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6話 人間らしく

 白い闇に包まれている。

 360度、ただ『白さ』だけに包まれた静謐な空間の中を俺は歩いていた。


 ここがあの世なのだろうかとぼんやり考えつつ歩き続ける。果てしなく先も見えない空間を曖昧な意識のまま進み続ける……。


 ・

 ・

 ・


 気づくと俺の周りに色が戻っていた。

 空が青い。周囲を沢山の人が歩いている。見回すと石造りの家が並んでいた。ここは一体どこの街だ?土や草木、人と油、息を吸うと雑多なものの混じった匂いがした。


「ううっ……」


 強烈な日差しに目が眩みフラつく。暗い地下にいたから外の空気は久しぶりだ。俺は何かに誘き寄せられるように再びふらふらと歩き出し……。


「待って!」


 背後から呼び止められた。

 ……何故だろう。その声に……心が妙にざわつく。奇妙な感情の意味を確かめるため振り向いてみると。


「マルタ……?」


 そこにいたのはじっと俺を見つめる生きたマルタだった。……ん、いやおかしいな。生きたマルタってどういうことだ?


「勇者さん。どこに行くの?約束、忘れてないよね?」


 約束?えーと。

 ……ああ、そうだった。ようやく魔王城の位置が判明したから四人でミーティングをするんだった。


「すまん。なんか忘れてた」


「もう……急ぐよ!」


 頬を膨らませて分かりやすく怒ったポーズを取ったマルタが─この子がこんな顔をするのは珍しい─俺の手を引っ張ってどこかに連れて行く。


 日が落ちようとしていた。




「すっかり遅くなっちゃった」


「……」


 連れて行かれた先はなんの変哲もない普通の家だった。この家はえーと……、そうだ。この街にいる間、間借りしている俺達の拠点だったな。


「先に座って待ってて」


 マルタに言われ大きな丸テーブルの前に座る。ゲレオンとガーランドはまだ来ていないようだ。


「すまぬ。遅れた」


「おっ、もう始まってたか?」


 と思いきやガーランドと樽を担いだゲレオンが扉を開けて家に入ってきた。


「はぁぁ……。まったく大事な日だというのにゲレオンお前という奴のせいで……」


「ははは、すまんすまん。勇者、今日は楽しんでいけよ!」


「……?」


 どこか浮かれた雰囲気の二人に困惑していると。


「えへへ……。じゃーん!ククルカ鳥の丸焼き完成したわ!」


 マルタが大皿に料理を乗せて持ってきた。


「おお!旨そうだぜ!」


「買ってきた地酒を下ろすのだゲレオン。パーティーを始めるぞ」


 料理?酒?パーティー?

 三人の話についていけない。これは二週間後に迫る魔王討伐の為のミーティングだった筈だ。


 ……ん?二週間後?


 よく分からないが違和感があった。

 しかし理解が追いつかず固まった俺を置いて準備が着々と進んでいく。


「それじゃ!始めましょうか!」


「いえーい!」


「ふん」


 全員が席に座る。テーブルの上にはマルタの手作りであろう多彩で豪華な食事が乗り、全員の頭の上にはなぜか三角錐のパーティーハットが乗っていた。


「いやなんだコレ」


 三人の顔を見回すも何が面白いのやらニヤニヤするばかりで話にならない。


「ふふふ。せーっの!」


 一通り俺の困惑する顔を見て満足したらしい。ようやくマルタが口を開いたかと思うと今度は音頭を取り……そして三人が俺に言った。


「「「勇者 (さん)誕生日おめでとう!」」」


 ……は?


「あはは!勇者さんもそんなビックリした表情をするのね!」


「がははは!サプライズ大成功だな!」


「ふ、ふふふ……ふん」


 あ、そうか。そういえばこの前マルタにいつが誕生日かと聞かれてたような。つかガーランドも何笑ってんだ。誤魔化せてないぞ。


 ……ってそうじゃないだろ。


「ミーティングはどうなったんだ?」


「え?それは明日にしない?」


「そうだぜ!今日は楽しもう!」


 こ、こいつら……。

 自分達は世界の期待を背負った勇者一行であると分かってるのか?俺達が如何に早くこの戦争を終わらせるかで失われる人命の数が変わるんだぞ。一刻も早く終わらせなければいけないのだ。なのに。


「勇者さんはこのお米という穀物が一番好きだったよね?食べる時の表情が優しそうだったし。あ、あとシジル貝のソテーも美味しいわ!」


「いらんのなら全部俺が食うぞ」


「ゲレオン、アホなのか貴様」


 三人とも呑気で楽しそうな顔を俺に向ける。なんでこうも緊張感がないんだ。正義を果たさねばならないんだぞ。遠くない将来に凶悪な魔王と戦うんだぞ。絶対に負けられないというのに、この馬鹿どもが。


 こんな誕生日パーティーなんてやっている暇はない。さっさとミーティングを始める為にこの馬鹿げた会を中止させねば。


「もう終わりだ!こんな──!」


 ふざけた誕生日パーティーなんてものは!


 ズキッ!


「うっ」


 頭に鋭い痛みが走り言い切ることが出来なかった。


「お、おい。どうしたんだ勇者」


 頭が痛い。痛い、痛い痛い痛い。

 なんでこんなに頭が痛いんだ血管でも切れたかマズイこんな所でしねない俺は正義をはたさなければいけないのにこんなこんな──。


「勇者さん!」


 え?


「大丈夫。大丈夫だから。だから泣かないで……」


 温もりに気づくとマルタが俺のことを抱きしめてくれていた。すると不思議なことに頭の痛みが取れ……俺はようやく思い出した。


 魔王城での戦い。仲間は死に、俺は魔王と相討ちした。俺も死んで……。


 そうだ。これは過去にあったことだ。現実じゃない。思い出した。二週間前、アイツらが俺の為に誕生日パーティーを開いてくれたんだ。なのに俺は変な焦りでもあったのか誕生日パーティーを滅茶苦茶にしてアイツらを傷つけた。俺のことを思って開いてくれたのに。ずっとそのことを後悔してて、でもそのことも気づかないフリしていて。俺は、俺は……。


 俺が本当にしたかったことは……!


「ありがとうマルタ。もう大丈夫だ」


 マルタの腕の中から抜け出すと俺は猛烈な勢いでテーブルの上の料理と酒を食べ始めた。


「お、おおぅ!どうした!突然すげぇ食欲だな!」


「そんなに美味いのか」


 三人が目を丸くして俺を見る。だが俺の暴食は止まらない。


 ああ、確かに美味い。美味いよ。マルタの料理は最高だ。少しこってり目のこの感じ、どれもこれも俺の好みの味付けだ。凄く勉強して俺好みの味を研究してくれたのかもな。ああ、それにこの地酒も美味い。二人の目利きは確かだ!


「はぁー」


 一息つくと俺は立ち上がった。


「マルタ、料理美味かった。俺好みの最高の味だ。ありがとな」


 俺の言葉を聞いてマルタが顔を赤くする。


「そ、そう!?良かったぁー!」


 次にゲレオンとガーランドの方に向いた。


「二人とも地酒ありがとう。流石の目利きだよ。完敗だ」


 俺が言うと二人は顔を見合わせて。


「がっはっはっは!そうかそうか!」


「選んだのはゲレオンだがな」


 そんなことを嬉しそうに言った。

 やっぱりお前ら良い奴だよ。こんなクソみたいな俺の為に誕生日を祝ってくれてさ。


「みんな俺の為に誕生日パーティーを開いてくれてありがとう。すごく嬉しい……。嬉しかった……!」


 なのに俺はお前らを守れなかった。大事な仲間だったのに。どうして失ってから気づくんだ。俺はいつもいつも……。


「ごめん、ごめん……。魔王に勝てなかった。俺はお前らのことを守れなかった。謝っても許されないことは分かっている。だけど本当にごめん……」


 いくら謝っても意味がないことは分かっていた。目の前の三人は走馬灯みたいなもの。死に際の俺が見る刹那の幻だ。俺の脳の活動が止まればこの光景は消える。それでも、俺は……。


「あはは……。もういいよ。魔王を倒してくれたじゃない」


 まるで分かっているかのようにマルタが言った。


「え?」


「勇者さんは人類を、ううん私たちの守りたかったものをちゃんと守ってくれたわ。だからもう泣かないでよ。こっちまで悲しくなるでしょ……」


 マルタが泣いていた。その言葉にはどこか不思議な生気のようなものを俺は感じた。


「もうすぐお別れだけど勇者さんと話せて良かった。それにこの誕生日パーティーもちゃんと開けたしね。……だから元気でいて。約束したもんね。生き残ったらやりたいことをやって精一杯生きるって……」


「待て。マルタなのか?」


 これは単なる幻ではないのか。


「そうだ勇者!代わりにあの子に謝っといてくれ。殺しかけちまったからよ!」


「うむ。人質にすると言ったのは俺だしな」


 何言ってんだゲレオン、ガーランド。二人とも……。


 その時ドンドンドンと音を立てて家の扉が外から叩かれた。


「誰か来たみたいね。……勇者さん、見てきてくれる?」


「え……」


「ほら早く!」


 マルタが俺を扉の方まで押していく。

 だけど、ダメだ。嫌な予感がする。この扉を開けてしまえば永遠の決別になるような、そんな予感がする。それは嫌だ。


「ま、待ってくれマルタ。まだ料理も食い終わってないだろ?」


 それに、俺の気持ちを伝え切れていない。


「駄目でーす。女々しい勇者さんなんて誰も見たくないんだから。もう私達のことは思い出の中に残しておくだけにしといてよ。そして、前を見て生きるの。人間らしくねっ」


 マルタが俺を送り出そうとしている。微笑んでいて、でも泣き顔のままで。


「だからじゃあね!──さん!」


 マルタ……。


 ……。


「……ああ。マルタがそう言うなら頑張ってみるよ。じゃあなみんな……」


 これで本当にお別れだ。俺はちゃんと笑い返せているだろうか?


 みんなの泣き笑いを見納めて俺は扉を開けた──。



 *



 ──空が青い。


「不死身かよ……」


 目覚めると全裸で空を仰いでいた。クレーターの真ん中で倒れているようで少し空が狭い。どうやらここは魔王城の跡地のようだ。


「あ、あの!大丈夫ですか!?」


「お前も不死身だったか。いや、大丈夫だ」


 隣では俺のことを揺さぶる魔族の少女がいた。魔王は殺してなかったらしい。むしろ≪自爆魔法≫から守ったようだ。……。


「悪かったな。囮にしようとして」


「へ?なんのこと……?」


 もしかして分かってないのか?寝てる所を拐ったから自覚がないのかもしれないな。はは、まぁいいか。


「ところで魔王に頼まれたんだが、お前は≪魔王の娘≫なんだってな」


「は、はい。私は魔王エルデドランの娘キーネ……。あ、あなたのお名前は……?」


「そういや言ってなかったか。俺の名前は──」


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