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17 ファーストコンタクト

 イゼル達が少し離れた所に剣を積むのを見届けると、アキはもう一度アラルト古語で話しかけることにした。


『私達に敵意はないです。武器も持っていません。どうか出てきてください』


 再びアキの声が森の中にこだまするも、風が出ているのか木々のざわめきが返ってくるだけだった。


「どうしよう……」


 突然、山道から小枝の折れる乾いた音がして皆が一斉に振り向くと、そこには小柄な老人が立っていた。顎に蓄えた髭は、腰まで伸びた白髪と同じくらい長く、まるで仙人のようだとアキは思った。

 彼は、アキの胸元にある円形の金属片を見て目を見開き、そして懐かしむような顔をした。


『すまないのう。そこの兄ちゃんの顔が怖くてすぐに出れなんだ……』


 アラルト古語で話しかけてきた老人は、アキの側で守護霊の様に控えているイゼルの方をちらりと見た。


『彼に敵意はありません。緊張して警戒しているだけなんです……』


 イゼルの方を見ると、相変わらず険しい顔つきで彼を睨んでいる。他の二人も緊張した面持ちで老人の方を見ていた。


「イゼルさん、大丈夫ですから」


 アキがイゼルの腕を引っ張ると、彼は少し表情を緩めて困ったような顔をした。


『他の方達は』

『少し先にある小屋におる。すまんがついてきてくれるか』


 老人はイゼル達の剣に顔を向けると、そこに向けて手をかざした。その瞬間、三本の剣が消えてしまった。


『ちょっと預からせてもらうぞ』

「!」


一瞬何が起こったのか分からなくなるも、すぐに意識を戻したイゼル達が一斉に警戒態勢に入り殺気立つ。


『時が来たら返すからそう怒りなさんな』

「……いずれ返すから、と言ってます」


 イゼルはものすごく不本意そうな顔で老人を睨みつけている。兵士である彼にとって、剣は大事な仕事道具だろう。アキはイゼルのことが少し可哀想に思えた。


 四人が老人に先導されて荒れた山道を登ると、少しひらけたところに随分と古い造りの掘立て小屋があった。


「先程はなかったのに……」


 イゼルが呆然としていると、彼の表情を汲んだ老人は『少し隠してたんじゃ』と言った。


『迎えが来たぞ』


 彼が隙間風が入りそうなガタつく扉を開けると、中には同じように小柄な老人が立っていた。一人は髪を凝った編み込みにしており、もう一人は長い髭をこれまた随分と凝った編み込みにしていた。


『いやぁ助かった助かった。もう雪が降るんでこれまでかと思っとったんじゃ』

『こんなあばら屋までよう来てくれたのう。さぁ、まずはおあがんなさい』


 二人が同時に喋り出すと、イゼル達三人の顔が盛大にひきつった。いたって平和な会話なのに、アラルト語が分からない者には未知の呪文のように聞こえるらしい。魔術師の男は特に、慣れない様子で顔をしかめている。


「……なんか強力な詠唱を聞いているようでゾワゾワする」


 彼は苦悶の表情を浮かべて耳を押さえた。

 中に入ると意外にもこざっぱりとした住まいになっていた。床には毛皮が敷かれ、先程の避難小屋よりもよっぽど快適そうである。


「いつの間にこんな小屋が……」


 イゼルの友人が呆気に取られて呟く。中央には石組の簡素な釜の中で薪が燃えていた。


『薬草茶でも飲んでいきなされ』

『干し肉もあるぞ』


例の編み込みの二人は久しぶりに自分たち以外の人と話したようで、少しばかり興奮していた。


「アキ殿、今日中に帰路につくために昼すぎまでには山を降りたい。その様に伝えてもらえますか?」


 アキがイゼルの言葉を通訳すると、彼らは残念そうな顔をした。


『なんだもう帰るんか』

『もう少しゆっくりしていきなさい』

『いえ、そうではなくて』

『お前さん達も一緒に山を降りるんだぞ』


 最初に出会った老人が呆れたように声をかけると、二人はまた嬉しそうな顔になった。


『そういえばお嬢さんは、ずいぶんと懐かしいものをつけておるの』

『それを最後に見たのは30年前くらいじゃったか?』


 アキがリーアンから預かった首飾りを見て、二人は口々に話しかけてきた。近くで魔術師の彼が「頼むから二人で話すのをやめてくれ……」と言っているのが聞こえてくる。


『これが何かご存知なのですか?』


アキが聞くと、最初の老人が口をはさんだ。


『知ってるも何も、わしのものじゃよ』


 アキが慌てて返そうとすると、彼は手をあげて制した。


『これは命の恩人にあげたものなんじゃ』

『それって、もしかしてリーアン様のことですか!?』

『名は知らん』


 興奮するアキに、彼は肩をすくめてみせる。


『そうか。もうおらんのか』


 彼は寂しげな顔で呟くと、アキが手に持つ首飾りを顎でしゃくってみせた。


『お前さんがそれを持っとるということは、あやつはもう死んでしまったんじゃろ?』

『……いえ、とても元気でいらっしゃいますよ』



 早く山を降りたいのか、空に昇る日の動きを見ながらソワソワしだすイゼルに急かされて、三人はパンパンに膨らんだ背嚢を背負うと、釜の火を消して外に出た。


『この小屋はもともと崩れかけていた避難小屋を直したものなんじゃが、片付けた方がいいか?』


 老人の言葉をアキが伝えると、検問所の二人は話し合ってから頷いた。廃道まで見回る必要がでてくるため、防犯のためにも無くした方がいいだろうということだった。

 老人は皆に離れるように言いおいて両手をかざし軽く何かをつぶやいた。それは呪文であったのだが、アキには『無に還れ』と一部だけが聞きとれた。

 イゼルは迅速に動き、アキに自分の後ろにさがるよう手を引いた。その瞬間、小屋は大きな音をたてて崩れ去っていく。

 ものの数秒で瓦礫の山となったそれに、老人はさらに両手をかざして何か小さく呟いた。木片は更に粉々になり、木くずが風に舞う。

 あっという間に更地となった土地に魔術師の目が、驚愕に見開かれている。あっけにとられた面々に老人が振り返ると、『では行こうか』とだけ言った。


 いくら目の前で見せられた魔術がすごかろうと、どう見ても彼らは後期高齢者である。どうやってこの山道を降りるのだろうとアキは不安を覚えてイゼルを見やった。


「自分たちで何とかするでしょう」


 彼の返事は素っ気なかったが、やがてアキはその心配が杞憂だと分かった。急な山道を降りて行くと、次第にアキは膝がガクガクしてくるのを感じたが、彼らはとても老人とは思えない身軽さで降りていくのだ。

 岩と岩の間を跳ぶように降りていく常人離れした動きを見ていると、なんだか自分がとても平凡に思えてくる。


 行きよりもだいぶ短い時間で山を降りると、アキは笑う足を引きずりながら検問所の魔法陣を借りて城への報告をすませた。通常は難民の申請などはこの場で行い審査もされるため、時には数日の時間を要することもあるのだが、今回はすぐにブレヒンゲルに直行することになった。

 事務室に戻ると、イゼルたちはようやく剣を返してもらえたようで、彼らはまるで自分の分身が戻ってきたかのようにホッとしていた。

 検問所の二人に別れを告げると。そこからは馬でイゼルの実家へと向かう。こちらから連れてきた馬は一頭のみだったが、検問所から借りた三頭は後から回収に来てもらうよう話がついていた。


 イゼルの家に着くと、彼の家族は三人の奇妙な老人を見て、やはり何か言いたげにイゼルやアキの方を見るが、彼から守秘義務だとでも言われているのか何も聞いてはこなかった。

 アキも手短に説明をする自信がなかったのでありがたかった。三人も山の上ではやたら饒舌だったのに、なぜか一言も口をきいてこない。


 やがて、少し早めの夕飯にすることになり、アキはようやく朝以来の食事らしい食事にありつくことができた。

 食卓にはライ麦のパンと穀物のスープ、鳥のバターフライに根野菜のオーブン焼き、デザートにはスパイスがほのかに香る焼きリンゴまでついてきた。


「このスープとても美味しいですね」


 今までに食べたことのない味に感激してアキが言うと、ラナが控えめに微笑んだ。穀物を発酵させて、鶏ガラスープでのばしたものらしい。聞けば、厳しい土地柄なのか発酵食品が結構多いらしい。まろやかな酸味が後を引く。


「また日を改めてご馳走しますから、是非いらしてくださいね」


 帰り際のその言葉にアキは内心ホッとした。今回の騒動で、二度と来るなと言われてもおかしくないと思っていたからだ。


 一同は慌ただしく馬車に乗り込むと、王都へと帰路を急いだ。


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