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25 出張再び

 イゼルが南へ発って数日後。現地から奇妙な報告が入った。


「怪物の目撃情報が跡を絶たない」


 アキはコンラスを経由してその話を聞いていた。

 雪崩と土砂崩れによる災害は、この国の南をはしるクルス山脈のふもとにあるウェルドラ地域の一角で起きた。この季節に毎年必ずといっていいほど起きる自然災害である。

 幸い人家のない警戒区域で起きたため、人的被害はなかったのだが、山の形が変わるほど斜面がえぐれ、土砂の流出が道路を塞ぎ大変なことになっているらしい。

 全ての土砂の撤去作業は長期化する見込みで、周辺の山は当面立ち入り禁止となりそうである。

 そこで今回の目撃情報である。


「おとぎ話じゃあるまいし」

「確かに、怪物って漠然としすぎていますね……」


 コンラスは最初、真面目に取り合わなかった。だがあまりにも多く寄せられたそれは、さすがに無視することができない状態にまできていた。


 時を同じくして、トリヤーナから手紙が届いた。

 アキは、宛名を確認した際にそこに書かれた住所に見覚えがあることに気づく。


「ウェルドラってそういえばトリヤーナの故郷だ」


 いそいそと封をきって中を見るアキの顔が、紙をめくるにつれて徐々に曇っていく。

 そこには、土砂災害の様子を伝えるものから今話題の怪物の目撃情報についてまで綴られていたのだが、最後の最後に「婚約を解消した」との一言が添えられていた。

 アキがいてもたってもいられず、急いで返信を書かなければと思った矢先、コンラスから出張命令が下った。


「ウェルドラに行って欲しい」

「え、私がですか?」

「あぁ、ロット候補生の付添としてだ」


 今回の災害で追加の派遣が行われることになった。第二兵団からはジェスも実地訓練という形でついていくことになったのだが、そこはご両親との約束があるらしく、彼女一人を男しかいない兵団の中に放り込むわけにはいかないらしい。


「こっちも仕事があるっつーのに。過保護すぎるんだよ……」


 コンラスは不満げに何やらぶつぶつ呟いている。

 そうは言っても、彼女を一人で行かせるのはアキも反対だった。アキの脳裏に、眼鏡の奥で揺れる緑色の瞳が浮かぶ。ロット嬢は何かと庇護欲をかきたてる存在なのだ。

 

 それは第二兵団でも同じだった。

 アキが出張の打ち合わせに第二兵団へ赴くと、ラデクとジェス、リーアンとズーイーがいた。どうやらゴーファとドーヴァは講義中らしい。


「ジェスはここに残るべきだ」


 この期に及んでラデクは、ジェスの同行をとりやめさせようとしていた。


「今回は危険も少ないし期間も短い。いい勉強になろう」

「いや大有りだろ。怪物とやらが出るって話じゃないか」


 リーアンの言葉にラデクが噛み付くと、それまで黙っていたジェスがおずおずと口をひらいた。


「先輩、大丈夫ですから。どうか私に行かせてください」


 彼女の懇願の眼差しに、ラデクはうっと詰まって何も言えなくなる。

 

(そんなに心配ならわしが彼女についていってやろう。お前は留守番しておれ)

「いや俺が行く」


 思念で話しかけてくるズーイーの提案はラデクによってすぐに却下された。

 アキはふと、前回の出張で見た彼の魔術を思い出す。ズーイーが行けば簡単にことは片付きそうなものだが、と疑問を抱いていると、彼はアキの方を見て口を開いた。


『できればわしらの魔術はあまり人様に見せたくないんじゃ』

『あぁ、なるほど』


 彼らの膨大な魔力を目の当たりにした民衆が、妙な噂をたてるかもしれない。そうなれば、他国へ彼らの噂が流れることにもなりかねない。

 彼らは外国から来た客員教授として席を置いているのだが、教えているのはアラルト古語や魔術史、薬学、といった当たり障りのないものになっている。

 ちなみにアラルト古語などというマニアックすぎる授業をとる生徒は王立学校全生徒中3人という状態で、来年には早々に授業が廃止になるのではないかというもっぱらの噂だ。


「だいたい怪物ってなんだよ じいさん心当たりねぇの?」

(あるわけないじゃろ わしらを何だと思っとる)


 アキは、目の前で繰り広げられるやり取りに口をはさんでいいものか思案していると、リーアンが彼女を見て口をひらいた。


「モリナーさんも一緒に行ってくださることだし、心配は無用じゃろうて」


 思わずアキは首を振って否定の意を伝える。護衛の面では自分はまったく当てにならないぞ、とアキは心の中で思った。


「それに、怪物とやらが喋るかもしれんしの」


 茶目っ気たっぷりに言ったリーアンの言葉は、ラデクを半目にさせるだけだった。


「じゃぁ、今回第二兵団から派遣されるのはファズーさんとジェスの二人ということでいいですね」

「あぁ、すまんがよろしく頼むぞ」


 軽く打ち合わせを終えると、アキは再び執務室に戻ろうと踵を返した。戸口に向かう彼女に、ラデクが唐突に声をかけてきた。


「そういえばモリナー殿、ご婚約おめでとうございます」

「へっ?」

 

 不意打ちのようにして掛けられたその言葉に、アキはぴしりと固まる。おそるおそる振り返ると、ラデクがニヤリと不敵に笑った。

 側ではリーアンやジェスが驚いた顔でラデクとアキを交互に見ている。なぜ知っているのかと思えば、それは当然イゼルから聞いたのだろうが、今ここで言われるとものすごく恥ずかしい。

 アキは小さな声でもごもごと礼を言うと、逃げるようにしてそこを去ったのだった。


 ウェルドラまでは王都から馬車で半日もかからない。今回はアキ自身に重要な使命があるわけではなかったので、幾分気楽ではあった。

 前回に引き続き、またもや急な出張となったが、アキの心は浮足立っていた。

 何より、アキとジェスに宿泊所を提供してくれることになったのが、地域の有力者でもあるトリヤーナの実家だと聞き、彼女に会って話を聞かなければ、と別の使命感に燃えていた。

 もう一つ思い浮かぶのは、二週間ぶりに会うことになる婚約者の顔だった。


(イゼルさんに会える)


 もう長いこと会っていない気がする。

 彼女は、貴重な逢瀬がまたもや仕事上でのものになっていることには気づいていなかった。

 



 翌日、アキとジェス、ラデクの三人は追加で派遣される小隊と共に、第一兵団の門戸にいた。


「忘れ物はないか?」

「はい」

「気分が悪くなったら遠慮せず言うんだぞ」

「はい」

「トイレはすませたか?」

「はい」


 まるで母親のように甲斐甲斐しくジェスの世話をするラデクの姿を、遠巻きに小隊の兵士たちが見ている。最後の一言は余計なのでは? とアキは思ったが、二人の顔はいたって真剣だったので黙っておいた。


「モリナー殿」


 アキが自分を呼ぶ声に振り向くと、そこにはいつぞやの金髪の青年がいた。


「えっと……」

「ファリス・キャドックです」


 咄嗟に名前が思い出せずアキが冷や汗をかいていると、それを見越した彼の方から名乗ってくれた。


「この度はご婚約、おめでとうございます」

「あ、ありがとうございます」


 またか、とアキは若干イゼルのことを恨みがましく思った。彼の知人に会うたびに言われるのは正直こっ恥ずかしい。アキは急に熱くなる頬に思わず手の甲を押し当てた。


「……なるほど」


 照れた様子のアキを見ると、ファリスは目を見開き何やら一人で納得したようにつぶやいた。


「あの、なにか?」

「いえ、これは失礼」


 どこか居心地の悪いファリスの視線にアキが問うと、彼は爽やかな顔で微笑んだ。アキは思わず太陽を見やるように目を細めたくなった。なんというか、イゼルとはまた違ったタイプの随分と華やかな青年だ、と彼女は思った。


「イゼルのこと、どうかよろしく頼みます」


 ファリスは急に顔を引き締めると、軽く頭をさげてきた。慌ててアキも恐縮して頭をさげる。


「クソ真面目な堅物ですが、いいヤツなんでオススメですよって、以前お会いした時に言いたかったんですけどね」

「あ、あの時……」


 そういえば彼は当初、自分とイゼルの見合いについて反対していたのでは? と初めて会った時のこと思い出す。やや上目遣いになりながら見やる彼の顔に他意はなさそうで、心から友人のことを心配しているようだった。


「時々スト……変な行動をとるかもしれませんが、大目にみてやってください」

 

 ストーカーと言いかけて、慌てて言い直すファリスに、不穏なものを感じたアキが眉をひそめると、彼は慌てて手を振った。


「いや、何でもないです。あいつのこと見捨てないでやってください」


 ファリスは冗談めかして言った。

 ふと、アキはその言葉が脳裏にひっかかる。見捨てられるとしたら自分の方ではないのか。突然湧いてくる悲観的な思考に無理やり蓋をする。

 これからも彼と一緒にいたい、という気持ちだけでここまで来てしまったが、未だに彼女は自分に自信がもてなかった。

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