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18 帰還

 旅程を強行突破したおかげで復路は薄暗いもののまだ明るかった。老人たちは時々、馬車の外に流れる景色を見ては何かをぽつりぽつりと話す。

 そう言えば名前を聞いてなかったと思い、アキは改めて自己紹介をはじめた。


『私はこの国のバルテモン宰相のもとで秘書をしているアキ・モリナーといいます』


 目の前に座る首飾りの持ち主は『ズーイー』と名乗った。


『こっちの二人はゴーファとドーヴァじゃ』


 窓際に座る髪を編み込みにしている彼と、髭を編み込みしている彼がそれぞれ軽く会釈をする。

 聞けば二人は双子だと言う。確かに似ているが、ズーイーも似た背格好なので三人揃うと三つ子のようだった。


『リーアンさんとはどういった経緯なんですか』

『わしは三十年前の戦争で死にかけてな、そこをあやつが通りかかって助けられた』


 彼は先の大戦で消滅したイェスラ王国の魔術師長だった。

 彼の国の魔術師達は皆、古代魔術が外部へと漏れて悪用されないようにと、あらゆる言語を封印されたため古語しか話せなかったらしい。術をかけた本人が戦死したため、呪いとも呼べるその魔術は永遠に解けることがなかった。

 ズーイーは自分がイェスラ国の生き残りであることが分からないように、リーアンとは言葉を交わさなかったと言う。


『その首飾りは代々魔術師長が引き継ぐものなのじゃが、その頃にはもう国は無くなっておった。二束三文かもしれんが礼の代わりにとあやつに渡したのじゃ』


 アキは首元の金属片を指でなでては裏返してみたりと改めて観察してみる。代々引き継ぐもの、という言葉の重みを感じ、何か特殊な金属だったりするのだろうかと思って問えば、『ただの銀じゃ』とズーイーは言った。


『それに時々作り直したりもするから別にそこまで古いものでもない』


 その言葉にアキは少しがっかりした。


 しばらくすると辺りは暗くなり、窓の外を見ても暗闇の中に自分の顔が映るだけになった。

 アキは、体中が筋肉痛になる前触れのような気だるさを覚えながらうとうととしていると、馬のいななきが聞こえ馬車がとまる。

 扉をあけて「休憩です」と簡潔に言うイゼルについて馬車を降りると、外は暗闇に包まれており、彼の持つランプのみがその周辺を薄暗く照らしていた。


「イゼルさんが護衛で同行してくださって本当に助かりました」


 降りるなり甲斐甲斐しく茶を注ぐイゼルにアキが言う。ここまでスムーズに来れたのは、土地勘のあるイゼルのお陰だと思ったのだ。おまけにイゼルが何から何まで準備をしてくれるので、強行軍ではあるがコンラスと出張する時よりもよっぽど楽だった。

 イゼルは何も言わずわずかに口角をあげて微笑むと、照れ隠しなのか立ち上がって馬の世話に向かった。

 アキがカップに口をつけると、ふと昨晩の記憶が鮮明に蘇る。それは馬車の中で飲んだハーブティーと同じものだった。今朝飲んだものも今思えば似ていた。


「イゼルさん、このお茶ってどこのものです?」

「これは、俺の実家で作っているハーブをブレンドしたものです」


 アキが詳しく話を聞くと、どうやら今朝のは昨晩と少し違うブレンドらしい。彼の家ではその都度、使う時の状況に応じて調合を変える。昨晩は実家から送ってもらった残りがあったので、それを使ったのだと言う。


「昨晩のものと今のものには気分を落ち着かせる効果のあるハーブを入れています」


 感心するアキに、「帰ったらお分けします」とイゼルは約束をした。


 日付が変わる直前に、無事ブレヒンゲルに到着すると、アキはやっと肩のあたりのこわばりがとけた気がした。

 たった一日の間のことだったが、随分と長く王都を離れていたような気がしてくる。

 イゼルが馬車を夜勤中の兵士に預けると、一同はそのまま会議室へと向かうことになった。


「第二分隊長オルファンです。モリナー秘書官および亡命者三名と共にただいま帰還いたしました」 


 イゼルが扉の前で敬礼をして部屋に入ると、中ではコンラスと副官、ツァレトフ団長、第二兵団の上層部の面々が出迎えた。

 ズーイーがそこにリーアンの顔を見つけると、そっと手をあげて会釈した。リーアンも少し目を見開いて、手をあげてそれに応える。

 まるで久しぶりに会った友人に対するような仕草に、一同は何か言いたげな顔で二人を交互に見やった。付き人としてそばにいたラデクは顔を引きつらせている。


「ご苦労だった」


 コンラスが手短に労いの言葉をかけると、五人に席につくようにうながした。


「さて、疲れているところを悪いが報告を頼む」


 若干疲労の滲む顔でコンラスが手を組む。昨日からの事後処理に追われ、恐らく彼も昨日からろくに寝ていないのだろう。

 アキは三人の名前を紹介すると、まず馬車の中で聞いた三十年前の話を説明した。


「やはり、あの時に会ったのはズーイー殿であったか」


 リーアンが懐かしそうに頷き、二人はそれぞれ過去に思いをはせるが、周囲は眉をひそめてヒソヒソと話しだした。


「もしやこの国に亡命を希望したのはリーアン様を頼って……?」


 魔術師長が恐る恐るといった様子で聞くのをアキが通訳してやると、ズーイーは『会話をせなんだから、そもそもこやつがこの国におることは知らなかった』と言う。


「なぜベレス国を選ばなかったんだ? あそこはこの世界で一番魔術が発達している国だ。じいさん達を喜んで引き取ってくれそうだぞ」


 ラデクが側でボソリと呟くと、第二兵団の面々は互いに頷きあった。


『わしらは自分たちが危険人物であることを分かっておる。だから一番問題がなさそうな国を選んだんじゃ。この国は先の戦争で蚊帳の外だったでな』

「……こっちも一国の結界をダウンさせるような人間兵器なんて引き取りたくないんですけど」


 ラデクの言葉にリーアンがたしなめるような顔をするが、コンラスをはじめとする上層部の者たちも同意見のようだった。


 ズーイー達はとにかく、自分たちの持つ規格外な魔力と古代魔術が悪用されることを恐れた。この三十年間、身を潜めるように放浪生活をしていたが、どこにも自分たちの居場所はなかったと言う。

 今はただ静かな余生を送りたい、とズーイーは話を締めくくった。


「……失礼だが年齢を伺いたい」


 コンラスの疑問はもっともで、周囲にいたものも息をひそめてその答えを聞き逃すまいとしている。ちらりとリーアンの顔を見やるものもいた。アキは彼らの期待に応えるべくズーイー達に問いかける。


『ズーイーはわしらより十ばかり上だったじゃろ』

『わしの記憶が確かであれば八つ上だった』

『いや五つ上だったか』

『十一だったかもしれん』


 双子が口々に喋りだした途端、第二兵団を中心とした面々が一斉にざわつく。

 やがてアキは申し訳なさそうに口を開いた。


「忘れたそうです」


 国王への報告の後、処遇については再度話し合ってから通達する、とのことでその場はひとまずお開きとなった。


『どれ、結界の様子を見てきてやろうか』


 まるで畑を見に行く農夫のような口ぶりで、三人の老人は第二兵団に連れられて部屋を後にした。

 アキはリーアンに首飾りを返すと共に通訳として同行を申し出たが、彼は「何とかなるじゃろう」と言ってアキに休むよううながした。

 やるべきことを終えたアキは、コンラスの許可を得てそのまま仮眠に向かうことにした。


 イゼルにも何か声をかけようと思ったのだが、彼は団長と打ち合わせをしているようだったので邪魔をしないようにそっと廊下を出る。

 少しひんやりとした空気がアキの頬を撫でた。彼女は疲れてはいたが、ひと仕事を終えた後の妙に高揚した気分に包まれていた。何だか一杯やりたい気分である。


「アキ殿」


 しばらく歩いていると、背後から聞き覚えのある声がして振り向く。いつの間にかイゼルが追いついていた。


「イゼルさん、今回は本当にありがとうございました」


 こちらまで大股で歩いてくる彼にアキが頭をさげて顔をあげると、イゼルは彼女を見下ろす近さまで来ていた。


「あなたのお役にたてたのなら良かった」


 そう言って彼も少し肩の荷が降りたのか、いくぶん表情をやわらげた。


「……アキ殿は、明日はいつも通りの出勤ですか?」

「午後からに調整してもらいました」

「俺も、午後からの勤務になりました」


 二人は一拍置いて見つめ合った。イゼルは何か言いたげな顔をしているがそれ以上は何も言わなかった。

 気づいたらアキは大胆な誘いをかけていた。


「……一杯飲みますか?」


 どう考えてもイゼルの方が疲れているだろうし早く部屋に戻って眠りたいだろうから、アキは当然断られるだろうと思っていた。


「ぜひ」


 イゼルはアキの言葉を待っていたかのようだった。嬉しそうに微笑む彼に見惚れながら、そういえばこの男は社交辞令というものを知らないひとだったな、と思い出した。

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