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14 四度目の爆破

 収穫祭から一月ほどたったある日のこと、短い秋の終わりを告げるかのように王都に雪がちらつき始めた。今年は随分と早く、近辺の山々の頂が白く見えている。本格的に降り出すまではまだ猶予はありそうだったが、朝晩の冷え込みがそう遠くない冬の訪れを予感させた。

 今日はポトフにしようか、と夕飯の献立を考えながら出勤したアキはその日、いつものように平和な一日を過ごすと信じて疑わなかった。

 昼過ぎのこと、執務室へ四度目の爆破が起きたとの報告が入る。予想通り、東城門付近で起きたそれは、大胆にも結界そのものへの攻撃だった。軽い損傷であったが何故か一時ダウンを起こし、城内は騒然となる。駆けつけた第二兵団が復旧にあたり、すぐに結界は起動しはじめた。問題はそこからだった。

 ホッとしたのもつかの間、突然、城内の各所に見たこともない魔法陣が現われたかと思うと、そこから聞いたこともない呪文のような言葉が流れだす。執務室の床にも現れたそれに、すわ呪詛か!?と緊張がピークに達したところで、焦るコンラスにアキがおずおずと声をかけた。


「……どうもこれ、救助要請みたいなんですが」


 アキは慌てて聞き取った言葉を走り書きしていくと、いまだ硬い表情のコンラスに文面を読み上げた。


「こんにちは。私達はイェスラ国から来た者です。貴国に亡命の申請と救助を求めます」

「……本当にそう言ってるのか?」

「はい……あ、文言が変わった。えっと『場所はアレス山脈沿いの北部国境付近』だそうです」

「……ちょっとついて来い!」


 コンラスは何か思いついたのか、アキに声をかけるなりすごい勢いで部屋を出ていった。急いでアキもその後を追う。廊下では青ざめた顔で立ちすくんだままの人が数多くいた。

 コンラスは第二兵団の棟へと向かうと扉を蹴破る勢いでその中に入った。


「誰か! 音声転送魔術を頼む!」


 部屋の中には驚いた顔のリーアンとラデクがいた。他の魔術師は皆復旧にあたるため出払っているようだった。いつもの転送用魔法陣のすぐ近くに、謎の魔法陣が浮かび上がり、二人はそこで何やら解析を試みていた。


「これは呪詛ではなく救助要請だ!」


 そのコンラスの一言に、リーアンは納得したように少し表情を緩めた。


「呪詛にしては聞いたことのないものだし、何よりも攻撃性が全く感じられないから不思議じゃったんだが」

「イェスラ国の者だと言っている」


 コンラスがアキに促すと、彼女はもう一度、書き取った言葉を読み上げた。


「モリナーさんは、この言葉が分かるんか?」


 目を丸く見開くリーアンにアキは頷いてみせた。


「イェスラ国は先の戦争で滅んだと聞いておるが……」


 訝しむリーアンに、コンラスが急き立てるように口を開いた。


「ともかく、今すぐこいつに会話をさせてください」

「相分かった。ラデク、できるかの?」


 アキはコンラスに押しやられるようにして謎の魔法陣の方に向かった。ラデクに円の中に入るよう促され、恐る恐る足を伸ばす。彼女が不安げに円の上に立つのを見届けると、彼は詠唱をはじめた。アキにはその呪文がいつもと同じなのかどうかも分からず、どのタイミングで話せば良いのか思案していたら、唐突にラデクの詠唱が止みリーアンが話しかけてきた。


「繋がったかどうかちょいと話してみなされ」


 アキがすがるようにコンラスを仰ぎ見ると、両腕を組んで声には出さずに「話せ」とだけ口を動かしてきた。彼女は緊張で胃が痛くなってくるのを感じながら意を決したように口を開く。


『……こんにちは こちらはヴェルフェラン こちらはヴェルフェラン』


 わずかに遅れてアキの声が城内にこだました。各所に現れた魔法陣全てに通じているようである。

 すぐに魔法陣の向こうから喜ぶような数人の歓声が聞こえてきた。アキがコンラスに目で繋がったことを伝えると、彼は一歩前にでて彼女に指示を出した。


「よし、俺の代理として話せ」


 それは他国の使節が来訪したときと同じことだったのだが、こんなに緊張した状態での通訳は久しぶりだった。アキは自分を落ち着かせるようにひと呼吸し頷く。

「私はヴェルフェラン王国宰相のコンラス・バルテモンだ。貴殿方にいくつか質問をしたい」

 まず、救助が急を要するものなのか、怪我人はいるのか、などだった。コンラスの質問をアキが通訳してやると、要請してきた相手は三名で、元気ではあるがだいぶ高齢であることと冬が来る前に何とか定住場所を確保したい、とのことだった。

 ちなみにヴェルフェラン語はおろか大陸公用語であるアレス語も話せないらしい。事がそこまで切迫したものではないことを確認したうえで、コンラスはことの核心に迫った。


「なぜこんな大掛かりなことをした。どうやって結界の中に入った。事によっては領土侵犯の重罪人となるぞ」


 ふと戸口のあたりが騒がしくなり、一瞬だけアキがそちらを見やると、話を聞いて駆けつけてきたのか第一兵団の兵士が数名入ってきた。見慣れたアイスグレーの瞳と目が合うと、彼女は緊張ではりつめていた息を吐いた。彼は何かあったらすぐに動けるようにと周りの部下に指示をだしている。


『えっと、亡命申請であればそちらの検問所でもできたと思うのですが、なぜ結界を破ってまでこちらに要請をされたのでしょうか?』


 アキが、少しばかりきつい上司の言葉を幾分やわらげながら問う。

 彼らは最初、検問に申請をしようとしたのだが、言葉は通じないし怪しまれて騒がれると困る身上なのでこのような手段をとったとのことだった。


「……より穏便にすませるために、この様な手段をとったと言っています」


 アキが説明すると「これのどこが穏便?」とコンラスが苛立たしげに顔をしかめる。


「まぁ、イェスラ国の生き残りであることが本当ならば、そうせざるを得なかったのかもしれん」


 リーアンが訳知り顔で呟くが、この場にいた誰もが三十年前の大戦を経験していないため、その言葉が何を意味するのか分からなかった。

 彼らはより事情に詳しいものがいるであろう城内に直接救助を求めようと思ったが、結界に阻まれて魔術を送れなかった。爆破事件に見せかけて結界に徐々に細工を施し、ダウンしたところで救助を求めた、という経緯だった。


「冬が来る前に何とかしたくて焦ってしまったそうです……」

「物騒にもほどがあるだろ」


 ラデクが呆然とした顔で呟く。


「事情は分かったが細部をつめるのに少し時間が欲しい。また繋げることはできるか?」


 コンラスの最後の言葉はラデクに向けられたもので、彼は首を縦にふった。アキが先方に、夕刻にもう一度繋げることを約束すると、一度音声転送魔術を止めることにした。


「リーアン殿、どう思われますか」


 大きなため息をついてコンラスが助言を求めた。


「わしは本当じゃと思うよ」

「……不審な点しか見当たらないのですが」


 リーアンによればイェスラ国はその昔、彼の知る限りでは唯一古代魔術を操ると噂されていた小国であったという。

 大戦時には古の魔術が流出することを恐れた魔術師たちによって自滅し、ひっそりと歴史から姿を消したそうだ。呪詛のように聞こえたのはどうもアラルト古語というもののようである。


「わしも昔文献でしか見たことがなくて気付けなんだが、この魔法円は確かに古語で構成されているようじゃ」


 先程まで青い光を帯びていたそれを、リーアンが指差す。そこでコンラスが何かに気づいたように眉をひそめた。


「城に直接救助を要請したとしても、言葉が通じないのにどうするつもりだったんだ?」


 リーアンはアラルト古語を少し読むことができるが、発音が分からないので会話をすることができない。今でも物好きな言語学者がわずかに残る文献を読むために使用する場合があるが、話者はいない消滅言語であった。


「まぁ、わしであれば筆談で何とかできなくもない、かな」


 自信なさげに肩をすくめる彼の見解によれば、国境の検問所よりも、城内にいる魔術師の方が言語が分かるかもしれないという可能性にかけたのだろうということだった。


「なんにせよ、モリナーさんのおかげで助かったよ」


 リーアンがアキの方へ向くと、シワだらけの顔をさらにくしゃくしゃにして笑った。かの伝説の魔術師から面と向かって言われるとかなり照れくさい。そもそもこの能力は努力によって得たものではなかったのでアキの心境は少し複雑ではあったが、役に立てたのならこの世界に来た意味もあるというものだ。


「なぜうちに亡命なんかしようと考えたのか……全くいい迷惑だ」


 一方コンラスが吐き捨てるようにつぶやくと、リーアンがなだめるようにその肩を叩いた。


「実際に会ってより詳しい事情を聞くのが一番じゃろう」


 その後リーアンの指示のもと、戻ってきた第二兵団により解析が行われた。彼らを待つ間にアキとコンラスは、遅れてきた宰相副官や兵団長たちと合流し打ち合わせをすることにした。


「陛下の許可を得てからになるが、恐らくお前には早急に現地に行ってもらうことになる」


 この場でアラルト古語を使えるのはリーアンとアキだけであったが、後期高齢者であるリーアンを現地に連れて行くのは流石に無理があった。もっとも本人は同行したそうなそぶりを見せたのだが、魔術師長をはじめとする第二兵団からの猛反対により断念した。そのかわりに、とリーアンは、部屋の奥から持ってきた小さな布の袋をアキに渡した。


「相手に警戒されるかもしれん。もしかしたら何かの役に立つかもしれんので持っていきなさい」

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