11 三度目の爆破
祭りの規模としては他所の国に比べると小さいのかもしれないが、全ての通りを見て回るのはなかなか疲れるものだった。アキも最初は掘り出し物はないかと目を凝らしていたのだが、だんだん投げやりになってくる。
「イゼルさん、そろそろお茶でもして休憩しましょうか?」
両手に紙袋を抱えるイゼルがハッとした顔で振り向く。
アキが道すがらポツポツと買った戦利品の一部をイゼルが持つと言って聞かなかったのだ。好意に甘えて持たせてしまっていることを申し訳なく思いつつ、いい加減石畳を歩き回った足が棒になりそうだった。
「申し訳ありません。つい仕事の時と同じペースでいました」
日々鍛えている兵団の彼は、その顔に疲労の色を見せることはなかった。
「本当に申し訳ない。俺は……気が利かないので……」
「いえ、そんなことないです! 私の体力が無いだけです」
いつもは凛とした佇まいの彼の顔がみるみるうちに曇っていく。アキが慌ててフォローをするも、その顔は浮かない。
「イゼルさんはいつも私に気を使ってくださってますよ」
例えば畑の野菜を持ってきてくれたり、料理の支度を一緒にする時も絶妙なアシスタントをしてくれたり、いつの間にかお皿を洗ってくれていたり。
今日も色んな特産品を選んでいる時に、どの産地のものが良いかとか、良品の見分け方とかを、何故か主婦のように詳しいイゼルがレクチャーしてくれた。彼の生い立ちからなのか、やたら農畜産物に詳しいことがよく分かった。
見合いの席では無趣味だと言っていたイゼルだが、彼の色々な一面を見ることができてアキには嬉しかった。
「本当に、気にしないでください。それよりも今日はイゼルさんが博識でお話していて楽しかったです」
アキが嬉しそうに笑うと、やっとイゼルの顔がホッとしたように緩んだ。
「あ、オルファン分隊長!」
ふと後ろからイゼルを呼ぶ声がする。声のする方へ二人で顔を向けると、そこには兵団の服に身を包む年若い青年がいた。
「あれ……秘書官殿?」
途端にアキは焦りだす。買い物に夢中になってすっかり忘れていたが、今日はイゼルと二人で出歩いていたのだ。周囲にどう見られていたのだろうかと今更になって不安が押し寄せてくる。いや、付き合っているのだから何もやましいことはないのだが。
「分隊長は午後は半休だと伺っていたのですが、まだご勤務中でしたか。モリナー殿もお疲れさまです!」
青年は何を勘違いしたのかアキの方を見るとキリッとした顔で一礼した。
そう、今日もアキはいつもの仕事着でいた。これでも少しは悩んだのだが、案内所ではこの格好の方が動きやすいし、いちいち着替えるのも何か恥ずかしかったので、結局いつものままで来たのだ。
彼は、アキが仕事でこの場にいるのだと信じて疑わないようだった。
「……警備に問題はなさそうか?」
イゼルもあえてそこは訂正しないのか、特に誤解を解くことなく話をすすめようとする。
「はい。今年は増員しているおかげでいつもより細かく見回れています」
爆破の件もあり、今年の収穫祭では警備の数を増やしている。アキが朝から何度か軍服姿の兵士を見かけたのはそのためだった。
「そうか。引き続き注意して回ってくれ」
「はい!」
青年が背を正したのと同時に、突然大きな爆発音がした。途端に周囲は騒然となる。来場者達がざわめく中、アキはさっと周囲に目を奔らせるもどこで何が起きているのか何もわからない。
彼女が状況を確認するために歩きだそうとすると、イゼルは素早くその肩に手を置いて押し留めた。
「まだ動かないで」
アキが隣を見上げると、イゼルは鋭い視線で辺りを見渡していた。
爆発音はかなり近かったが、周囲の建物に異変は無い。しばらく三人はじっとしていたが、それ以上は何も起こらず、喧騒もすぐに落ち着いてきた。
ふとイゼルは何か思い当たることがあるのか、南の方に顔を向けた。
「ルド、彼女を城まで送り届けてくれ。それと団長への報告を。俺は南城門の確認に行く。兵団に会ったら応援を頼む」
淀みない口調でそう指示を出すと、イゼルは持っていた荷物を部下に押し付けた。
「あ、待ってください!」
イゼルは南城門と言っただろうか。その近くには観光案内所のおばちゃん達がいるのだ。
「観光案内所の人達の安否を確認しないと!」
辺りの人々はすでにだいぶ落ち着いていたが、不安に思った観光客が押し寄せてくるかもしれない。
「分かりました。案内所も確認してきます。あなたはまっすぐ城に戻って」
本当は一緒に確認に行きたかったが、状況が何もわからない今、兵士でもない自分が行っても荷物になってしまうだろう。
自分のすべきことを冷静に判断し、アキはイゼルに託すように視線を合わせた。
「大丈夫です」
イゼルは真正面から彼女を見つめて一言そう言うと、南の方に向かって走り去っていった。
アキ達が戻ると、既に伝令が行っていたようで城内は慌ただしく人が行き交っていた。アキは少し不思議そうな顔のルドに礼を言って荷物を受け取ると、執務室へと向かった。
「お、大丈夫だったか」
戸口に立ったアキに振り返ったコンラスは私服姿だった。
「アナさんたちは」
「あぁ、仕方ないから一度家に帰した」
そう言って眉を寄せて腕を組む。
「まったく久しぶりの休日だってのに迷惑極まりねぇな」
口調は軽いが、コンラスにしては渋い顔をしていた。相次ぐ爆破も三度目になる。警戒をしていた上での犯行であれば、事態はかなり深刻だと思われた。
「まだ続報が来てないから何とも言えないが、どうも南検問所の付近らしい」
アキは、イゼルもそう予測していた事を思い出す。あの見合いの少し前に起きた一度目の爆破は北の市街地で、二度目は西だった。
「同一犯なのでしょうか」
「恐らく……いやまだ分からない。偶然の事故という可能性もあるんだ」
コンラスは首を振って自分の憶測を打ち消した。その事はアキもイゼルから聞いていた。
現場からは人為的な痕跡が何も出てこないらしい。どれも人気のない古い家屋で起きたため、一見事故のようにも見えるが、それにしては不審な点が多すぎた。
「続報が届き次第、城外に音声転送魔術を流す。お前がやってくれ」
「分かりました」
しばらくすると、執務室の側の会議室でコンラスによって緊急招集がかけられた。30分ほどでコンラスが執務室に戻ると、待機していたアキに書面を渡す。
「場所は南検問所付近にある物置小屋だ。家屋の大部分は破損したが被害は無し。周囲への影響もなかったそうだ。原因は不明で調査中。置き忘れた薬品が劣化して化学反応を起こしたことも考えられるが……。明日以降の祭りは出店のみで他の催しは中止だ。適当にまとめて流してくれ」
被害は無し、の一言に安堵するも、相変わらず原因不明なところが不気味だった。
収穫祭は中止にするべきなのではとの声もあったのだが、地産地消を地で行くこの国では、宣伝や販売の場でもあり、特に農家にとっては閑散期である冬を迎える前に現金を得る貴重な機会でもあった。彼らの生活もかかっていたため続行する、とコンラスが決定を下したのだ。
アキはすぐに書面に目を通し文面を書き上げると、コンラスに確認を得てその足で第二兵団の棟へと向かった。
開け放たれた戸口を覗くと、そこにはいつもの眼鏡の男はおらず、かなり年配の老人が座っていた。
「何か用かね?」
老人はよっこらせと椅子から腰をあげると、曲がった背のままアキの方へゆっくりと歩いてきた。
短い髪は全て真っ白になっていて、魔術師らしい装いでもないし、ごく普通の老人にしか見えない。
「あの、すみません。私はコンラス宰相の秘書官であるモリナーと申します。城外に音声転送魔術を流す様、指示を受けました」
秘書官であるアキは、それなりに城内の人物を把握しているつもりだった。もちろん兵士や事務方の一人ひとりの顔は知らないが、コンラスと関わりのある上位の人物の顔は覚えている。目の前の老人は、第二兵団で初めて見る顔だった。
「あぁそうじゃったか。悪い悪い。わしはもうとっくに引退した身なんじゃがな、最近再雇用でこちらに来てるんじゃ」
魔力を持つ者が少ないがために常に人手不足な第二兵団の苦肉の策なのだろうか。
目の前の老人が「こちらへ」と魔法陣に誘導するように伸ばした手がプルプルと震えているのを見てしまったアキは、一抹の不安を覚える。
彼は、魔法陣の周囲に置かれたポールを折れそうな細い手でよっこらせとどかしていく。慌ててアキも手をだして手伝うと、「すまんな」と謝られた。
円の中に入って立つようにうながされ、アキは少し緊張して足を踏み出す。これから自分の声が、市街地の各所に設置された魔法陣を通し、まるで拡張器のようにして伝わるのだ。さながら防災無線のようである。
数回しか経験がなかったため、つかえずに読みあげる自信があまりなかった。手にした書面には同じ文章が二ヶ国語で書かれていた。
「用意はいいかな?」
老人がスッと息を吸うと、曲がっていた背筋が急にピンと伸びた。さっきまでのよぼよぼ具合が嘘のように堂々たる佇まいである。
アキがびっくりして見ているうちに滑らかな詠唱がはじまり、魔法円が青い光を発する。老人はいつのまにか手にした小さな木琴で「キンコンカンコン」とお馴染みの上りチャイム音を奏でて目配せをすると、アキは慌ててスッと息を吸い書面を読み始めた。
『……こちらは防災ブレヒンゲルです。先程おきました爆破音による被害はありませんでした。現在、原因を調査中です。市民の皆様におかれましては落ち着いてお過ごしください。明日以降の収穫祭の予定につきましては、催し物は中止となります。出店は行われますので皆様ふるって足をお運びください』
アキがヴェルフェラン語とアレス語で三度繰り返し読み終えると、待ち構えていたように老人が下りチャイム音を鳴らし、締めの呪文のようなものを唱えて転送は終了した。
「ふむ、もう降りてよいぞ」
彼はひと仕事終えた風に満足げな顔をすると、また背を曲げてよろよろと木琴をしまいにいった。
アキは魔法陣から光が消えていくのを見守ってから、つめていた息を吐いてそっと円の外へと出た。
「怪我人が出なかったのなら良かったわい」
「はい、本当に」
お互いに頷きあっていると、開け放たれた戸口から忙しない足音が近づいてきた。
「じいさん!」
呼び声とともに駆け込んできたのは、先日アキがイゼルの自室で不本意にも出くわしてしまったラデクだった。
アキが思わず目を見開くと、黒い軍服に身を包んだ魔術師も彼女に気づいたようで、わずかに眉をあげて目礼をした。
「先日はどうも」
「……こちらこそ」
慌ててアキも軽く頭を下げると、老人が意外そうな顔で二人をみやった。
「なんじゃい。モリナーさんはファズーと知り合いなんか?」
「い、いえ知り合いという程では」
出会いが出会いなだけに、あまりその辺りのことについては詳しく聞かれたくない、とアキが内心焦っていると、ラデクは意味ありげに彼女の方を見てニヤリと笑った。
「俺の後輩のご友人だ。いつもイゼルがお世話になっています」
含みをもたせたその言い方にアキは冷や汗をかきながら曖昧に笑ってごまかした。やはりこの男は何かに感づいているようだ。
「それはともかくじいさん、ちょっと現場に来てくれ」
「ん? 怪我人はおらんのじゃろ?」
「あぁ、回復術はいらないけど解析をしてもらいたいんだ。老いても一応ベテランだろ」
「一応とはなんじゃ」
ラデクの態度には年配に対して敬う気持ちがかけらも感じられない。彼の暴言に老人は軽くたしなめるように言うもののあまり気にしていないようだった。
不思議な関係の二人のやり取りに、アキはためらいがちにそっと口をはさむ。
「あの、すみません。そちらの方は」
「じいさん挨拶してなかったのかよ」
「急いでたもんでな」
そういえばそうじゃった、と老人が頭をかいてアキに向き直る。
「この人は元魔術師長のヨルバ・リーアンじいさんだ」
「今は臨時雇用じゃがな」
耳に覚えのあるその名を聞いて、アキは思わずよろめきそうになった。
ヨルバ・リーアンと言えば、第二兵団はじまって以来の稀代の魔術師だ。
ただし、ずいぶん前に亡くなったと、コンラスから聞いている。
「ご、ご存命だったんですか」
驚きのあまり、とてつもなく失礼なことを言っているのにアキは気づいていない。
「この通りピンピンじゃよ」
肩をすくめて笑うリーアンに、アキは適当な情報をよこした自分の上司のことを呪った。