7.職員室と旅の計画
一週間後。私はとある行動を告げるべく担任に話をしに来た。
職員室は学舎の一階の中心にあって職員室前の廊下には校内・校外クエストが貼ってあり学年問わず賑わっている。興味はあるが、目的を先に済ませてしまいたい。人混みの中を凛として進む。
職員室を少し開け、扉から中の様子を伺う。
「せんせー」
電話…という魔導具は音が鳴りっぱなしだし、どの先生も皆忙しそうで声が掛けづらい。
「せんせー。入っていいですか」
私がのぞいている事に気づいてくれた若い女の先生が笑顔で手招きしてくれたのでするりと入り込む。担任の名前を告げるとあっちの列だと教えてもらった。
回り込んで担任を探す。机の上に足。腕組。上向きの顔に開いた本。おまけにいびき。
机の上は書類が乱雑しているが、難しそうな理論の本も高く積んである。
他の先生は皆忙しそうなのに。
「先生~起きて~お~き~て~」
肩をゆさゆさゆさゆさ。
「あの~生存報告必須って説明されたから一応言っておこうと思って」
「ふがっ……あ~なんだよお~」
起きない。
「学校を不在にします。魔物狩りを主に活動したいので暫く授業にでません。以上です。お邪魔してすみませんでした」
「あ~?わかったわかったわかっ……た」
まだまだ眠そうだ。言いたいことは言ったので、帰る。職員室に引き入れてくれた先生に笑顔で手を振って退出しようとすれば、一瞬の間に目の前に担任が立ちふさがった。
すご。
今のはどうやったんだ。
肩をつかまれる。うーん、タバコ臭い。
「詳しく話してくれ」
結局さきほどの場所へ。不在の隣の椅子を引いてもらう。
「座ってくれ。どこ行く気だ?」
「えと、南の方へ。村を二つ越えて都市タカヤナへ。日が落ちる前には宿を借ります。そこをとりあえずの拠点にしようかと」
「順当だ。魔物の出現レベルも適してる」
担任は足を組んで椅子に深く座った。左腕を机の上に置き筆記具の先を時折机に打ち付ける。
「その先の予定は?」
「そのあたりで修行して、余裕があればそこから他へ行けたら良いなって。最初からあまり遠くへ行く気はありません」
二度頷いて腹前で指を組む担任。
「友達二人は一緒に行くんだろうな?」
アメリアは「私があんた達みたいな化け物に付いて行ける訳ないでしょ!行くならもっと弱い魔物出るとこ探すわよ!」と憤慨していた。セルジオには別に言ってない。
「一人はお荷物になるから行かないと。もう一人は男の子なんでぇ。二人旅なんて無理です付き合ってるなんて噂になったら恥ずかしい。思春期なのでちょっと」
「なんだその嘘くさい理由。一理あるがそうも言ってられんだろう。お人形さんみたいな容姿のお前が寄りにもよって1人でうろうろしてるのは襲ってくれって言ってるようなもんだぞ」
「あの辺りはそんなに治安が悪いとは思わないんですが」
担任は頭を抱えてから、ちらりと顔・体・顔と一瞬視線を寄こした。
「普通はな~入学してもうすぐ”遠足”があるんだよな。それを体験させてやって、あとは追々友人同士なり何なりでそれぞれ外に飛び出していくもんだが。はあ、お前はレオンと違った問題児だな。あいつはやる気がなさすぎ。お前はありすぎる」
「それが結構仲良いんですよ」
「悪人に出会ったらどうするんだ。期間は?」
「うーん六十日くらいですかね」
「長すぎる。とりあえず七日間にしておけ。つーか俺がついていこうかな」
えーっ?
「心配し過ぎじゃないですか?」
正直一緒に行きたくない。私があれこれ複数のスキルを育てるのは他人から見たら意味不明だろう。普通の人は鑑定で知った得意分野を一生かけて育成する。
教師に育成方針を口出しされたくない。従わない場合の詮索もごめんだ。
私は私の能力を、自分から開示する事はないと、今はそういう考えをもっている。能力が知られたらいずれの派閥にしろ檻の中に閉じ込められる様な生活を送ることになると容易に想像ができるから。控えめに言って人的資源としては最高ランクに位置すると思う。
魔術師としては二流止まりだろうが、このイカサマ級のスキルでなんとか全てに抵抗する術を早めに早めに手に入れておきたいだけなのだ。じっと息をひそめて生きるのは合わない。魔術師として出来るところまで成長したい。
担任が付いてくると言ったのは冗談なのかそうでないか。
一生徒に付きっきりになるわけがないと思いつつ、現実化したら困る私の後ろから救いの女神がやってきた。
オードリー先生だ。左手に持っていた十数枚の紙を担任に渡す。
「仕事はまだまだありますよ。生徒にかこつけて休もうとするんじゃありません」
怒られている。生徒みたいだ……いやもしかして生徒だったのかな?担任はへらへら笑って受け取った書類を早速積み上げる。
「私はただ生徒を心配しているだけですよ。ロスくん、君は悪い大人に犯罪を起こさせる顔をしている。オードリー先生もそう思いませんか?」
何という酷い言いがかり。
反論しようと口を開けばオードリー先生にそっと肩を抱かれる。
良い匂いがする。
「可愛い生徒に旅立ちの祝福を。顔を隠せる外套を貸して差し上げます。微弱な認識阻害の魔法が掛かっていますのでお使いなさい」
それは暗に肯定してませんか?
お礼を言うと、オードリー先生は部屋に届ける事を約束してその場から去っていった。
「七日だ。七日目の朝に職員室に戻ってこなかったら軍に捜索依頼を出す。親御さんにも伝わるし、俺も探すからな。約束通り戻って来れる良い子なんだって分からせてくれたら、延長も認める。やる気のある生徒の伸びしろを潰すのは本意じゃない」
「はい!」
乱雑な棚の中から一枚の紙を引き抜く。
「土の領地から出るなよ。支給品申請の書き方今覚えろ。名前と……日数。俺のサイン。よし、この紙を売店のおっさんに渡して回復薬を受け取って行けよ。賊と金貸しには気をつけろ」
「分かりました」
「注意点は?」
「親切の裏には下心があると肝に銘じます」
「しっかりな」
「やっぱり一人で行かせるのは心配だな。二年か三年の暇そうなやつにクエスト依頼だすかなあ」
クエスト依頼申請用紙を取りだしながらぶつぶつ独り言をいえば、後ろから伸びた手が紙を取り上げる。
「それ、受けます」