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23 想定外の受験者

 その日は、めずらしく朝から雪が降っていた。春の訪れが他国より一月遅いヴェルフェランではあるが、誰もが今季はもう降らないだろう、と思った矢先のことだった。

 執務室の窓辺からちらちらと舞う白いものを見て、アキは顔をしかめた。ここ数日でせっかく溶けた雪が、みるみるうちにまた積もっていく。

 小さい頃は雪が大好きだったのに、この世界に来てからは、あまりにも日常の光景すぎて情緒を感じる気持ちが失せてしまったのだ。


 今日は王立学校の入学試験が行われるのである。例年であればそれは、冬の峠を超えた穏やかな日になるはずが、今日はこの有様だ。

 アキは、試験を受けに来た若者たちのことを哀れに思ったが、自分にとっては遠い昔に終わったことだったので、所詮は他人事と思っていたのだ。それまでは。


「ちょっといいか」


 入学試験から数日後のことである。昼過ぎになり、急な会議に呼ばれて戻ってきたコンラスが神妙な顔でアキに声をかけてきた。慌ててアキが身構える。

 こういう時のコンラスは面倒事を押し付けようとしている、と彼女が察すると、コンラスは手をふって「そう大したことじゃない」と言った。

 

「士官学校の受験生のことでちょっとした問題が発生した」


 そこでアキは、士官学校の方も受験が行われていたことに初めて気がつく。言われてみればあちらも兵団直轄ではあるが王立学校の一部であった。

 ということはかつてはイゼルも受験したのか、などと思考をとばしていると、コンラスが一緒についてこい、とアキをうながした。

 どこへ行くのかと問えば、第二兵団の棟だという。彼はアキの歩幅を全く考慮しない大股で回廊を歩きながら説明をはじめた。


 士官学校の受験では、共通の受験科目だけではなく、希望する進路に応じた適正検査が行われる。例えば、第一兵団希望であれば体力測定、第二兵団希望であれば、魔力の測定というものである。

 もっともこれはあくまで測定であるので、基準値を満たしていれば、その時点で剣術や体術が出来なかったり、魔術の心得がなくても問題はなく、門戸は誰にでも平等に開かれている、のだが。


「めずらしく魔力測定で高い数値を叩き出したやつがいてな」


 国家規模の魔力を有するものは極めて少ない。そのあおりを受けているのがラデクである。普通程度の魔力を有するものは、もっぱら地方へと配属される。


「問題はそいつの性別だ」


 棟についたコンラスとアキが中に入ると、そこにはリーアンと魔術師長、一人の少年が椅子に腰掛けている。

 少しくせのある短い黒髪に眼鏡姿の彼は、少年というには随分と華奢な印象だった。レンズの向こうにある緑色の瞳が不安げに揺れている。どこか子猫を思わせる容貌だった。

 コンラスは魔術師長から一枚の紙を受け取ると、さっと目を通してアキによこした。


氏名 ジェス・ロット

年齢 18歳

性別 女性

魔力 有 (強)


 アキは何度も読み直し、目の前の椅子に座っている儚げな少年を見やる。彼女の手にした身体測定調査票には、しっかりと女性であることが示されていた。


「当分の間、こいつの面倒をみてやって欲しい」


 コンラスがそう言うと、目の前の少年もとい少女はアキの顔を見て、少しホッとしたような表情を見せた。


 士官学校の募集要項では性別に関することは特に明記されていない。しかし、それは暗黙の了解となっていた。親に内緒で試験を受けにきた彼女は、性別を偽るためにその長い髪を切り、男装で挑んだ。身体測定でばれてしまうことにまで気が回らなかったのは若さゆえだろう。


 彼女の持つ魔力は近年まれに見るレベルだった。すぐに第二兵団へと伝達が行くと、彼女の親も交えての緊急会議が開かれた。

 前例のないそれに、一同はどう扱えばよいのか頭を悩ませた。第二兵団としては喉から手が出るほど欲しい人材ではある。

 意外にも、彼女の入団を後押ししたのはヨラス・ハウラ国王陛下だったという。


「かつて私が隣国に留学したときにも、魔術師を志す女性がいた。恐らく今頃は立派な魔術師となって活躍していることだろう」


 めずらしく思い出にふけるヨラスの表情は、どこか切なげであったという。

 国王たっての希望により、彼女の扱いは仮入団ということで話がまとまった。


「第二兵団の平均年齢が5歳さがった」


 誰よりもそのことに喜んだのはラデクである。ちなみに第二兵団の平均年齢は50を超えているので焼け石に水だった。

 まるでどこぞの少子高齢化に悩む田舎町の平均年齢のようだが、この数字を大きく引き上げている犯人はリーアンとイェスラ王国の生き残り三人組である。

 もっとも、彼らの正確な年齢は誰も知らない。先の大戦を魔術師長という最高位で経験しているのだから、最低でもこのぐらいであろう、という推測である。

 少なくともリーアンに関しては兵団に所属した時の書類が残っていれば分かるのだろうが、そこまでする気力は誰も持ち合わせていなかった。


「ついに、ついに俺にも後輩が……!!」


 ラデクの浮かれようは傍から見ても異常なほどだった。

 いつものように第一兵団にいりびたっていた彼は、まだ勤務中のイゼル達が迷惑そうな顔をするのも意に介せず吹聴してまわった。

 見知った顔にいちいち報告をしてくるラデクに、彼らは「あ、よかったですね」と適当にあしらっていた。


「へぇ、どんなやつなんです?」


 ちょうど警らから戻ったファリスが一応反応してやると、ラデクは待っていましたとばかりに目を輝かせた。


「聞いて驚くな、18歳の女の子だ」

「はぁ!?」


 それまで生温かい目でラデクのことを見ていた兵団の若者達が一斉に顔色を変えて目を剥く。うそだろ、とか、ずるい、とかのささやき声がそこかしこから聞こえてくる。


「第二兵団って女性も入団できたんですか」


 冷静なファリスの突っ込みに、ラデクはニヤリと笑った。


「兵団の募集要項にははっきりと明記されていないからな」


 またもや周囲から、何それずるい、というつぶやき声が漏れ聞こえてきた。


「もしうちが募集したらお前らの女版がくることになるんだぞ」


 女性との触れ合いに飢えている第一兵団の面々に、ファリスが夢を打ち砕くような言葉を投げかける。想像してしまった彼らも急に目が覚めたのか、それぞれ自分の仕事に戻るため動き出した。


「寮はどうするんです?」


 散り散りに去っていく部下たちの後ろ姿を呆れた様子で眺めながらファリスが問うと、ラデクは急に思い出したような顔をした。この城には女性専用の寮が無いのだ。


「当面、モリナー秘書官の所でお世話になるらしいぞ」

 

 その言葉に、事務仕事をしていたイゼルががばりと顔をあげる。


「先輩、今なんと?」


 それまで完全に無視を決め込んでいたイゼルの突然の食いつき具合にラデクは若干おののきつつ、気を取り直して人の悪い笑みを浮かべた。


「だから、モリナー秘書官の所に一緒に住むそうだぞ」

「その女性の素性を詳しく教えて下さい」


 ラデクの言葉にイゼルは食い気味で言う。ラデクが「聞いてどうする気だ」と茶化す雰囲気で言うも、イゼルは怖いくらい真剣な顔で「アキ殿に害を及ぼすものかどうか知りたいのです」と更に食い下がってきた。


「なぁお前、モリナー秘書官とどうなってるんだ?」


 どこか尋常でない様子のイゼルにラデクは核心にせまった。隣ではファリスも心配そうな顔をしている。


「この度婚約しました」

「は?」


 イゼルがいつもの淡々とした表情で答えると、途端に周囲は騒然としだす。


「……お前なんで今までだまってた」

「聞かれなかったからだ」 

 

 気の抜けた表情で問うファリスに、イゼルは悪びれもせずそう言うと、少しは思い当たることがあるのか、彼にだけ聞こえる小さな声で「すまん」と言った。


「よしよし、これは詳しく話を聞かないといけねぇよな」


 ラデクが自分より上背のあるイゼルの肩に腕を回して押さえ込む。イゼルは助けを求めるようにファリスの方を見やったが、彼は肩をすくめるだけだった。

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