラリッサに呼ばれてアルバロと一緒に商業ギルドに来た。
「カナったら!黙って渡すなんて酷いわ!」
「なんの話?」
「全部よ!」
「気に入った?」
「気に入ったなんてものじゃないわよ!」
お土産に渡したクロワッサンとブリオッシュ、パン・ド・ミー、発酵バター、いちごバターも商業ギルドにレシピを販売することになった。
「おしゃれな朝食が流行るわよ!」
「段階を踏んだら?」
「段階?」
「デニッシュのレシピ販売もまだじゃない?デニッシュが落ち着いたらパン・ド・ミー、パン・ド・ミーが落ち着いたらクロワッサン、クロワッサンが落ち着いたらブリオッシュって感じで」
「いいわね…四半期ごとに小出しにしましょう。当分の間、私の実績も安泰だわ。エステルたちに口止めしなきゃ。今から行ってくるけど良かったら一緒に来てくれる?」
「うん」
見た目は儚げなエルフなのにクラリッサは今日もパワフルだ。
「私たち、冬の間は本拠地で過ごすつもりなんだ」
「カナたちの本拠地ってどこ?」
「東の秘境」
「……えっ!?」
「先祖代々暮らして来た領地?になるのかな、我が家は海から山まで含んで結構広いと思う。リザがドラゴン化して飛び回ってるよ。庭の家庭菜園で野菜を作ってるし裏山にいろいろ実るし、父さんは釣りが趣味なんだけど冬は美味しい魚が釣れるから楽しみなんだ」
クラリッサがポカンだ。
「一般人は暮らしていけない場所だけどハイ・ヒューマンなら問題なく暮らしていけるんだ。むしろ暮らしやすいかな」
「ハイ・ヒューマンってすごいのねえ…」
アルバロのフォローにクラリッサが感心する。
「まあ、そんな訳で王都の観光やデニッシュの件がひと段落したらしばらく王都を離れるから」
「分かったわ。出来るだけ効果的に売り込みたいと思ってお膳立てしているから、デニッシュの販売にはもう少し時間をちょうだい」
「ありがとう、クラリッサったら頼りになるう」
「着いたわ、ここがエステルの勤め先よ」
入店したら手ぶらで出られなさそうなセレクトショップだった。
「いらっしゃいませ、珍しい組み合わせね」
クラリッサが事情を説明する。
「分かったわ、販売を楽しみにしておくわね」
「悪いわね」
「いいのよ、それよりアルバロさんに似合いそうなシャツとカーディガンがあるの、合わせてみない?」
「すっごく手触りがいい…」
「私が知る1番柔らかい綿なの。お友達に売りつけるのは主義じゃないんだけど入荷数が少なくて売り場に出る機会が滅多にないから見逃してほしくなくて」
確かに素晴らしい手触りだ。
「男性向けしかないの?」
「そうなの、女性向けがあったら私も買いたいくらいよ」
「カーディガンも良いね」
「品質は間違いないわ、お洗濯は必ず手洗いでね」
「これ買う!」
「ありがとう、社員割りにしておくわね」
「ねえエステル、1番大きいサイズを見せて。色違いはある?」
「ちょっと待ってね」
1番マッチョなサイズを広げてみた。
「これなら父さんも着られそう」
「アルバロさんは白いシャツに茶色のカーディガン、カナのお父さんはカーキ色のシャツに生成りのカーディガンね、お買い上げありがとう」
次に向かったのは遠野のサロンだった。
「カナのパンは美味しかったよ、僕も販売を楽しみにしておくね。ちょうどキャンセルが入ったんだけどカットしていく?」
遠野のサロンには子供連れのお客さん向けにプレイルームがあってクラリッサとアルバロがハナを遊ばせてくれるというのでカットしてもらったら頭が軽くなった。
「良いじゃない、似合うわよ!」
「ありがとう」
長さはセミロングで動きを出してもらった。ハイ・ヒューマンになった時に髪質が変わって動きを出しやすくなったのでヘアアレンジが楽しいのだ。召喚魔法(インターネット通販)で新しいヘアアクセサリーを買うと決めた。
支払う、必要ないで揉めたので代金代わりにクッキーとフルーツケーキとデニッシュを追加で山ほど置いて来た。
最後に向かったのは巽の店だ。
「なるほど了解。販売するようになったらうちの店にも置かせて欲しいな」
「それは問題ないわ、巽とカナで話し合ってね」
「販売して貰えるのは助かるな、ありがとう」
「こちらこそ。いちごバターやパン目当てで新規の顧客が増えるよ」
「食品も扱っているの?」
「うん、部門ごとに店舗を別にしているんだよ。ここは日用品の店で魔石や魔道具を中心に扱っているんだ」
巽の案内で隣の店舗に向かう。贅沢品や高級品を扱う店舗は貴族街に店舗を置いていて、このエリアの店舗は一般向けらしい。日用品の店舗が家電量販店とホームセンターを合わせたようなお店で食料品の店舗がスーパーマーケットのようなイメージだ。
焼きたてのパン、瓶詰めの保存食、乾麺のパスタ、調味料、乾燥ハーブなどが並んでいる。これだけ揃っていれば豊かな食生活を送れそうだ。
ペットスリングの中のハナがフンフンする。
「お味噌のにおいがする」
「ハナちゃんはお味噌を知ってるの?」
「うん、大好き」
「うちの一族はお味噌を手作りするの」
「そうなんだ!僕の一族もだよ。でも見た目が悪いと言って一般のお客さんには人気がないんだよね」
「中途半端に余った野菜は全部お味噌汁にしちゃえば無理なく野菜を取れるし良い素材だと思うんだけど慣れないと抵抗あるかもね。…あれ、うどんもある」
「うどんも知ってるの!?」
「よく食べるよ」
「ミソとかウドンて?」
クラリッサには馴染みがないらしい。
「ちょうど昼だしうちで食べていかない?」
「いいの?」
巽の店の厨房で調理することになった。
「我が家はうどんをつけだれで食べるんだけど」
「うちは夏は冷やしてつけだれで、冬は煮込んだり具沢山の温かいお出汁で食べることが多いかな。季節を問わず焼きうどんも食べるよ」
「うどんを焼くの!?」
「味噌だれ焼きうどんを作ろうか?」
「招待したから僕が作るつもりだったんだけどお願いしてもいい?」
「もちろん」
乾麺のうどんを茹でて具材を切る。今日の具材は豚肉、キノコ、キャベツ。半熟のゆで卵も作っておく。味噌だれは味噌、すり胡麻、砂糖、出汁を合わせておく。
フライパンで具材を炒めたら、うどんを加えて全体を混ぜる。味噌だれを全体に絡めたら盛り付けて、刻みネギを散らして半熟ゆで卵を乗せて出来上がり。
「いいにおい」
ハナがフンフンする。
「いただきます!」
クラリッサの反応が心配だ。もし味覚に合わなそうだったらインベントリからパンを出そう。
「なにこれ、すっごく美味しいんだけど!」
── 杞憂だった。
王都で出来た初めての友達たちとの仲が深まったようで嬉しい1日だった。




