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1話 最初から絶体絶命ブレイバー

 死んだ筈だった。

 戦いの日々を走り抜け、ついに全てを終わらせた筈だった。後悔はない。それが俺だ。たとえ己の命を燃やし尽くそうとも、地獄の業火と化して悪を焼滅させると誓ったのだ。憎まれようと、畏れられようと、俺は境界線を引き続ける。死んでいないのならば、俺は絶対に止まらない。



 *



 魔王城と呼ばれるソレはまるで巨大なアリ塚だった。魔王城の外は人の侵入を拒む漆黒の大森林が地の果てまで広がっている。黒い粘液で固められた土くれの山。その最深にある大空洞にて人類の歴史を大きく変える時が近づいている。そして今、大空洞のすぐ手前に位置する回廊を進み魔王まで迫る集団があった。


「闇の気配が近づいているのを感じる。魔王はもうすぐそこみたいね……」


 聖女のマルタが強張った声で言うと小さく身震いをする。マルタの様子を見た剣聖のガーランドが鼻を鳴らした。


「怯える必要はない。我々は魔王を追い詰めたのだ。勝利の時は近い」


「そうだぜ!ようやくこの旅も終わるなぁ!国に凱旋する時が楽しみだぜ!」


 ガーランドに同調した神殿騎士のゲレオンが声を上げて笑う。


「……」


 そんな彼らの浅慮な態度に俺は苛つきを覚えた。命知らずの馬鹿どもめ。あいつらは死ぬことを恐れていないのではない。自分が死ぬかもしれないなどとはカケラも考えていないだけだ。俺はバレないようにため息を吐いた。


 俺たちは勇者一行と呼ばれる集団だ。


 三年前に召喚された異世界の勇者、つまり俺を神輿にして人類の敵である魔族の王≪魔王≫を討伐せんと旅を続けている。


 ユーレラトピアとかいう名前の付いた地球とは違うこの異世界では人類と魔族が大昔から互いの存亡を賭けて争っているらしい。俺は何度か魔族を討伐したことがあるが、どいつもこいつも異常な存在だった。


 言葉はまるで通じないし、見た目も邪悪。黒い髪に浅黒い肌。髪と肌だけなら普通の人間のようだが奴らには泥を固めたような角が付いていて、それがまた生命を侮辱しているかのような異様な形なのだ。それに瞳は黄金色に爛々と輝いていて闇夜でギラギラと目立つ。また生態も通常の生き物とは大きく違っていた。人の形をしているのに人間味がない。魔族とはそんな存在だった。


 とはいえ対話を試みなかったわけじゃない。まぁ、街一つ潰された時に諦めたが。


「魔族の最高戦力である魔王を殺せば後は烏合の集まりだ。この戦いが魔族との戦争の王手となる。俺たちは絶対にこの使命を果たさなければならない。緊張を保てお前ら」

 

「……」


「分かってるぜ!」


 俺が注意をするとゲレオンだけが能天気な声を返したのだった。




 それから幾らもかからず回廊の終着にまで辿り着く。回廊を隔てるアーチ門の先は闇の瘴気で見通せない。だがそこに魔王がいることを疑う者は誰一人いなかった。


「あの門の先が終わり……」


 マルタの口から不吉な言葉が漏れる。ここには俺をイラつかせる奴しかいないのか?


「心配するなと言っているだろう。我々は負けぬ。それに万が一のための保険もあるではないか」


 ガーランドの目線の先、ゲレオンの肩にはぐったりとした様子の少女が担がれていた。


「魔族の幼体を人質に取っている。いざとなればコレを使えば良い」


 そんなものが通用するわけがない。もし通用するならば奴らに心があるということになる。それだけは絶対にあり得ない。魔族は虫と同程度の情緒しか持ち得ないのだ。


 とはいえ、使える物はなんでも使うべきだ。この子供に魔王の興味が向けば刹那の隙にはなりうるだろう。


「行くぞ」


 覚悟を決めると俺たちは門の先に足を踏み入れた。




 そう、踏み入れてしまった。

 今俺たちは魔王と相対している。醜い泥の角を冠のように頭から生やした半裸の若い魔族の王が俺たちを静かに見据えていた。


 だが動けない。魔王から放たれる闇の瘴気や空間を照らす青い光が含む毒。そんなちゃちな理由で動けないわけじゃない。俺たちはみな、魔王に対して本能的に拒否が出来ない恐怖を感じてしまっていたのだ。


「ユイワレへカクテトオキマハアラズ」


 魔王が不明瞭な声のような音を出した。そこに意味はない。ただ隔絶した魔力だけが音に乗って洪水のように俺たちを通り過ぎる。だがその影響は絶大だった。


「はぁっ……はぁっ……!」


 マルタの目は大きく見開かれ瞳は小刻みに揺れている。呼吸は荒く乱れていた。


「く、うぅぅ……」


 いつもは無駄に明るいゲレオンは震える声を隠そうともしない。


「うぉぉ、お、あ……」


 今まで不遜な態度を崩さなかったガーランドは股下に染みを作っていた。染みの原因は何によるものかと考えかけてやめると。


「おい、ゲレオン!」


 俺はゲレオンに向けて叫んだ。


「う、ぎぎ……」


「ゲレオン!その幼体を使え!」


 もはや猶予はない。

 俺は非情の決断を下した。あの規格外の存在と戦うために奴の意識を逸らす必要があったからだ。


「お、ォォオオオオオオ!!」


 なんとか我を取り戻したゲレオンが咆哮をあげる。

 恐怖に取り憑かれた人間は単純な指示にすら逆らえないものだ。ゲレオンは魔族の子供を両手で持ち上げると雄叫びのままに地面へ叩きつけようとして──。


「 殺 ス !!!」


 その魔王の叫びには明確な意味と意思が宿っていた。殺戮の意思が乗った魔王の叫びはそれ自体が呪いの力を帯び、すなわち原初の魔法と化して俺たちを襲ったのである。


「ぐッ!?」


 咄嗟に俺は右手を前に突き出した。俺の右腕にはチート的な権能を持つ神の力があり、それで魔王の叫びを防ごうとしたのだ。


 俺の右腕の力は≪神の右腕≫と呼ばれている。教会はこの力を神の全能の顕現だと言い、俺もまた絶大な信頼を寄せていた。実際にすべての魔法を操り、俺の肉体を超人に変えるだけの力があったし、世の摂理を捻じ曲げることすら可能だったのだから。


 だが魔王の力の前では無力だった。


 右手が展開した魔法の障壁は即座に打ち砕かれ俺たちは魔力の奔流を無抵抗に浴びることになったのだ。


「ぐぁぁぁぁぁ!」


 まるで鉄球に激しくぶつけられたと錯覚するほどの衝撃が体を突き抜ける。強張った体から力が抜けて俺は地面に倒れた。


 マズい。ここまで力の差があるとは思わなかった。今の攻撃はただ魔力をぶつけられただけだ。魔法ですらない。それでもこのザマだ……。


 もはや逃げるしかない。マルタ達を連れて魔王城を抜け出す。いずれ力を蓄えて魔王を超えるその時まで戦いは避けねばならない。


 俺はなんとか震える体を抑えて立ち上がろうとし、バランスを崩して右から倒れる。違和感に右腕を見ると、肩から先が消失していた。


「うっ……」


 欠損に気付くと痛みに襲われる。

 だがそれよりも焦りに思考が乱れた。まさか魔王の攻撃に耐えられず神の力が宿る右腕が崩壊したとでもいうのか。


 それでも立ち上がろうとして俺はまた倒れた。この時ようやく奇妙なほどの静けさに気づく。音が無い。聴覚が消失していた。そして恐らく平衡感覚も狂っている。


 仲間の力を借りなければこの場から逃げられないことに至り背後を振り返ると、仲間たちは穴という穴から血を流れ出して死んでいた。


 ……利き腕と権能(チート)を失った。仲間は殺され、聴覚と平衡感覚も喪失している。魔王の力は万全の状態でもまるで敵わないほどに隔絶していた。


 現状を把握すると、


 恐怖に支配された俺の髪からは色が抜け落ちた。


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