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13 夫妻への挨拶

 爆破事件より二週間後の午後、ずれ込んだ有給をもぎとったイゼルはバルテモン家の門の前にいた。ツァレトフ団長おすすめの菓子店で購入した菓子折りを抱え、所在なさげに立っている。

 穏やかな陽光のなか、緊張しすぎてただでさえ鋭い眼光は周囲にいるものを射殺せるほどであったが、本人はそのことに全く気づいていない。大きく息を吸うと、意を決したのかその門戸をくぐって行った。




「あぁ、どうしましょう。紅茶の銘柄を間違えて買ってきてしまったわ。ねぇアキ、彼はこれでも大丈夫かしら」

「大丈夫ですよ」


 先程からやたらソワソワと忙しないアナをアキは笑いながらなだめる。

 今日はアナを手伝うために一足早く、アキはバルテモン邸へと向かっていたのだった。アナは、当事者であるアキよりもよっぽど緊張しているようだった。


「少し落ち着け」


 傍らで椅子に腰を下ろすコンラスが呆れて声をかけた。


「落ち着いてなんかいられますか。アキにお付き合いしている人が出来たのよ! 仕事しかしてこなかったあのアキに! だいたいアキがこれまで縁遠かったのはあなたのせいなのよ」

「おい、こいつ自身にも問題はあるんだからな。この歳になるまで自然な出会いなんてのを呑気に待ってたのが悪い。それでも俺も責任を感じて見合いを組んでやったんじゃないか」


 興奮した二人の会話は言わなくてもいいことにまで及びアキへと飛び火したが、彼女は気にしないふりをした。


 一週間前、アキは仕事あがりにコンラスのもとへ向かうと、言い辛そうにイゼルとのことを打ち明けた。

 寝耳に水だったコンラスは呆然としてアキを見やる。何も言わないコンラスに「一度彼とご挨拶に伺いたくて」と彼女が続けると、慌てて意識を取り戻したコンラスは恐る恐るといった様子で「お前の妄想を聞かされてるんじゃないよな」と実に失礼なことをのたまったのだった。

 一度流れた話だったので驚くのも無理はないが、それにしてもあんまりなのでは? とそれまでうっすらと頬を赤らめて恥じらっていたアキの表情は無になったのだった。


「嫌だわなんだかドキドキしてきたじゃない。私に娘がいたらこんな気持ちなのかしら」


 少なくともアナはこのことを純粋に喜んでくれているようで、アキが暖かい気持ちになっていると、玄関からベルの鳴る音がした。


「来たわ!」


 いそいそと玄関に向かうアナについていくと、後ろから重い足音がする。振り返ったアキが見たのは、なぜか複雑そうな表情をするコンラスだった。


「いらっしゃい!」


 玄関をあけると、そこにはやたら眼光の鋭いアイスグレーの瞳を持つ男がいた。シワひとつ無いシンプルなシャツとズボンにカジュアルなジャケットを羽織っただけだったが、こうして見ると表情はともかくとして、ちょっと見目のいい普通の好青年に見える。

 凛々しい軍服姿も格好いいなと常々思っていたが、いつもよりは柔らかい印象の私服姿もなかなか素敵だ、とアキは顔がにやけそうになるのをこらえた。ちなみ今日のアキはめずらしく、ごくシンプルなワンピースを着ていた。


「本日はお時間をいただきありがとうございます」


 兵団仕込のかっちりとしたお手本のような礼をするイゼルに、アナは一瞬遅れて、慌てて家の中へと招き入れる。

 彼の背がコンラスに案内されて少し離れていくのを確認してから、アキの耳にそっと口をよせてきた。


「彼、怒っていらっしゃる?」

「いえ、緊張しているだけですよ」


 緊張すればするほど、その印象的な瞳が鋭くなってしまうことを説明すると、アナはホッとしたように胸をなでおろした。

 居間の席につくと、アキはイゼルと並んで座った。正面にはバルテモン夫妻が並んで座っている。


「アキさんとお付き合いをさせていただいています、イゼル・オルファンと申します」


 睨むような顔で凄むイゼルに、アナとコンラスはたじろいで挨拶を交わす。


「あー 確か第一兵団の分隊長をされていたかな?」

「はい」


 コンラスが話を向けるも、イゼルは最低限の言葉でしか会話をしようとしない。


「ここ最近は大変だったでしょう」

「いえ。仕事ですから」


 アナが気をきかせるも取り付く島がない。見合いの時を彷彿とさせる問答に、アキは何か助け舟を出すべきかと考える。


「今後も警戒は続くのでしょうか」

「はい。東の区域を中心に不審な家屋を予め洗い出し、城門の外も含めて警備にあたります」

「城門外もですと、東一地区から五地区位までです? 増員はどの程度でしょうか」

「対象区域は六地区も含みます。警備はこれまでの倍になりますね。市民警団も含みますが」


 しまった。普通に仕事の話をしてしまった。アキが慌てて目の前の二人に向き直ると、コンラスは不服そうな顔をし、アナは戸惑った表情をしていた。


「えっと……二人は一緒に街へ出かけたりするの?」


 気を利かせたアナが話題を変えてきた。


「いえ、アキ殿の部屋に行きます」

「え?」


 イゼルの誤解を招く発言に場の空気が凍りつく。アナは明らかに狼狽し、コンラスは少し怒ったような表情で何かを言いたそうに口を開きかけた。


「休みが合わないので一緒に夕飯を作って食べてるだけです!!」


 アキが慌てて口をはさむと、途端に二人の顔は哀れみを帯びたものになった。挨拶してからまだ数分しか経っていないのにアキは何故か疲労を感じ始めていた。


 それからポツポツとコンラスやアナが苦労して思いついた質問をするも、イゼルがたった一言で答えるというやり取りを繰り返し、早々に時間を持て余してしまう。


「そ、そういえば、私ここのお菓子が大好きなの。よく買われるの?」

「いえ。初めて買いました」


 イゼルが持参した手土産を喜んだアナだったが、彼はただツァレトフ団長に言われるがままに買ったものだったので、特に思い入れはないらしい。それ以上話が広がることはなかった。

 ぬるくなってしまった紅茶をすすりながら、アキは何とか場を持たせなければと思案する。


「そうそう、イゼルさんは農業にとても詳しいんですよ。兵団に畑もあるんです」


 アキはさも良い話題を思いついたとばかりに話し始めるが、アナとコンラスの顔には疑問符が浮かんでいる。


「兵団に畑?」

「はい」

「……家庭菜園が趣味なのか?」

「いえ、非常時に備えて作っております」


 困惑するコンラスに、あくまで趣味ではないと言い張るイゼル。話が噛み合わない。


「先日は芋とカブとキャベツ、人参を植えました」


 イゼルにしては珍しく饒舌に語りだしたが、夫妻の顔に浮かぶ疑問符が消えることはなかった。


「煮込み料理がはかどりそうです。冬が楽しみですね」


 イゼルの手土産に新たに加わったラインナップにアキが嬉しそうな顔をすると、イゼルも少しばかり口角をあげた。ほんのわずかな表情の変化だったが、目の前にいた夫妻にも分かるほど、男の顔は柔らかくなった。その破壊力にコンラスは眩しそうに目を細め、アナは頬を赤らめた。


「オルファン殿、どうかアキのことを頼む」


 帰り際、戸口に立つイゼルに突然コンラスが頭をさげてきた。さすがのイゼルも驚いた表情になるが、すぐに表情を引き締めると「はい」と力強く答えた。

 何だか娘を嫁にやる父親のようで大げさではないかと、アキは気恥ずかしくなったが、コンラスの顔は真剣だった。


「こいつは……身寄りがないんだ」


 アキが異世界より転移してきたことは周知の事実ではあったが、改めて言われると悲壮感があった。実際、仕事に必死だったアキはそこまで気にしたことはなかったのだが、彼女が考えている以上に、夫妻はアキの行く末を心配していた。


「こいつがこの国に根ざしていけるよう、支えてやってくれ」

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