3話 正義を着た悪魔
「ことの始まりは1000年程前か」
魔王は戦争の発端は異世界からの入植者である人類が起こした侵略だと言った。魔族こそがこの世界の先住民族であるという。
「信じられるか。ただの戯言だ」
聞き終えるとあまりにも荒唐無稽な内容に思わず苛立ち混じりの声が漏れた。
「貴様は≪召喚の秘儀≫で異世界からこの世界にやってきたのだろう?その事実こそが何よりも雄弁な証拠だとは思わぬか」
「……」
俺自身が異世界人である為に反論は難しい。俺が黙り込むと魔王は話を続けた。
魔力とは魔王自身から放たれ世界を満たす力だという。魔王の体から生産され容量を超えた分の魔力が世界を満たすのだと言った。
「そして魔力がある一定の閾値を超えた空間で新たな魔族が産まれる。それが人族の言う魔族の侵略だ」
魔族は何も無いところから突然現れる。そして周辺の人々を殺し尽くした。その為、魔族の襲撃は災害のようなものだとマルタが言っていたことを思い出す。
「魔族は殺したくて人族を殺しているわけでは無い。産まれたばかりの魔族は己の魔力を制御する術を持たぬ。濃すぎる魔力は入植者故に適応できていない人族にとっては猛毒。魔族が放つ魔力など言わずもがな。制御を外れたならば人を殺し街を破壊することもあるだろう。ゆえに悲劇なのだ」
……つまり他所からやってきた人間達がこの世界の元々の理によって死んでいるだけだと。そしてそのことで憎悪を募らせ一方的に魔族への殺意を抱いているとでも言うのか。もしそれが本当ならば俺は……。
知らず知らずのうちに拳を握りしめていた。すると隣に座っていた魔族の子供が俺の手にその小さな手でそっと触れる。そして心配そうな表情で俺を見上げ──。
くそっ。やめろ。そんな目で俺を見るな。
魔王の言葉に理があると知り善悪の境界線が見えなくなる。もしかしたら自分の行いが間違っていたかもしれないと考え、鼓動が激しくなるのを感じた。
「そして人族が魔族を絶滅させようとする理由だが──」
もうやめてくれ。俺は何も、聞きたくない。
「ふむ。その前に今度は貴様が話せ。異世界の勇者のことを我は知りたい」
俺の気持ちを知ってか知らずか魔王は言葉を続けなかった。
「……分かった。だが何を聞きたい?」
「貴様の生い立ちについて聞かせるがよい」
俺は密かに安堵すると自分のことについて話し始めた。
*
こんなことを聞きたいのかどうかは知らないが元の世界での俺について興味があるようだから話す。俺は両親のいない子供だった。育ての親は父方の叔母で名前は美代という。
美代さんは俺を幼い頃から育ててくれた。だが俺は無口であまり心を開かない性格だったし、美代さんも寡黙で感情を表に出さないような人だったから互いに距離を測りかねていた。その状態が高校生になっても続いていた。
高校生が何かって?15から18歳ぐらいの学生のことだ。
……俺は高校でも孤立していた。そんな俺に話しかけて友達になってくれたのがサツキだった。
サツキは不思議な子だった。普段は明るく陽気だがどこか気弱で押しに弱く、しかし大きな場面では一歩も引かずにハッキリとモノを言うのだ。その性格の為か友達も多く、彼女を通して俺は交友関係を広げることができた。
キッカケは覚えていない。サツキに俺が叔母と仲良くしたいと悩んでいることを知られた。だが結果的にサツキのおかげで俺は叔母に日頃の感謝を伝えることが出来たし、叔母も俺との接し方を模索していたことを知ることが出来た。
後日、俺がしつこく頭を下げると。
「私がキミを助けるのに理由なんていらないでしょ?」
サツキはそう言って恥ずかしそうにはにかんで……。だから俺はこれから先サツキが困るようなことがあれば必ず助けてみせると密かに誓ったのだ。
──そして誓いは無意味だと知る。
その日は俺の誕生日だった。遠方の町へのおつかいを済ませ帰宅した俺はそれを目にする。サプライズで誕生パーティーを企画していたのだろう。室内にあったのは中途半端に準備された装飾と料理、そして血溜まりに倒れる美代さんとサツキの姿だった。
犯人はすぐに逮捕された。
二人を襲ったのは俺と同級生の男だった。犯行の動機は嫉妬と独占欲によるもので、サツキと仲良くしている俺が許せなかったらしい。
奇跡的にサツキは一命を取り留めたが美代さんはダメだった。そしてサツキも昏睡状態から目を覚さなかった。
俺はサツキを助けると誓った。美代さんとこれからもっと仲良くなれる筈だった。だが運命は理不尽に俺から大事な人達を奪っていく。心が冷たく溶けていくような感覚。尊厳もしがらみも捨てて無くしてしまいたいと思った。それでもサツキが生きていてくれたから俺はまだ踏ん張ることができた。
いつかサツキが目を覚ましたら笑顔で迎えよう。そして今度こそ彼女の助けになろう。再び俺は心に誓った。
……だがその10年後、釈放された犯人の男にサツキは殺される。俺の目の前でのことだ。奴は「これが心残りだった」とだけ言うと姿を消した。
サツキはついに目を覚ますことなくその生涯を終えた。なんの落ち度もなく善良に生きてきただけの少女が他者の悪意によって大人になることもできずこの世を去ったのだ!
……ようやく俺は認識を改めた。
この世には人の姿をした虫ケラが生息している。奴らのような害悪的存在は他の善良な人々から奪い取ることに躊躇も罪悪感も持ち合わせていない。言うなれば蝗害と同じだ。ならば迷惑な虫ケラどもはすべて駆除されなければならないだろう。
その為に必要なのは実行力の伴わない誓いなどではない。罪なき善人を守る為には『例えいかなる手段を講じてでも悪を排除する徹底した正義』こそが必要なのだ。
それから……俺は罪を償っていない犯罪者や更生の見込みがない者に対して正義を執行し続けた。やがて俺の所業は警察にマークされることとなるが、その頃俺の国は近隣諸国との関係悪化やテロリズムの興隆、海外マフィアの流入による影響など治安が大幅に低下し混乱していた為に捕まることはなかった。
そう、そして数年後。俺は命と引き換えに目的を遂げ、気づいた時にはこの世界にいたのである。
*
話し終えると少し疲れた気がした。と言っても元から疲労していたのだろうと思う。魔王にこんなことを話してしまう程度には。
魔王は黙って俺の話を聞き続けていた。こちらの人間には理解できない単語もあっただろうが一度しか口を挟んでこなかった。
「なるほど。興味深い話だった。やはり日本の勇者は個性的で熱量を持っている」
「日本を知っているのか?」
「魔王となって600年経つ。その長きに渡って我は人族に命を狙われてきた。すると貴様のような日本から来た勇者が時折我の前に現れる。その度に我は勇者達と語り合ってきたのだ」
……。
「どうやら会話を続けている間に右腕の再生は終わったようだな」
魔王に言われて気付いた。
消し飛んでいた筈の俺の右腕が再生している。何事もなかったように無傷だ。神の力の権能も戻っているようだった。
しかし右腕の力が戻ったとはいえ今の俺に魔王を倒そうという意思は無い。もはやこの戦いに大義があるとは思えなくなってしまっていたのだ。
そしてまた、俺にはこの右腕の力を使って他に試したいことがあった。それは死んだ仲間達の蘇生である。
と言っても蘇生出来る可能性は低いだろう。
右腕の力には世界の摂理を変える程の権能があるが万能ではない。だがあいつらが死んだのは俺がゲレオンに命令したことが原因なのだから俺にはやらねばならない責任がある。
「ふむ、この短時間で自動再生し力が衰えないとは驚きだ。それ程に≪神性≫を内包した力は初めて見る」
その時ふと魔王がジッと俺の右腕を見つめ続けていることに気づいた。何故かその視線にこれまでの魔王とはどこか違う異質さを感じ──。
「……やはり欲しい」
俺は『魔族の正体』を思い出した。